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2章

投稿の仕方を間違えました。


 二章


 リリィが一方的に押し付けてきた決闘から四日経った。

 その間俺と悠にヴァスタードの仕事がなかったのは幸いだと思う。連日の徹夜紛いの肉労働は十代の体力をもってしても疲れるもので、何もなかった四日間はただただ惰眠を貪る時間だけを費やしていた。もちろん、学校でだ。


「――――で、あるからして私達現代含めこの十世紀あまりにして、共通言語のコモンは普及していったわけだ。それは私達ホモ・サピエンスだけではなく、絶滅してしまったというデミ・サピエンス達も同じように使ったいた。その証拠をとして、発見されたデミ・サピエンスの遺跡では現代人でも読めるほどコモンが使われており―――」

 

歴史の老教師は狸寝入りを決めている俺に気づくこと無く、熱心に歴史の授業を続けている。ありがたいことだ。子守唄には程遠いが、よく眠れそうだ。


「コモン普及以前のホモ・サピエンスは自身の国語および方言を使っていた。対して同時代のデミ・サピエンスはコモンの原型と呼ばれるいわゆるアーリーコモンと呼ばれる言語を彼らのみが使っていた」

 

 チャイムが鳴り、老教師は教室から出ていったところで俺は目を覚まして大きくあくびをした。


「ふあ~。ねむっ」


「まだ寝むたいの?」


「お前ずっと寝てばっかじゃん」

 

 俺の睡眠を指摘する一馬と映司。


「もしかしてバイトが辛いのか?」


「そんなところかな。ずっと動いてたから今眠ってその体力を戻そうとしてるわけだ」


「そんなにキツイバイトなの?」


「まあな。でも俺に合ってるからそれでもいいんだけどな。言っとくけど、お前らには教えないぜ。バイト先でばったり、なんて嫌だからな。


「なんか昴がバイトしてる姿って想像できないよね」


「だよな。ってか、よく三ヶ月もよくきついのやってられるな」


「そうだなあ……」

 

 俺がヴァスタードになって、それぐらいなってたのか。




 三ヶ月と数日前 北ヤマトステイツ

 

 大きな波に襲われたかのように巨大な音が街中に響き渡る。

 昴の体は突如の音圧に膠着した。それは街にいる人間全員がそうだった。


「なんだ、今の」


 見えない音を見ようとするように昴は空を見上げた。灰色の建物の上に広がる青空と白い雲。それを横切って、何か小さいものがビルに突っ込んでいく。ビルを突き抜け、煙を纏ったそれは昴がいる繁華街の

方へと向かってきていた。


「おいおい。まずいんじゃないか?」


 周囲にいる人達もざわつき始めた。こっちに向かってきてない? 危なくない? そんな言葉を口々にしながらもその足を動かそうとはしていない。おそらくはこっちに来ないだろう、という楽観的なことを思っていたからだ。しかし、そんな安心は誰が保証してくれるはずもない。向かってくるものを姿が見えた。

 ヴァスタード。メイル。

 空中で転がるように、落ちてくるその姿は段々と大きくなっていく。

 ようやくして、人々は走り出した。


「まずいな。おい楓逃げ――――」


 横に顔を向けるが、楓の姿はない。


「コンビニだった、クソッ」

 

 立ち上がって、近くのコンビニに行ったはずの楓を探しに行こうとする。それよりも早く、ヴァスタードが地面に衝突する。ブロックが砕け、その下の土が大きくえぐられる。それでもヴァスタードは転がるのをやめない。


「うおっ!」

  

 落下の衝撃と隆起する地面に吹き飛ばされた昴はブロックの上を転がる。


「痛たたた……」

 

 頭を擦りながら立ち上がる。

 瞬きする間に光景が変わっていた。

 綺麗に整理されて敷かれていたブロックが砕けて散らばり、土が周囲にばらまかれ、土埃が空中を漂っている。周囲を見渡せば、人はいない。逃げ足が早いのか、同じように吹き飛ばされたのか。

 えぐられた地面から鋼の腕が伸びる。露出する大地を押し、ヴァスタードが姿を現す。

 ヴァスタード。メイルを纏い戦場で戦い報酬を得る、大昔からいる傭兵。昴の頭の中にはそう記憶されていた。

 姿を表したヴァスタードは周囲を見渡す。自身が起こした状況を見ている、というものではない。空を切るジェット音がする。

 バッ、とヴァスタードと昴の視線が空に向けられる。その先の青空に、白い飛行機雲が伸びていた。

 その先端が昴達の方に向かっていた。

 高速で接近してくるそれは昴の目に明確な輪郭が分かるほどに近くなっていく。すぐそこにいるヴァスタードに目を向け、再度近づく物体に目を向ける。


「メイル、だけ?」

 

 不思議な光景だった。まるで、特大の骸骨が飛んできているようだった。


「クソぉ!」

 

 ヴァスタードは背中から銃を取り、接近してくる白いメイルに向けて銃を向ける。金属の指が引き金を引くと、空気をガラスを割るような音が鳴り、銃弾が飛んでいく。突然の轟音に昴は耳に手を当てた。それでも音を遮断するには足りない。飛んで来る白いメイルはヴァスタードの銃撃を左にレッドダッシュで避け背中のポッドからミサイルを六つ発射した。それを確認したヴァスタードはブースターを吹かしてジャンプし、ミサイルを銃で迎撃し始めた。連射された銃弾はしなるように弾道を描き、四つのミサイルを空中で爆破させた。宙で膨らむ煙の中から二つミサイルが現れ、ヴァスタードに向かって直進する。再度ミサイルに向かって銃弾を撃ち込むが、途端、銃弾が切れた。カチンカチン、と引き金が空の音で弾がなくなったことを知らせる。

 

 ちっ、とヴァスタードが舌打ちしたのが昴の耳に聞こえ、二つのミサイルがヴァスタードに直撃し、爆炎と破片が広がる。


「ぐああああ!」

 

 爆発の衝撃で昴は吹き飛ばされる。先程見ていたレストランのガラスに背中から突っ込み、どん、と壁に体がぶつかって止まった。周りにぱらぱらと小さく砕けたガラス片が降り落ちる。


「ぐっ、んん……」

 

 全身を打ち付けられ、内臓がシェイクされたような気持ち悪さが襲う。それでも昴は頭を振り立ち上がった。今のはあいつらを見ていたのが悪かった。あいつらを無視して早く楓のところに行かないと。そう考えると、チクッ、と頭が痛み、右目の視界が赤く染まる。触って確認すると額から血が流れていた。手には赤黒い血がついている。


「それどころじゃないんだよ」

 

 目についた血を拭き取り、楓の所に行こうと足を動かす。一歩踏み出すと、積み木を崩したかのように倒れた。


「なんだよ……根性、ねえなっ、俺の体……」


 指先と口だけが動く。それだけしか動かない。


「クソッ、クソッ!」


 這いずりながらも進もうとする昴の視界に、ヴァスタードとメイルの姿が見えた。ヴァスタードの目の前に白いメイルが立っている。メイルの右手がヴァスタードの体を貫いていた。腹部から背中にかけて貫いている手が赤黒く染められていた。


「ぐっ、ガハッ!」


 ヘルメット越しに聞こえるヴァスタードの声に何か含まれている。おそらく血だ。ヘルメットをしているせいで見えないが、胴体を貫かれて血が逆流していた。


「ふっ、ふうううんんんん!」

 苦痛を耐える声を出し、ヴァスタードは左腕を上げ、ガランなメイルの胴体に向ける。

 メイルのアーマーで覆われている左腕から、巨大な刃が飛び出した。鉄を断つ音が鳴り、白いメイルのバックパックに刃が到達する。


「へっ……」


 ガクッ、とヴァスタードの首が下がり、銃が右手から落ち、重い音をたてた。


「死んだ……?」


 昴にはもうヴァスタードが息絶えたように見えた。が、次の瞬間、ヴァスタードの体が動いた。敵メイルから腕を引き、後ろに二、三歩下がり、纏っていた黒いメイルのアーマーがヴァスタードの体から離れていく。

 全てのアーマーが離れると糸の切れた人形のように中の人間が崩れ倒れた。


「あいつ、勝手に動くのか」


 見ていると、敵メイルの貫かれたバックパックから電流が走るのが視界に入った。

 電流が全身に走ると、敵メイルは右腕に持っていたライフルで乱れ打ちを始めた。標的は目の前にいる黒いメイルだが照準が定まっていないのか、ライフルを持つ右腕が全方位に暴れだした。

 さっきので壊れたのか、標的は目の前にいるのに白いメイルの持つ銃は一つとして黒いメイルに銃弾を当てようとしない。白いメイルはがくがくと動きながら、千鳥足で周囲を歩き始めた。


「これじゃあ行けねえじゃねえか……!」


 歯を食いしばり、自分の力のなさを後悔する。あれをぶっ壊す力があれば。今体が動かせるだけの力があれば。楓のところへ行くだけの力があれば。


「クソっ」


 情けない。こんな姿の自分が情けない。誓ったはずだ。妹を、楓を守っていくと。

 びくん、と黒いメイルが動いた。まるで昴の声が聞こえたかのように、昴の方を向く。無駄に銃を撃ちまくる白いメイルを無視し、倒れて見ている昴の方へ歩いて行く。

 空っぽの体が近づいてくる。黒い骸骨。まるで死神が歩いてきているようだ。

 鎌を持ってないだけマシか、と昴は呆れるように自笑した。

 黒いメイルは昴の目の前に立つと、体を僅かに前に傾けた。人間であれば昴のことを見ている仕草だ。姿勢を正し、昴の背後に回る。


「おいなんだよ」

 

 顔を横に向け、目だけを後ろにする。

 黒いメイルは、押されたように昴へと倒れ込む。


「おいちょっ、おい!」

 

 黒いメイルのアーマーが展開し、昴の全身を覆った。腕と脚のアーマーが昴の腕脚を包み込む。背骨にあたるところから針のついたケーブルが伸び、昴の項に突き刺さるが、昴に痛みはない。


 「なんだ、おい、どうしたって―――」


 腕に力を入れ、立ち上がろうとする。今の状態で、こんな重いものがおぶさってるのだから立てるわけないと思っていた。


 だが、二本の腕は体を押し上げ、二本の脚が立ち上がる。


「マジかよ……」


 胴部のアーマーが閉じ、サイズを昴の体に合わせる。


 体が変わったかのようにさっきまで動かなかった体が動く。


「あれをやれってか」


 メイルが声を出したわけではない。言葉が出るわけではない。


 だが、黒いメイルが昴にした行為がそうやれ、と言っているように感じられた。


「危険を取り除けば、楓のところに行けるってわけだ」


 ぎゅっ、と拳を作り、壊れたように動くメイルを睨む。


「なら、ぶっ壊してやるぜ」


 ダン、と地面を強く踏み出し、メイルに向かって走り出した。銃があるわけではないがとにかく殴って壊すしかない。そう思うと前腕に収まっていたナックルガードが昴の拳を覆う。


