2.50年後の世界
本日二話目
とまぁ、そんな前世の記憶を持って生まれたのが今のこの俺、名都文月ってわけだ。
ちゃんちゃん、と別に誰かに聞かせるわけでもない自分語りを終えたところで、ベッドから出る。
季節は初夏を越え、もうすっかり日差しが鬱陶しい夏真っ盛りだ。
しかし、学校の授業日数はまだ残っているため、こんな暑い中でも我々学生はいつものように学校へと登校しなければならない。
寝ている間に掻いたであろう汗が少々気持ち悪いため、すぐに肌着を取り替えた俺は、そのまま洗面所で顔を洗う。冷たい水が心地よくて、全身に浴びたくなるがそこまでしている時間はないので我慢だ。
衣替えから暫く経つ夏服を身に纏い、そのまま母が朝食を用意しているであろうリビングへ。
「しかし、前世の夢なんか久しぶりに見た気がする」
思えばこの世界に転生して早15年。すでに精神は40になろうとしているなんて悪夢は知らない。今の俺はティーンエイジャーだ。
まぁそんなことは置いといて、だ。
前世の夢を見たことだし、改めて自分の置かれている状況を振り返ってみてもいいだろう。己を知れば云々とはよく言ったものである。
まず初めに、俺が転生したこの世界は、間違いなく俺が生まれ育った世界であるということだ。あの謎の存在の言うとおり、異世界転生なんてなかった。そして、今世も同じく日本人として生まれた俺は名都家の長男(一人っ子)として、文月という名前を授かったわけだ。
まぁしかしだ。
年月日を確認したら、俺が死んだときからちょうど50年後だったってのは酷く驚いたものである。赤ん坊の時にそれを知った俺の顔を見て、親が「何この子変な顔してるわ!」などと笑っていたことは今では家族でよく出る笑い話だ。俺それ覚えてるからな。
「おはよう」
「おはよう! いつも通り、パンで良いわね」
「ありがとう。それでお願い」
台所に立っていた母と朝の挨拶を交わして席に着く。
朝食ができるまでに暇をつぶせないものかと、リモコンを手にチャンネルを巡らせるが、特に面白いものもなかったため、適当に目に付いたニュース番組でも流しておく。
(……確かに高画質にはなったけど、それだけだよな)
50年も経てば、ものすんごい技術進歩によってなんかすごいテレビ(語彙力)とか出て良そうなものだが、ここら辺の技術は50年前とさほど変わりはない。
まぁ、その理由も良く知っているためまたあとで話す機会があるだろう。今は出来上がったトーストを手っ取り早く腹に納めることにしよう。
「できたわよ」という母の声に視線をテレビから移すと、パン皿に乗せられたパンがふわふわとキッチンから浮かび上がってやってくる。
出来立てのトーストにバターを塗っている間に、コップに入った牛乳も同じように手元までやってくる。
目的のものが目の前に届いた俺は、その不自然な現象に特に何も言うことなくパンに齧りついた。
(15年も見てればなぁ……)
最初見た時は年月日を知った時に負けないほどの衝撃を受けた。なお、両親はそんな俺の顔を笑っていた。
テレビのニュースがこの日本でも有名な探索者にインタビューした映像が流れていたが、特に興味もないため食事に集中する。
やがて、ごちそうさまの合図とともに席を立った俺は、歯を磨いた後再び自室へと戻って登校の準備に入った。昨晩のうちに用意? 知るかボケ。これでも勉学の成績は学年でも上かあら数えた方が早いのだ。前世の記憶ありきではあるが。
母に学校へ行くことを伝えると、キッチンの方から「いってらっしゃい」と返事が返ってきた。
そのまま家を出て学校へ向かう。
徒歩十数分の場所にあるいたって普通の中学校。まぁ、前世の常識の則れば、所属している人間皆が非常識の塊なのだが、今世ではいたって普通の人間……そういえば、この間私立の方から転校してきたお嬢様がいるんだっけか。
別クラスなので特に関わりもないが、まぁ少しばかり特異なその存在に興味はある。暇があれば遠目から見てみることにしよう。
◇
