6.自販機とお嬢様
本日ラストの三本目。読み逃した方は前のページかその前へどうぞ。
明日も投稿します。
修学旅行の日が近づくにつれて、教室内は騒がしくなっていく。
自由行動ではどうするのか、お土産は何を買うのか、就寝時には何をするのか。そういった話でもちきりだ。
なお、同室の皆様。あいつはどうする?誘う?という気まずい雰囲気は気持ちはわかるのだがもう少し分かりづらいところでやってください。
俺の、心が痛い。主に申し訳なさで。
ちなみに、今回の修学旅行では京都に向かう予定である。オリエンテーションとして班員と共に神社や寺を巡るのが主な内容だが、学生の立場からすれば自由時間こそが真のイベント。
ただ半分近くの歴史的建造物は、ここ65年間での怪物の被害を受けて改修工事が行われているらしい。異界金属などでの補強もされて強度を上げているみたいだが、はたして歴史的価値という点で見て意味はあるのか、などという議論は昔からあるようだ。
まぁ俺は前世で学生の頃に見たことはあるし、特にそれほどの興味があったわけではないので「ふーん、そう」くらいにしか思わないが。
田中君がグループの男子に「自由時間どうするんだ?」と聞かれていたが、彼の回答は「北 野 天 満 宮 !」とのこと。相変わらず主張が強いうえに、以外にも受験生であった。
「自由時間、何をしようか……」
購買で購入した焼きそばパンを頬張りながら考える。
もちろん一人での行動であるため誰かに合わせる必要もないのだが、京都において一人で楽しめる場所など知っているはずもない。
手にしていた焼きそばパンを見て、食べ歩きでもしようかと思案する。
案外いいかもしれない。
まだ今世では行ったことは無いが、きっと京都ならではの食べ物もあるだろう。前世の噂ではソフトクリームがおいしいと聞いたことがあるし、目についたものを片っ端から食べれば寂しい時間なんて過ごさなくても済みそうだ。
ただ唯一の問題は金がかかりそうなことであるが、幸いなことに願いの中に【小金持ち】があるため、金欠になることは無いだろう。言い方は悪いが、金は向こうからやってくる。
いやほら、無理に働かなくてもいいかなって思ったからさ。
焼きそばパンの最後の一口を口の中に放り込んだ。
「うん、足りない」
食欲旺盛な思春期のこの体は、俺の精神に対してよく食べる。
流石にパン一つは少ないとは思ったが、不幸なことに今日は購買が混んでいたためこれしか買えなかったのだ。
食堂へ行こうにも今からでは間に合わないだろう。
「……自販機で飲み物でも買うか」
腹の足しくらいにはなるだろうと、人気のない場所校舎裏に設置された自販機へと向かうために教室から出た。
途中隣のクラスを通るため、今や時の人である安芸城がどうしてるのかを見てみるが、今は不在だったらしい。野次馬がいないのはそのせいか。
注目を集めるのも大変だな、と特に気にすることは無く階段を降りてしばらく歩く。
何故学校は校舎裏という不便な場所に自販機を設置したのか理解ができない。どうせなら校舎内に設置してもらいたいものである。雨の時、濡れながら買いに行けとでもいうのか。鬼かよ。
そういえば、うちの自販機には『ちゃんこ鍋ジュース』などというどう考えてもだれも買わないのに、自販機設置以来ずっとある伝説の飲み物があるのだとか。
何故食べ物である鍋――しかもちゃんこだ――をわざわざジュースにしたのか。ジュースの意味を問いただしたいものであるが、もしかしたらそれだけ長い間残っているのは意外にもおいしいからなのかもしれない。
これを機に飲んでみてもいいかもしれないな、と目的の自販機がある校舎裏に到着した。
「……え」
「……あ、ども」
自販機のすぐ近く、恐らくは飲み物を買ってすぐに落ち着いて飲めるようにと設置されたベンチ。
そこに安芸城がいた。
なんでや。
一瞬足を引こうかと思ったが、それだと彼女がいたから逃げるみたいになって失礼だろう。
こちらを見て驚いている彼女に軽く会釈し、戻しかけた足を逆に前に出す。
自販機に行くには彼女の前を通らなければならないのだが仕方ない。目的のものを買ったらすぐに立ち去ることにしよう。
速足で彼女の前を通りすぎる際にチラリと見てみれば、その足の上には食べかけの弁当箱があった。
