戴冠
王都スーサ。そのほぼ中心部に位置する王宮は、巨大王国に相応しい壮麗さを誇っていた。トゥーラーン連合軍による侵略の際にはエリマイス兵に占領されたため、比較的損傷が少なかったのは不幸中の幸いであった。
最優先で修復が行われ、整えられたのは大広間だった。その大広間には今、文武百官が集っていた。ナスリーン王女の戴冠式のためである。
「ナスリーン殿下のおなり!」
大広間に集う全員がひざまずいた。楽隊の荘厳な演奏の中、ナスリーンが現れた。純白のドレスを纏い、頭には銀の小さなティアラを飾っている。全身を銀と白で上品に着飾ったナスリーンは王座の前に進み出た。そこには、黄金で作られた厳めしい王冠と、華麗な紅と金のマントが置かれていた。ナスリーンはマントを羽織り、王冠を自らの頭に乗せた。大陸に君臨すると自他共に認めるハカーマニシュ王国の国王の頭に王冠を載せることなど、本人以外の誰もが許されることではないのだ。
ナスリーンが臣下の列に向き直ると、歓声が上がった。
「ナスリーン女王陛下、万歳!」
「ハカーマニシュ王国、万歳!」
ハカーマニシュ貴族も、属国の王も、そのまた臣下もいる。だがナスリーンが探していたのはただ一人の姿だった。そしてその男は、広間の隅の方にいた。礼服を窮屈そうに着ている男の浅黒い顔を見て、ナスリーンは思わず微笑んだ。
戴冠式が終わると、論功行賞が行われた。
まず、イスファーンが戦功第一とされた。実際にトゥーラーン連合軍主力を打ち破り、ハカーマニシュ王国を取り戻した功績が評価されたのである。パルティア国王として即位することを許され、ヒュルカニアの地も与えられた。さらに、ハカーマニシュ王国軍総司令に任命された。
次にハマト国王シャーヤーンが呼ばれた。ナスリーン王女改めナスリーン女王を保護し、守り抜いた功が評価を受け、戦いの中で支配権が空白となった領地とハカーマニシュ王国宰相の地位を授けられた。
三番目に呼ばれたのはカリア王ファルザームである。彼の功績はイスファーン軍に兵を提供して戦ったことと、謀略により聖鍵軍を内部分裂に導き、イスファーン軍の後顧の憂いをなからしめたことであった。ファルザームにもハカーマニシュ王国領の一部が割譲され、王国副宰相に任じられた。
以下、ダルダニア王やハカーマニシュ貴族、陪臣たちにも功績に応じて地位や土地、財宝が与えられた。イスファーンが臨時に任じた若き将軍たちも、その地位を追認された。
いかに王とは言え属国の人間が総司令や宰相といった本国の要職に就くことは、これまで考えられなかったことである。だが今回の戦で、イスファーンを筆頭に属国の王たちはそれぞれに大活躍をした。その功績に報いねばならないが、新たに領地を得たわけではないため、広大な土地を与える余裕はない。また、金品でどうにかなるものでもない。となれば、残るは地位である。
加えて、人材不足という問題もあった。前任の総司令や宰相ら重臣たちは、スーサ陥落時にほとんどがエリマイス兵により殺されていた。大貴族も同様であり、その後の戦いも含めれば相当な数のハカーマニシュ支配層が失われていた。イスファーンらの功績を超えるほどの実績を持つ人材が枯渇していたのである。イスファーンが任じた若い将軍たちが追認されたのも、同じような事情による。
これらの事情による属国王の登用だったが、表向きはハカーマニシュ勢力の団結と友好の証とされた。ヒュルカニアとアレイヴァの離反により揺らいだ「七国体制」に代わり、「五ヶ国体制」となったのだ。権威の回復のためにも属国との連携は必要不可欠であり、あながち名目だけのものとも言えなかった。
こうして、ナスリーン女王の下、ハカーマニシュ王国は再興された。アレイヴァ領はエリマイス支配下にあるもののそれ以外はほぼ全てがハカーマニシュ王国の手に戻り、有能な臣下に補佐されたナスリーン女王の治世は安定すると思われた。
だが、戦いは終わってはいなかった。トゥーラーンによってもたらされた戦乱の炎は未だ燻り続けており、再び燃え上がる時を待っていた。謂わば、序章の終わり、といったところだった。