「でええええ!」


 間合いを詰め、ナックルガードをはめた右拳を白いメイルの空っぽの胴体を抜けて、バックパックに当てた。金属同士の重い激突音が鳴り、白いメイルが後ろへと転がっていく。

 殴った衝撃はメイルのアーマーや内部の循環ゲルなどで減少するがそれでも減り切れない衝撃が昴の腕に響き伝わる。まさに金属を思いっきり殴ったかのような衝撃。

 殴った右拳を見ると、振るえていた。殴り飛ばしたメイルを見ると、さっきのように電流がメイルの全身を走っていた。

 今ので壊れただろうか、と伸ばした腕を戻し、痛みを消そうとして手を振る。

 白いメイルから電流が消えると、後ろから押されたかのように不自然な起き上がり方をし、昴を見るような体勢を取る。

 バックパックのポッドを開き、ミサイルを飛ばす。発射された四つのミサイルは昴に直進せず上空へ飛んで各々くるくると回り、四方へと飛んでいった。

「気をつけろ。まだ銃がある」

 後ろから冷たい声が聞こえた。振り向くと、さっきぶつかった義手の女が死んだヴァスタードが落としたた銃を手にしていた。

「弾切れのようだが、予備はあるだろう」


 淡々と言って、昴のバックパックを触りだした。


「おいあんた」


「前を見てろ」


 頭を握り、無理やり前に戻す。目の前で白いメイルはずっとミサイルを撃っていた。どれも先程を同じように、標的であろう昴には向かって来ずに的外れな所へと飛んでいく。


「お前が殴った衝撃で少しはまともになったようだが、FCSに支障をきたしているようだな。だからミサイルはこっちに来ない」


「FCS?」


「射撃管制システムだ。ミサイルも兼用しているが、まあ素人には分からないだろうな」


 説明しながら義手の女はバックパックから取った銃のマガジンを取り替える。


「アーリーメイルのFCSは装着者の癖から段々と慣れていく。最低でも一週間。つまり今のお前には銃を持たせても宝の持ち腐れということだ」


 銃を横にしてコッキングレバーを引き、動くなよ、と昴の肩に銃を乗せる。


「耳を塞いでろ」


 言われたとおり、耳を手で抑える。

 前後のサイトの覗き、女は引き金を引いた。昴の視界の半分が銃のマズルフラッシュで白く塗りつぶされる。銃が三発ほど音を立てると、すぐに鳴り止んだ。放たれた銃弾はメイルの左腕と胴体の付け根を撃ち抜き、だらん、と左腕が胴体からぶら下がる。


「すげえじゃん!」


 耳から手を離し、振り向くと義手の女は後ろに吹き飛んで大の字になっていた。


「おい、どうしたんだよ」


「やはり、メイル用の武器は生身の人間には無理か」


 よく見ると、女の左腕が義手が壊れていた。


 五本の指は吹き飛び、二の腕はへこんでいる。


 女はその義手を見て、ふっ、と笑った。


「そうなるか」


「大丈夫かよおい!」


「気にするな。それより」


 顎で前を指す。顔を向けると、左腕を無様にふりながら、白いメイルが昴達の方に歩いてきていた。


「チャンスだ。今のあいつは飛ぶこともできない。まともに銃を撃つこともできないはずだ」


「けど、どうすればいいんだ。殴って壊せるようなもんじゃないし」


「かと言ってお前が銃を撃てるわけがない。となれば、それを使うしかない」


「それってどれだ」


「お前の背中にあるその筒だよ」


 背中に顔を向けると、女が言っていた筒があった。


「こいつをどう使うんだ」


「剣を持つのを想像しろ」


「剣?」


「そうだ。早くしろ」


「早くしろって……」


 しかし言われたようにするしかなかった。目をつぶり、こういうのか、と手を剣を握るように形作る。

 瞬間、イメージが頭の中に流れてきた。

 バックパックの筒を抑えていた部分が左右に開き、二本の複腕が筒を取り、正面へ降ろす。

 黒いの下部がスライドし、柄のような部分が出現し、上部の二箇所が上へスライド移動する。上部天辺が開き、そこから小さな種火を見えた。空気を吸い込んだ種火は急激に赤い火柱を立て、回転を始めた。

 暴力的にそそり立つ太い火柱が、細く洗礼された青色に変わっていく。


「なんだこれ。ビームソード?」


「ドレッド、ウリエルだ」


「こいつで、やれんのか?」


「使えば終わる。行って来い」


 恐る恐る柄を握ると、ウリエルを持っていた複腕が後ろに下がる。見た目ほどに重くは感じない。メイルの補助があるからだ。

 銃弾を撃ち散らしながら壊れかけたメイルが歩いてくる。


「うおぉぉぉぉぉ!」


 ウリエルを右後ろに構え、メイルに向かって走っていく。

 楓の所に行かなくてはいけない。たった一人の妹の場所へ行かなければならない。その思いが今の昴の動力源となっている。その壁になるこいつはここで壊さなければならない。楓の所へ行くために。


「ぶっ壊れろおぉぉぉぉぉ!」


 間合いに入り、横一閃に振る。

 回転が遅くなって、細い洗礼された炎が大きくなり、オレンジ色の火柱になって、長くなる。

 炎の刀身が横の建物ごと白いメイルをかき消す。

 振られたウリエルの刀身は周囲の建物の壁を溶断した。白い壁が赤々として光る。

 振り終わったウリエルの炎は小さくなっていく。回転が止まり、黒いメイルの複腕が勝手に動き、ウリエルをつかむと、昴の手から取り、元の筒状に戻り、背中に収納する。

 昴の目の前には白いメイルの姿はない。巨大な消しゴムで消されたように、僅かに足だけが残り、溶断された断面から細い煙が立ち上る。


「綺麗に消えたな」


 ふう、と息を吐いて、踵を返して、女の元に駆け寄る。


「本当に大丈夫か?」


「しばらくしたら動ける。問題はない」


「そうかい。ところで、なんでこいつのことを知ってたんだ?」


「どうでもいいだろ。それより、何か用事があったんじゃないか?」


「ああ。悪いがあんたをそのままにしとくぜ。……こいつどうやったら脱げるんだ?」


「脱ぎたいと思えば」


 言われたとおりと思うと体を包んでいたメイルのアーマーが開き、項に刺さっていたコードが取れる。メイルから出ると、がくっ、と膝をついた。


「なんだよ。さっきまで動けてたのに……」


「それはメイルのパワーアシストのおかげだ。早く行きたいならメイルを薦めるが、それではお前がこの状況の実行犯と思われるだけだ」


「それじゃあ、歩いていくしかないな」


 膝を立たせ、揺れる体を無理やり立てると、昴は歩いていった。楓がいるだろう場所へ。戦場だった場所を離れて。


 体が鉛を流し込まれたかのように重い。吹き飛ばされた時の痛みと、慣れないことをしたことから来る疲労。それ以外に原因が思いつかない。

 どうしてあの女がメイルに詳しかったのかは知らないが、今はそれを考える暇も惜しい。重たい体を動かさければ楓の所に行くことはできない。

 あの白いメイルが暴れた場所を離れても、同じような光景があった。煙を吐いている建造物や瓦礫が散らばる道路。下を向く人々の中には何かしらの怪我をしている人もいる。

 おそらく、あのミサイルがこっちに飛んできたのだろう。素直に俺に向かってくればこんなことにはならなかったはずだ。そうは言っても俺にどうしろというんだ。ミサイルを撃ち落せばよかったのか。身を挺して当たりにいけばよかったのか。悪い冗談だ。まるで俺が死ねばよかったような言葉だ。

 誰が言ったでもないそんなことに腹を立てながらも俺は歩き続けた。周りを見渡しても楓の姿は見当たらない。コンビニに向かったと言っても、行ってすぐあんなことが起きたのだから、コンビニの中にいるとは思えない。


「楓ー。おーい」


 大声で名前を呼ぶが誰も反応しない。こんな状況だ。他人に目をくれる余裕はないだろう。

 しばらく楓を名前を呼びながら歩いていると、遠くから救急車のサイレンが聞こえてきた。やっと救助隊やらが動いたか。まあそれも仕方ないだろ。武装して暴れるメイル相手にどうにかできるもんじゃない。

 やってきた救急車から隊員が降りて、周囲の人達のケアを始めた。被害を被った人々の中には我先になのか、隊員を引っ張る人もいる。

 その隊員に、後からきた男が少女を抱えて近寄ってきた。


 少女はぐったりとしている。足があらぬ方向に曲がり、目を閉じて、顔には土埃が付いている。

 隊員は少女の手首に指を当てると、他の隊員を腕を大きく振って呼ぶ。


「かえで……?」


 担架を持ってきた他の隊員が、楓を乗せていった。




 楓は入院することになった。

 ミサイルによって落ちた瓦礫の下敷きになった楓は、足を骨折し、胸を圧迫された楓は近くの病院に救急搬送された。重たい体の俺は同伴することができず、遅れて楓がいる病院に行った。楓の状況を知ったのは少し後だった。

 俺は楓がいる病室の前に突っ立っていた。頭に包帯を巻き、廊下の天井を見上げている。

 後悔していた。あの時、あのミサイルを食い止めていれば楓はこんなことにならなかった。

 胸の奥の何かが小さく振るえる。


「ここにいたのか」


 横に目をやると、左腕のないあの女がいた。

 どこか怪我をした、というのは見た感じないようだ。


「あんたか……」


「妹なんだろ。入らないのか?」


 女は俺の前に立ち、壁に背中を預ける。


「あのミサイルの犠牲になったようだな」


「……」


 言葉が出なかった。俺のせいか! と大声を出したかった。

 けど、その通りだ。俺のせいだ。


「親は来てないようだが」


「いねえよ。俺達に親はいねえんだよ」


「なるほど。では、治療費の工面はどうするつもりだ?」


「……親が残した金がいくらかある。あとは、バイトして稼ぐしかない」


「なるほど。では私が一つバイト先を教えてやろう」


「悪いが今はそんな話をしたくない」


「そうか。だが報酬は少なくても百万」


「……何?」


「そこから色々と引かれることを考えても、大金は入るはずだ」


「ちょっと待て。あんたなんなんだ。そういえばあのメイルにも詳しかったな」


「私は悠・ヴァージル。元傭兵だ。あの時死んだヴァスタードは私の知り合いだ。ウリエルのことは聞い

ていたからな」


「元傭兵って、俺と歳あんまりかわりないだろ」


「よくある話だ。お前があの時使ったメイルは私が保管してある。あれはもうお前のものだ」


「冗談かよ。今の話し、俺に人殺しになれっていうのか?」


「殺しだけが仕事ではない。あれが使えるなら、最大限に使える方がいいだろ」


「まともに聞こえる風に言うな。ようは俺に傭兵になれって言ってるんだろ」


「まあそうなるな。しかし、短時間で大金を稼げるのは確かだ。保証しよう」


 それは悪魔の囁きだった。人を殺して人を活生かす。俺はそうなる道を選んだ。

 楓のため。そんな軽い言葉を胸に刻んで俺はヴァスタードになった。




 薄っすらとした瞼の闇に気づき、俺は目を覚ました。時刻は深夜一時。場所はヘリの中。ヘリが行く先は東チャイナステイツ。電車の中でもないのに、どうしてヘリの中は寝てしまうのだろう。そしてどうして三ヶ月前のことが夢として再生されたのだろう。


