1章
日にち経ちました。
一章
西アメリゴステイツ 小島
島の夜は涼しかった。湿度が低く、空気が澄んでいるおかげで夜空を見上げれば星空を見ることができる。
しかしこの名もない島ではそんな粋な事ができるものなど一人としていない。直径数十キロの小さな島にはの中ぐらいの工場が一つある。錆びついたトタンの壁に割れた窓ガラス。天井には穴があるいているがそこを補修することなく、ブルーシートでその穴を覆っているいるだけだ。
麻薬製造工場がその島の全容。グラム単位で数万はする麻薬は多くステイツで禁止している。だからこそ法を犯すものの旨味が増すというものだ。このようなことをするために小さな島一つを使用するというのは珍しくない。
だがそれは何かしらの意思で叩かれるのも珍しくないことだ。
満天の星空に届くように爆煙が上がる。熱を孕んだ黒煙に気にする者はいない。皆一様に同じものを見て、銃口を向けていた。
ちゃんとした明かりになるものはない。あるのは燃える工場や麻薬の原料になる葉だけだ。それでも空中のヘリは明かりなしでも狙える的だった。
「今どこにいる?」
ヘリの装甲が厚く、銃弾を凌いでいるというものの、そう平然としていられない状況で悠の声は電話をするよう弾いてに冷静そのものだった。
その声はインカムを通して無線で昴の元に送られていた。
「今そっちに向かって爆走中だ!」
インカム越しにブースターの轟音が聞こえた。直後、工場から爆炎が立ち上がる。
「急げ。こっちは攻撃を受けてる」
「おもてなしでもしてやれ」
「悪いがもてなすものがない。お前が何かプレゼントしてやれ」
「任せろ。サプライズは得意なんだ」
昴の声が耳に入ると同時に悠の視界にロケットランチャーを構える男の姿が映る。ライフルの銃弾はしのげるがロケットは流石に無理だ。コックピットに直撃すれば一撃でやられてしまう。
男の指がロケットランチャーのトリガーにかかる。
次の瞬間、炎を上げる工場の壁をぶち抜いてメイルを纏った昴が現れた。両手にマシンガンとライフルを手にし、背中にはグレネードを打ち出す砲身が付いている。
ブースターを吹かし、氷の上を滑るよう滑らかに移動をしながらヴァスタードの出現に驚いて振り向いた男達に向かってマシンガンとライフルを掃射した。
それはロケットランチャーを持つ男にも当たり、ヘリに撃ちこむ前に倒れ、その拍子にトリガーを引いてしまい、近くの林の中に飛んでいき爆発した。
悠はパイロットに上昇を指示し、ヘリは銃弾が当たらない所まで上昇した。
それを確認する昴の前から敵が現れた。敵と言っても兵士ではない。銃を持ったただの犯罪者達だ。色が濃く、ヒゲは立派に生やしている。麻薬で飯を食べているような男達。
その男達は昴に銃口を向ける。男達が引き金を引くより早く、昴のメイルが動く。
背中のブースターの左側だけが一瞬だけ爆発したように火を拭くと、瞬間的に右に十メートル移動した。男達の目には瞬間移動したように見えたそれは同時に昴に攻撃のチャンスを与える。左手のマシンガンを掃射し、右のライフルで確実に撃つ。
通常そのような撃ち方はできない。銃の反動に腕が耐えられず、正確に撃てない。だがその反動を昴が纏うメイルが吸収、軽減させることで片手撃ちができるようになっている。
反撃もできないうちに男達は永遠の沈黙に伏した。
ふう、と息を吐き、
「索敵よろしく」
と、言ってヘリがいる方を見上げる。
そのヘリの中で悠はモニターを覗いていた。
「動体反応なし。動いてる奴はいない。仕事は終わりだ。ダメ押しに工場に撃ち込んどけ」
「サービスしてやるか」
下部ブースターを点火し、ヘリと同じ高度まで飛ぶと、くるりと振り向く。
腕を上げ、メイルの背面にある砲身がスライドし、標的を捉える。
「出血大サービスだ。まあそっちが出血するわけだけどな」
砲口からグレネード弾が飛び出る。砲身の後ろから排出されるバックブラストの衝撃で昴の体が空中で揺れる。撃ち出されたグレネード弾は工場の中へ飛び込み、爆発し、工場の形をほぼ無くした。
「これで終わりだな」
「ああ。いや、問題がある」
「他にもあるのか」
「今から北ヤマトステイツに戻るのに五時間。つまり午前六時に着くわけだが、確か朝テストがあったな。その予習する時間があるか? イングリッシュだった気がするが」
「……ああ、そいつは大問題だ。ほんと、学生とヴァスタードの二足のわらじはキツイなぁ」
北ヤマトステイツ 二十三番海上都市オータムシティ 第六十二高等学校
雪風昴が三時限目まで居眠りをしてるのはクラスの皆の常識になっていた。しかしそれは教師からしてみれば非常識であった。
コモンの教師、水無薫はその非常識に対し、当然の行為を行った。
「こら! 雪風くん!」
「ひゃい?」
わずかな時間しか眠っていないおかげで舌がまだ回らない。
「ふいまへん……ふあぁ」
半分も開いていない瞼を擦りながら長々とあくびをする。
「きみね、今どこにいると思ってるの? ここは学校で、今はコモンの授業中です。そんな時にきみはどうして寝ているわけなの?」
「まあ寝たいから眠ってるわけで……」
「もう! ちゃんと授業を受けなさい!」
頬をリスのように膨らましながら薫は黒板の方へ戻って行く。
黒板にはコモンと呼ばれる世界共通言語の成り立ちや性質などが書かれてある。
ようやく半分まで開いた昴の目に入ってきた黒板のそれは、というより、黒板が気になった。
うちの学校だけだろ。今時黒板なんて。デジタルじゃないのかよ。
黒板に書かれたことなど何一つ頭に入らずに、どうしてこううちの高校は古いものを使っているのだろう、と思っていた。
三時限目が終わり、ぷりぷりしながら水無薫が教室から出ていった後、椅子に溶けたようにダラシなく仰向けになって大きくあくびをしていた。
「寝足りねぇ」
「その言葉、聞き飽きたぜ?」
「最近ずっと言ってるよねそれ」
昴の席に来たのは二人の男子。
一人は金髪のオールバックにして、制服を着崩している上遠野映司。もう一人は絵に書いたような前髪を一列に整列させて丸メガネを掛けている斎藤一馬。
ともに中学からの仲だ。
「まあ、そうだな」
「確か春休み終わった頃からそうだったよね。三時限目まで寝るようになったのは」
