22.ご招待
少しずつでも書き続けていきます.
「安芸城のお父さんに会ってほしい?」
「ええ。何でも、話したいことがあるそうですわ」
用意した麦茶に口をつけながら、対面のソファーに座る安芸城はそう言って俺の問いに首肯した。
安芸城を招き入れて早々に彼女が口にしたのは、安芸城の父、つまり安芸城グループの社長である安芸城守氏が俺と会いたがっているという衝撃の一言で会った。可能ならば、今からでも会いたいとのことである。
「しかし、いったい何で急にそんなことを言い出したんだ?」
「私にもわかりませんわ」
困ったように言う彼女を見る限り、どうやら本当にわからないようだ。念のために、俺の異端の力――【祝福】について何か話したかも聞いてみたが、それこそあり得ないと逆に怒られてしまう。
「名都さんは私が信じられないのですか?」
「いや、そんなことはない。もちろん信じているさ。ただ安芸城が話していなくても、会話の流れとかで勘付かれてしまう可能性もないわけではないからな」
「それについては心配ありませんわ。あの事件に関しては、すべて私が敵をなぎ倒したと言ってあります。私の異能レベルは5ですから、疑われることは無いでしょう」
あの事件、というのは修学旅行先で起きた安芸城誘拐事件(ついでに俺も)の事である。
一時期ニュースにもなっていたあの事件は、今ではすっかり鎮静化したものの、未だにどうだったかとクラスメイトに聞かれることがある。
俺と安芸城の二人で力を合わせて敵を撃破し、見事に脱出できたのだが、俺は自分の【祝福】の露見を防ぐためにその手柄のすべてを安芸城に押し付けたのだ。
快く引き受けてくれた安芸城には感謝しかない。
うん、感謝はしている。本当に。
ただ、「大船に乗ったつもりでいてくださいまし!」と自信満々に笑う安芸城を見て逆に不安を抱いてしまうのは俺が悪いのだろうか。
……安芸城には悪いが、念のために最悪を想定しておいても良いだろう。
「まぁ、会わないって選択肢は取れそうにないだろうし、今からでも会いに行くとしますか」
「本当ですの! 私、父に名都さんの事を紹介するのが楽しみですわ!」
そうと決まれば早速行きましょう! と何故か俺の手を引いて外へ出ようとする安芸城。
しかし楽しみにしているとこ悪いのだが、俺は手を引く安芸城に待ったをかけた。
「どうしましたの?」
「いや、人と会うのにこの格好は駄目でしょうに」
ほれ、と両手を広げて見せた俺の格好はダボついた半袖と短パンと言うラフなもの。休日にだらだらすることに特化したこの服装では流石に失礼が過ぎる。
リビングで待っているように伝えて少し急ぎ足で部屋まで戻った俺は、何かないかとクローゼットを物色する。
「大企業の社長さんに会う服ってなんだ……」と途中で訳の分からないコーデをし始めた時は、ついに暑さで頭がやられたかと思ったが、最後には風通しの良い丈の長いズボンに襟の付いた半袖シャツという無難な格好を選べたと思う。
姿見でまともな格好であることを確認し、安芸城を待たせているリビングの扉を開けた。
「……」
「っ~!?」
さて、唐突ではあるが扉を開けた目の前に黒服サングラスのマッチョマンがいたらどんな反応をすると思う?