「起きてるか。もうすぐ目的地に着くぞ」


「おう」


 天井いっぱいに背を伸ばし、立ち上がってコックピットに行く。


「ふああ……」


「寝ぼけた頭にもう一度今回の依頼を叩き込むぞ。今回は市街地を占拠してるテロリストの殲滅だ。元傭兵団だが、金のことでこじれてテロリストに転職したそうだ。数は十五。五機はヴァスタードで残りの十は無人のメイルだ」


「多いな」


「そこで今回は別のヴァスタードと共同することになった。元々そいつにも同じ依頼が来てたらしいからな。ちょうどよかったのだろ」


 タブレットを操作しそのモニターを見せる。

 身の丈以上あるライフルを立て、まるで槍を持つようにこちらを見ている灰色の髪をした女が写っていた。


「アルフレッド・ベージュ。狙撃特化型のメイルのヴァスタードだ」


「女スナイパーか」


「そうだ。今回はツーマンセルだ。お前が前衛でアルは後衛」


「知り合いなのか?」


「昔なじみだ。腕が良いからパートナーとして引っ張りだこな奴だ」


「そいつは期待しようかな」


 目標地点から数十キロの海上でヘリは留まり、俺はメイルを装着して出撃した。

 海上低く飛んで行くと、同じように海上を飛んでいるメイルの姿を見つけた。


「あいつか」


「通信を繋げる」


 悠はそう言うと次に砂嵐音が鳴った。


「聞こえるか、アル」


「ええ。久しぶりねユウ」


 灰色の髪の女、アルフレッド・ベージュの声は艶があった。プロフィールによると二十六歳らしいが、それにしては艶がある。

 敵も落としたが、男も堕としてきた、という声だ。


「俺は昴だ。よろしく」


「今回はユウがいるから仕方なく一緒にいるけど、そうじゃなかったらあなたなんかと一緒にやってなかったというのを覚えてほしいわね」


 急に艷やかな声に棘が生えた。印象が変わり、茨の鞭で男を叩くような姿を思い浮かぶ。


「頼むぞアル」


「分かってるわよ。他でもないあなたの頼みだもの」


 悠がそう言うと声から棘がなくなり、艶のある声に戻った。

 そしてヘリの方に手を振ると、アルフレッドは緩やかに上昇を始めた。


「俺とお前で扱いが違うようだけど、チップでも払ったのか?」


「あいつ男が嫌いなんだ」


 短い言葉が疑問の全てを答えてくれたような気がした。それなら俺に対して険があるのも分かる気がする。


「男嫌いがこうじて後ろからズドン、なんてのはごめんだぜ」


「後ろから狙っているのは男の悪癖でしょ。獣と一緒」


 通信が繋がっているので当然聞こえていた。


「俺には身の覚えがない話だな」


 前衛になる俺は加速し、市街地へと入っていく。


 長身のスナイパーライフルを構えながらアルフレッドは空中で静止していた。通常の狙撃手のように地面に伏す、伏せ撃ちなどはしない。空中や海上でそんなことできるはずもないが、狙撃に特化したメイルの性能のおかげ特定のポーズを取らなくても安定した狙撃が可能になっている。

 スコープとカメラを連動させて、昴が市街地に行くのを見る。


「大丈夫なのあれ。まだ三ヶ月なんでしょ?」


 通信は昴のものをカットしてあり、昴に二人の会話は聞こえない。

「私が教えた。今あいつが生きてるのがその証拠だ」


「あなたに教えられたというのはちょっとうらやましいけど……」


「何を言っている?」


「なんでもない!」


「あいつは昔を私と同じだ」


「そう? 百倍かわいかったわよ?」


「私はあいつの百倍可愛げがなかったよ」



 ヘリから見ている私からできることは少ない。

 俯瞰からの行動指示、もしくは提案ぐらいだ。それをやるかどうかは最終的には昴自身の決定に委ねられている。個人の意思決定はその個人が決めるものであり、外の者がどうこう決めるものではない。

 テロリスト相手に昴とアルはよく戦っている。昴が相手をおびき寄せ、アルがそれを狙撃する。高い機動力を有するメイルを狙撃することは難しい。そのためにまず相手の動きを止める必要がある。

 二人は実によく動いている。テロリスト相手にそう時間は掛からなかった。ものの数十分で作戦は終了し、二人は戻ってきた。


「簡単な仕事だったわね」

 スナイパーライフルを縦に持ち、槍兵のような佇まいでアルはヘルメットのバイザーを上げ、ヘリの近くで静止している。その横で昴同じようにヘルメットのバイザーを上げて空中で静止していた。


「見てなかったのか? 俺はけっこう疲れる仕事をしてたんだけど」

 昴に、ふんっ、と顔を背けるアル。あいつが男嫌いなのが分かるが、今回のような状況でその趣向を抑えてほしい。まあ終わってしまったことだから良かったものだが。


「ねえユウ。こんなのとは別れて私と組まない? それなりに腕はあるし、優秀だからよく声が掛かって来るのよ。だから報酬も多いし、その半分以上あなたにあげてもいいのよ?」


「かなり魅惑的だが、今はこいつと離れる気はない」


「そんなぁ~」


 がっくりと顔を落とすアル。何をそんなに気を落とす必要があるだろうか。私のサポートがなくてもこれまでアルは戦い続けてきたではないか。狙撃に必要な観測手がほしいというのなら、同じようなヴァスタードを雇えばいい話だ。


「そいつが半人前以下でひよこの内は私は他の誰とも組む予定はない。それに私は今は昴と同じ学生の身だ。傭兵業だけをしてるわけにはいかない」


「あーあ。私も同じ学生だったらなあ。ユウともっと一緒にいれたのに。そいつと一緒なんてしかったのに」


「どんな理屈だよ。三十文字以内で説明してれ」


 煽るように昴は言うと、むっとした顔をしてアルは顔を向けた。


「あなたなんか大っ嫌い!」


 マイクを通さなくてもその大声はヘリの中へと届いた。叫んだアルはバイザーを下げ、飛んでいった。悪いことをしたようだから報酬の五割は後で振り込んでおこう。


「嫌われたな」


「最初から好かれてもないだろ。というか、どうしてお前は好かれてるんだ?」


「さあな。昔から付き合いがあるぐらいだが」


 思えばその頃からアルに好かれるような気がしたが、さてどうしてかな。


「まあ? 俺を好きになる奴なんて物好きぐらいだな」


「……」 


 思ったが口には出さなかった。

 私は、物好きの方なのだな、ということを。





 学校


 日課である朝からの居眠りをしていると、ホームルームが始まるチャイムが聞こえてきた。

 教室の入り口の扉が開き、担任の足音が聞こえる。ゴム製のスリッパがぺたぺたともカタカタともつかない音を鳴らし、黒板の前の教壇の上に生徒名簿のようなものを置く音がした。

 もうそれを見て確認しなくても音で分かるほどになっている自分が馬鹿らしい。

 いつもと同じようにつまらない話をするのだろう、と思いながら窓側に顔を向けて狸寝入りを始める。目をつぶっているだけでも睡眠効果があると、俺は思っている。

 担任が言う。


「えー、転校生を紹介します」


 現実であまり聞かないセリフを耳にして、


「リリィ・アイオリアです」


 ばっ、目を見開き、バネのように顔を上げるとあいつの姿があった。

 いつもヘルメットで隠れている小麦色の長い髪を右側でまとめ、バイザーの奥にあるはずの淡い緑青色の双眸はクラス全体を見ているようで、気の矛先が俺に向いているのが分かる。可愛らしい顔をした少女だというのに纏う気迫がメイルそのものだ。そのことに気づく奴は俺以外いない。


「よろしくねっ」


 ぱちり、とウィンクを決めて、リリィ・アイオリアが制服を着て目の前に現れた。

 悪夢を見るにはまだ早い時間のはずだ。



 世間一般的に転校生というものが珍しいかどうかはともかく、新しく入ってきたリリィの姿はクラスの皆には物珍しかった。

 イングランドステイツ出身の女の子という箔は特に眩しい。そのおかげか、窓際にいる俺の席から右斜め後ろのリリィの席の周りにはクラスの男女が何人かして囲んでいた。


「あれ、珍しいね昴」


「え、何が」


「休み時間になったのに眠らないなんて」


「おうそうだな。いつもなら寝てるっつうのに今日は起きてんだな」


 一馬と映司はリリィの所にいかなかった。それほどまでに珍しいのか。ハハッ。そんなわけがない。


「何言ってんだよ。いつも起きてるんだろ。三六五日二十四時間起きてるぞ。まったく悪い夢なんて見ないぞ」


「悪い夢?」


「なんのこった」


 目をリリィに向ける。やはりこれは夢ではない。



 昼休み。俺は悠を廊下の隅に呼び出し、リリィが転校してきたことを話した。


「そうか」


 何事もないような返事をする。


「いやそうかじゃないだろ。あいつ、なんの目的でここに転校してきたんだよ」


「決まっている。お前を殺すためだろ」


 ああ、なんともこれ以上ないほど納得がいく理由だ。


「とは言っても、放課後にお前の頭を、というわけにはいかないはずだ。あいつはお前との決着に固執し

ていた。考えてみろ。お前に負けてからあいつが私達を嘘の依頼で呼び出した日までかなり日数あっただろ。三日もあればあの手この手でお前を殺っていたはずだ」


「……確かに」


 あいつは専業傭兵なのだからいくらでもるチャンスはいくらでもあった。だがあいつはそのチャンスを使わず、今まであいつは自分を負かした憎い奴が生きていることを黙認していた。そして取った行動が嘘に依頼で俺をおびき寄せる。そしてヴァスタード同士の戦い。清々するほどあいつは堂々とした決着をつけたがっている、ということか。