普段と変わらぬ通学路を行き分厚く巨大な校門を越えると、上履きに履き替えてから教室へと向かった。校舎内もところどころ後付けで改築された跡が見られ、前世の基準で見ればいつから核シェルターになったの? テロリスト対策? と聞きたくなるような見た目をしている。
しかし、実際問題そうしなければならない理由がこの世界にはあるため、これも仕方のないことなのだ。
学校は緊急避難場所にも指定されているため、早急にこの様な改築をする必要があり、今では全国ほとんどの学校は改築が行われている。
始業のだいたい5分前に到着するようにしているため、すでに教室内にはほとんどの生徒がそろっていた。
受験生だというのに緊張感の欠片もなく談笑しているのは、今は未だ夏休み前で修学旅行を控えているからだろうか。
特に仲良く話す奴もいないため、窓際最前列という窓際のくせして面白味のない席に着くと、一限目の準備をしてから机に突っ伏した。
ボッチではない。
ただ、話すような相手がいないだけ。普通にコミュニケーションは取れるし、あいさつや義務的な会話は問題ないのだ。
ただ、昔から精神が二十歳を過ぎていたものだから、あまり同年代と馴染めないのだ。
……とまぁ、俺の話はどうでもいいのだ。
幸い、授業なんぞ聞かなくても問題はない。いつも復讐程度に耳を傾けている程度なため、退屈しのぎにこの世界がどういう世界なのか、改めて考えてみるのも一考だろう。
◇
事件は今から65年前の大流星群の日に起きた。
そう、前世の俺の死因となたあの流星群だ。
あの日、何がどうしてそうなったかは誰も知らない話であるが世界各国で別世界へと繋がる門、通称扉が開いたのだ。
突然の事で困惑する世界だったが、それに拍車をかける様にその扉を通じて異形の生物が襲来。これは近場にいた人々を襲い始め、多くの犠牲者を出した。
世界各地でこの異形の生物を撃退しようと軍や自衛隊が奮闘するもその効果は薄く、撃退には成功したものの被害も相当なものであったようだ。
いつやってくるかもわからない異形の生物――怪物に、怯える日々を送る人々であったが、そんな人類にもやがて希望が生まれたのだ。
それが【異能】と呼ばれる超常の力だ。有名なものを挙げれば、手から炎を出したり、力が強くなったりだ。
人類の中にこれを発現する者が多数出現し、人々は彼らを【異能者】と呼んだ。
この【異能】を用いれば、軍が束になってようやく倒せるような怪物も個人の力で撃退することが可能になった。人類は立場を逆転させたのだ。
怪物に怯えるだけだった人々が、「お、怪物発見! 駆逐する!」「お、戦ってる観戦しとこ―」くらいのノリに変化したと言えばその変わりように驚くばかりだ。
そして狩る側へと回った人類は何を考えたのかこの扉への遠征を開始し、繋がっていた別世界を【異界】と定義した。
そして、【異界】はまさに人類にとっての宝庫と呼んでも過言ではなかったのだという。
見たこともない金属に、有用性の高い未知の素材。更には襲い来る怪物から採取できる素材の他、その怪物の動力となっている核から抽出できるエネルギーは、新たなエネルギーに成り代わるとされたのだ。
既存技術の進歩が遅れた理由はここにあって、未知の素材の解析やそれを用いた武器の開発。あとはこの学校の様なもろもろの改築にリソースを回したことが原因となっている。
ただ、50年経った今でも、異界については解明できていない部分も多い。
聞いた話では、政府は異界へと遠征して素材や資源、怪物の核などの回収する異能者――通称【探索者】に研究者も派遣したりしているらしい。
「【異界】、ね……」
興味がない、といえば嘘になる。
この世界にとっての常識は、未だに前世の感覚を残している俺にとっては非常識なのだ。
チラリと授業を受けているクラスメイト達を流し見る。
ここにいる全員が、強弱はあれども【異能者】であることは間違いがない。
はっきり言って異常。しかしそれが日常。
そんな今の普通の状況が、平凡を過ごしていた俺には特別に思えてくるのだ。心の片隅で、あの存在には感謝しておこう。
あ、中二病ではないです。
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