それより前はどこにでもいるようにたまに居眠りをするぐらいだったが、春休み以降、二年生になった時からいつも寝ている。
「なんかバイトでもやってんのか? だったら俺にも教えろよ。欲しいジェットスキーを見つけたんだよ」
そう言って、ズボンの後ろポケットに丸めて突っ込んでいいる雑誌を取り出し、これだよこれ、と言い出した。
幾つもの小島の集合体として成り立っているヤマトステイツではジャットスキーの存在はさながら別の都市がある小島への通行手段の一つ、バイクと同意義だ。
さがなら映司が言っているのは新しいバイクが欲しいと言っているのと同じだ。
昴の机の上に広げた雑誌に目を光らせる映司とその話に付き合う一馬を横に、メイル持ってるからそういうの関係ないよな俺、と思いながら昴は大きくあくびをする。
「雪風くーん」
教室の後ろ出入り口の方からクラスメイトの女子が呼ぶ。
「んあ?」
間抜けた声で返事をして、振り向くと呼んだであろう女子の近くに悠・ヴァージルの姿があった。
「ヴァージルさんが呼んでるよ」
他の女子と同じ所にいながら、つくづく女子高生には見えないな、と昴は思った。
「僕さ、最近昴がヴァージルさんと一緒にいる所よく見るけど、付き合ってるの?」
「俺もそう思った。どうなのどうなの?」
ゆらり、と立ち上がると気の抜けた声で言った。
「お前ら、ゴリラやオラウータンと付き合いたいと思うか?」
「どういう意味?」
「んなわけーねーだろ。人じゃないだろそれ」
二人のその言葉を聞いて、うんうん、と頷く。
「そうだろ? つまりそういうことさ」
首をコキコキと鳴らしながら悠の所に歩いて行く。その後ろで映司と一馬は疑問符を頭に浮かべていた。
人気のない廊下の隅まで行って、悠はGPT(汎用携帯端末)を取り出す。
「今から三十分前に依頼内容達成の文面と報酬の入金を確認した。契約どおり報酬の七割をお前が、三割を私がもらう。あとでお前の口座に入れておく」
「そこから弾薬費やら輸送ヘリの燃料やらで、結局残るのは雀の涙か」
頭をかきながら昴は言う。銃の弾もヘリの燃料もタダではない。得るためには与えなければならないのはよくある話しである。節制をすれば与える量も少なくなるのだが、命のやり取りの場で節制などというのは難しい。
「雀の涙も、貯めれば海ぐらいはなるさ」
用事は済んだとばかりにGPTをしまい、教室の方へ歩いて行く悠。
「どのくらいでそんなに貯まると思ってるんだ?」
「千年後だろ」
投げ捨てるように言う悠の後ろ姿が段々と小さくなって、廊下にいる生徒達に紛れることなくまっすぐ歩いていった。ぴんと筋が通ったようなその後ろ姿は、ある種異様だ。
「……なるほど、すぐだな」
誰に聞こえるでもない声で言うと、人工皮膚で蓋をされたうなじのBWTIジャックを指で掻いていた。
放課後になると昴にはもう眠気などなかった。それでもそのタレた目は半月のように開いていた。目鼻立ちはそれなりに整っているのに、常に脱力しているせいでかっこいいという言葉に類似したものが似合わない。短い黒髪は遊びのない無造作で、耳はまるで見えない何かに引っ張られるように尖っている。制服のワイシャツのボタンを二つ外し、ネクタイを緩くしている。そうであっても姿勢だけはシャンとしていた。おかげで百八十センチの身長が小さく見えることはない。
「馴染まないな」
左目の瞼を閉じてその上から目を掻く。掻いても掻いてもどうしても痒みがなくならない間に、モノレールがやってきた。
ドアが開き、仕方なく痒みを放っといてモノレールに乗る。出入り口近くの座席に座ると、すぐにモノレールは発車した。車両がホームを抜け、海の上を走る。窓を覗けば海上を飛んでいるような気分になるが、少し上に目を向ければレールの下をなぞるように走っていただけだ。その先に別の海上都市がある。
そこに妹の楓が三ヶ月も入院している楓がいる病院がある。
どのような場所であれ、人は同じ場所を何度も通い続ければそれなりに勝手というものが身につく。昴の身についたのは、院内にあるコンビニで売られているものが病院に合わせるように、健康なものしかは売っていないということ。それと、昴が好きな不健康なものがないということだ。
妹の雪風楓は小児科病棟の個室にいる。すでに顔なじみになってしまった看護師に軽く会釈して、楓のいる個室の前に来る。ドアに手を伸ばすと、よく知ってる声が二つ中から聞こえてきた。
「……嘘だろ」
ドアに伸ばした手が少し躊躇するが、はあ、とため息を吐いて、ドアを開けた。
「あ、お兄ちゃん」
寝間着のような病院服を着て、ベッドの上で楓があぐらをかいていた。
長い黒髪を赤い髪ひもで束ね、肩に乗せている。幼さが残る柔和な顔にドングリのような大きな目が映える。どこにでも居そうな元気な娘であり、着ている者を病弱に思わせる病院服が全く似合わない。
「遅かったな。亀に乗って来たのか?」
その横に、腕と足を組んで丸椅子に座る制服姿の悠がいた。
どこであっても制服姿は似合わないやつだな、と思いながら中に入る。
「どうしてお前がいるんだ?」
「開口一番がそれなの? いつもみたいに、よう、元気か、じゃないの?」
「それだけ元気があるなら聞かなくてもいいだろ」
ま、いいけど、と楓。
「それで、どうしてお前がいるんだ?」
「お前はオウムか。義手のメンテだ」
左腕を上げると肘より先の色が肌と若干違う。防水加工のために肌色のシリコンを纏っている。義手の質感は限りなく本物の肌と変わりないが、若干の色や質感などを感じるとすぐにそれは違和感に変わる。
「このあたりだと義手を売っているのはここだけだ。そしてメンテもここしかない。定期メンテの日で来てみれば、たまたま楓と会ったわけだ」
「そうなの。かわいい妹が一人でコンビニで買い物してると、目の前で腕をぽろっと落とした人がいてね。そこで会ったの」
財布を落としたみたいな感じで義手を落とす奴なんてどこにいるものか。
「劇的な出会いだったわけか」
「っていうか、二人とも知り合いなんだ」
「そう。知り合いだ。友人じゃない。そうだろ? 雪風昴くん?」
どういう意味を込めてくん付けをしたのかは分からないが、好意的なものは含まれているわけがない。