「ということは、今は俺を殺す気はない?」


「少なくとも今すぐにというわけではないだろ」


 ほ、と安堵に胸を降ろす。同時に頭が下がり、口からは重たい息が吐き出される。

 直後、ビュン、と上を向いていた後頭部を何かが高速で通り過ぎていった。


「っ……!」


 何かが壁に当たり、床に落ちた。


 大きく見開いた目とすぼめた口を付けた顔をそれに向けた。

 分厚い濃い緑の辞典。

 当たれば死ぬ。絶対死ぬ。入れ替わって辞典が俺の頭になってしまう。


「ごめんごめん。ちょっと手が滑って。てへ☆」


 他の女子生徒と一緒にリリィがいた。


 そのリリィが悪意に満ちた笑顔で俺を見ている。どう滑れば辞典が飛んでいくのか。

 俺は怖い。自然な形で俺を殺そうとするあの女の顔が。

 リリィが女の子らしいキャピキャピした形で走り、落ちた辞典を取る。


「放課後。屋上に来なさい。その女と一緒に」


 顔はそのままに、声色だけに殺意を込めてそう言うと、ごめんねー、と百八十度違う声で女子たちに寄って、向こうへと行く。


「前言撤回だ。今すぐにでも殺したいようだ」


「……」


 せめて学生生活だけでも、と思う傭兵は俺だけだろうか。




 悠から聞いたリリィ・アイオリアの情報を思い出しながらコモンの授業を受けるあいつの姿を見ていた。

 リリィ・アイオリア。十六歳。イングランドステイツ出身。中学卒業と同時に家業の手伝いを始めたので高校には進学してなかったが、先月、それではいけない、と思いイングランドの高校に入学するが家の事情により北ヤマトステイツに引っ越すことになり、それでこの学校に転校してきた、ということになっている。

 どこまでが嘘かはさておき、悠から聞いた話はこうだ。

 中学卒業と共にヴァスタードへ転身。噂では両親に反対されたが、自社であるアイオリア社の兵器の宣伝になるということで渋々了承。そして現在までの約二年間をヴァスタードとキャンペンガールとして活動をしていたという。

 十六歳の女子が戦場で生き残れたのは、本人の腕前かあるいはアイオリア社製の武装のおかげかは本人がよく知ってることだ。ヴァスタードゲームにもよく出てるようで、その内容がネットの動画配信サイトなんかにもいくつかあるそうだ。その活躍があってからかアイオリア社の売上が少しだけ上がったそうだ。新しいところでは、俺とのヴァスタードゲームもサイトに挙げられたらしく、その時の再生数はそのサイト内でトップの再生数になったそうだ。まあそこは俺のおかげか。それでいて顔を知られていないのヘルメットで顔を隠しているからである。

 そんな順風満帆なリリィ・アイオリア。何も俺を殺すために学校に入ってくる必要なんてなかっただろうに。

 放課後はあっという間にやってきて、俺と悠は夕日が影を伸ばす屋上にいた。そこにクリップで留められた何かの書類を持っている腕を組み、夕日を背にしているリリィの姿があった。


「転校して早々屋上に呼び出しなんて、モテて困るね」


「はあ? 誰があんたなんか好きになるのよ」


「まあ正論だな。アルにも同じこと言われてなかったかお前」


 自分自身でも分かってますよ。ただ、同じセリフを別々に言われると、なんか、くるものがある。涙出そう。


「率直に聞こう。何しにやってきた」


 俺が聞くべきことを悠が聞いた。聞かれたリリィは、組んでいた腕を解き、肩を振って、こちらに近づいてくる。


「こいつに勝つためよ」


「勝つため? 俺を殺すためじゃないのか」


「何言ってんのよ。あたしもあんたもヴァスタードであって殺し屋じゃない。生き死にはメイルで決めるものよ」


「ならばここに入る意味は無いはずだ。また嘘の依頼でおびき寄せればいい話だろ」


「あの島で決着がつけばそんなこともしなくて済んだ。けど一度出した嘘は二度も通じないでしょ。つま

り、あんたから目を離さないためにここに来たのよ」


 分かりやすいことだな。


「バカな奴だ」


 ため息混じりに悠はそう呟き、頭を抱える悠。気持ちはよく分かる。こんなバカのために、わざわざここにきたのかと思うと頭が痛くなる。


「わたしはヴァスタードではないし、昔もそうじゃなかった。だが、こんな面倒なことをする奴は初めてだ。毒を盛るなり、遠くから狙撃するなり手はあっただろう」


「そんな勝ち方じゃあたしの気が晴れないわよ。あくまでヴァスタードとして決着をつけたいのよ」


「こだわるのはいいことだけどな、俺の身にもなれよ。ただでさえ疲れてるっていうのに、学校でお前の相手をしてちゃ身が持たねえよ」


「あんたの気持ちなんて知ったことじゃないわよ。あたしの気持ちの問題なの」


 人間って不便だね。言葉は通じてるのに、気持ちが伝わんないんだから。


「あんたのこと調べさせてもらったわ」


 ばさっ、と書類を俺の足元に投げた。拾い取ると、俺の名前が書いてあった。


「雪風昴の周辺情報報告……?」


 そう書かれている紙の他に色々なことが書かれた物が数枚ある。


「家族構成に住んでる場所。昔どこにいたか、趣味趣向、よく行く場所に友人関係。ヴァスタードの仕事内容に報酬。メイルの性能に履歴に武器。仲間の有無。その他諸々。あたしがここに入るまでの間に調べてもらったわ」


「はっ! こいつはすごいな。なんなら健康管理も頼みたいところだ」


「よく見る十八禁ものには共通して眼鏡を掛けたものが多く――――」


 クリップを取って急ぎ細かく千切り、風に乗るように撒いた。小さな紙くずになったそれはバラバラに

なって四散していった。


「危ない危ない。危うく俺の女装癖がバレるところだった。あーびびった」


「いや違うだろ。今のはお前のよく見てるエロ」


「バラすんじゃないぞ。他の奴らにバレて笑いものになるのは嫌だからな」


 有りもしない嘘を突き通す。それが真実となり、他の真実を見えなくする。


「……分かった。そうしよう」


 危ない危ない危ない。いくら傭兵とはいえ女子に自分の見てるものをバラされるのは堪ったものじゃない。


「そんなのあたしが興味あると思ってるの?」


「うるせえ! あるなしの問題じゃねえんだよ!」


 咄嗟に出た迫力に物怖じしたのか、リリィの体が後ろに傾く。


「そ、そう。とにかく。あたしはあんたのことよく知ってるんだから。そう。病院にいる楓ちゃんのこと

も」


「……おい」


「まああんたの態度次第だけど」


「楓に俺の、アレがどこにあるかとか言う気なのか!」


「そんなわけないでしょ!」


「ベッドの下と書いてあったな」


「あの一瞬で見たのかよ! 見んなよ!」


「お前の家に行く予定はない」


「あんた達、分かってんの? 脅してんのよあたし!」


「分かってるよ。けど脅したところでお前は楓に何かするってわけじゃないんだろ。お前が言うヴァスタードのなんたらに反することだからな」


「ふん。分かってるじゃない。あんたのこと調べたのは脅しのためじゃない。あんたを知るためよ。あたしがやるのはヴァスタードのあんたよ。学生のあんたじゃないわ」


「見習いたいぜその精神。それで? これから俺にどうしろっていうんだ。毎日屋上に来い、とか言わないよな」


「なにそれ意味分かんない。今はあたしも学生としてここにいる以上はそんなすぐにあんたとやろうとは思わないわよ。そのうち、絶対に決着つけたやるんだから」


 言うことを言ったらしく、歩いていき、俺の横で止まる。


「覚悟しなさい」


 強くそう言って、リリィは屋上から出ていった。


「まいったね。覚悟って、期末テスト以外にしたことないんだよな」


「中間テストは問題ないということか」


「そうだったらよかったんだけどな。しっかし、やっぱり面倒くさいことになったな」


「ああ。だが同時に、お前の安全が保証されたわけだ」


「あいつの言葉信用できるのか?」


「信用も信頼もないが、少なくともあいつがヴァスタードというものに誇りを持っているということが分かったよ。あの手のものは自分のルールをそうそう破ることはない。人によるがな」


「ふうん。ほこりなんてふけば消えるものなのにな。あ」


「どうした」


「今思い出したけど、あいつもジョン・ドゥもお前のことホークって言っていたな」


「それが?」


「本名なのか?」


「昔の通り名のようなものだ。まあ、自分から名乗ったことはない」


 傭兵時代の通り名。きっとこいつの鷹のような目が由来なんだろうと思う。


「そうかい」


「ああ。リリィのことだがな、一応は用心しておけ。なんらかの弱みを利用してくるかもしれない」


「弱み? 俺に弱いところがあるのかよ」


「自覚がないというのがすでに弱みだ」


 なるほど。大病患っている人間が自分の病気に気づかないようなものか。


「己の弱み弱さを知れ、と私に戦い方を教えてくれた人が言った。もっとも、私もそれが分からなかったがな」


「殊勝なことを言う人がいるもんだな。ちなみにその人は?」


「さあな。少なくとも天国に行ったとは思えないな。いずれ私もお前も同じ所に行くだろうし、そこで会えるさ」


 踵を返し、悠は帰っていった。


「地獄の沙汰も金次第、だったな」


 ポケットに手を突っ込むと、硬いものに触れる。取り出してみると銀色の小銭が一枚あった。


「今のうちに稼ぐしかないか」


 親指で上に弾き飛ばす。回転する小銭が夕日を受けてキラキラと光っていた。




 オータムシティ 某高層マンション 最高層階

 

 窓から夕日が海に沈んでいく光景を見ながら、リリィは一人メイルの調整をしていた。

 アイオリア社製最新型レッサーメイル、ブラッドローズは現状この一機しか稼働していない。それはまだこれが販売される前の試作機であり、リリィが使用しているのは販売前の宣伝用という意味合いが強い。戦闘機能は申し分ないが、リリィにまだそれがフィットしていない。


