3章
間を開けすぎました。
三章
インドステイツ
仕事終わりに一杯、なんていうのはサラリーマンの考えなんだろうけど、俺の場合はヘリの中で銃弾をマガジンに込めていた。ブレイカーに使われているのは対物ライフル用のライフル弾。メイルにはこれが標準的な大きさだ。
今回の仕事は簡単だった。幻想生物を祀ってある寺院を爆破するというテロリストを退治してほしいというものだ。退治という言葉を選ぶ辺りが坊さんらしいというかなんというか。
退治したのは反幻想生物主義者を名乗るエコノミックテロリスト。なんでも通常の進化と異なる幻想生物は、その記録すら残してはならないというのを掲げている奴らで、近年では幻想生物の像が飾られてある遺跡なんかを破壊している。
そうは言っても結局は戦闘に対してはド素人の集団だ。ヴァスタード相手に善戦するわけもなく、動く的でしかなかった。
ものの数分で仕事は終わり、それで俺は銃弾を込めているわけだ。それだけじゃない。戦闘後のメイルの調整も兼ねている。
項にはまだケーブルが繋がっている。そのケーブルはメイルに繋がっていて、各アーマーの開閉、腕や足、関節部の可動、グレネード砲の確認と、色々と動かしている。それらの異常の有無を表示するメッセージはヘルメットに送られてくるが、これは今俺の足元にある。ヘルメットはメイルの一部ではない。
本来なら専用のハンガーにでもあれば申し分ないが、これぐらいならなくても問題はない。
生身の体を動かしながら、メイルを動かす。文字通り体を二つ動かしている気分だ。
「どうだ?」
書類を挟んだボードを持って、悠がやってきた。
「問題なし。どこもかしこも動くし、循環ゲルも滞りなく流れている」
メイルの内部には赤いゲルが入っている。生物でいうところの血液にあたるものだ。このゲルが外部からの衝撃を和らげてくれる。
「そうか。五百年もよく動いているものだな」
「五百年? こいつそんな昔からあるのかよ」
「そうだ。記録によると、第四次中東紛争時にこいつが現れている。それから主を転々とし、今に至るということだ」
煤けた黒さは年月を物語っているわけか。
「ついでに言うとな、レッサーメイルはアーリーメイルを元に開発されたものだ。アーリーメイルが現れてから四百年間はこれ以外のメイルはなかった。そしてメイルというのはこいつのみの名前だった。だがアーリーメイルを解析し、技術で開発されたのがレッサーメイルだ」
「アーリーメイルを元にしたっていうなら、どうしてレッサーにはドレッドがないんだ」
「そのウリエルもそうだが、ドレッドというのは私達の常識ではなし得ない技術で出来ている。お前が前に言ったビームソードというのは夢のまた夢だ」
「けどこいつは夢じゃないぜ」
「つまり人間はまだ夢の技術を手にしていないということだ」
「だったらこのアーリーメイルを作ったのは誰なんだよ。人間以外っていうのかよ」
「メイルが歴史上最初に目撃されたのは今から九百年前の人類大戦中期の頃だ。現人類のホモ・サピエンスと消滅した人類、デミ・サピエンスとのいわゆる最終戦争。それによってホモ・サピエンスはこの世界の主役の座を勝ち取った、だったな」
「学校に行ったことない割には詳しいじゃないか」
「軽い歴史なら習ったさ。まあ、そのあとは高校で習ったがな」
悠は(自己申告を信じるなら)俺と同じ十六歳。高二で同じ高校に通っている。さらに言えば一年の夏頃に編入してきたそうだ。皆と同じように春に入学するのは避けたかったらしい。理由としては実際に卒業した中学や小学校があるわけでもなく、そこを怪しまれないようにしたかったから、だそうだ。
そう考えると、多少の勉学を学んでいても不思議ではない。何もない状態から高校生レベルのことをしなければならないんだ。少しは勉強するさ。
「誰が作ったとかは記録ないのか?」
「ある。ただし名前だけだ。製作者の名前はロジャー・ウォーター。魔術師だったそうだ」
「ってことは魔術使えたわけだ」
「科学にその玉座を取られた技術体系。ま、いつまでも人間が洞窟で生活しているわけでもないように、ある種古い技術から卒業したと考えれば魔術が廃れたのも不思議ではないだろ」
「その魔術でメイルは作られたってわけか」
「どうだろうな。パワードスーツの類は千年前にあった。その発展と考えるのが妥当だと思うがな」
ふと思ったが大昔、それこそ何千年前はデミ・サピエンスと幻想生物と魔術は普通だったのか。俺は物足りなさを感じないが、この世界は足りないと感じているのだろう。
もし世界に人みたいな意思があればの話だが。
「しっかし、よく五百年も動くなこいつ」
「お前も知っているだろうが、アーリーメイルに使われているオリハルコンは自己修復性質を持っている。そのおかげだろう」
オリハルコンは自然に発生したものではなく、人工的に作られたものだ。周囲の空気元素を吸収し、それを変換して破損箇所を修復するらしいが、オリハルコン自体非常に頑丈なものだからまず傷つくことはない。このオリハルコンというのも今の技術では製造ができず、その代わりにレッサーメイルは軽量の複合セラミック装甲を使っている。
レッサーメイルの長所の一つは軽いおかげで機動力や速度は上、ということだ。こっちは重いし、引っ張られるからホント、交換してほしいね。
「一つ分からねえことがあるんだけど」
「なんだ?」
「最初にこいつを使った時、前のヴァスタードから離れて倒れてた俺の所に歩いて来たんだよ」
「ああ。それこそ私はヴァスタードではなかったが、よく見たな。どうやらこのアーリーメイルは意思のようなものを持っているようだ」
「意思?」
「ヴァスタードが死ねばそいつを切り離し、次の宿主を自分で探しに行くようだ。私が見たのは飛んでいく姿だったが、歩くこともあるのか」
「こいつに意思があるのかよ……」
手のひらを開閉するメイルを見ていると、まるで自分の体を確認しているように見えた。
「それを意思と呼ぶかプログラムと呼ぶかは人によるがな。それより一つ話がある。ヘリの電装系に異常があったらしい。直すのにだいたい三時間らしいから、その間自由時間にしようということになった」
「俺もその話に混ぜろよ」
「お前はこっちの作業で忙しそうだったからな。修理自体は主にアーシュがやるから私もお前も暇になるということだ」
ちょうどマガジンに弾を詰め終え、メイルの動作確認を終えていた。ケーブルを外し立ち上がる。
「インドで暇つぶしなんて、どうしたらいいのやら」
「インドと言えば紅茶だったな。何か買ってこい」
ポケットから財布と取り出すと、ちょい、っと悠は投げた。俺はそれを受け取る。
「パシリかよ」