「お兄ちゃん友達少なさそうだしね。大体女子の友達なんてできるわけないよね。うんできるわけない」
「念押ししてくれてありがと。おかげで友達作りに勇気が出てきたよ。ちょっと待ってろ」
鞄を床に置き、顎で悠を呼んで廊下に出る。
「お前本当に何しに来た」
「義手のメンテは本当だ。反応が鈍くなったからな。だが楓に会ったのは偶然ではないのは保証してやる」
「保証付きはありがたいね」
「少し姿を見に来ただけだ。病気や怪我をした身内のために傭兵になるというのはよくある話しだ。だが学生が傭兵、しかもメイルを纏うヴァスタードなど、聞いたことがないな」
「つまり俺が第一人者ってことか。うれしくないね」
病室のドアが開いて、楓が顔をのぞき出す。
「お二人さん秘密のお話ですかあ?」
何を想像したのか、楓の表情はにやにやと緩んでいた。
「そ。秘密だからお前には教えられないの」
そんなー、と言う楓共々病室の中に入っていく昴と悠。
確かに秘密のままの方がいいな、と昴は思った。
三十分ほどの歓談をして、昴と悠は楓と別れて病院を出た。
「三ヶ月前からここいる、ということはあの時からずっとか」
「ああ。最初は骨折で、ちょっとだけの入院だった。けどその時の検査で異常が見つかった」
「異常?」
「遺伝子の病気だそうだ。詳しいことを言っていたが何が何だかさっぱりだ。分かってることは遺伝子の病気だというのに、楓の健康状態には何も問題ない、だそうだ」
「その治療費を稼ぐためにお前はヴァスタードを続ける、か」
「皮肉か?」
「そうではない。誘ったのは私でもあるわけだからな。それに、よくある話と言っただろ」
「けどよ」
言い出した言葉を止めるように、悠の指が昴の口の前に突き出される。
「人の事情より自分のことを優先しろ。相手にするためらいは命取りになる」
悠の目は猛禽類の鋭さを持っていた。今にでも獲物を狩りとるような意思さえ感じさせる。ただ、それに怖気付くような昴ではなかった。
その鋭い目はただ人を見ている時の目だ。おそらく本人からすれば、普通に昴を見ているだけに過ぎないものだろう。
「……そうだな。その通りだ。俺はまだ死ぬわけにはいかないからな」
ふっ、と笑みを浮かばせ、突き出した指を戻す。
「しかし、遺伝子の病とはやっかいだな。だが遺伝子であれば血筋をたどれば分かることじゃないのか?」
遺伝子病または遺伝子疾患は遺伝子の病気であって、遺伝による病であることは極稀だ。
「分かれば苦労しないさ。戸籍上の親父達はいたがそれ以前は孤児院。血縁上の親の顔なんて知らない」
「なるほど。それでは分からないか。お前はなんともないのか?」
「一応俺も検査したけど何もなかった」
「それは結構。今お前に病気になられても困るからな。しかし、そういうのをなんというのだろうな。あの時の、あの状況を考えてみれば当然だがな」
「何が?」
「アーリーメイルの出現と所有。その後のヴァスタードとしての活動による治療費集め。そういう偶然もあるものだな、と」
「良い偶然だよ。下手なバイトしないで済んだ」
「お前はそうだろうさ。だが私は違う。戻ろうと思わなかった戦場に戻ることになったわけだ。いい迷惑さ」
「それが傭兵を始めさせた奴のセリフかよ」
「全くだな」
しかし、都合のいい偶然というのは、どうにも仕組まれているようで解せない。悠の中の経験が呟く。
悪意とは時に、偶然を装って近づいてくるものであるのだ。
北ロシアステイツ ジオシティ外部
過去の幾多の大戦と気温上昇は世界の北側に長い冬をもたらせた。世界的に七月と言えば北半球は夏、南半球は冬、となっているが、PCにおいて少し事情が異なる。北方の地である北ロシアステイツはほぼ一年を通して真冬である。
ブリザードが日常的で全体的に気温がマイナス九十度を下回ることも常だ。
そこでは地上で生活をしている人達は限りなく少ない。逆に地下都市ジオシティでそんな極低温から逃げるように多くの人達が移り住み、営みを送っている。北方の地のステイツはそのようにしているところが多い。
そして大概、地下で生活するものはその頭上の地上で起こっていることに疎いものだった。
真っ白な視界の中に赤い軌跡が疾走する。
ヴァスタードで構成されている傭兵団レヴィナンディアの団長、フェルナンド・デニスは恐怖を感じていた。
赤い光が一閃するたびに、傭兵団の仲間が次々に倒れていく。
ブリザードが吹き荒れる中で額から汗が流れる。
メイルとその下に来ているコンバットスーツのおかげでブリザードの中でも体温が平熱以下になることはなく、またそれ以上になることもない。それでも汗が出るのは心理状況によるものだ。
もはや仲間がいない。もう団ではない。
「くそおおおおお!」
視界ゼロの中をマシンガンを掃射する。どこに誰がいるのか分からないが、いるとしたらそれは仲間を殺った敵だけだ。
耳をつんざく銃撃の音がブリザードの音で軽減される。その中に紛れることなく、爆裂音が響く。
そしてそれが段々と自分に近づいてくる。
掃射したマシンガンの弾はすぐに切れ、メイルの複腕でマガジンを即座に交換し、音が鳴り続ける方向へ銃口を向ける。確実に仕留めるために、その姿が見えるまで引き金をひ引くわけにはいかない。
左右後ろから爆裂音が鳴る。焦らしているのか。
神経を研ぎすませていると、正面に赤く光るものが現れた。ぼう、と赤いそれが、ヘルメットのカバー越しのスリットアイの光だと気づく。アーリーメイルの形状、特にヘルメットは人の顔と同じで似て非なるものが多い。同じよう見えて、細部や空気を受け流すためのフォルムが違う。
フェルナンドの前に現れたそれには見覚えがあった。二丁の形状の違うライフル。空気を受け流す流線型のヘルメット、全体的に速度に特化したメイル。そしてその背部にあるドレッドの砲身。
「お前、ジョン・ドウか!」
「悪く思うな。これも仕事だ」
ブリザードをものともしない低い声で告げると二丁のライフルがフェルナンドに向けられる。二つの銃口が火を吹く前にフェルナンドが動いた。
項に挿しているケーブルを通してフェルナンドのレッサーメイルに命令がいく。右側のブースターが火を噴く。
一瞬にして目の前にいた敵の視界から外れ、マシンガンの銃口をジョンに向ける。
スキをつけばあのジョン・ドウでも勝てる!