「なんでフィットしてないものを渡すのよ」

 コンバットスーツを着て、メイルの手足に低周波装置に繋がっているコードを貼り付けて動かしている。

 メイルの人工筋肉は製造されたものは全て最初の頃は同じ筋力である。しかし、操縦者のその人工筋肉の使用頻度、期間で徐々に違いが出て来る。重さ五トンを持てるものから数十トン持てるもの。ヴァスタード次第でメイルは成長するものである。リリィがしているのはその人工筋肉を育てているようなものだ。低周波を与えて動かしていれば短期間で自分が必要とする筋力を持つようになる。


「一人暮らし、か」


 ぽつり、とつぶやく。何も一人で暮らすのは初めてではない。仕事で長期間家に帰らなかったこともあったし、広すぎる家にいても、そんなものだった。寂しい、と思ったことはなかった。

 スーツを通してメイルの冷たさが指先に触れる。

 そんなはずはない。これはただの思いこみだと、そう思う。


「そういえば、あいつも今は一人で暮らしてるんだっけ」


 ふと、昴の顔を思い出す。


 原因不明の病気で妹の雪風楓は長期の入院。その妹が入院した頃から昴は悠・ヴァージルをオペレーターにヴァスタードとして活動を始める。そしてその兄妹を引き取った両親はすでに他界している。これだけ見ればあの男がヴァスタードになった理由は分かる。


「家族のため、か……」


 誰かのために戦い続ける。自分にその気持ちはない。いつだって、自分のために動いてきた。実家の会社の宣伝のため、というのはただヴァスタードになるための建前だ。そんなことはあの時両親も分かっていたはずだ。

 戦えば戦うほど、憧れから遠くなっていくように感じる。


「……」


 最初の憧れ。それがもう自分の中にはないような気がした。


「ふんっ。あれもこれもあいつのせいよ」


 そんな考えを振り払い、今やることを考える。

 調整中のブラッドローズは全ての武装を外しており、足元には外された武器武装が置かれてある。ライフルが二丁にグレネードとそれを撃ち出す砲身が二門。その横にマガジンが六つずつなら並んでいる。他に四連ミサイルポッドが一つに接近戦用の大型ナイフが一本。

 広い部屋でそれらを広げているが、それだけで歩く足場がない。もっと言えば、今はそうではいないが、戦闘態勢に入ればブラッドローズは大型のスラスターを展開することになる。そうなってしまえばまず部屋の中で動くことはできない。

 数ヶ月だけいる予定で賃貸にいるわけで、無用に動いて壁や天井などを傷つけるわけにはいかない。


「次は砲身を取り付けなちゃ」


 ヘルメットを被り、武装取り付けモードを起動。低周波が流れている腕でグレネードの砲身を取る。砲身にはすでにグレネードは入っている。本当なら外すのが正解だが、取り忘れていたのだ。   

 メイルは全て手前味噌で武装を取り付けられるが、試作機はそうでもない。


「小さいハンガーぐらい渡してくれたらよかったのに」


 ぶつくさと言いながら、砲身を後ろにまわし、複腕が受け取ろうとする。

 すると、低周波を受けている腕が痙攣を起こした。

 砲身が手から離れ、床に落ちていく。


「あ」


 ゴン、と重たい音がし、次の瞬間、光と熱が広がった。




 帰りの電車の中、足を組んでGPTで情報を見ながら悠は考えていた。


「多いな……」


 見ているのは各ステイツで起きている戦争や紛争、または事件のニュース。正確に言えば、ヴァスタードが活動しているようなものだ。ただ戦場に行って戦うことが仕事ではない。特に悠のようなオペレーターは戦場を形作る情報を得ることが仕事でもある。

 そうしているうちにあって、最近起きているもので共通しているものを見つけた。


「正体不明の無人機によるヴァスタードへの襲撃。この三ヶ月で十件、か」


 無人機、無人メイルの戦場投入は珍しいものではない。

 ここ数年で各ステイツの軍隊では大幅な軍縮が続いており、減った人員や戦闘機や軍艦の代わりに無人で操作できるメイルや傭兵であるヴァスタードを雇う所も少なくない。

 しかしこれを見るに当って違和感が感じられる。

 ヴァスタードへの襲撃。いくら力を持ったヴァスタードだからと言っても、結局は一個人に過ぎない存在だ。それを攻撃したところで何になるだろう。


「正体不明……」


 一番気になるのはそこだった。襲撃が始まったのは三ヶ月前。ちょうど昴と出会い、その発端となった事件。あれも正体不明の無人メイルだった。


「妙なことだ」


 別のニュースを見ると、速報と書かれたものがあった。見ると、この町のことが書かれてある。

 高級高層マンションの最上階で爆発事故が発生。目撃者によるとそこから何かが飛んでいくのが見えた、と書かれてある。


「物騒だな。私も気をつけよう」




 ぼうぼうとガスコンロの火が立っている上でレトルトのパックが入れられた鍋が沸騰している。

 料理係の楓が入院している間、食事は全てインスタントかレトルトものばかりだ。ジャンキーな舌をしている俺にとってはそれで充分だ。

 火を止めて、湯気が立つ鍋からパックを取り出し、封を切ってすぐに深皿に入れる。冷蔵庫を開け、ケチャップとマヨネーズを取り出し、レトルトカレーを紅白に染め上げる。そこに唐辛子をかけて、今晩の夕食の出来上がり。

 テレビをつけ、何を見るでもなくニュースをかけて、カレーを食べ始めた。

 どうやら夕方、隣街のマンションで爆発事故が起こったらしい。この間も同じようなことがあったな。そう思いながら何味だか分からないものを食べていると、チャイムが鳴った。


「誰だこんなの時に」


 カレーが入った皿をテーブルに置き、玄関へ向かう。

 ガチャリ、と玄関を開けると、


「ど、どうも……」


 コンバットスーツを着たリリィがそこにいた。


「……」


 早速殺しに来たか。それにしてもどうしてこいつは頬を赤らめているのか。


「実はその、住み始めたマンションでメイルの調整してたらうっかりその、グレネードを落としちゃって……部屋を吹き飛ばしちゃったのよ」


「……ん?」


 申し訳なさそうにリリィが言ったことを理解するのに多少時間を掛かった。


「もしかして夕方にあったマンションの爆発事故って」


「多分それ、あたし……」


 両手の指を合わせながら指を忙しなくもじもじと動かしている。多分ではないだろ。


「それで? どうしてここに来たんだ?」


 一番分からなかったそれだ。どうして俺のところに来たのだろうか。よく見れば後ろには小さくなったメイルが置かれてある。


「えっと、その……その爆発でGPTも財布を無くなって、この辺りに知り合いなんていないし唯一知ってたのがここだけだったということで……」


 言わんとしてることが分かってきた。


「つまり、今無一文で泊まる所も頼る人間もいないから調査して覚えていた俺の所に来た、と」


「……そう」


「できれば泊めてほしい、と」


「そう、です……」


「帰れ」


「待って!」


 閉じかけた玄関の隙間に手を挟む。コンバットスーツを着ているから痛くはないだろうけど、びっくりするからやめてほしい行動だ。


「その帰る場所がないからここに来てるんでしょ!」


「帰る場所ぶっ飛ばしておいて言うセリフじゃねえだろ。それにお前、これが俺を殺すとか抜かした奴の行動かよ。言ってることとやってることが違うんじゃねえか?」


「し、しようがないでしょ! 背に腹は代えられないんだから!」


「腹の代わりに胸にしたらどうだ」


「どういう意味よ」


「同じぐらい平らってことだよ」


「こっ、の……!」


 片手だけ挟まっている隙間にもう片手を入れ、両手でドアを無理やり開けやがった。これはこいつが力が強いということなのか、俺が弱いということなのか。


 大きく開いた玄関の枠の中にリリィの全身が入る。


「今日だけ! 今日だけだからお願い!」


 瞬時に土下座をし、言い放った。つい数時間前に土下座しろと言った奴の行動かよ。


「おいよせよ。これじゃあ俺が悪いみたいじゃねえか」


 こんな姿を他の住人に見せるわけにはいかない。ただでさえヴァスタードの仕事で帰りが遅くなって不良高校生だと思われているかもしれないというのに、それに付け足して女癖が悪いように見られたらたまったもんじゃない。しかもこんな格好の女がいるとなると、悪評がひどくなる一方だ。


「ったく、分かったよ。入れよ」


「ほんと?」


 顔を上げ、うるんだ瞳が俺を見つめる。


「ほんとほんと。さっさと入れよ」


 呆れた声で言って、我が家に俺の命を狙う女を入れた。



 仕方なくリリィを家に入れたが、何をどうすればいいのか分からず、とりあえず何かしらの食事(紅白のカレー)を与えた後で俺達はテレビゲームをすることにした。


「あ」


「やりぃ。またあたしの勝ちね」


 現在二戦二勝しているリリィに二戦二敗している俺。

 リリィは今楓の服を着ている。さすがにコンバットスーツのままでいられても困るので仕方なく、楓に無断で貸しているわけだ。


「あんたゲーム弱いんじゃない?」


「もう一回勝負だ」


 人差し指を立て再再戦を願う。何をムキになることがあるのだろうか。たかがゲームじゃないか。だが逆にこう言える。されどゲームだ。


「二度あることは三度あるって言うでしょ」


 何を勝利確定してるようなことを言っているんだ。


「三度目の正直って言葉があるのを知らないのか?」


 三度勝負を俺達は始めた。


「ねえ。どうしてヴァスタードになったの?」


「俺を調べたなら知ってるだろ」


「そりゃ知ってるけど。けどお金を稼ぐのだったら他にもあったでしょ」


「まあな。けど、偶然が重なって、手っ取り早いからやり始めた、ってところだな。まあ本業は学生だけどな。お前はどうなんだ。どうしてヴァスタードに?」


「私は、おじいちゃんに憧れてたのよ」


「おじいちゃん?」


「アッシュ・アイオリア。聞いたことは、ないでしょうね」


「知らないな」


「昔、というか少し前までヴァスタードだったのよ。今は病気になってよぼよぼになっちゃって引退した

けど、現役の頃は最年長のヴァスタードって言われてたのよ」


「へえー」


 小さい頃からおじいちゃんの活躍を聞いていたリリィはいつしかそれに憧れるようになり、ヴァスター

ドになったのだという。ちなみに会社の宣伝になるというのはそのおじいちゃんの入れ知恵らしい。鍛えたのもそのおじいちゃんだそうだ。


「俺が親父なら娘に絶対させなかったな。誰が一人娘を傭兵にさせるかよ」


「あんたは反対する人いなかったの?」


「俺は、誰もいなかったぜ。それも分かってんだろ」


「……うん」


 リリィには戦場に出ることを反対する人間がいた。当然だ。誰が花を撒いてきらびやかに戦場に出すバカがいるか。

 だが俺には誰もいなかった。反対する人も賛成する人も誰一人。たぶん、いや、絶対楓は反対したはずだ。けどあいつには言っていない。あいつのためにやることをあいつに反対されたら兄として立つ瀬なくなってしまう。