「充分暇つぶしになるだろ?」
「……まあな」
仕方なく、俺は悠のパシリになることになった。
海外に来るのは珍しいことじゃない。仕事(副業)柄あちこちを飛び回っている。けど、観光をしたことはない。仕事が終わればはいさよならを繰り返してるから、土産の一つも買ったことがない。
空港から一時間ほど歩いて街についた。この街は大通りの左右を多くの屋台が占拠していた。GPTで見たガイドではここは観光地としては有名らしい。
ヤマトの場合だと、屋台同士の間には人が通れる隙間があるが、ここには隙間なくぎゅうぎゅう詰めになって並んでいる。人々はそこで買い物し、言い合いをし、笑いあっている。
売っているものは様々だ。肉に野菜に果物、木の籠の生きている鶏なんかもそのまま食材にされるものだろう。布に衣服に、筒状に丸められている絨毯、中には瓶に入った怪しい液体や、豆なんかも売っている。別のところでは犬や猫や、なんやらかんやら。ないものがないのか、というのが感想だ。
「さて、紅茶なんてのはどこなのかな」
しかし何故紅茶なんだ。インドといえばチャイじゃないのか。
まあいいか、と思いながら屋台を見ながら歩いて行く。
「ごめんよ」
体が揺れた。後ろを向くと男がぶつかったようだ。ぶつかった男は足早に歩いく。こうも人通りの多い場所だからそれもあるのだろう。
「そういえば財布にいくら入ってたんだ」
その中身によって買う紅茶の値段も決まる。多ければ少し高めの。少なければ安いのを。
多少は入っているだろうと思いながら、財布を入れた後ろポケットに手を伸ばす。
「ん?」
ポケットに手を入れると、そこに財布の感触がなかった。ポケットを叩き、もう一度入れるが、財布がない。どこか違う場所に入れたかと他のポケットをまさぐるが、どこにもない。
ふと、さっきの男を見ると、男も俺のことを見ていた。目が合うと、男は一目散に走り出した。
スリだ。そういえばここは観光地だ。観光客を狙ったスリなんかもいると、ガイドに書いてあったのを忘れていた。
急いで人をかき分けながら走るが、人が多いせいで早く進まない。逆に男の方はすいすいと人を避けて行っている。
「野郎っ。慣れてんのかよっ!」
男はこっちを見ながら走る。少し笑っているのが見えた。
野郎。俺が追いつけないと知って笑ってやがる。
その男の前を横切ろうとする、目をつぶった女がいた。
「きゃっ!」
前を見ていなかった男は女にぶつかり、二人とも転んだ。
よしっ、と心の中で叫んだ。乱暴に一気に人をかき分けて男の所へ向かう。着くと男は立ち上がり、倒れ込んだ女に罵倒を叫んでいた。
俺に気がついた男は、はっ、とした顔をする。
「運が悪かったなっ」
強く握りしめた拳を振り、男の顎を振り抜く。顎は大きく逸れ、それを軸に男の体がぐるりと回転し、地面に倒れた。
周囲にいた人間はどよめきながらこちらを見ている。
「おい誰か警察を呼んでくれ。こいつ女に破廉恥なことしようしたぜ。あと俺の財布を盗みやがった」
ざわつく周囲の人間の中からGPTを取り出し、電話をする者がいた。正直ものがいて嬉しいね。男の手から財布を取り返し、倒れる女の方を見る。
「おい大丈夫か?」
「はい。なんとか……」
女は目を瞑ったままそう返事をした。
まるで暗闇の中で物を探すように手は地面を触っていた。その手の近くには、バックとそこから出ているりんごやバナナが転がっている。その二つをバックの中に入れ、女の手を取り、バックを手渡す。
「ほらよ」
「あ、ありがとう」
手を取ったまま、女を立ち上がらせる。足元にもう一つ、彼女のものだろう杖が落ちていた。
「こいつも必要なんだろ?」
その手に杖を渡す。女はしっかりと杖を掴むと
「あんた、目が見えないのか?」
「え、ええ……」
巻き込まれまいとしてか、そう言って、彼女はその場を後にしようとした。
「ちょっと待てよ。人が多いんだ。危険だろ。俺がついて行ってやるよ」
「え、でも……」
「それに。あんたのおかげで金を取り返せた。お礼ぐらいさせてくれよ」
「はあ……」
半ば強引に俺は彼女を家まで連れて行くことにした。
薄暗い路地には物乞いが何人かいて、ハエが群がる悪臭漂うゴミ置き場を通り過ぎると、男と女が怒鳴り合う建物がある。そこを通り過ぎた所に彼女、ラーシャの家にあった。
「本当にここであってるのか?」
「ええ。ここです」
ぎこちなく答えると、ラーシャはドアノブに手を掛け、開けた。
どうぞ、と言われ、俺を家に入る。
家の中はシンプルな内装になっていた。
リビングに通されて入る。食器棚にテーブルに二つの椅子。テーブルにはラーシャと背の高い男が写っている写真が一枚。窓には小さな観賞用植物。テレビがない代わりにラジオがある。
よく見れば二つ椅子のうち一つは埃を被っていた。長らく使っていないのだろう。
「今お茶入れるから座っていて」
「ああお気遣いなく」
そんな社交辞令をされて、ラーシャは杖をテーブルの横に立て、キッチンの方へ歩いていった。お礼をするつもりが茶を出されるなんて世話ねえ。
大丈夫か、と思いながらも再度リビングの中を見渡す。
目の見えない彼女にはこんなシンプルな内装で良いのだろう。派手な飾りは必要ない。だが、どうだろう。目が見えないラーシャが一人でここで住めるものだろうか。
テーブルの上の写真に目が行く。
写真に写っているラーシャはちゃんと目を開いている。
褐色の肌の上に派手ではない薄ピンク色のサリーを着て、横にいる男は垢で染まった元は白いかっただろうシャツとその上から顔を隠すように土気色の布を纏っていた。写真から察するにおそらく目は後天的なものなんだろう。隣に写る背の高い男は、彼女の連れかな。
下衆の勘繰りをしていると、キッチンからお盆にカップを二つ並べて持ってきた。
「はい。チャイよ」
「これが」
渡されたのはインドのミルクティー、チャイ。温かい湯気と一緒に甘い香りとスパイスの匂いが立ち上る。
カップを取り、一口飲む。ミルクの柔らかさに砂糖の甘さ、そしてスパイスの独特の匂いが一気に口の中に広がる。
「おいしいなこれ」
「どういたしまして」
ラーシャも同じくチャイを口にする。細い指でカップを持ち、薄い唇が静かに甘くスパイスの効いたチャイを受け入れる。まるで画のようだと、俺は小さく口を開けながら見入ってしまった。
「ああ、ここには一人で住んでいるのか?」
そんなマヌケな自分を隠すようにそんなことを聞いてしまった。
「今はね。けど、前までは一緒に暮らしていた人がいたのよ」
「旦那さん?」
「ええ。もう何年も会ってないけど」
「ふうん」
これ以上はその話をしようともは思わなかった。何らかの理由で旦那が消えたか家を出た、というものだろうと予想はつく。
