17.作戦
本日は二話投稿です。
では一本目から、どうぞ!
光によって眩んだ視界。突然の浮遊感。
安芸城の真上に設置されたポータルに気づけず、押しのけようとしたはいいものの、それを防ぐこともできずに罠にかかってしまったわけだ。
自分のことながら、情けなさすぎる。
もし仮にあの場所に満遍なく【鑑定】でもかけていれば、この眼はポータルの罠を見破っていたかもしれないのだ。
警戒しろと言った俺自身が、万全を期して【祝福】を使っていなかったせいだ。
……普段から、【祝福】を使うように心がけていれば結果は変わったのだろうか。
朧気だった視界が徐々に戻り、俺は目の前の光景に舌打ちをっした。
だだっ広い部屋だ。見た所丁度正方形の形になっており、天井も相当高くなっている。端から端まで測れば優に100mを越えるのではないだろうか。
そして舌打ちの原因となるのは、そんな空間の中で俺たちと向かって対峙する男たちの集団。30人くらいだろうか。中には武器を手にしている者もチラホラと伺えた。
全員が全員ニヤニヤと気持ちの悪い笑みを浮かべている。
「こ、ここは……」
「安芸城。無事か」
「え……ええ。体の方に異常はありませんわ」
幸いなことに安芸城は俺のすぐそばにいるらしい。
後ろから聞こえた声に内心安堵しつつも、そちらを振り返ることなく目の前の集団に視線を向ける。
俺たちのすぐ後ろは分厚そうな壁であるため、後ろからの奇襲はある程度心配しなくてもいいはずだ。壁や地面を潜ってくるような異能者がいれば別だが、警戒している今俺の直感にはそういった気配はない。
「おうおうおうおう!? 今回の得物ってのはおめぇらかぁ?」
現状の把握に努めていると、前方の集団の中から声が上がった。
集団が二手に割れ、その間からゆっくりとした足取りで姿を現したのは一人の巨漢。
入れ墨の入った太い腕を晒したタンクトップ姿のその男を見て、すぐさま俺は【鑑定】を使用してその男を見る。
◇
河東 延治
30歳
自然系統
異能レベル5相当
掌に炎の弾を生成し、任意のタイミングで射出する能力。射出した炎には追尾性能有。炎の生成数と威力はする。炎や熱への耐性有り。
◇
「っ……」
何て面倒くさい相手なんだ。
シンプルに強力な炎の異能者ってだけでも厄介なのに追尾性能持ちとかなんだよクソ野郎め。
しかも、異能レベルも5ときたもんだ。人によっては一生出会うことがない、なんてこともあり得るレベルが簡単に出てくるんじゃねぇよ!
「……安芸城。だいぶやばそうな相手が出てきたぞ」
「ええ、そのようですわね。まさか、こんなところであの殺人鬼と会うことになるとは思いませんでしたわ」
「知ってるのか?」
どうやら安芸城はあの巨漢についてすでに知っていたようで、俺の問いに対して首肯した。
「河東延治。八年程前に起きた連続焼死体事件の犯人ですわ。死刑の判決が出ていましたが、収容中に脱獄したらしく、行方不明とされていたはずです」
「なるほど、つまり文字通りヤバい相手ってわけだ」
その事件なら俺も聞いたことがある。なんせ、一時期お茶の間を騒がせた大事件だ。確か、10人程が殺されたと聞いている。
改めてその巨漢――河東を見れば、奴は何やら楽しげな様子で俺たちに向けて交互に指を突き出してた。
「――天の神様の言う通りっ! よし、あの女から燃やすか」
……なるほど、あの河東とかいう男がまじもんのサイコパスだってことは身に染みてよくわかった。
とんでもないことを適当なお遊び感覚で決めやがった河東は、自身の掌のすぐ真上に炎を生成した。
大きさはバスケットボール程のそれを、河東は一瞬愛おしいものを見る目で眺めた後、その目を安芸城へ向けたのだった。
「楽しい悲鳴を聞かせてくれよォ!! 『火炎玉』!」
ブォンッ!! という空気の燃えるような音とともに、生成された火の玉が安芸城に向けて射出された。
なかなか速い速度で放たれたそれは一直線に安芸城に向かってくる。
「いきなり戦闘かよ……!! 安芸城! 対処は任せる!!」
「っ、わかりましたわ!」
炎が迫ってくるのに、逃げるななどと言う俺は相当の鬼畜なのかもしれない。しかし、追尾性能がある以上、下手に動かれると軌道が読めなくなる。
「その武器貰うぞ! 『大剣』!」
相手の集団の中にいた大剣持ちの男から武器を取り寄せる。
ずっしりと重く、俺では扱えそうにない重量だ。恐らくこれを持っていた奴は増強系統か、もしくはこの大剣を扱うのに特化した異能者なのだろう。
「安芸城!!」
取り寄せた大剣を体全体を使って安芸城に向けて放り投げる。
放り投げられた大剣は、回転しながら放物線を描くように安芸城のもとへと飛んでいく。
「任されましたわ!!」
そして、タイミングよくあの重たい大剣の柄を片手でつかみ取った安芸城は、向かってきた火の玉に向けて大剣を一閃。