スリットアイが動き、フェルナンドを追っていた。
「な」
ブースターが鳴り、ジョンはフェルナンドの前まで移動し、突き出したマシンガンをライフルで切り上げ、もう一つのライフルの銃口をフェルナンドの胸に押し当てた。
引き金を引くと同時に、銃弾がレッサーメイルの胸部アーマーを貫通。一秒もなくフェルナンドの胸を貫く。
フェルナンド・デニスの背中から血が吹き出す。逆流してきた血が口から吐血という形で出ていく。
数百キロもある体が後ろに飛ぶ。その脳裏に過るのは生まれてからの記憶、走馬灯。
映るのは自分を一人で育ててくれた病弱な母。貧乏だといじめた近所の子ども達。初めて銃の使い方を教えてくれた兵士崩れのじいさん。そして……。
最後に手を伸ばした先には何もなかった。ただ雪が強く吹き、白い闇でしかなかった。
二十三番海上都市オータムシティ 第六十二高等学校 屋上
屋上が開放され、生徒たちが使えるようになったのは俺達が入学してからだ。それ以前は危険だなんだと言われていたが、結局のところ屋上活用を欲する生徒達の嘆願書により屋上は開放された。
その屋上で俺は映司と一馬は昼食を取っている。
青空を流れる雲の下でコンビニで買ったたまごサンドは、少し塩が足りないような気がする。目の前の海から漂う潮風に含まれる塩っけにより体の中で充分な塩分を摂取しているように感じた。映司は購買で買ったのり弁、一馬は母親が作ったという卵焼き弁当を食べている。二人は互いに弁当をつつきながら何か話をしているが全く話の内容が入ってこない。俺の視線には悠がいた。
悠・ヴァージル。十六歳らしいが、同い年としてはあんな鷹だか鷲だかのような目をして、鉄の芯でも入っているかのようなシャキッとした姿はどう見ても年齢を詐称しているとしか思えない。短い藍色の髪はおそらく自分で切ったものだろう。
前に一度だけ私服を見たが、シンプルだった。
フェンスに面と向かい、その先にある海を見ながらクリーム色の固形栄養食を口にしている。あれを食べているのはよく見るが逆にそれ以外を食べているところを見たことがない。すぐ食べ切れるし栄養価が高いから、なんだろうな。食に対して特に興味がないというのが分かる。その視線の先に、何があるっていうのだろう。
そう思いながら見ていると、悠はGPTをR取り出し、操作をしている。仕事関係だろうか。そう考えているとポケットに入れているGPTが振動する。
ポケットから取り出すと、メールが来ていた。
『何を見ている』
俺のセリフを取るなよ。
なんだかんだと言っても、俺が学生であることには変わりなく、学校で惰眠を貪るだけわけにはいかない。出席日数やらなんやらが絡むので真面目に学生をしなければいけないわけだ。まあ、真面目に学生やってる奴なんているとは思えないが。
いつもの場所、廊下の端辺りで俺と悠は話をしていた。
「最近人質救出とかそんなのが多いみたいだけど、どうなってんだ? この間の金になるっていう依頼。あれはどこかの研究員だったし、その次は金持ちのバカ息子。その次はどこかの女」
「だがそれはお前にとって良いことではないのか。世の中、人を殺さずに済んだらそれ以上のことはないだろ」
確かにその通りだ。誰が好き好んで人殺しなんかするかよ。
「だが確かに、私達には同じような依頼が多いな」
「最近派手にドンパチやったのは麻薬工場の時ぐらいだな」
「いいことじゃないか。無駄に弾を消費せずに済む。弾薬費が浮くだろ」
「別に悪いことと言ってるわけじゃないさ」
「では何が不満なんだ」
「さあね。自分でも分かんねえな。ただ何か違和感を感じるんだよ」
「違和感?」
「喉の内側に何か張り付いてるような。俺にも分からないんだからなんとも言えないね」
「何かしらの解決をしなければならないな」
と、いうとポケットからGPTを取り出した。
「喜べ。今度はそんな鬱屈したこともなくなるぞ」
「ん?」
「ドンパチ暴れてまくれよ」
夜 東ヤマトステイツ 最寄りの島から約二十キロ海上 ヘリ内
潮の匂いが鼻孔を通って俺の中に入ってくる。生き物の匂い、じゃ、ないか。
俺はこの匂いが好きじゃない。
生も死も、何もかもを受け入れたようなこの匂いは、あの世の匂いだ。
俺はまだそんな場所に行くつもりはない。少なくとも今は、な。
「目標地点まであと六十キロ。そろそろ飛ぶ準備しろ」
コックピットから振り向いて悠が指示する。俺の横には待機状態のメイルがあり、ドアを開けていた。
ヘリのライトは点いていない。ライトを点けて飛ぶのは自分から撃ってくれといっているようなものだ。
「依頼の再確認をするぞ。内容は町を占拠してる武装集団の壊滅。場所は東ヤマトステイツ第二十一海上都市リーヴ。金は百万」
「ようはテロリストをぶっ潰せばいいんだろ」
「まあそんなところだ。細かい内容は書いていないが、せいぜい建物は壊すなよ。お前は市街戦は慣れてないだろうからな」
「ご忠告どうも。けど、匿名の依頼主ってのは気になるな。大丈夫なのか?」
「依頼を承諾するとすぐに前金として五十万は振り込まれていた。金払いができるならそれで充分だ」
まあ仕事終わった後に払いがないというのは困る話だ。傭兵業では珍しくないことだそうだが、そレに対する報復もある。その中にあって前金払いというのは珍しい。よほどなんだろう。
「目標地点まであと三十キロ。お前のタイミングで出ろ」
りょーかい、と答える。ヘリが速度を落とし、ローター音が僅かに下がる。できるだけ音が聞こえない