だから別の話題を振ることにを選んだ。
「しかしこれうまいな。どうやって作るんだ?」
「ふふ。特別なことはないわ。ここあたりじゃ良い茶葉が入らないからこうしてごまかして飲んでいるのよ。シナモンやカルダモンを入れてるのがその証拠」
へえ、とまたチャイを飲む。ホントにうまいな。
「私、十年前までは目はちゃんと見えてたの。ちょっとした事故にあってね」
「事故?」
「ええ。夫が家にいて、私が外に買い物に行っていた時にちょうど交通事故に遭遇してね。薬品が入ったトラックが横転して、その薬品が私に掛かったの。その時にダメになったみたい」
暗闇の中で音だけが聞こえる。どんな気持ちか痛いほど分かるよ。
「病院に行ってもダメだった。結局、私はこうしているわけ」
「そのトラックを訴えなかったのか。金を取れたはずだ」
「そんなお金はない。ここに住んでいる人は皆そう。ただその日暮らしをするしかない。私はこんなのだからステイツから少しお金をもらっているけど、それでも皆と一緒」
「貧民街、というほどには見えないけどな……」
誰が好き好んでこんな生活を続けたいというのか。続けたくないけど続けるしかない。気持ちはよ
く分かるよ。
「あなたもしかして、ヤマトの人?」
「まあな。それが?」
「今のステイツになる前からヤマトは海に囲まれていたのよね」
「今と変わらない島国さ。それが?」
「私達のステイツはそうじゃなかった。初めてステイツシステムを導入してからこの国は、ステイツは何十年も何百年も苦しんだ。その上で犠牲になった人達がいた。それが昔の貧民街の人達。最下層の人達が消えると、今度は中流階級の人達が貧民になってしまった。それが私達のずっと昔の祖父母達。ここは元々その中流階級だった人達の家だったのよ。でも、こんな場所でも私はあの人を待ってるわ」
「帰ってくるかどうかも分からないのにか?」
「ええ。だって、あの人が戻ってきた時に私がいなかったら、寂しいじゃない?」
瞼を閉じたラーシャは微笑んだ。双眸の裏にある暗闇に、例え彼女は光を見出すことができなくても、彼女は待ち続ける気なのか。待つ苦痛は俺も知ってる気だ。
「……実はな、ヤマトの人間かどうか俺にも分からないんだ」
「え?」
「俺には妹がいるけど、血液検査だと俺も妹も純粋なヤマトの人間じゃないらしい。俺達は児童福祉施設にいた。捨てられたのか預けられたのか知らないが、とにかく俺達はそこにいた。親の顔を知らないんだよ。どこの人間だったかも分からない。だから半分はヤマトかもしれないがもう半分は分からない。そこに二人の大人がやってきて俺達兄妹を引き取ってくれた」
「それが今のご両親?」
「そう。ただ二人ともとっくに死んじまったけどな。三年前。東オセアニアステイツの爆発に巻き込まれてな。その前に聞くんだったよ。知ってることをさ……」
「……いいかしら」
カップをテーブルに置き、立ち上がって俺の横に来る。
両手を伸ばし、俺の顔を触ってくる。褐色の細い指が俺の顔をなぞる。
瞼、鼻、唇。そして耳。
「確かに。ヤマトの人って顔が平たいけど、あなたのは少し違う。それに」
「それに?」
「耳が尖ってる」
「もしかして宇宙人だったりして」
「ふふふ」
彼女は柔らかい笑みを浮かべた。
「そういえば、昔聞いたことあるわ。大昔ここあたりには耳が長い人や、牙が生えた人達がいたって」
「そいつは多分、デミ・サピエンスのことだろ」
「デミ・サピエンス?」
「大昔に絶滅した人類さ。エルフやドワーフとか、聞いたことあるだろ」
「ええ。確かエルフは長生きをする人達でドワーフは鉄を作るのが得意って」
「大昔はそんな奴らが今の人間と同じように生活してたそうだ。こいつは俺の友達が話してたことだけど、そのデミ・サピエンス達は実は幻想生物みたいに何か特別な力を持っていたそうだ。まあどんなのかは今でもよく分かってないらしい。その類なんだろ」
「絶滅してしまった人達。力を持っていてもいつかは滅んでしまうのね」
「世の中は弱肉強食ではなく、適者生存らしいからな。弱いから消えるとは限らない」
「強くても消えてしまうんでしょ?」
「消えない人間はいないさ」
そう言ってチャイを飲むと、ポケットのGPTが鳴った。悠からだ。
「おう」
「ヘリの修理が終わった。お前もそろそろ戻ってこい」
「はいよ」
GPTをしまい、残りのチャイを一気に飲み干す。
「じゃあ、チャイありがとうな」
「行くの?」
「ああ。チャイおいしかったよ」
「また会いましょう」
「ああ。またチャイを頼むぜ」
空港に戻り、ヘリの元へ行く。
中に入ると悠とアーシュが書類を見ながら話しをしていた。
「なんの話だ?」
「戻ってきたか。ついさっき、近海で戦闘行為が行われたらしい。そこを迂回するルートを話をしていたところだ」
サングラスを掛けたアーシュがこくりと頷く。相変わらず愛想のない女達だな。
「それに参加しなくていいのか?」
「不用意に戦いに身を投げる必要はない。それともお前はただ人殺しをしたいのか?」
「ないね。金にならないなら何もしたくない」
「そうだろ? 十分後に出発する。頼んだものは買ってきたか」
「買ってきた。ほら」
ポケットから財布を出し、一緒にペットボトルにはいった紅茶を渡す。
「なんだこれは」
「頼まれた紅茶だよ。そういう企業がこっちに来てるみたいでさ、今ではそいつが主流なんだと」
ほんと、嫌な時代になったもんだ。
研究所
椅子に座り、肩の力を抜いてモニターに映る少年の顔を見ていると、他の研究員達の雑談が耳に入ってきた。
「なんの話をしてるんだい?」
軽く声をかけると皆振り向き、ハインリッヒを見た。
「子どもの頃の夢の話ですよ。主任」
「夢?」
科学者として、ある意味では重要なものだ。何か目的もなしに研究などできるものではない。夢とは目的の別名だ。
「主任はなんでした?」
足を組み、天井を見ながらハインリッヒは答えた。
「今と変わりないよ。今やってることが昔からやりたかったことだからね」
「へえ。主任って意外と一途なんですね」
「バカなこと言ってないでほら仕事に戻る」
ぱんぱんと手を叩くと、蜘蛛の子のように研究員達は雑談をやめ、仕事に戻っていった。
夢は昔から変わってない、と心の中で呟いた。
「今も昔も、ずっと彼らのことを考えていたよ」
そう言って、もう一度少年の顔を見る。その横にはベッドに寝ている少女の姿が映っていた。
北ヤマトステイツ
インドステイツから戻ってくると俺は病院に向かった。もちろん、楓に会いに行くためだ。
一日でも多く楓の元気な姿が見ていたいからだ。
その俺と一緒に悠が隣にいた。