 けどもし、俺にもリリィのようにヴァスタードになることを反対する人間がいたら、俺はどうしてただろう。

 現実にifはないのは知っているのに、どうしてもそんなことを考えてしまう。


「……妹さん、まだ退院できないの?」


「あいつの病気がなんなのか分からない以上、早期退院は難しいとさ。嫌になるね。あ」


 また負けてしまった。これで三戦三敗かよ。


「これであたしの三勝ね」


 三度目の正直はなかったわけだ。時計に目を向けると、まあまあいい時間になっていた。

 さて、風呂に入るか。いやこの場合客が先に入るべきなのか。


「いつも妹が先に入ってるし火薬臭いのは困るから先に風呂入れよ」


「そ、そう? じゃあお先に失礼するわ」


 立ち上がったリリィはバスルームへと向かった。知らない女を家に入れたことを楓に知られたら怒るだろうなあ。

 少しして、バスルームの方からシャワーの音が聞こえてきた。

 ふと思ったことを呟いた。


「見たいなあ……」



 シャワーの音はそれほど大きくはない。だからこそ慎重に足を運ぶ必要がある。

 ゆっくりと、しかし機敏に忍び足でバスルームへ向かう。

 耳を傾けると、リリィの鼻歌が聞こえてくる。


「ふ~ふふん~ふふ~♪」


 伊達に耳が尖っているわけじゃない。

 身を屈めながらバスルームに近づく。


「画面越しじゃないのは初めてだぜ。ふふふ……」


 静かにドアを開け、脱衣場に入る。

 バスルームのガラスのドアはシャワーの湯気で白くなっている。薄くリリィの姿が見えるが、逆に言えばあちらからは俺の姿が見えにくい、ということのはずだ。

 洗濯機横にあるカゴに折りたたまれた楓の服と、その上にリリィの私物である下着が置かれていた。

 白い生地の何の飾りのないシンプルなものだ。


「可愛げがないな」


 その白い下着に手がゆっくりと伸びていた。だがもう少しというところで手が止まる。

 こいつを手にしたところで何をするというのか。

 短くも深い静寂を爆ぜ飛ばすように、バンッ、とドアが開いた。


「あ」


 湯気で体を隠したリリィが仁王立ちしてこっちを見ている。

 ほんの一瞬。刹那とも言える短い時間の中で俺の記憶が駆け巡っていく。これは、走馬灯と言われるものだろう。


「これって、覗きっていうんでしょ?」


「……はい」


 湯気が消えると、水気を含んだ長い小麦色の髪が体にぺたりと張り付いているのが

見えた。胸やら何やらはプラスチックの桶で隠されている。


「犯罪なんでしょ?」


「……はい」


 白いきめ細やかな肌を舐めるように、水粒が胸から腰へ、太ももへと滑り落ちる。


「最後の言葉は?」


 思春期の男子には刺激的なその姿はいやらしくも見えるが、目の前の人生最大級の脅威が俺の精神的下半身を殺しに掛かって来る。


「ちっさいな」


 直後、眼の前が真っ暗になった。




 翌日

 学校前の通学路を歩く生徒達の中にあって、大きく腫れ上がった俺の顔は目立っていた。


「痛たたた……」


「良い面構えじゃないか。モデルにスカウトされるぞ」


 隣には悠がいて、俺の顔を茶化す。その隣には制服を着ているリリィがいる。本人の制服は爆発で燃えカスと化したのでなくなっている。今着ているのは悠が持っていた予備の制服だ。今朝悠が持て来てくれたが、そもそも学生の制服に予備なんかあるものなのか。


「それで。初めてのお泊りはどうだった。お嬢様?」


「こいつに覗かれた」


「ちっさかった」


 速攻で言うと、空かさず殴りかかってきた。


「あんたそればっか……!」


「人間本当のことを言われると怒るのは本当のことらしいな!」


 迫りくるリリィの拳を振り払っていく。


「それで、どうするつもりだ」


 拳が止み、下を見る。


「まだどこに決めてない」


「お前はどうするつもりだ昴」


「さてどうしたもんかな。二日も泊まらせるわけにはいかないし……いや待て。お前の所に泊まらせろよ」


「私の所に?」


「男女一緒は気が休まならないが、女同士は別だろ」


「気が休まらないか。確かに覗きをしてくる奴の所にいたら休む暇もないだろう。いいぞ。好きにしろ」


「だとさ」


「最初からこっちにしとけばよかった」


 ということでリリィの件は悠が預かることになった。ほっ、としたところに同じクラスの女子達がやってきた。俺にではない。リリィにだ。


「おはよー」


 女子達の高い声に同じような声で、おいっすー、と返すリリィ。こいつに限ったことではないが、どうして女子はそんな簡単に切り替えができるのか。


「リリィと雪風くんって、仲いいけど知り合いなの?」


 一人の女子がそう聞いてきた。

 広義に取れば知り合いなのだろう。一方は狙う方でもう一方は狙われる方だ。青春には程遠い仲だ。


「え、あ、そうね。幼馴染なのよ」


「へえーそうなんだ~」


 咄嗟に出た嘘に、言葉もなく驚いた。何故様々な嘘がある中で幼馴染というものを選んだのだ。

 女子の一人が俺を向いて、


「じゃあさ、昔のリリィってどんなのだったの?」


「え」


「幼馴染なら知ってるでしょそれぐらい」


「ねえねえどんなのだったの?」


「あ、あー。そうだなー」


 手が緩慢に動いて顎を掻く。それに反して頭の中では光の速さでどのような嘘をつけばいいのかと考えていた。


「そうだ思い出した。昔からこんなんだったぜ。よく俺にケンカをふっかけてくるような元気な奴。でも小さい頃に転校したからそれっきりなんだよなあ~」


 振るえて上ずった声でそうハッタリを口にした。


「そ、そうよ。幼馴染と言ってもちょっとの間だけだからなー。昴のことは覚えてないな―」


 大根役者も甚だしいほどに棒読みだ。身から出た錆だろ。幼馴染とか言わなちゃこんな茶番設定をしなくて済んだのに。


「そうなんだ。ねえねえ。もうちょっと話聞かせてよ」


 女子達はリリィの挟み、左右の腕を組んで歩いていった。


「連行されてく被疑者だな。虚言癖がある頭の悪い奴」


「お前達昔からの知り合いだったのか」


 小馬鹿にするような声で悠が言う。


「ったく。余計なこと言いやがって」


「まあ、うまくやり過ごすんだな」


 そう言う悠の前に、先程リリィを連行していった女子の一人が駆け戻ってきた。


「ねえねえ。ヴァーさんって昴くんとどういう関係なの?」


「ヴァ、ヴァーさん……?」


「ヴァーさん……っっっっ!」


 笑いをこらえていると、突如、下から顎にトラックが激突したような衝撃が来た。


 一瞬見えたのは、右腕を高く挙げている悠と俺を見て驚いている女子の姿だった。足が地面を離れ、無重力を感じた後に重力に引っ張られ、地面に落ちた。


「をを……」


 出るのは聞いたことのない変な声。俺のどこからそんなものが出るのか。


「こいつはサンドバックだ。あと私のことは悠と呼べ」


「は、はい!」


 憤怒の感情がこもる冷たい声で言われた女子はその場から急いで逃げ出した。


「ふん」


 不機嫌に鼻息を吐き、悠が歩いて行く。他の生徒も見ていたらしく、海が裂けるように悠から遠ざかっていく。


 俺絶対あれだ。女難の相がある。


 こんな短期間に女にひどい目に合わされる謂れがそれ以外ないだろ!




 昼休みになってようやく殴られた顎が痛みだしてきた。

 顎を少し動かしただけで痛みが走り、口なんかろくに開けられない。そのせいで今日の昼飯はプリンやヨーグルトなんかの噛まなくていいものにすることにした。

 頭部が色々と大変なことになっている俺を尻目に一馬と映司はマニアックな話をしていた。


「やっぱさ、ドラゴンとかワイバーンって、どう進化の道を辿ったら火吹けたり空飛んだりしたんだろうね」


「最初は蛇っていうのが定説なんだろ。ほらさ、蛇の中にも滑空できる奴いるじゃん。ああいうから進化してきたんじゃない?」


「滑空していって羽が生えてって感じなのかな。でも火を吹くってどういう――――」

 二人が楽しそうに幻想生物のことを考察しているようで何よりだ。すでに絶滅した奴らのことを考えるのはどうも俺の性に合わない。では何故この二人と友達になったのかと言えば、一馬と映司が幻想生物の話で盛り上がっている時に俺がグリフォンの骨格模型を持っていて、それに興味を持った二人が話しかけてきた、というものだ。模型をもっていたのは生物の授業で先生に持ってくるよう言われたからであり、別に個人的に楽しむためではなかった。偶然とは奇なものだな。

 そう懐かしくもないことを思い出しながら小さく開く口にプリンを運んだ。

 肉が食べたい、と思っていると、GPTが鳴る。ポケットから取り出すと、画面に悠・ヴァージルと名前が出ていた。


「どうした。朝のことまだ怒ってるのか?」


「緊急の仕事だ。今すぐ行くぞ」


 悠は俺の声を無視し、淡々と話を続けた。


「依頼は北ヤマトステイツ。内容はミサイル迎撃だ。一刻も争う」


「おいおい待てよ。一体何の話だよ」


「詳しいことは移動中に話す。この依頼は私達以外の多数のヴァスタードに送られているようだ」


「だったら他の奴に」


 目を二人にに向けると、会話が止まり俺の方を見ていた。


「早くしろよ」


 ブチッ、と電話が切れた。


「今の誰からだ?」


「あ、ああ。バイト先から今すぐ来てくれないか、って」


「今学校だよ。無理に決まってるじゃん」


「だよなあ」


 正論を言われて俺はそれ以外に返す言葉がなかった。

 ポケットにGPTをしまうと、廊下を走る音が聞こえてきた。駆け足禁止のはずだがな。


「雪風昴!」


 教室に入ってすぐ、俺の名を叫ぶ奴がいた。


「リリィ?」


「急ぐわよ!」


「はあ?」


「ほら早く!」


 ズカズカと歩き、制服の後ろ襟を掴まんで歩いて行く。


「ちょちょちょっ!」


 俺のことを引きずる手を払う。


「なんなんだよ。いきなり何すんだよ」


 周りを見て、耳元に小声で言う。


「あんたにもきたでしょ依頼」


「ああ。お前のところにもか」


「そうよだから早く行くのよ!」


 なんのことかさっぱり分からないままにリリィに引っ張られて学校を出てしまった。




「今から一時間前に西ヤマトステイツ方面から高速移動する高熱源反応が検出された。その熱源は真っ直

ぐこちらに向かっている」


「領海内のミサイル迎撃はステイツの管轄だろ。アップルパイでも焼いてるのか?」


「まあ聞け。熱源反応は最初の数分ほど検出されたが、その後消失。それでステイツはミサイルが海中に沈んだと思ったそうだが、実のところ、ちゃんと海上を飛んでいた」


「どういうことよ。レーダーが壊れたっていうの?」


「ステルスミサイルだ。開発されているとは聞いていたが、ロケットエンジンの熱まで隠せるとは思わなかった。どういう原理かはともかく、それが北ヤマトの領海に侵入したそうだ。そしてそれが幾つかの島を通り過ぎ、ちょうど私達が住んでる島に直進している」