ようにする夜間飛行の技術なのだろう。
待機状態にあるメイルの姿は整理されたおもちゃ箱という印象だ。
黒のコンバットスーツを着て、そのおもちゃ箱の前に立つ。
コンバットスーツはメイルを装着する上では欠かすことができない。体温調整に衝撃や耐熱耐刃その他諸々を防いでくれる。それ以外の服は、ただの布切れ同然だ。メイルから伸びるケーブルを項にあるBWTI(脳波送信インターフェース)ジャックに挿す。メイルを一々指で操作しなくてもいいように作られたこれのおかげで、メイルは手足のように動く。そのメイルにアイドリング(戦闘準備)状態にするよう脳から送られた信号がケーブルを通ってメイルに送られる。
ガチャガチャと変形して人型に姿を変えて直立し、各部のアーマーが開く。骸骨のようなメイルに入り込むと今度は装着の命令を出す。腕や足、胸部にアーマーが覆い、体のサイズに合わせてフィットする。最後に首元から展開したヘルメットを被りモニターにカメラアイからの外部情報、ジェネレーター出力、メイルの諸々の状態などが映り、全てにOKの信号を送る。
メイルを纏うヴァスタードの姿はパワードスーツを来た人間、と言うより巨大ロボットが等身大になった、というものだ。
開いているドアから半身だけ出し、これから向かう島を確認する。
「じゃあ行くぜ」
ヘルメットを装着するとヘリから飛び出す。
体を水平にし、ブースターを点火させ、リーヴへ向かって飛んでいく。ヴァスタードの飛行というのは飛行機もしくはハングライダーとかそういうものとは違う。無理やり背中のブースターが押し出しているようなものだ。本来飛行能力として必要なはずの揚力はないらしい。バカな話だが、俺はどんな原理で飛んでいるのか分からないものをしょってるわけだ。
ブースターの出力を徐々に下げながら、都市の大通りらしきところにアスファルトに火花を散らしながら着地する。
依頼主の言う武装集団に街を取られたのか、どこにも明かりらしい明かりはなく、真っ暗なコンクリートジャングルのをヘルメット越しに見渡す。
「嫌に静かだな」
「昴聞こえるか」
ノイズ混じりに悠の声が聞こえる。
「ああ。なんにも見えないが本当にここなのか? テロリストに占拠されてるっていうよりゴーストタウンじゃねえか」
「こちらからも目視しているが、どこにも明かりがない」
「レーダーは?」
メイルにレーダーなんかの索敵能力はない。そこまでの情報処理能力がないからだ。というより、俺にはないからだ。ある奴にはあるらしい。その俺にない分をヘリにいる悠が補っている。ヘリが索敵してその情報を悠が俺に教える。直接こっちに送ってくればいい、という話だが戦ってる時にあまり余所見できるかよ。
「動体反応なし。高熱反応もない」
「おいおい。何もねえじゃねえかよ」
「……少し待て」
犬ではない俺は待てるわけがなく、ちょっとした散策を始めた。街灯の一つも点いていない中を歩くのは少々おっかないが、例えひったくりにあっても怖いことはない。メイルを着ているからな。そんなことより、歩いて少し気になったことがある。
「なんで草が生えてんだ?」
アスファルトを突き抜けて雑草が生えている。さらに見れば、建物の壁は汚いしガラスにはヒビが入ったり割れているものもある。ようやく暗闇に目が慣れたのか、街の様子がよく見えてきた。同じように廃れた様子のものが多くそこにあった。
「本当に人いるのかよ」
「昴。マズイかもしれない」
極度に冷え切ったガラスが曇ったような声がした。
「なんだ。家のガス栓を閉め忘れたか?」
「リーヴは十六年前に捨てたれた海上都市だ。まだ開発途中だったリーヴの埋め立てに使っていた土壌が汚染区域から運ばれたものと発覚し、その後開発は中止、半端に作られた建物だけが立ち並ぶ、生まれるまでもなくゴーストタウンになった都市だ。つまり元々人はいないということだ」
悠の説明を聞いてるうちに身の毛がよだつ思いをした。
「おいじゃあ俺達を呼んだのは誰だよ。ゴーストってのは無しだぜ?」
「安心しなさい。依頼をしたのはあたしよ」
暗闇の向こうから聞いたことがある、安心できない声がした。
「幽霊から依頼があるほどあんた有名じゃないでしょ」
街灯が一気につき、一瞬目がくらむ。手で影を作りながら細めた目で向こうにいる人影を見る。
リリィ・アイオリア。小麦色の髪のあの女だ。そのまま目をつぶって引き返したいと思った。
「騙し討ち、にしては堂々としてるな」
悠の言うとおりだ。騙し討ちだとしたらバカ正直に姿を見せるわけがない。
「お前からラブレターをもらった記憶はないけど?」
「誰があんたなんかなんかに送るのよ。ってか古っ」
ごもっともな意見だ。
「あんな辱めを受けたのよ。タダで済ませるわけないじゃない」
リリィとは前に三度会っている。最初はお互い敵同士で戦い、目的を達成した俺はこいつをとの戦いを投げてすぐに戦場離脱という体のいい逃げに走り、二度目は別々の仕事で戦場でまた会い、前回のことを根に持っていたらしく、また勝負となり、いいところで切り上げて体よく逃げ出し、三度目はヴァスタード同士が戦うゲームで対戦相手になり、そこであいつのメイルとスーツをひん剥いて下着姿にしてやった。まあそんな因縁がある。ちなみに三度目のはそれ以上ゲームに出る理由がなかったから勝ちをリリィに譲った。
「良いだろ別に。減るもんじゃないし」
「乙女の素肌が出たのが良いわけないじゃない……!」
怒りで声が振るえてるが、仕方ないだろ。あそこはそういう場所なんだろ?