「また義手のメンテナンスか」
「ああ。どういうわけか最近動きが鈍い」
そう言って左腕を動かす。シリコン製の皮膚が動き、左手がぎこちなく開いては閉じてを繰り返す。
「もっといいのにすればいいだろ」
「良すぎると、どうも気持ち悪くてな」
「そういうものなのか?」
「……」
黙っていると電車がやってきた。中に入ると時間が時間なためか、電車の中はスカスカだった。二人して座席に座ると視線を向こうに定めたまま、悠が言った。
「私が義手になった理由、話してなかったな」
「……別に興味がないけど、一応聞こうか」
暇つぶしになるさ、と言って悠は話し始めた。
三年前。悠は傭兵だった。メイルを纏うヴァスタードではなく、ただの傭兵。
出身である東オセアニアステイツは内乱中であり、多くの傭兵達が出入りしていた。その中のセレーネ団という傭兵集団。悠はその一員だった。そこに入った経緯は話さなかったが、悠はその傭兵の仲間達と共に東オセアニアで活躍していた。しかし戦闘中に腕を負傷し、そのまま戦線離脱。その後に東オセアニアステイツは消滅した、という。
「あの近くにいたのか」
「きのこ雲が小さく見えた距離だ。そう近くはない」
「それで、どうして義手に?」
「どうやら相手の得物が特殊だったらしくてな、腕が壊死していた。そのまま放置しておくと全身も同じようになってしまうから、切り離すしかなかった」
「切ったのか、腕を?」
「麻酔も何もなかった。切ったさ。死ぬほど痛かったよ」
死ぬほどではなく本当に死んでしまう一歩手前だと思うが、言わないでおこう。
「そんなこともあって、今はこうなったわけだ。感覚が通ってないやつだからな。何を触っているか分からない。感で触るしかない」
「大した感だよ」
「ずっとイライラしていたが、最近は少なくなってきた」
「へえ。何かあったのか?」
「お前に会えた」
「…………」
数秒、時間が吹き飛んだような気がした。
電車がガタガタと鳴り、アナウンスが次の駅を知らせる。
「へっ、男としては一度は言ってみたいぜ」
そう言って俺は立ち上がり、ドアの前に経った。
どこを見ているのか分からないまま、ドアが開くと俺は電車を降りた。
病院 楓の病室
楓に顔を出した後、俺は院内のコンビニに向かった。スイーツサンドと飲み物を買いにいったわけだが、どういうわけか客が多かったせいで遅く戻ってきた。
買い物袋を携えて病室に戻ってくると、楓の笑い声が聞こえてくる。
「なんの話しで盛り上がってるんだ?」
「お兄ちゃんのつまらない話」
腕と足を組んで、悠が小さく笑う。
「お前、子どもの頃は知らない女性にほいほい付いて行ったそうじゃないか」
ふふふ、と笑う。そんな昔のことを話していたのか。
「忘れたよ。そんなこと」
「昔からお兄ちゃんは都合の悪いことを言われると知らない覚えてないだけしか言わないんですよ」
「悪いやつだ」
買い物袋を横に置き、腕を組んで壁にもたれる。
「ほんと、仲がいいねお前ら」
「ところで悠さん」
「ん?」
「彼女さん、っていますか?」
「いないが」
「ちょっと待て。そこまで仲良くなられても困るんだけど」
とやかくいうつもりはないが、妹には健全な恋愛をしてほしい。
「もう何言ってんのよ。こんなかっこいいんだからそういう人がいるかもしれないでしょ。そうじゃなくて、もし彼氏彼女さんどちらもいなかったら、こんな兄でよろしければ」
「お前、何を」
照れて言ってるんじゃない。内臓が冷えるほどに嫌悪の結果言っているんだ。
「申し訳ないが、私にも選ぶ権利がある。男であれ女であれ、私が選ぶよ」
「じゃあお兄ちゃんは?」
「可能性は低いな」
「忘れてるかもしれないが、一応は俺にも選ぶ権利があるんだぜ?」
「どうだろうな。優先順位はこの子の方が上だからな」
そういって、楓の頭を撫でた。撫でられた楓は、猫のように悠に擦り寄る。
「えへへ。私の方がうえー」
嬉しそうで何よりだよ。
病院を出て、帰路を悠と同じくしていた。
「私はかっこいいのか?」
「なんだよ急に」
「いや楓が言っていたことが気になってな」
「まあ、並の男以上にはな」
むしろこれで男だと言われたらやばい。もしこいつが男であったのなら、美人系イケメンだろうし、かと言ってそのままではイケメン系美人であるから、隣を歩く俺は困るわけだ。言っておくが俺は可愛い系女子が好みだ。
「そうか。可愛くはないか……」
と、悠が小さな声でそう呟く。
「……今のは聞かなかったことにする」
「リボン、とか私に合うと思うか?」
「……今のも聞かなかったことにしてやる」
東南アジア系ステイツ 某所
BBナックルが受けた依頼はある研究所を破壊してほしいというものだった。彼に届く依頼は全て破壊してくれ、というものばかりだ。そのおかげでついたあだ名が破壊屋ナックル。彼自身結構気に入っているものだ。今回も同じようなものだ。
しかし、実際は違った。破壊目標の研究所はなく、代わりに無数の無人メイルが待ち伏せをしていた。事前調査をしなかったツケというだろうが、本人はそれに気にすることはなかった。
依頼達成の報酬より、ものを破壊することが好きであるからだ。だから嘘の依頼であっても壊すものがアレばそれで良しとしている。しかし、無人メイルの数はいくら叩いても尽きなかった。
「くそったれがア!」
ドレッドである巨碗、金剛を腕に纏い、無人メイルを屠っていた。潰し、引き千切り、粉砕と鋼の巨碗を大いに振るうが、それでも虫のように湧き出る無人メイルに悪態をついていた。
「なんなんだこいつら。いつまで出てくる気だあ?」
その様子を上空で滞空している大型ヘリの中でベネジェクトは愛用のマグカップに入ったコーヒーを飲みながらBBナックルの様子を見ていた。
「悪いね。実験なんだ」
コーヒーを啜りながら言う。その声がBBナックルに聞こえてはいない。
「どうだい。反応は」
「良好です。微量ですが反応が大きくなってきています」
「そうか。それは良かった。しかし彼、やるね」
「元ボクサーだそうです。元から体力にはあるそうですし、なによりあの腕と相性が良いのでしょう」
「でも彼のあれ、ボクサーっぽくないよね?」
モニターに映るBBナックルは無人メイルの上半身と下半身を持ち、無理やり引っ張って壊していた。
「そろそろ無人機の方も尽きます」
「そうか。じゃあそろそろ新型の実験開始してみるか」
「分かりました」
返事をした研究員はタブレットを操作する。ヘリの後ろが開き、青いメイルが投下される。
「ああん? なんだあ?」
上を見上げるBBに向かって。また別のメイルが飛んでいく。
同日 南ヤマトステイツ 某海上