俺の目には大剣がブレたようにしか見えなかったが、しかし、その一閃は確実に火の玉を消しとばしたのだった。
「流石安芸城。何も言わなかったのによくやってくれた」
「名前しか呼ばれませんでしたから驚きましたわ。まぁ、私にかかればこの程度何でもありませんわよ。……ところで、『さん』付けは止めましたの?」
「非常事態だ。短く呼べる方が良いだろう。帰ってからは元に戻すよ」
「あら、私は今のままでも構いませんわよ? よりお友達としての仲が良くなったと思えますので」
安芸城に「考えておく」とだけ返して視線を戻す。隣りで軽々と大剣を振り回してその具合を確かめている安芸城が小声で「少し軽いですわ」とか言ってるが気にしないでおこう。
あれが軽いとかマジですか。流石安芸城と言ってやろう。
火の玉への対処ができたことで、少しばかり心に余裕ができた。
しかし、まだ終わったわけではない。その証拠に、河東は先ほどとは打って変わって機嫌を損ねているようだった。
「ああ? 何抗ってんだよお前らぁ……一切の抵抗もせず燃やされとけよォ!!」
まるで癇癪を起した子供。それがあの河東とかいう男に対する俺の評価だった。
ただ、その異能によって癇癪がシャレになっていない。
再び河東が手を掲げ、その掌の上に火の玉を生成する。しかし先ほどとは違い、その大きさは野球ボールほどに小さく、数が10個に増えている。
「……なぁ、安芸城。さっきよりも威力は低いらしいが、あの数は対処できるか?」
「同時に来られると難しいですわ」
「だよなぁ……」
一応、策がないわけではないが、それでも別方向から同時に攻撃されればアウトだ。【健康維持】で火傷とかの異常状態にはならないが、怪我はするし、衝撃とかは普通に体に影響する。
それに、脇で待機している奴らも面倒だ。策を実行するなら、それらの要素をすべて省いてから出ないと確実にはできない。
さて、どうやってあの攻撃を凌ごうか。そう考えていると、河東の後方からその攻撃に待ったをかける声が響いた。
「ボス、できる限り殺しはなしだ。やるにしても、取引が終わってからにしてくれ」
「あぁ? おい木水ゥ……お前、俺に指図しようってのか? あぁ!?」
姿を現したのはくたびれたスーツに猫背の男、木水だった。
生成していた火の玉の群を消し、木水の胸ぐらを掴み上げた河東は、苛立ちをぶつける様に怒鳴り声をあげた。
「違う。そもそもあの女を連れてきたのは、安芸城グループとの取引に使うためだ。殺しちゃ意味がないだろう」
「んなもん、生きてることにすりゃいいだろうが!! 俺は今すぐにでも燃やして殺したいんだよ!?」
「生きてる証拠を出せと言われたらどうするんだ。安心してくれ。取引が終われば、その場でどうしようがボスの勝手だ。だからもう少し我慢してくれ」
どうやら、あちらさんは取引があったとしてもその約束通りにするつもりはないようだ。
娘に会わせろ! で簡単にその死体を送り付けるような下衆だと考えておいた方が良いだろう。
そもそも、トップがサイコパスだ。
「なら取引を急がせろ!! それと、あの男の方は殺していいんだよなぁ!?」
「悪いが、できるだけ生かして捉えたい。貴重な異能の複数持ちだ。そのまま売れば、いい値がつくはずだからな。まぁ、あっちについては『できれば』だからな。最悪殺しても、体が残ればそれでいいだろう」
まったくいいことありませんが!?
心の中で叫ぶ。声にしたところで意味はないからな。
だが、最悪なのはそうだが良いことが聞けたのも事実だ。
つまり、安芸城は現段階では殺さないと言うことだ。
「安芸城。俺があの河東とかいう男の相手をする」
「っ!? 名都さん、あなた正気ですか!? あの男は殺す気であなたを攻撃してきますわよ!?」
俺の言葉に、安芸城が驚きと怒りが混じったような声を上げる。ついには今は殺すことができないからこそ、私が相手をするとか言い出す始末だ。
だがそうではないのだ。
あれだけの殺したがりだ。きっと安芸城は無視して俺を狙うはずだ、と俺の直感がそう告げる。
「殺されるつもりはないさ。安芸城。君と二人でここから出るための作戦だ」
「……信じますわ。けれど、危ないと感じたらすぐに助けに入りますわ。いいですわね?」
「ああ、もちろん。というか、こちらからお願いしたいくらいだ。俺もまだ死んで売り物にされたくはないからな」
そう言って俺は安芸城にどう動くかの指示を出す。
安芸城はその指示に快く頷いてくれた。
そして、「信じてますわ」との言葉ももらった。
さぁここだぞ名都文月。
転生して初めての大一番だ。
格好よく、決めてやろうではないか。
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