「言っとくが俺はまったく見てないぞ」
「うるさい! とにかく。あの時の屈辱を晴らさせてもらうわよ」
つまらないことでよくも動かしてくれたな、と悠が言った。
「それだけじゃない。負けて勝ちを譲られた気持ちあんたに分かる? 裸を見られるより屈辱的なことよ。むしろそっちの方を晴らさせてもらうわよ」
「お前は当たった宝くじを素直に受け取らないタイプかよ。そういうのはな、素直に受け取って喜んでりゃいいんだよ。じゃないと損するぞ」
「うっさい!」
街灯の明かりに慣れ、手を寄せてよく開いた目でリリィ・アイオリアの姿を見る。纏っているメイルが前にあった時とは別のものだった。
白いコンバットスーツの上から纏うメタリックレッドのメイルはアイオリア社製の最新機、VMー01Gブラッド・ローズ。最近カタログを見たから知ってるが、あれは最新中の最新。発売されるのは数ヶ月後のはずなのにそれを纏っているっていうのは、さすがアイオリアの娘というところか。
対して俺のは名前の知らない奴のお下がり。あっちのように綺麗な色じゃない。煤けた黒って感じだ。
「いいメイルだな。俺のと交換してくれないか?」
「ふん。あんたにはそのボロいアーリーメイルがお似合いよ」
「そういうお前にはレッサーメイルがお似合いだぜ。写真集を出してみんなに見てもらえよ」
「あんたってどこまでもバカにするわね。でもいいわ。それも今日までよ」
リリィの背中の大型スラスターが翼のように大きく開く。リリィの体が浮き、足より長いテールバインダーがその名の通り尾の如く伸びている。
デミ・サピエンスのドラグリアン(和名・竜人)が生きていればこれと同じだったんだろうなあ。
「これはゲームじゃない。コンティニューもなければやり直しも効かない」
「どっちも意味が同じだろ」
「でも。あんたがヤマト伝統の謝罪、土下座をやるんだったらあんたの負けだけで見逃してあげるわ。あたし。器を大きいからね」
そんなこと言う時点で器が小さいんだよ。
「さあ忠告はしたわよ。返事を聞かせてなさい」
「こいつが答えだ」
右腕を高く上げ、中指をビンビンに立てた。
「そう。それがあんたの遺言ね」
ヘルメットを装着し、背部から手に銃器が手渡される。完全に戦闘態勢を取るリリィをもうからかう必要はない。
ブースターに火を点け、地面から足が離れて宙に浮く。ヘルメットを着け、背中のバックパックに収めていた二つの銃を手に取る。左右のスラスターを調整し、バランス良くしてリリィと同じ高さまで上昇し、留まる。
「「……」」
俺とリリィは口に蓋をしたかのように静かになる。聞こえるのはお互いのメイルのブースターの音だけ。
これは決闘だ。リリィ自身の汚名を払拭するための。
俺にとっての、その、……なんか。思いつかないな。
思いつかないまでもこれは売られたケンカであることは違いない。ということは、俺にはこのケンカを買う義務がある。
つまるところ、やるしかないわけだ。勝つためには先手をとるしかない。
しかし、リリィの方が早かった。
リリィ・アイオリアの素早さは純然たる彼女の素質だ。彼女が引き金に指を添えた時にはまだ昴の手にはまだ銃はない。
引き金を引き、銃口からマズルフラッシュと共に人体をミンチに変える五十口径ライフル弾が放たれる。
瞬きする間もなく、ライフル弾が昴に命中する。ミンチ製造弾であっても、オリハルコン製の装甲は貫けなかった。けれどもその衝撃までは防げず、空中で昴の態勢が崩れる。スーツ部分を狙えばおそらく勝利は大きくリリィに傾くはずだが、早くからそんなものを得ようとは思っていなかった。
攻撃を受けた昴は身を捻り返し、建物へ突っ込んでいく。鉄筋コンクリート造りの壁はブースターの出力とメイルの装甲の前ではあってないようなものだ。容易く壁をぶち抜けて中に入り、さらに壁をぶち抜けて向こうのビルに入る。三度ほど同じことを繰り返し、ダミーの穴を空けて、別の壁に身を隠す。
「初手が遅れたか。アーリーメイルに感謝するんだな。オリハルコンではなく、レッサーメイルと同じセラミック装甲だったらそれで済まないぞ」
「ロストテクノロジーに感謝ってところか。それより索敵」
悠に索敵を頼んだ昴は銃を取り、装填確認する。
「あいつはどこにいる?」
「お前の真後ろだ」
悠の声はいつも通り、冷静だった。
早く言え、と文句をいうより早く体が動いた。くるりと後ろを向き、壁に向かって銃を向ける。
壁の向こうでは、リリィが同じように銃を向けていた。
昴はリリィに。
リリィは昴に。
壁の向こうにいる敵に対して、引き金を引いた。無数の弾丸がコンクリートを突き抜けていく。昴に届いた銃弾をメイルの装甲が弾くが、衝撃は軽減し切れず、押されていく。リリィも同じようにメイルの装甲に着弾するが、衝撃はないに等しい。
リリィのメイル、ブラッドローズは軽量複合セラミック装甲とは別に電磁装甲、シグルズシステムを纏っている。ちょうど磁石の同極同士を合わせると弾かれるように、アーマーに金属物が当たる前にこの電磁的な装甲が銃弾等を弾く。それによって複合セラミック装甲およびその装着者にはほとんどのダメージはこない。所謂バリアーに近いものだ。
リリィは脚を肩幅一杯に広げ、引き金を引き続けた。昴側の銃弾はシグルズシステムが弾いてくれる。
不利な戦いであることに気づいたのは悠だった。
「昴下がれ。消耗するだけだ。目眩ましをして逃げろ」
了解! と叫び両脇を空け、二つの砲身を伸ばしてグレネードを撃ち込んで壁を壊し、スタングレネー
ドを撃つ。直後、強烈な閃光でカメラと外部マイクが一時的な麻痺を起こしていた。