ヘリを近くの島に停泊させ、目的地へに向かって俺とリリィは飛んでいた。
目的地は海賊団がいる海域。ヤマトのような四方を海に囲まれたステイツでは海賊というのは珍しくない。特に無人メイルを抱えている海賊は。
「それで? なんでお前までいるわけ?」
隣を飛ぶリリィに向かって言うと、
「家でじっとしてるのは性に合わないし、少しでもお金を稼ぎたいのよ」
と、分かりやすい説明をしてくれた。こいつが言う家とはもちろん俺の家のことだ。二度目の宿泊
から三日過ぎていた。その間ずっと我が家に居候として身を置いているわけだが、三度目からは慣れてしまったのか、学校が終わったら普通に家に帰ってくるということになっている。もう俺を殺る気がないのか、学校では俺に殺気をたてることはない。
「それに、いつどこがあんたを倒せるチャンスが来るか分からないから」
殺る気まんまんだ。なんでこんな困ったちゃんになったんだろ。親の顔が見てみたい。
「いいか二人とも。今回は海賊団の駆除だ」
「駆除か。害虫扱いだな」
「あいつらは害虫そのものよ。武器積んだ船襲って奪ってそれを裏で売ってんるんだから」
「お前が言うとなんか説得力があるな。もしかして、やられた口か?」
「損害がひどいのよ。しかもお金がうちに入ってくるわけでもないし!」
「おーおー。俺ん家が武器屋じゃなくてよかったよ。そんなわずらしさを受けずに済む」
「うるさいわね!」
「相手はラムゥカ海賊と名乗っている奴らだ。船籍は約二十」
「多すぎないか?」
「なんでも島一つを所有し、そこを拠点として、そこで生活してる奴らだ」
「だからそんなに多いわけ?」
つまりはそこで暮らしている奴らが海賊で、船が多い理由か。
「理由はどうあれ、この近くの島々には被害が出ているのは確かだ。こっちに義の理がある」
そう考えれば、少しはやりやすいということか。
「それとだが、今回の依頼にはもう一人参加しているのがいる」
「誰だ?」
「ジョン・ドゥだ」
「彼が?」
「実を言うと今回の依頼は奴からのものだ。海賊の駆除は奴に来たものだが、さすがにその数は初め
てらしくてな。その補助役にお鉢が回ってきたということだ」
「そういえば知り合いっぽいみたいだったな。お前ら」
「まあな。奴とはそれなりに付き合いは長い」
「死神とホーク。嫌な組み合わせね」
「なんでもいいさ。お金がくればな」
「そうね。そっちの方が大事ね」
「傭兵らしいことを言うじゃないか、ひよっこ共。ジョンに遅れを取るなよ」
海域に入る前から多くの砲撃と銃撃の音が聞こえてきた。すでに戦闘は始まっていた。
漁船に装甲を貼り付けた幾つもの海賊船がジョンに向かって砲撃を繰り返している。
白いメイルを纏うジョンは無数の砲弾を鳥のように飛行しながら避けていた。
レッドダッシュし、船に近づくと、船首部分にグレネードを打ち込み、船体の横に二門のガトリング砲がついたDSAベロウで穴をあけていく。エンジン部分に無数の銃弾が命中し、火が拭く。
海面をレッドダッシュし、次の船に接近し長身のライフル、TXG91コンドルを向ける。
「すげえな」
遠くから見ていた昴は声を漏らした。すでに幾つかの船は半身を沈めている。
「ほらあたし達も行くわよ」
はいはい、と生返事をし、二人は速度を上げて戦場へと突入していく。
昴とリリィが豆粒より小さく見えるほどの遠くから悠の乗るヘリは滞空していた。
「ジョン。聞こえるか」
「ああ。良好だ」
そう答えながら船を二隻沈め、次の標的へと接近する。
「邪魔なら今は止めようか?」
「いや。充分だ。リリィ嬢もきたのか」
「あいつらのことは気にするな。それよりお前が人を頼るとはな」
悠が知るジョン・ドゥは人に頼られるが頼る方ではない。オペレーターを雇わず全てを自分でこなし、決して群れる男ではなかった。
「お前が育てている奴を見たくなっただけだ」
同時に船を二隻沈めながらジョンは言った。末恐ろしい男だ、と感じながらも悠は続けた。
「お前が目につけるほどでもないさ」
悠の見立てでは昴、リリィとジョンの差は雛鳥と大鷲ほどの差があると見る。これまで踏んできた場数が違いすぎるからだ。
「とりあえず、周辺の海賊船を叩いてくれ。報酬はちゃんと三人分渡す」
「二人分でいい。私は昴から三割もらう契約になっている。それを破ることはしたくないんでな」
「律儀な奴だな」
「そうでもないよ。望まない奴を戦場に出してるんだ。バチが当たっても文句は言えんよ」
「殊勝な奴だなお前は。ルーカスが育てた娘とは思えないぐらいにな」
「あれを反面教師として私はここにいる」
「そういうことか」
ふと笑い、ジョンは無線を切り、戦闘を続ける。
その横では昴とリリィが船を沈め続けていた。
狙うのは分厚い装甲がついていない箇所。そこだけはただの船だ。メイルの四十口径でも容易に貫ける脆弱な部分だ。
リリィは正確にその部分だけを狙って、グレネードを撃ち込んでいた。対して昴は装甲など関なく銃弾を撃ち込んでいた。
「でええや!」
脚のブースターを吹かし、船首を蹴り上げて船体を傾けて、晒しだした船底に銃弾を撃ち込む。
「何手間かかることやってんのよ」
「一度やってみたかったんだよ。それに」
それはアーリーメイルだからできたものだ。レッサーメイルでは船を押すことはできても蹴り上げることはできない。オリハルコン製であることができる要因ではあるがそれとは別に出力の差もあった。
「今日はジェネレーターの調子がいいみたいだからな」
内部にあるメイルの心臓。メイルを動かしているジェネレーターはその存在を知られながらも未だに分かっていないものだ。レッサーメイルはアーリーメイルを模範して作られたものだが、オリハルコンと動力源であるジェネレーター、そしてドレッドを作り出すことはできなかった。
オリハルコンの代わりにセラミック製の皮膚を得たが、心臓とそれが生み出す膨大な力を吐き出すドレッドは作れず、動力を高圧縮水素電池を動力源にし、ドレッドの代わりに多種多様な武器を作り出してきた。
ジェネレーターの良し悪しは、項に繋がれているケーブルを通して感じることができる。それは数字や音として表示されてるものではなく、そのように感じることができるのだ。
「調子に乗ってバカやるんじゃないわよ」
言いながら遠方からの砲弾を避け、その船に向けてテールバインダーからミサイルを発射し、沈める。
残る船隻は十隻もない。
「ようし。あとはあれだけだな」
「なんなら競争してやってもいいのよ。どちらかが多く沈められるか」
「いいぜ。ゲームで負けたが今回は俺が勝たせてもらうぜ」
互いに並び立ち、得物の残弾を確認していると、その前にジョンが降りてきた。
