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4.作戦会議

 そして今、少女は空也の寝室を占拠して眠りについている。


 ちなみに寝室まで自力で歩いた少女は、まだ具合が悪いようで幾度も足元をふらつかせていた。だが手を貸そうとする二人をかたくなに固辞し、しかも室に入るや内側から戸に棒をかけてしまった。完全に警戒されている。


「すごかったよな、あの子。兄貴のことあっさりと倒しちゃうんだからさあ」


 兄弟二人はまた居間に戻っている。


 それぞれが愛用の毛皮の上に寝ころび、暖房の効いた空間でようやくの安息に浸っていた。


 今日はただ食料を仕入れに街に出かけただけだったのに、以前泊まっていた宿に顔を出したあたりから、少しずついろんなことの歯車が食い違ってしまった。


 鼻血を出し、吹雪に遭い、気絶した妊婦を拾い。そして当の妊婦から骨が折れる直前まで痛めつけられることになろうとは……。


 だが二人はそのことで少女を憎んだりはしなかった。自分たちが悪かったのだと、そう結論づけている。それはもうあっさりと。


 だから二人は今後のために話し合っていた。開陽に住んでいるときも、こうやってしょっちゅう話し合っていたのだ。ちなみに二人はこれを『作戦会議』と称している。


 とはいえ今夜の会議はいつもと一味も二味も違う。なんといってもお題が斬新だし、それに普段進行係の空斗ががっくりとうなだれているからだ。


「……俺、自信なくしたなあ」


 はああっと深いため息をついた。


「確かに武官を辞めてから稽古なんてしちゃいないがさ、それでもさ……。ああもたやすくやられると参るよなあ……」


 手酌で飲む白酒ばいちゅうの減りが早いのは、内側から体を温めたいのもあるし、飲まなければやっていられないからだ。ちなみに白酒とは、名称とは異なり無色透明の酒である。香り高いのにきついのが特徴で、下戸など口をつけただけで顔を真っ赤にほてらしてしまう一品だ。


 だが空斗の顔色はさっきから全然変わっていない。この男、酒にめっぽう強いのである。それでもこうやってくだを巻いているあたり、今夜はまったく酔っていないわけではないようだ。


「女にやられるのなんて初めてだった?」


 弟のからかうような声に、「当たり前だろ」と空斗が睨んだ。


「お前だって女にやられたことなんてないだろうが」

「そりゃあね。地元には女は少ししかいなかったし」

「……すまん」

「は? なんで兄貴が謝るんだ? 俺の地元に女がいなかったことは兄貴のせいじゃないだろ」


 束の間視線を交わした兄弟だったが、先に空斗の方が観念した。弟の気づかいにさらに自分が嫌になり、わしゃわしゃと頭をかきむしった。


「それにしてもさ」


 話をすり替えてきたのも空也の方だった。


「男が苦手なのかなあ、あの子」


 その後、少しためらいつつ言った。


「もしかして妊娠したのも乱暴されたから……なのかな」

「それは話が飛躍しすぎだろう。勝手な推測はするなよ」


 諫めた空斗だったが、


「本当か? 本当にそう思うか?」


 幾度も訊ねられるとさすがに確証がもてなくなってきた。


 だから一つ提言した。


「とりあえず腹の子の父親については訊かないことにすればいいんじゃないか」


 二人にとって知る必要もないことであるから、知らなくても困ることはない。


「いいな、それ。さっすが兄貴」


 ぱちんと指を鳴らした空也は、自分が言い出した推測の重さを全然実感していないのか、はたまたわざと能天気にふるまってみせているのか。……いや、考えるまでもない。


「……お前もたまには飲むか?」

「いやいい。今日は疲れたからもう寝るよ。兄貴もそれくらいにしとけって」


 ぴょん、と起き上がると、空也は廊下の奥に消え、すぐにぶ厚い掛布を四枚重ねて戻ってきた。一人二枚、だから計四枚だ。


 ここに住み出したのは秋口からだが、当初は狭いながらも一人ずつ別の部屋で寝ていた。開陽での武官時代もそうしていたからだ。


 武官は常日頃から同僚と共に過ごすことが多い。食事の時も稽古の時も、朝から晩までだ。そうやって連帯力を高めていくのである。しかし、だからこそ、様々な土地から開陽に移り住んできた彼らには一人きりになれる場所も必要で――それが各自専用の寝室だったのである。


 その習慣の名残りで、二人はここにやって来てからも別室で寝ていた。だが数日もすればどちらからともなく居間に集まって共に寝るようになっていた。同じ部屋で寝る、それはお互いを家族だと実感できる行為の一つだ。実際、湖国では家族と大部屋で共に寝るのが当たり前となっている。


 さあ寝るぞ、と明るい声を放った空也に反し、空斗がぶすっと言った。


「……俺が持ってきたのに」


 掛布のことを言っている。


「何言ってるんだよ。俺もう全然平気だからな」


 ほら見て見ろよ、と掛布を持ったまま軽い足取りで空斗の周りを歩いてみせる空也は、確かに怪我を負う前と同じように見えた。


「……俺、もしかして過保護すぎるか?」


 二重、三重に己の至らなさを突きつけられ、掛布を受け取る空斗はすっかりしょげている。そんな兄に「うん、確かにずっと過保護だな」と空也も厳しいことを言う。


「……すまん」

「でもそれって俺を大切に思ってくれているってことだろ? だから俺、迷惑だけど嬉しいよ」

「空也……」

「俺、兄貴と出会えて本当によかった。だから俺とこんなところまで一緒に来てくれて本当に……うん、ありがとな」


 最後は感極まったようにつぶやくと、空也は掛布にくるまって隠れてしまった。そんな弟のことを空斗はしばらく感動をもって見つめていたのであった。



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