ヘルメットのモニターが回復するまでの時間がカウントされる。回復し、見るとそこに昴の姿がなかった。
「逃がすわけ、ないじゃない!」
銃を構えたまま、前進しようとする。
直後、左横の壁が爆発し、煙の中から、ぬう、と二丁のライフルが顔を覗かせた。
「逃げるかよ!」
昴が姿を現し、銃の引き金を引く。両手の銃がフルオートで放ち続ける銃弾をシグルズシステムが弾き続ける。
「効かないっての分からないの?」
余裕の顔をヘルメット内に浮かべながらリリィは言った。事実リリィには何もダメージはない。体に銃弾が当たらず、何も衝撃のないこれは戦うものを慢心させるには充分だった。
「でえェェェェェェぇぇ!」
昴はリリィに向かってレッドダッシュをし、タックルを仕掛けた。リリィの胴体をぶつかったまま、ブースターを全開にし壁にぶつかっていく。
二人は壁をぶち抜けていく。
幾つものビルを突き抜けて二人は雑草の生えた大通りに出た。
昴はリリィを突き放し、回りながら地面に着地した。リリィは慣性のされるがままに地面に転がり、ビルの壁にぶつかる。
「意外とっ、疲れるな。ビルの型抜きなんて」
「型抜きというより穴空けだな。しかし無茶をする」
「銃が効かないんだ。こんなこともするさ」
「やってくれるじゃない……!」
膝に手を置きながら、立ち上がるリリィ。ブラッドローズに傷はないが、衝撃は軽減されず中身のリリィにダメージとして送られていた。
「最悪な気分。脳みそをミキサーにかけられたみたい」
「そいつは最悪だ。そのまま帰ることを薦めるぜ」
「帰るわけ、ないでしょ!」
背後から伸びる複腕から渡されるマシンガンを手に取り、昴に向けて撃つ。
オリハルコン製のアーマーは四十口径の銃弾を弾く。
ブラッドローズのシグルズシステムのように、弾いているのではなく、単純な頑丈さで銃弾を弾き続けている。
「奴の前に立つな。できるだけ射線上に身を置くんじゃない」
悠の言葉に、簡単に言うな、と思いながらブースターでバックステップし、リリィに背を向けてビルの
屋上に向かって飛んでいく。
「逃がさない!」
昴を追って飛んでいく。大型スラスターを広げて昴の後を追う。
屋上に降り立った昴が最初にしたのは後悔だった。
「なんで銃を捨てちゃったんだろ、俺」
後悔をしつつ、手元にある武器を確認する。
あるのは四発のグレネード、四十口径マシンガンに左右腕部に収納されている大型固定ナイフ。ヴァスタード相手にはどれもあってないようなものばかりだ。
「グレネードはレッドダッシュで避けれるし、マシンガンがあいつに効かない。ナイフなんざ意味がない。まずいな」
「そこは私が考える。お前は奴の攻撃を避け続けろ。きたぞ」
振り返ると、銃口を向けたリリィが現れた。
「ダッシュ」
冷静な声が昴に命ずる。左にレッドダッシュをすると、元いた所がリリィの放った銃弾で穴だらけに
なっていた。
「動き続けろ。マシンガンを使え。ないよりはマシだ」
背部の右マウントからマシンガンが脇にスライドして昴に手渡される。セーフティーを三点バーストに変え、片手で撃ちながらホバー移動をする。装填数は三十発。予備マガジンは二つ。計九十発あるが、これを連続でフルオートで撃つものならものの数秒でなくなってしまう。あっても意味がないが、ないよりマシとはいえこれを撃ち尽くすのは懸命とは言えない。だからこそ三点バーストでやるしかない。
昴は屋上から離れ、リリィと空中戦を始めた。空中で戦う二人のヴァスタードは旋回、反転、急加速、急降下急上昇を繰り返し、相手の銃弾を避け続けていた。
「やるじゃない」
リリィは銃口を昴に向けていた。ちい、と心の中で舌打ちをして昴も銃口を向け、引き金を引いた。数発だけリリィに向かっていくが、電磁の鎧で逸れていく。その後を追う銃弾はない。すぐに弾薬が切れたマガジンを抜き、予備マガジンを腰脇から取り出し、すぐに差し込んで装填し狙いを再びリリィに定める。そこまでして昴は引き金を引かず、またリリィも引き金を引いていなかった。
「どうして撃ってこない?」
「あんたに使う銃弾は無駄って気づいたのよ。それにただ撃っただけじゃあたしの気が晴れないわ」
銃口を上に向けたリリィはヘルメットを開けて顔を露出させる。
「今度はグレネードも使わない。マシンガンも。この二つのライフルだけであんたをやるわ」
その言葉を聞いたかのように、ブラッドローズに装備されてるグレネードの砲身とマシンガンがパージされる。地上に落ちて、砲身は腹に響く音をたててバウンドし、マシンガンは暴発した。
「わわわわ!」
その弾が昴に向かって撃ち出された。
「あ、ごめん。と、とにかく! この二つのライフルだけであんたを倒す」
「言ってることとやってること違うだろ!」
「うっさい!」
「武器減らしたって意味ねぇだろ。その弾除けバリアーも無くなって初めて公平だろ」
「あたしは公平に戦うために――――」
「ロマンスの途中悪いが、どうやら別のお客さんも来たみたいだぞ」
「別の客?」
「ちょっ、なんであたしの回線に割り込んでくるのよ」
「お前のはレーダー付きだったな。自分の目で確かめて見ろ」
どうせスキをついてやるつもりでしょ、と呟きながらヘルメットを被りモニターを確認する。標的と定めた昴とそれと向かい合う自分を示す三角のマーカーが二つ。その周囲には3Dの建物。その外から正体不明の機体が六機接近していた。
「嘘。なにコレ。汚いわよ! 伏兵なんて!」
昴の方にはヘリからの映像が送られてきていた。
「俺にはお邪魔虫に見えるんだけど」