「悪いが遊びに出す金はないぞ。下手をして死なれても困るからな」
そのジョンの後ろには残りの船達が集結しつつあった。
「ここまでやれば後はオレがやる」
くると振り向き、背中の大筒が動いた。
「ドレッドか」
ジョンの左腰に移動すると、筒が伸びて砲身となり、横と下からグリップが出る。
「ラミエルだ」
グリップを掴み、その先を船団へ向ける。
横のグリップを前に出し、引き戻すと、白いメイルに赤いラインが走る。砲身が回転を始め、まるで大きく息を吸うように、ドレッド、ラミエルは周囲の空気を巻き込んでいく。下のグリップについている引き金を引くと、ラミエルの口から半透明の線が走る。光を屈折させながら走るそれは船団の先頭の船を貫き、中心で大きくドーム状に広がりながら海賊船を次々に消滅させていく。
終わりには海を半円にえぐり、塵一つなく残り全ての海賊船達を消し去った。
「すげえ……」
感嘆の声を漏らす横で、リリィは冷静にラミエルを分析していた。
「圧縮した空気を対象の中心で放出して、その強力な空気で対象を切り裂くドレッド。うちでも同じ
もの作り出そうとしたことあったらしいけど、結局は強い送風機ができただけみたい」
「家電製品も作ってるのかお前ん家。知らなかったよ。今度扇風機買う時は選んでおくぜ」
「何をー!」
リリィが昴に噛み付いている間にラミエルは元の位置に戻り、大きくため息を吐くように蒸気を海面へ向けて噴出させる。
すると、がくっ、とジョンの高度が下がり、くるぶしまで海に浸かる。
「おい!」
リリィの声を遮って、昴はジョンの腕を掴んだ。
「悪いな。こいつ、あれをやると出力が一気に下がるんだよ」
「だから俺達を呼んだのか? 老人介護なんて柄じゃないんだぜ?」
「オレをジジイ扱いするなよ。まだ二十代なんだぜ?」
二人して笑い合うのを見てリリィは、
「なに笑ってるのよこの二人」
冷静にそう呟いた。
ジェネレーターの出力が下がったジョンは、昴達のヘリの乗っていた。
悠は周囲の情報を得るために無線傍受をしながら操縦室にいて、三人のヴァスタードは貨物室にいた。
「あんた、ヘルメット外さないのか」
ヘリに乗る三人はすでに帰路につき、戦闘する必要はないのでメイルは取っていた。昴とリリィはヘルメットを外していたがジョンはその流線型のヘルメットを被ったままだった。
「まあ、な。ネット動画とか見れるんだ」
「そいつは便利だな。もしかしてこいつの動画とか見れるのか?」
「なっ!」
「ああ。見たぜ。歓声が酷くて耳が痛かったけどな」
「ちょっとあんた達何言ってんのよ!」
「ははは悪い悪い。けど、オレには女がいるから。小娘の体を見たって。ふっ」
「鼻で笑った! あたしのこと鼻で笑った!」
「女、いるのか」
「まあな。もう何年も会ってないが」
「あたしのこと無視なのね」
ふんっ、と腕を組んでそっぽを向くリリィを尻目に二人は話しを続けていた。
「オレも彼女も、ほそぼそと生きてたが、ある時金がいるようになってな。それでオレはこうして汚
れ仕事をしてるってわけだ」
「金ね。病気かなんかか?」
「まあな。事故で目をやられて、彼女は今も暗闇の中を見つめている。オレはその治療費を集めるためにこうしているわけだが、そのおかげで彼女と一緒にいられない」
ヘルメット越しに聞こえるジョンの声が人そのものの声に聞こえた。
誰かの為にとやりながら、その誰かと一緒にいられないという当たり前のようでそうではない事実。
まるで、鏡を見ているようだ、と思った。俺もジョンも大切なもののために手を汚していくしかない、と。
「なんだか他人のようには思えないな」
「慰めか?」
「いや、マジさ。なんならその彼女さんに何か伝えてやってもいいぜ。どこにいるんだ?」
「インドだが、いいさ。オレの言葉はオレが伝える」
「そうかい。いらぬ世話だったな」
「ふっ、お前はおかしな奴だな」
「なんで?」
「こんな仕事をしていると、人の下種なところが見える。憎い奴を叩け、邪魔な奴を消せ、嫌いな奴を殺せ。どんな奴の腹の底には、肥溜めのような悪臭を臭わす一物を持ってる。そいつは傭兵も変わりない。金のため。そんなもので人を殺す。戦場は地獄だ。どこにでも死が転がってる。当たれば死ぬし、当たらなければ死なないが、また次の戦場へと行く」
それは、疲弊した人の言葉だった。
どこにいても見えてくるものは同じもの。人の弱さ汚さ。そこから吐き出される金による死を押し売り。そしてそれを売るのはいつも自分。大切な何かのために始めたのにと、後悔するにはいつも遅すぎる。
「だがお前はどうも違うものを感じる」
「違わないさ。俺もあんたも同じクソッタレだよ」
そう言っている側でリリィが顔を向ける。
「言っとくけど、あたしはあんたとは違うからね」
「言わなくても分かってるよ。戦ってる途中でストリップする度胸は俺にはないよ」
「ムキィーっ! あれはあんたが!」
「ちょい待ち、電話だ」
ポケットからGPTを取り出し、表示を見ると病院からだった。
「もしもし」
「雪風楓さんのお兄さんですか?」
顔見知りの看護師の声だ。それが急いでいるような声色で攻め立てる。
「楓さんの容態が急変しました。いえ、容態というか」
「どういうことです?」
「とにかく急いで病院に来てください!」
そう必死の声を上げて、電話が切れた。
「……」
「どうしたのよ?」
恐れていたことが起こった。
「悠。北ヤマトまであとどのぐらいだ?」
「北ヤマトまではこのまま行けば二時間だが、ジェットで行くと二十分で着く。悪いが今の会話傍受
してしまった。病院までは約二十四分というところだ」
頼むぞ、とアーシャに言うと、親指を立て、速度レバーを大きく前に倒す。ヘリは揺れて、最高速度を維持したまま、病院へと向かった。
「変化した?」
「ええ。反応数値が今も上昇しています。これはオリジナル反応と同じです」
「へえ。失敗作だと思ってたけど、中々どうして。あの二人は見る目があったわけだ」
「しかし本体が本体である以上、オリジナルと同じようにはないのでは?」
「いいじゃないかそんなこと。偽物が本物を超えちゃいけないなんて、どこの教科書にもかいてないだろ?」
「はあ……」
「ま、でも今は困るよね。じゃあ急いで行くか」
高速で飛んできたヘリは病院の敷地内の降りていた。患者や看護師達が不思議そうに見ている中で、操縦室では暇を持て余したアーシャが足を上げて両腕を枕していた。
ヘリが降りる前に飛び降りた昴は真っ先に病院へと走っていった。
糸が切れた音がした。自分と楓を繋ぐ、ひどく細い今にも千切れそうな脆い糸がついにその時が来たのだと告げる音がした。
