パライタケネの戦い(1)
パライタケネ。その名はハカーマニシュ人にとって特別なものだった。祖先たちが僭王にして暴君たるザッハークとその軍勢を打ち破り、ハカーマニシュ王国に平和と自由を取り戻した戦いが行われた地であるからだ。そのパライタケネで、今自分たちは敵と対峙している。将兵は体内の血が熱く燃えるのを感じた。
「ハカーマニシュの勇者たちよ!カリアの精兵たちよ!ダルダニアの猛者たちよ!そして我が友パルティアの戦士たちよ!」
白馬に乗ったイスファーンが全軍の前を駆けた。
「ここはパライタケネの地だ。パライタケネの地!それは何を意味するか!そう、諸君らが知っての通り、邪智暴虐の蛇王ザッハーク終焉の地だ!そしてハカーマニシュの自由と平和、誇りが取り戻された地だ!パライタケネはハカーマニシュの礎だ!然るに我らは今どこにいるか!」
「パライタケネ!」
「そうだ!パライタケネだ!これから我らはかつてのパライタケネの戦いを再現する!目の前にいるのはザッハークの悪しき手先どもだ!ハマトにおられるナスリーン姫はファルナーズ女王の再来だ!ハマトはイーラジ王だ!では我らは何か!」
「マウソロス王!」
「そう!我らは恐れ多くもマウソロス王の再来だ!ザッハークとその軍勢を討ち果たしたマウソロス王の再来だ!正義の軍勢だ!正義が悪に敗れることがあろうか!」
「否!」
「そうだ!我らは勝つのだ!必ずや勝利するのだ!伝説を再現するのだ!パライタケネよ再びだ!」
「おう!」
「ファルナーズ女王とマウソロス王の末裔ハカーマニシュ兵よ!オロントバテス王の末裔カリア兵ならびにダルダニア兵よ!イーラジ王の末裔パルティア兵よ!今日は勝利の日だ!伝説を蘇らせる日だ!ザッハークを打ち倒すのだ!フェリドゥーン王、マウソロス王も御照覧あれ!」
「うおおおお!」
イスファーン軍の士気は天を突く程であった。
イスファーンは意図的にこの戦いを古のパライタケネの戦いと重ね合わせた。特に、自分たちがマウソロス王の役を担うことを強調した。
ファルナーズ姫を保護したのはイーラジだ。だが、最後にファルナーズ姫と結ばれ、ハカーマニシュを手にしたのはマウソロスだ。現在ハマトはナスリーン姫を手中にしている。それは戦後の権力闘争において大きな武器となる。イスファーンはそれを奪おうとしているのだ。かつてイーラジはファルナーズ姫を愛していたが、国家のために身を引いた。その気高き行いによりイーラジは賞賛され、現在ハカーマニシュ国内においても彼の評価は高い。イスファーンはイーラジの役を押し付けることで、ハマトは身を引いて当然、という風潮を作ろうとしたのだ。そして自分はマウソロスになる。自分たちが、ではない。自分がマウソロス王になるのだ。カリアやダルダニアはさしずめイーラジとともに戦った騎馬の民といったところか。
だが、まずはこの戦いに勝つことだ。「パライタケネの戦い」で負けるわけにはいかなかった。そして勝算は十分にあった。兵力的にも戦力的にも自軍が優勢だ。
「マウソロスにできたことだ。俺にできないはずがない」
誰にも聞こえぬような声でイスファーンは呟いた。