「そのまま通り過ぎていくっていうことはないのか」


「予測ルートでは、第六十二高校に直撃する」


「それ、あたし達の学校じゃん」


「発見できたのは偶然だったそうだ。巡視船が目視で見つけたそうだ」


「運がいいやら悪いやら。それで今はどこまで来てるんだ」


「後十分で島に到着する。その数秒後には学校が吹き飛ぶ」


「だから急ぐ必要があったわけだ」


 以上のことを俺達は無線で話していた。すでに俺とリリィはメイルを装着して海上すれすれを飛行し、ミサイルとぶつかるように移動している。


 悠が乗るヘリは俺達より上を飛んでいる。


「気になってたけど、どうしてお前と一緒に行動しているんだ?」


 横を飛んでいるリリィに顔を向ける。

 こいつは俺のことを狙っている女だ。そんな女とどうして一緒に行動ができるというのだろうか。この間のアルフレッドではないが、後ろから狙われる危険性だってある。


「何よ。悪い?」


「悪いよ」


「あんただけじゃ心配になるでしょ。せっかく友達だってできたんだし、下手して吹き飛ばされちゃうと困るのよ」


 ようは確実にミサイルを落とすためにきた、というわけか。助太刀痛みいるよ。


「悪いが指示は私が出す。その方がお前にとってもいいはずだ」


「別にいいわよ。あたしよりあんたの方が経験があるんだから」


「そのとおりだ。では指示を出す」


 ミサイル迎撃は容易なものではない。速度が音速を超えるものを撃ち落とすには同じく音速を超えるミサイルである必要がある。もしくは迎撃用のレーザーがあるが現状でそんなものは使えないし、実は威力はそれほどでもない。無謀と思えるこの依頼を受けるのはまずいないというのは軍も思っていたところだろう。


「ミサイルを落とす方法だが、まず昴のカメラでミサイルを目視確認する。そこからのデータで位置計算しそのデータをリリィのメイルに送る」


「そのデータを元にブラッドローズが狙撃プログラムを修正して、後はあたしが引き金を引くだけ、っていうことね」


「あまり呑気にはできない。昴。お前は可能な限りミサイルに近づけ。できるだけこちらの時間が有利になれるぐらいまでな」


 カメラを最大望遠にし、ブースターを最大出力にして、最高速度でミサイルに向かって飛んでいく。

 果てしない海原でどれだけ速く飛んでも比べるものがないせいか、自分がどれだけ速いのか分からない。どれだけ速ければ、俺はこの世のしがらみから抜け出せるのか、つまらないことを思う。こいつが失敗したら今学校にいる奴らが一斉にあの世に行くことになっちまう。

 あの二人の顔が脳裏を過る。数少ない友人がいなくなるのは困るな。


「あれか」


 最大望遠で針先ほどの小さいものが映る。


「悠!」


「確認した。今こちらで計算している」


「離脱するぜ」


 ブースターノズルの向きを変えて、上昇する。

 すぐにその下をミサイルが通り過ぎていく。ほんの一瞬だけ見て、強烈な風圧が俺の体を宙に翻す。


「急げ!」


「もうすぐだ……送るぞリリィ」


「オーケー」


 倍率が変えないままにリリィの方を見る。

 すでにリリィは狙撃体勢に入っている。両翼のスラスターを大きく展開し、テールバインダーでバランスを取っている。

 狙撃に使う銃はEMS13スカンディア。

 狙撃レールガンだ。あれなら威力も速度も申し分ないはず。あとはリリィの腕次第か。



 リリィのヘルメット内に悠から送られてきたデータを受信しロードする時間がバーとして表示される。

 受信が完了し、BWTIケーブルを通して誤差修正をリリィは命じる。

 翼型の大型スラスターが僅かに動き、腕アーマーが気持ち右斜下に動く。狙撃レールガンについた狙撃用カメラとスコープを連動し、モニターの右半分にカメラからの映像が映る。


「つー、つー、つー、つー」


 口に出して、タイミングを図る。タイミングもメイルが自動で教えてくれるが、そこまで頼る意味はない。

 機械を使っているわけであり、機械に使われているわけではない。主はあたしであり、従はメイルだ。指先まで頼る気はない。

 カメラに爪楊枝ほどのミサイルが映る。メイルが標的をロックオンした。


「まだよ。もっと」


 狙撃レールガンの銃口付近に紫電が走る。


「もっと、もっと、もっと……」


 秒を重ねるほどにミサイルが大きくなっていく。


「リリィ!」


 昴が叫ぶ。何叫んでのよ。あんたより強いのよあたし。


「急げよ」


 悠が急かす。ここは冷静にやるものでしょ。あんたには合わないセリフね。


 ――――


「よしっ」


 引き金を引く。


 強力な電磁力が撃ち出す高圧縮されたアルミニウムの弾丸は、紫電を纏って飛んでいく。


 次の瞬間にはミサイルに命中した。



 長身のレールガンから撃ち出された弾丸は一瞬でミサイルを貫いた。

 貫かれた胴体から火と煙が吹き出し、急激に速度と高度が下がっていく。

 海面を切りながら沈み、オレンジ色の光球が浮かぶ。


「爆発を確認。これで終わりだな」


 急いで来た割にはそれほど大したことはなかったな、と思った。


「待て。動体反応がある」


 魚じゃないのか? と昴が聞くが即座に否定した。


「違う。熱源反応。まずい」


「どうしたのよ」


 二人とも離れろ、と聞こえた瞬間に海面が盛り上がり、何かが現れた。


「なっ」


「メイル?」


 水しぶきを纏いながら、海からメイルが現れた。


「おいおいどういうことだよ。どうしてこいつがここにいるんだよ」


 おそらくあのミサイルの中にいたのだろう、と悠は推測するが正直答えなんて求めてなかった。問題はこの無人機が今からどうするか、ということだ。


「リリィ、スキャンしろ」


「了解!」


 ブラッドローズのヘルメットの前頭部の左右のスキャンカメラが開く。リリィがスキャンをし終わるより早く、無人メイルが背部の武器を取った。

 遅れた、と頭に浮かぶ。



 両腕をぐるりと回転させ、およそ人の可動部ではできないだろうという動きでバックパックから二つのライフルを取り出し、近くまで来ていた昴にその二つの銃口を向けた。気づいた昴はライフルを取り出し、接近を続ける。


「こいつは壊すしかないだろ」


「それしかない。奴もミサイル同様島の方に行く可能性があるからな。リリィまだか」


「もうちょっと待ちなさいよ」


「早くしろよ。客人を持て余すのは礼儀に反するからな」


「なら俺がお相手してるぜ」


 前方にレッドダッシュでブーストを掛けた昴はさらに接近する。

 無人メイルは海面に足をつけると、ブースターで海面を滑りながら昴に向かう。射程有効距離に入ると、すぐさま昴は引き金を引いた。その銃撃をメイルは海面から足を離し、身を翻して避け、上下反転の姿で昴に向かって銃撃を始めた。


「やろっ」


 右にレッドダッシュを掛け、銃撃を避けて横移動しながら撃ち続ける。


「終わったわ。どこにもない。あれは完全な正体不明機よ!」


「あの時とは違う奴か」


「呑気に会話するなよ! 手伝え!」


 引きながら撃つ昴はそう叫んだ。追ってくる無人メイルはレッドダッシュを連続で使用することでその銃撃を避け続けている。

 ちぃっ、舌打ちし、引き金から指を外して、距離を取るために退きに入る。

 昴を追う無人メイルはその動くを着実に上げていた。


「分かってるわよ。撃ち落とすからこっちに引き連れて」


 簡単に言うな、と思っても口に出す暇がなかった。

 後ろから追ってくるメイルに目を配ると、背中の内部が盛り上がっているように見えた。

 盛り上がった所が開き、無数のマイクロミサイルが飛び出してきた。


「鬼ごっこかよ!」


 ブースター出力を全開にし、ミサイルから逃げ始めた。いつもならフレアを使ってミサイルを避けるが、それを買う金がないせいで今は搭載されていない。だから、ミサイルの燃料が切れるまで飛ぶか撃ち落とすしかなく、今は逃げるしかない。


「ミサイルを落とせ!」


「嫌よ。こっちの武装はレールガンにライフルの二つよ。無理に決まってるじゃない。がんばんなさい」


 ブースターを一瞬切り、上昇する。昴が直角に飛行していくのに対しミサイル達は流れるように曲がって後を追う。


「この胸無し!」


 憤慨の声を上げると、さらに速度を上げた。

 くるりと後ろを向き、ミサイル達に向けてマシンガンを撃ち出す。無数の弾丸が無数のミサイルに命中し、空中で次々と爆発していく。


「へえ。やればできるじゃない」


「お前がやらないからやってんだろ!」


 ミサイルを全て撃ち尽くしたマシンガンのマガジンを替え、空中で棒立ちしてるメイルに向かう。


「くそっ! なんだって今こんなに動かなきゃいけねえんだよ!」


 冷静に対処したいのに苛立ちがどうしても湧き上がる。本来なら今は授業中であり、惰眠を貪っていたはずだ。ヴァスタードとしての仕事で疲れた分、眠れなかった分をそこで補完するはずだった。何より、この二つを混同するようなことはしたくなかった。