階段を登り、階に着き、楓のいる病室へと走っていく。息を切らし口から出るそれが耳に聞こえない。後ろから付いてくるリリィの声も聞こえない。大きく開いた目には何も映らない。
楓の声。楓の姿。今の昴には、
「楓!」
ただ一人の肉親のことしかなかった。
「私を置いていくな」
昴の隣を悠は走っていた。
「まあ聞こえちゃいないだろうさ」
悠にとっても楓のことは他人事ではなかった。自身で思うところで楓は傭兵やヴァスタード以外での数少ない友人だ。そう思えば悠もまた足を駆けさせる。
病室近く前まで来ると、病室までをたじろぐ医者や看護師達がいた。
「何があった!」
悠の声ではっと振り向いた看護師は病室に向けて指を指して、口をぱくぱくと開閉させる。
尋常ではないこととすぐに悟った。
「楓!」
医者達に目もくれず、昴は病室に入る。
「――――」
タッチの差で悠が病室に入る。
「これは」
楓の体がベッドから離れ、浮遊していた。
楓本人は静かに眠っているようだが、翠色の光に包まれて浮かんでいた。
「なんだこれ? おいなんだよこれ!」
激情を隠さずに医者に叫んで問いただすが、聞かれた医者も戸惑っていた。
「わ、分かりません。血液検査をしようとしたところ、このような……」
医療の領域を超えているのは目に見えていたが、それでも医者に聞くしかなかった。
「おい治るんだろうな? なあおい!」
「落ち着け。見たところ楓は浮いてるだけでどこにも外傷は見当たらない。そうだろ?」
「は、はい」
「ならば問題はない。これはただ浮いているだけだ」
「おいそんな簡単に」
「ではこれは何かの発病したというのか? なにかしらの怪我をし、その後遺症でこの現象が起こっていると、お前は言えるのか?」
「い、いや……」
「見ている限りではこの光は弱まっている。そして徐々に降りてきている。昴、受け止めてやれ」
鷹の目を持つ女の判断は正しかった。楓を包む翠色の光はその輝きを弱らせ、体がベッドへと近づいていた。
両手を大きく広げ、落ちてくる楓を受け止める。その体はまるで無重力にいるように重みを感じなかった。
光が消えると、途端に昴の両腕に重さが蘇ってきた。忘れて久しい妹の重み。
ゆっくりとベッドに降ろし、顔を見た。
「すう……すう……」
小さく、はっ、と笑ってしまった。
当の本人がこんなに静かに寝てるっていうのに、俺は何を馬鹿みたいに上がってんだ。ベッドから離れると、堰を切ったように医者と看護師が入ってきて楓を見始めた。
遅れてリリィがやってきて、騒然をしてる病室を覗く。
「何が、はあ、はあ、あったの?」
一緒にヘリから降りたジョンは病院に入らずに入り口にいた。
「あいつにも、同じようなものがあるわけか」
お互い、守るもののために手を汚さなければいけないわけか、と自嘲する。他に楽な方法があるというのに、どうしてオレ達はこの道を選んだのだと思う。
「おや。久しぶりだねえ」
力の抜けた声が聞こえた。
誰だ、と振り向くと、ヘルメットの奥にある瞼が大きく開く。
「お、お前は……」
「名無しを名乗るなんて、面白いことを考えたねえ」
「さっきのあれ、なんだったんだ」
すぐに検査室に連れて来られた楓を追って、昴達はその廊下の椅子に座っていた。
昴を白い天井を見上げ、悠は腕を組んで壁に背をもたれ、リリィは椅子に行儀よく座っていた。
「さあな。だが言ったとおりだ。病気や怪我であんなことが起きるはずがない。だからその二つのことは安心してもいいだろ」
しかし、と続く言葉は言わなかった。不明瞭な不安を煽るほど無粋ではない。
それはリリィも同じだった。
「そうよ。何があったか知らないけど、何もなかったんならそれでいいじゃない」
「……ま、今はそういうことにしておくか」
喉を通して出る声は暗く重い。肉体の疲労は些細なものだが気力の疲労は多大なものだった。それが声として現れたのだ。
「あいつはな……俺のたった一人の家族なんだ」
封をあけた手紙を読み上げるかのように昴は続けた。
「俺達には親はいない。本当の親父達を俺達は知らない。気づいた頃にはデカイ施設にいて、仲間がいた。皆親がいない奴ら。捨てられた、痛めつけられた、逃げ出してきた、理由はそれぞれだが、どいつもこいつも、夜になると泣いていた。お父さんお母さんってな。子どもにとっての不幸ってな、親がいないってことなんだよ。親がいればどんな問題も小さいもんさ。そんな中にいて、俺は違った。幸も不幸もない。妹を、楓を不幸にしちゃいけない。夜に泣くあいつらみたいに、泣いてるのは見たくなかった」
「……それが、お前が楓に必死になる理由か」
「ああ。言っちまえばな、自分のためさ。あいつに泣かれると困る。困りたくないのにどうしても困っちまう。だから、困りたくないから俺は、動くのさ……」
最後の一言は、言いようもないほど重かった。今にも泣きそうになる寸前の言葉と声。
「それでいい」
流麗に飛ぶ鷹のように悠は口にした。
「他人のためというのは間違ったものだ。そういうことを言う奴は自分のことを蔑ろにする。自分をムゲにする奴は誰も救えない誰も助けられない。自分という可能性、自身という楔があるからこそ、人は必死になれる。だからこそお前はそれでいい。自分のためと言えるお前は正しい」
呆けた顔を上げ、悠を見た。
検査室のドアが開き、医者が出てきた。
「検査を終了しました。こちらへ」
検査室に入ると、ガラス窓の向こうの診察台の上には楓がまだ眠ったままだった。
「結果は体のどこにも以上はありませんでした。ですが今楓さんは昏睡状態にあります」
「昏睡状態?」
「外部からの刺激にたいしては反応します。しかし、一向に目覚めようとしません」
「それってつまり、ずっと眠ってるってこと?」
「そういう認識で構いません。この状態が一時的なものであれば問題はありませんが、長期になる可
能性も考慮しなければなりません」
「そう、か……」
安心していいものか不安になるべきか、分からないほどの中空に昴の心は浮かんでいた。
そんな昴に代わって悠が聞く。
「あの現象に関しては?」
「分かりません。おそらくどの医学書にも書かれていない病気、というよりはあれは医学が扱える常識を超えています」
「だろうな……」
そうでなければこの医者に八つ当たりをしていたところだ。
「……医学ではありませんが、もしかしたら魔術ではないか、と」
「魔術だと?」
「あなたそれでも医者なの? 魔術なんて何百年も昔に廃れたものの名前を出すなんて」
「すいません。しかし、あの現象を説明するにはそれしかないです」
「おいふざけるなよ……医者が匙投げてんじゃねえよ!」
