両軍出陣
ハカーマニシュ王国西部の街道を武装した軍勢が進軍していた。パルティア、カリア、ダルダニアの旗を掲げる混成軍。その先頭に、白馬に跨がる精悍な武将がいた。
パルティアの王子イスファンディヤール。弱冠25歳の若者ながらも、逞しい体つきと不敵な表情は歴戦の勇将の風格を感じさせた。身に纏う白銀の甲冑は太陽の光を反射して輝き、胴鎧に描かれた黄金の狼は彼の力強さを表すかのようだった。
彼は8万5000から成る連合軍の総大将だった。割合で言えば4万のカリア軍が最も多いが、文人肌のファルザーム王は後方に留まり、従兄のファルボド将軍が指揮を執っている。ダルダニア軍を率いるのも王族ではなく総司令キールスである。外交上の席次が最も上位であるイスファーンが指揮を執るのは自然であり、事実そうなっていた。
彼らが目指すのはハカーマニシュ王都スーサ。当初、イスファーンの心情を慮ったファルザームやダルダニア王からはパルティアを目指すという案も出たが、イスファーンはそれを退けた。パルティアには2万のヒュルカニア軍がいる。8万5000の兵力でこれを粉砕することは容易い。逆に言えばヒュルカニア軍はそれを警戒しており、下手に攻撃すれば逃げられかねない。逃げたヒュルカニア軍はどこに向かうか。ヒュルカニア本国あるいは同盟軍のいるスーサだろう。自国に逃げ戻ってくれる分にはかまわないが、エリマイス軍に合流されてしまえば厄介だ。せっかく各国がばらばらに動いているのだ。わざわざ一つにしてやることもなかろう。
逆に、ヒュルカニア軍を放置した場合はどうか。トゥーラーン連合軍で唯一ハマト遠征に一兵たりと提供しなかったヒュルカニアだ。エリマイスに従っているという意識はないであろうし、わざわざパルティア及び本国の防衛を捨ててまでエリマイスを救援するとは思えない。
このような理由から、イスファーンは一気にスーサを落とすことを主張し、結果として採用された。
行軍は順調だった。スーサへの道筋には領主や守備隊などハカーマニシュ勢力が数多くおり、彼らはイスファーン軍を積極的に支援した。彼らからの物資及び兵力の提供により、軍勢は10万を越えた。
彼らはまた、跳梁跋扈するオイラート兵も討伐していった。オイラート兵を見つければ騎兵で追撃し、歩兵の方陣へと追い込む。ハカーマニシュ、カリア、ダルダニアの槍衾の前に動きのとれなくなったオイラート兵はその武勇を発揮する間もなく、あえなく討ち取られていった。一連の作戦で、3000近いオイラート兵が異国の地に屍をさらした。
「順調過ぎて拍子抜けですな」
ダルダニア総司令キールスが豪快に笑った。
確かに順調だった。だが、トゥーラーン連合軍は事実としてハカーマニシュ王国を滅ぼしたのだ。決して侮っていい敵ではない。
「油断はできぬがな」
イスファーンの言葉にキールスは豪快に、ファルボドは生真面目に頷いたのだった。
カリア、パルティア、ダルダニア動く。これに対し、カユーマルスは決して手をこまねいていた訳ではない。
まずはあの手この手を使い、戦力の集中及び増強を図った。要所に配置していたエリマイス軍のほとんどを集結させ、本国からも7000の兵を呼び寄せた。オイラート軍にも金をばらまき、傭兵や降伏したハカーマニシュ兵をかき集め、牢獄の罪人を兵役に就くことを条件に解放することまでした。その結果、エリマイス軍4万2000、オイラート兵8000、混成軍5万、計10万もの兵を集めることに成功した。
次に防衛拠点の整備を行った。スーサは堅固な城塞都市ではあるが、その巨大さが欠点ともなる。元々100万もの人口を誇った都市だ。トゥーラーン連合軍による制圧時に数を減らしたとはいえ、それでも巨大王国の都に恥じないだけの住民が暮らしている。彼らにとってトゥーラーン連合軍など怨嗟と軽蔑の対象でしかなく、内通の危険性は高かった。そもそも広大すぎる都市を囲む城壁を守るには兵力が足りなさすぎた。そこで、スーサ近郊のシーラーズ城を突貫工事で補強し、拠点として使用できる程度には仕上げた。
また、これまでは自ら禁じ手としてきたことではあるが、アルカディアに援軍を求めた。アルカディアは、ハカーマニシュ王国領の半分の割譲という条件を飲むならば助太刀すると伝えてきた。イスファーン軍に敗れれば、ハカーマニシュ全土を失う。それならばアルカディアに半分を譲った方がまだましというものだ。カユーマルスはその条件を飲んだ。今は耐え、敵対勢力を一掃した後に改めて宣戦布告すれば良いのだ。
これらの処置を行い、体制を整えたカユーマルスは積極策を取り、イスファーン軍を迎え撃つために打って出た。シーラーズ城にエリマイス兵5000を残し、9万5000を率いて出撃した。
両軍が遭遇したのはパライタケネ。かつて、マウソロス王やイーラジが蛇王ザッハークの軍勢を打ち破った地であった。