 学校がある時は学生、ヴァスタードの仕事の時はヴァスタードだけをしていたい。この二つを同列にはできない。


「それもこれもてめえが来たせいだ!」


 無人メイルに銃弾を放つ。空を切り裂き高速の弾丸が無人メイルに当たり、幾つかの弾丸がバックパックに命中して小さな爆発を起こした。

 次々と爆発するバックパックを切り離すと、無人メイルは海面へと落ちていく。


「後はこっちに任せなさい」


 遠方ではリリィがすでにレールガンの充電を完了させていた。後は海面に着水するのを待つのみというところだ。


 海面に向かうって落ちていくメイルは無くなった推進力の代わりに足や腰の補助ブースターを起動させ、微調整させて、ゆっくりと海面に着水する。


「今!」


 引き金を引くリリィ。弾丸は音速の壁を軽々と突破してメイルの右腕を吹き飛ばす。


「ちゃんと当てろよ。ったく」


 撃破したとは言えないが、ライフルを持った右腕を吹き飛ばしたのは大きい。

 昴はリリィより確実に仕留めるため、グレネードを用意する。爆発力のあるグレネードならその爆発でメイルを巻き込み、破壊できるからだ。

 砲身を伸ばし、標的を定める。すると、メイルから声が聞こえてきた。


「脅威レベル4を認識。オペレーションをパターン2に移行」


 胴体が大きく開き、砲身が生えるように出現する。残った左腕が背中の中心へ移動し、メイルは後ろに倒れた。


「おいこいつ」


 人型の姿をしていたメイルが、砲台へと変わった。

 その姿は昴のカメラを通して悠へと送られていた。


「砲台? まずい!」


 その砲身が向けられている方向に気づいた。


「え?」


 砲身の側面が赤く点灯し、と砲口から赤い光が伸びる。

 その光は一直線にリリィの持つレールガンに直撃する。銃身が切断され、蓄積されていた電気が放電し、爆発を起こした。


「なんなの今の」


 火煙の中からリリィは飛び出してきた。シグルズシステムのおかげで無傷だった。


「高出力レーザーだ。気をつけろ。いくらメイルでもそれ相手は難しい」


 急な状況でも悠の声色が変わることはない。それが信頼できる点でもあった。


「こいつをぶっ壊せば終わりってことだろ」


「そうだ」


「お安い御用だ」


 照準を定め、グレネードを撃ち込む。グレネードは直撃し、爆炎を上げる。爆炎が止み、煙が消える。

 だがメイルはその場に健在していた。その砲身は昴に向けられている。


「嘘だろおい」


 砲口が赤くなるのを見て、レッドダッシュして横に移動すると、直後に赤色のレーザーが空に向かって走っていく。

 撃ち終わると、砲身が昴を追う。昴は移動しながら、時折レッドダッシュして、ロックオンされても急激な動きで捉えられないように動いていた。それに砲身はついてきていた。


「このっ」


 ジグザクに移動しながら接近し、メイルの懐に入る。

 左右のライフルをメイルに突き刺し、引き金を引き続ける。

 メイルの隙間からマズルフラッシュが点滅し、反対側から破片が飛び出す。

 マガジンを空にするまで撃ち続けると、


「どきなさい!」


 翼を大きく広げたリリィが海面スレスレを飛んでそこまで来ていた。

 返事をする間もなく昴がメイルから離れると、リリィは急ブレーキをかけ、ぐるりと回り、しなるテールバインダーで無人メイルの砲身を吹き飛ばした。


「あれ高かったんだから!」


 砲身がなくなった場所に照準を合わせて、二門のグレネードの砲身を突っ込む。


「釣りはいらねえぜ」


 メイルの体内に撃ち込まれたグレネードは瞬時に大爆発を起こし、メイルを木っ端微塵に吹き飛ばした

 爆炎が消え去り、海面に飛び散った無人メイルのアーマーの欠片が落ちていく。


「影も形もないわ。やっと終わったようね。早速報酬の話だけど、七・三ね」


「気前がいいじゃないか。けど、七もらって俺と悠で分けると微々たるものってところか」


「何言ってんのよ。あたしが七であんたが三よ。ミサイルを撃ち落としたのあたしなんだから」


「はあ? 俺に来た依頼に勝手に来ておいてなんでお前が多く持っていくんだよ。ケーキを分けるのとはわけが違うんだぞ」


「あんたこそ何言ってんのよあの依頼はあたしのところにも来たやつなのよ」


「けど受けたのは俺達だ。いいか? お前は俺達と共同の形で――――」



「戦闘後だというのに、よくもまあやれるものだな」


 二人の会話が多いインカムを外し、ため息が漏れる。

 あれだけ元気があれば、このあと授業に戻っても大丈夫だろう。

 しかし、妙だ。

 あの無人機、どうしてあんなに単調な動きをしていたのだ。

 ただのテロリストが使うものでさえよく動くというのに、先ほどのはまるで初めて戦闘を始めた素人のようなものだった。


「ミサイルに隠されていたということを考えれば、上等な奴らが使ってると思ったが……」


 それとも別の思惑があるのか?


「いや、考え過ぎか」

 それとも考えが足りないのか。




「今で十二機目かい?」


 大型のメインモニターに爆発するメイルの映像が映る。そして、ヘルメットを外し、言い合いをしている昴とリリィの顔が映る。

 それを見る男の目は少し退屈そうであった。


「はい。今月で十二機目。データとしてはそれほどのものとは言えませんね」


 横でタブレットを指で操作している青年はそのまま説明を続けた。


「雪風昴。最近ヴァスタードになったばかりで経験値は高いものではありません。僚機としてリリィ・アイオリアがいたのが大きかったのでしょう」


「彼女のあれすごかったね。尻尾で叩いたやつ」


 テールバインダーの動きを手で再現する。


「そうですね。アイオリアの最新型ですからね。それに使っているのはその娘です。相性がいいのでしょう」


「相性ねえ。ん?」


「どうしました?」


「ちょっと、あの少年の顔アップにしてくれる?」


「わかりました」


 タブレットに映る昴の顔を拡大すると、メインモニターの方も拡大される。


「……ああ。彼か」


「知り合いですか?」


「そうだねえ。あっちは知らないだろうけど」


 退屈そうだった男の顔が、まるで無くしたおもちゃを見つけたかのように、ほころんだ。




 病院


 いつも通り病院内のコンビニでフルーツサンドを二つ買った後に楓がいる病室に向かう。

 顔なじみになった看護師に頭を下げながら行くと、楓の病室から白髪交じりの男が出て来るのを見た。


「誰だ?」


 親戚筋だろうか。しかし俺達は両親の親戚なんて一度も会ったことはない。そもそも俺達は養子だ。そう簡単に会わせるとは思えない。

 男は俺に気づき、近づいてくる。


「もしかして雪風楓ちゃんのお兄さんかな?」


「そうだけど、どちらさん?」


「昔、君達の御両親と一緒に医療に携わっていた、播磨だ」



 楓にフルーツサンドを渡し、少し話した後に播磨と名乗る男と話することになった。

 病院の外にあるベンチに座り、播磨は懐から封筒を取り出した。


「三日前に君達の父親から手紙が送られてきた」


 封筒を渡されて、裏を見た。

 その左下にはミミズが二日酔いをしたような汚い字で、雪風あたると書かれていた。相変わらず汚い字だな。


「三日前って、親父は三年前に死んだはずだ。どうしてこんなのがあるんだ」


「おそらく配達日を指定したんだろ。中の手紙にはPC631、十月五日と書かれてあった」


「親父達が東オセアニアに行く二日前? 手紙は」


「その中に入っている。見ても良い。そのために持ってきたんだ」


 封筒を開けると、一枚の手紙が出てきた。広げて中を見ると、親父の字が数行に渡り綴られていた。

 内容をかいつまんでいうと、俺達のことを頼む。そして楓の病気のことが書かれてあった。


「知っていたのか、親父達」


「このことが君達に知らせなかったのは君達のことを思ってのことだろ」


「思ってるだけじゃ伝わるかよ……」


 胸の中が強く握られたかのように感じた。親父達は、二人は知っていて楓を放置していたのか。


「少し調べさせてもらったよ。多くの遺伝子病治療は困難を極める。はっきり言って、治らないと言った方が医者としては楽だ。だが人というのは常に困難と言われてきたものを乗り越えてきた。彼女も必ず良くなるはずだ。それに担当医の話だと病気は見つかったが今現在は具体的にどこか悪くなった、というのは見つかっていないそうだ」


「知っているさ」


 だからこそ、怖いんじゃないか。悪くなったところがあればそこを治すということができる。けど、いつ何がどこに起こるのか分からないというのはそれだけで不安だ。


「まだ絶望するのは早いよ。何かあったらここに連絡を」


 そう言って、播磨は名刺を渡してきた。

 播磨総合病院院長。播磨斗真、と書かれてある。その下にはホームページと電話番号があった。


「虫歯になったら連絡するよ」


「ははは。息子は母親に似るっていうけど、君は父親に似てるね」


 そう言って、播磨は背中を見せて行った。


「おい手紙!」


「君にやるよ」


 軽く手を振って、播磨は去っていった。

 残された手紙を見る。


「俺には言ってほしかったぜ」


 まるで、俺が信頼されていないみたいじゃないか。



 沈んだ心を引きずりながら家に戻ってくると、部屋の向かいにうずくまっているリリィの姿があった。


「なんでここにいるんだよ。今日は悠のところにいるんだろ」


 疲れた声でそう言うと、リリィは顔を上げた。その顔は今にも泣きそうなものだった。


「あんなの豚小屋よ」


「豚小屋ぁ?」


「最初はゴミ溜まりでも大丈夫かなって、思ったけど、段々ひどい臭いはしてくるし、なんかよく分からない虫が壁を這いずってるのを見ちゃったし、住んでる本人は冷えたコーヒーと冷えた豆となんかに肉で食事済ませるし、あんな汚い所に住んでる女見たの初めてよ!」


「心からの訴え、沁みるね。あいつゴミ屋敷住人だったわけか。まさか、それ言って追い出されたってわけじゃないだろ?」


「違うわよ。自分から出てきたのよ。こんなの所にいれるか、ってね」


「それで?」


「ご自由に、って言われた」


 想像通りだな。


「あいつらしいな。それで? 今日はどうするつもりだ?」


「……ここで寝る」


「玄関でか?」


「あんたの部屋でよ! ……言わせないでよ」


「裸を見られたのに?」


「そうよ。なんなら見せまくってもいいわよ! パンイチよ! 素っ裸よ! 今日ここで泊めてもらえるならなんだってみせてやろうじゃない!」


 人の家に泊まるだけでそんなことする必要ないだろ。それにこれ見よがしっていうのは萎えるわけで。


「結構だ。そういうの言われると、見たくなくなるんだよ男は」


「?」


 玄関を大きく開け、親指で指す。


「早く新しい部屋見つけろよ」


 そう言って俺はリリィをまた泊めることにした。

 なんてことはない。ただ今日は独りになりたくなかっただけだ。




次行きますよ。行くいく。

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