俺の解答は驚きの声をあげる、であるのだがそれを寸前で押さえた俺を誰か褒めて欲しい。
至近距離で巨漢の黒服サングラスのマッチョマンに見下ろされているのだ。驚くなと言う方が無理な話である。
「あら、名都さん。戻りましたのね」
「ちょっと文月! こんな可愛い子が友達だなんて知らなかったわよ! なかなかやるじゃない」
巨漢――黒田さんの背後から安芸城が覗き込むようにこちらを見てくると同時に、いつの間にか帰ってきていたのか、母がニヤニヤしながらソファーで寛いでいた。
その手にアイスがあるのを見るに、自分の分を買ってきたのだろう。まだ食べるのか母よ。
可愛いと言われて照れている安芸城を更に可愛がっている母は、しまいには安芸城に抱き着いている。まぁ、抱き着かれている本人も嬉しそうなためそこは良しとしよう。
あの、黒田さんはいつまで俺を見下ろしているのでしょうか
「でもびっくりしたわ。なんせ帰ってきたらすっごい車が家の前に止まっているんですもん! そのお客様が文月の友達でしかもこんなに可愛いなんて、お母さんもう一生分驚いたかも!」
「母さん、テンション上がってるとこ悪いんだけど、今から安芸城……さんの家に行ってくるから。帰るときは連絡するよ」
そういえば、母は「頑張ってらっしゃい!」とサムズアップ。
確かに万が一には頑張るようなことがあるかもしれないが、母が考えているようなことはないとだけ断言しておこう。
チラリと後ろを振り返ってみれば、「うちの文月をよろしくね」などと言う母に対して、「責任をもってお預かりしますわ!」なんて返している安芸城。俺は預けられるペットか何かか。
「さて、それでは行きますわよ。黒田さん、お願いしますわ」
「かしこまりました」
家を出てその前に止まっている車に乗り込む。
外観からして凄いのはわかっていたが、中も相応にすごかった。
革張りの座席は柔らかく、空調完備で冷蔵庫まで付いていた。ここで生活しても大丈夫なように思える。
そんな一般家庭育ちが一生目にすることがなさそうな内装をほっへぇ~と見回していると、やがて安芸城の合図で静かに車が動き出したのだった。
◇
「知ってはいたが、こうして目にすると改めてお嬢様だってことを実感させられるな……」
安芸城家の車に揺られること十数分。以外にも近いところに安芸城の自宅があった。
自宅……とはいっても、豪邸のそれだ。俺のような一般家庭育ちが言う一軒家とは規模やら何やらが何もかも違う。
何で門から自宅玄関まで車移動するんですか?
「さ、着きましたわ。私に着いて来てくださいまし」
黒田さんに扉を開けてもらい、先に降りた安芸城の後に着いて行く。
何段か階段を上れば、そこには木目調の大きな玄関の扉があった。これだけでいったいいくらするんだと考えていると、件の扉は安芸城が何もせずとも勝手に開く。
「「「「おかえりなさいませ、お嬢様」」」」
「ただいま戻りましたわ」
その開いた扉の先に見えたのは見事な大理石の玄関と、俺たちの両サイドにズラリと並び立つメイド服の女性たち。更にその奥には二階へ続くのであろう大きな階段があった。
The・貴族の家って感じだわ
安芸城はその出迎えの挨拶に一言だけ返すと、そのまま突き進んで階段を上っていく。
メイドさんに挟まれるようなこの形は少々居心地が悪いため、軽い会釈だけして安芸城の後を追う。
流石自宅と言うだけあって、安芸城は迷いのない足取りで長い廊下を進んでいく。俺は途中途中に設置されている調度品や絵画なんかに目を向けつつ、置いて行かれないようにするのに精一杯だ。
はぐれたら迷う自信だってある。
「ここですわ」
しばらく進んでいると、安芸城がある部屋の前で立ち止まった。
案内されて中に入ると、そこにあったのは対面する形に設置された高級そうな皮張りのソファーと、その間にある木目の綺麗なテーブル。
部屋の中もシンプルであるものの品の感じられる雰囲気で……いや、庶民の俺が語るものではないか。
とにかく、すごく良い部屋だ!
「恐らく、父ももうすぐここに来ると思いますわ。それまでの間、この私が名都さんの話し相手となりましょう。名都さんは、何か私に聞きたいことなどありませんの?」
「もうすぐ来る、ねぇ……そうだな、じゃぁ安芸城グループについてちょっと話が聞きたい。名前は知っていても、何をしているかまではよく知らなかったから」
「ええ! もちろんですわ! この安芸城ユイに任せてくださいまし! まず安芸城グループの主な事業についてですが――」
実に楽しそうに話してくれる安芸城を微笑ましく思いながら、俺は部屋の片隅に一瞬だけ視線をやった。
まぁ何かしてくるわけでもなさそうなので放置してもよさそうだが、気付いていない安芸城がボロを出してしまう可能性もないわけではない為、関係のない無難な話を選んだ。
しかしながら、なかなか聞いている側でも興味を惹かれる話であるため、安芸城の父が来るまでの間は楽しめそうだ。
安芸城の話に耳を傾け、時折質問を混ぜながら時間を過ごす。
安芸城の話は、予想通り彼女の父がやってきてもまだ終わらなかった。
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