医者を胸ぐらを掴みかかった昴の声は心からのものだった。一番信用しなければならない人が手を離そうとしている。自分ではもうどうしようもないと、突き放そうとしている。そう思えば自然と手が出た。
「あいつは、治るんだろ? また目を覚ますん、だろ……?」
胸ぐらを掴む手が緩む。膝から落ち、背中を丸めて床に突っ伏す。
「頼む……目を覚ますと言ってくれ……」
その姿は神に祈っているようだ。少なくともリリィにはそう見えた。
人を馬鹿にし皮肉を言うこの男が、ひどく弱い、哀れなただの男に見えた。
「ちょ、ちょっと」
触れれば崩れてしまいそうなこの男の背中手を伸ばそうとすると、それより早く悠の手が出た。
左手を昴の胸ぐらを掴み、持ち上げる。
「立て」
顔はひどいものだった。涙が流れていないのが不思議なほど、壊れかけていた。
「願うな。祈るな。頼るな。その目で見つけろ。その足で探し出せ。その手で掴め。その体で証明してみせろ」
かつてホークと呼ばれた女傭兵は弱音を吐くなと言っている。
戦場では願いは叶わない。祈りは通じない。頼れるべきものなどいない。だからこそ己の足で進み、己の手で戦い、己の体が示し続けた。
誰かのためではない。いつだって己の為にそうしてきた。それだけが唯一つの生きてく手段だったからだ。
ならばお前も示せと、言っている。
「方法はあるはずだ。別の病院か、医者を探すぞ。セカンドオピニオンというやつだ」
そう言って昴から手を離し、医者の方を向く。
「医者でなくても構わない。研究施設、東洋医学、どこでもいい。可能性のあるところを紹介してくれ」
「は、はい」
医者が椅子から立ち上がると、後ろの出入り口はばんと開いた。
「なら僕達に任せなさい」
両開きのドアを両腕いっぱいに広げて押し、白髪の男が入ってきた。
四角い顔に収まる鈍色の目をどろりと動かし、周囲の人間を見て、白い眉を上げる。
「だ、誰ですかあなた?」
すっ、鷹の目が医者に行き、白髪の男の方に戻る。
男は大丈夫大丈夫、と手を振る。
「一応僕はその道のプロってことだから。だからユキカゼカエデちゃんのことは任せなさい」
「は、はあ……」
「待て」
ザッ、と鈍色の瞳を貫くように鷹の目が睨む。
「お前、医者ではないな」
「どうしてそう思うんだい?」
「ここの者だったらあの医者がお前のことを知らないわけがない。そして医者なら自分の専門の科を言うはずだ。その方が分かりやすいからな。だが自分のことをプロという医者を私は見たことがない。何よりこのタイミング」
「グッドタイミングでしょ?」
「そうだ。良すぎた。まるで見計らったようにな。実際そうなんだろ」
はははは! と男は声を上げた。
「いやーすごいね君。まるで小説の探偵みたいだ。よく僅かな情報だけでそこまで考えられたね。うん。及第点だ。けど、ちょっと足りなかった。このタイミングは偶然だよ。彼女が半覚醒状態になったのは全くの偶然だ。むしろそのタイミングは悪いと思ってるところさ。だから急いでやってきたんだよ」
「お前、何者だ?」
「紹介が遅れた。僕の名前はハインリッヒ・シュヴァーツ。幻想修復機関ゾディアックの復元技術部門主任だ。よろしく」
「ゾディアック?」
「ちょっとあんた! いきなり現れて何言ってんのよ」
「簡単に言うと、僕達が作ったものだから責任を取ると言っているんだよ。リリィ・アイオリア」
「テメエ……」
ゆらり、と昴が立ち上がる。
「楓に何するつもりだ」
「お~スバルくん。元気だね。何よりだ。君と会うのは十五年ぶりかな?」
「なんだと?」
「まあ積もる話はあるんだろうけど、とりあえずはあの子は連れて行くから」
パチン、と指を鳴らすと、出入り口から黒服のサングラスを掛けた男達が入ってきた。
「な、なんなんだ君達は?」
狼狽する医者に、ハインリッヒは笑いながら言った。
「心配しなくても大丈夫ですよ。言ったとおり僕は専門家だ」
「そんなの納得できるかよぉ!」
大声を出し、ハインリッヒに殴りかかろうと跳ぶ。
「まあそうだろうね」
パチン、と指を鳴らす。
次の瞬間、壁が吹き飛び、白いメイルが現れた。
昴の手をヴァスタード、ジョンの手が止める。
「!」
「WM―001。敵性障害の排除を行使。よろしく」
「……認識、した」
苦いものを含んだ声でそう言い、掴んだ昴を吹き飛ばす。
「ジョン! あんたそっちに付くつもり?」
「……」
「なんとか言いなさいよ!」
「リリィ。お前も私も、このジョンも傭兵だ。善悪の関係なく、雇われた側に立ち、対するものと殺
し合う。そうだろ。ジョン?」
「……ああ。そうだ」
「お前がそちらに立ち、私達はこちらに立っている。それだけで戦う理由になる」
「……そうだな」
「あははは! いいねいいね! なんか熱い感じでさあ!」
「知るかよ……」
吹き飛ばされ、床に倒れる昴が立ち上がり、呟く。
「テメエらの事情なんか知るかよ。テメエらが楓に手ぇ出そうと言うのなら、それだけで俺の敵になる百万の理由になるんだよ! このボケェ!」
その目には怒気が宿っていた。赤い瞳がなお赤く、真紅に燃えてきた。
「うーん。どうしてそこまであるのに覚醒しないんだろうな君は。まあいい。もったいないけど、WM―001。彼も敵性認識だ。排除しなさい。しかし今は彼女が最優先だ」
「……認識した」
そう呟く後ろではすでに黒服の男達が検査室に入って楓を抱えて運ぼうとしていた。
「連れていくんじゃねぇぇぇぇ!」
走り出し、手を楓に伸ばす。
「邪魔だなあ君」
ハインリッヒが指を立てると、即座にジョンが動いた。
「無駄だ。メイルを着ていないお前では、オレに勝てない」
「それがどうしたぁぁぁ!」
伸びた手が拳に変わる。固く握られた拳が白いメイルを叩く。
ただの拳がオリハルコンに通じるわけがない。しかし、それが昴の拳を止める理由にはならない。
「止められない拳、か……」
「どけぇぇぇぇ!」
腕を引き、もう一度打とうとさらに固く握る。
それより速く、ジョンの拳が昴の顔を打ち抜く。
体が浮き、後ろに吹き飛んでいく。椅子やテーブルにぶつかりながら壁に激突した。
ジョンの出したのはただのパンチだ。ただ前に突き出しただけ拳だが、メイルのパワーアシストが付き、人のそれを軽く超えていた。
「言っただろ。無駄だと」
「昴!」
「馬鹿野郎が……!」
「悠」
ジョンは悠を呼び、ヘルメットの横を小突く。
「……」
「さて、事が終わったら行こうか」
リリィが倒れる昴に駆け寄るのを尻目にハインリッヒ達は楓を連れて行く。
「じゃあね。ばいばい」
そうして、楓は連れて行かれた。
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