ボッチ飯? 仲間だね! なんて言葉は絶対に言わない。
「あ、あの……!」
一目見てすぐに判断できる奇抜なデザインの『ちゃんこ鍋ジュース』を購入した俺は、取り出してすぐにその場を立ち去ろうとした。
しかし、声をかけられていることがわかっていて無視するというのは、人としてどうなのかと思って立ち止まる。
「……何ですか?」
「っ、えっと……コホンッ。あなた先日の検診で会いましたわね?」
膝の上に置いてあった弁当箱を片付けて立ち上がった彼女は、あの時と同じようなお嬢様言葉でそう問いかけてきた。
「あー……人違い――」
「言っておきますが、私、顔を覚えるのは得意ですの」
なら確認するかのように言ってくるんじゃねぇよ。
「まぁ、会いましたね」
「それで……その、あの時は助かりました。改めて、お礼を言わせていただきますわ」
どうもありがとうございました、と意外にも丁寧にお礼を言われた俺は、どうしていいかわからず「どうも」と短い返事を返した。
「それと、よければここでお話でもどうですの? 人がいないのは良いのだけれど、一人では暇で仕方ないのですわ」
「え、あ……はぁ」
「ささ、ここに」とベンチの片側に寄った彼女は、空いたスペースを指して座るよう促してくる。
そんな彼女の押しによくわからないまま頷いてしまった俺は、誘われるがままその隣へと腰を下ろした。
意味が分からない? 俺もだ。
とりあえず、自分を落ち着かせるためにも先ほど購入した『ちゃんこ鍋ジュース』でも飲もう……何で夏なのにホット飲料なんて売ってるのかなぁ! いや、鍋は基本あったかいものだからわかるけども!
日陰とはいえ空気はまだまだ暑い。そんな中でこんな暑い飲み物を誰が飲むというのか。
まぁ、もったいないから飲むんですけどね。
「でもあなた、よく私に声をかけようと思いましたわね」
意外にもおいしい『ちゃんこ鍋ジュース』に対して、できれば冬に飲みたかったと考えていると、彼女は徐にそう言った。
「いや、みんな移動してる中で一人だけ動いてなかったら言うだろ」
「ええ。ですが、同じクラスメイトは言ってくれませんでしたの。まあこの学校に来て日の浅い私には、仲の良いお友達はいませんから」
なんて悲しい会話をしているのだろうか。
はぁ、とため息を吐く彼女を見て、噂程近寄りがたいと感じないのは俺だけなのだろうか。
「転校生ってのも大変だな」と返してみれば、彼女はしばらく黙った後「まったくですわ」と言葉を返した。
「それに、今はもう学校では知らない人がいない有名人だ。教室まで見に来る人だかりを避けてここに来たってところかね?」
「……ええ。ここなら人目には付きませんし、落ち着いて食事ができると思ったのですが……思いのほか暑かったようですの」
「……まぁ、夏だもんな」
校舎で隠れて見えないが、この向こう側には熱気の原因である太陽がいるはずだ。
二人して忌々し気に校舎を見ていたのだが、やがてお互いにそれに気づき、小さく笑い合った。
「お名前、聞いてもよろしくて? 私は――」
「安芸城。安芸城ユイ、だったっけか。校内唯一の異能レベル5である君を知らないわけないだろうに。俺は名都。名都文月だ」
「文月……変わった名前ですのね」などと言われたが、俺が一番自覚しているので何も言わないでほしい。
「フフ、名都さん。あなたとは仲良くなれそうな気がしますわ」
「そりゃ光栄だ。こちらこそ、安芸城さん」
思いのほか話しやすかった彼女に内心では驚きながらも、話していて仲良くなれそうだと感じていた。
自販機で飲み物を買いに行くはずが、まさかこんなことになるとは考えてもいなかったのだが、思いのほか楽しい時間を過ごせたことには感謝しよう。
まぁ安芸城程の美少女と仲良くなれたのだ。男として、これが嬉しくないはずがないだろう。
「ところで、その飲み物。おいしいんですの?」
「意外にも」
そして余談ではあるが、思いのほか気に入った『ちゃんこ鍋ジュース』はこれからも、というかこの学校を卒業してからも定期的に購入するようになる。
何となく、これが商品として消えない理由がわかったような気がした俺であった。
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