レーダーを見ながらも、リリィから気を放すことはなかった。あっちも認識していないのなら別の奴らか。またはリリィのあれは演技で仲間なんじゃないか、と考えていた。しかし、あれに助演女優賞級の演技なんてできるだろうか。
そう考えしまうと後者の可能性はかなり低い。
「俺には他の奴を雇う金なんてないぞ」
「あたしは一人でやるんだから誰にも頼らないわよ」
「ジリ貧に頑固者か。ならあれはお前らのどちらかに恨みがある奴らだろ」
ああ、と昴とリリィは納得の声を漏らす。思い当たる節がある納得だった。
「いや待て。ひょっとしてお前の方なんじゃないか?」
「私が?」
「そうよ。あたし達よりよっぽど恨まれてるでしょ」
「お前達と一緒にするな。私を恨む奴はもういない」
「……ふうん。そっか」
「へ、へえ……」
もう、という過去形の言葉に二人が引っ掛かったが聞こうとは思わなかった。
「認識できたぞ。JU23。無人機だ」
悠の持つタブレット端末に無人機の形状とデータが表示される。
「格安の機体だな」
「なるほど」
銃口をリリィから外し、同じ高さまで浮かぶ。ヘリから送られてきたレーダーモニターを確認し、接近してくる機体の方を向く。
「野生動物は喧嘩してる最中に邪魔してくる相手がいると喧嘩を止めて協力してその邪魔ものを排除するそうだ。俺達もそういうルールに従おうじゃないか」
「動物と一緒にしないでしょ。でも。あんなのが来たんじゃ興冷めだわ。さっさと片付けて続けるわよ」
「続けるのかよ」
ほっ、としながらも、次の事の対処を考えていた。武器は少々に体力は微々たるもの。長期戦とまでとはいかないがそう長くやりたくはない。対してリリィは体力があった。ブラッドローズのパワーアシストのおかげで余分に力を入れる必要がなく、そのおかげで体力が余ってるのだ。
あ、と突発的な声がリリィから出た。
「どうした」
「このライフル、弾がそんなに入ってない」
「だったらさっきの拾えばいいだろ。三秒ルール三秒ルール」
「これまだ試作機で一度パージしたのは専用の道具使わないと付けられないのよ」
「なんだよそれ。使えないなあ」
「うるさいわねっ」
「二人とも。来るぞ」
ヘルメットに付いてるカメラを望遠にしなくても接近してくる機影が見えた。
「さて。虫退治と行きますか」
「あたしの邪魔をしないでよ」
二人はブースターの火を大きくしていた。最大速度で敵に接近するためだ。大きく引かれた矢のように気を高める。
すると。
「オレがやる」
と、短い言葉が昴とリリィに掛けられる。
直後にレーダーが上空から急接近してくる物体を見つけた。
「誰?」
視線を上に向けると、白い物体がまるで流れ星のように落ちてくる。白い流星はオレンジ色の火を噴出して加速し、無人機の群れに突っ込んでいく。
「なんだあれ」
カメラをズームさせると、白いメイルのヴァスタードがそこにいた。向こうを向いていたそれはくるり
と振り返り、顔が見えた。その目が赤く光る。
腰に下げていた二つのライフルを取り、火を放す。まるで花火のように、マズルフラッシュが瞬く。六つの無人機は同時に全て爆散した。
「一瞬で……」
「無駄に動かなくてすんでよかったよ」
心底そう思いながら地上に降りていく。そうね、と言ってリリィも降りる。
「俺達の代わりはありがたいけど、誰なんだあんた?」
目の前に降り立つ白いヴァスタードに昴は問いかけた。
「ジョン・ドゥ」
それに答えたのは悠だった。
「久しぶりだなホーク・ヴァージル。傭兵を辞めたと聞いていたいるとは思っていなかったな」
「ただの副業だ」
「ジョン・ドゥ……ジョン・ドゥ……。思い出した。死神ジョンか!」
「どうしてそれがあたし達を助けたの?」
リリィの方を向いてジョンは答えた。
「それがオレに来た依頼だったからだ。リリィ・アイオリア。依頼主はジム・アイオリアだ」
「パパが?」
「お前の護衛。もし危機的状況になるようなら手助けしてほしい、ということだ。つまりはベビーシッ
ターというわけだ」
「じゃあずっと見てたの?」
「子どものじゃれ合いに大人が入るのは無粋だからな」
「あっそ。じゃあもう少し見てなさい」
昴の方を向いて、銃を構える。
「おいおいまだやるつもりかよ」
「言ったでしょ。ほらあんたも構えなさいよ」
「お遊びはもうお終いだ」
リリィの銃を下ろすジョン。
「ちょっと!」
「子どもはもう寝る時間だ。さ、帰るぞ。それともオレと遊ぶか?」
「……ふん」
銃を下ろし、背中にしまう。
「いい子だ。オレもさっさと帰って眠りたいところだ」
「死神がベビーシッターなんてお前も贅沢だな」
「うるさい。次は必ず決着つけるわ」
そう言って、リリィは飛んでいった。
「じゃあな。坊主」
小さくなったリリィの後を追うようにジョンは飛んでいった。
「まさかあいつが来るとはな」
俺はジョン・ドウに対する情報はその二つ名ぐらいしか知らないが、悠の口ぶりからすると、一も二も知っているようだ。だが俺はジョン・ドウがどんな奴なのかを聞こうと思わなかった。
何故なら疲れていたからだ。
「あー疲れた」
ヘルメットを外し、どさっ、と雑草だらけのアスファルトに尻もちをついた。メイルのパワーアシストがあれば空中椅子の姿勢でも休めるが、今はその充分以上に疲れている。
「バカなものを受けてしまったな。何かおごらせてくれ」
脚を出しながらヘリが降りてくる。ライトが地面を照らし、プロペラが巻き込む風を地面に流れていく。ライトの眩しさに思わず手で影を作った。
「今日はいいさ。金にならない仕事はもうゴメンだぜ」
多分、缶コーヒーをおごったと思われます




