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#3 疑惑の波紋

 結論から言うと、大規模遠征は失敗に終わった。


 ペナンガル砦へと向かったフーガ師団だったが、道中通る事となったアガレスの森にてマフート軍の待ち伏せを受けたのだ。

 どうやら何らかの理由で遠征の情報が漏れていたらしい。


 三人の師団長の一騎当千とも言える活躍もあり、なんとか森からの脱出は果たせた。

 だが、巧妙に張り巡らされていた罠の中で苦しい戦いを強いられた俺達は、甚大な被害を被っていた。


 本来なら、俺のような付け焼き刃の兵隊が生き残れるような戦局ではない。

 だが、俺の事を身を呈して守ってくれた男がいたのだ。

 その男の名はジョニー=ブランキッシュ。

 俺が入隊したばかりの頃から、右も左も分からない俺のことを何かと気にかけてくれた、優しい男だった。

 その優しい男は、俺を逃がすために体を張り……マフート軍の弓矢を全身に受け、戦死した。


「馬鹿野郎……なんで、俺なんかのためにっ……!」


 いくら悔いたところでジョニーの命は戻って来ない。それが現実だ。


 何とかアガレスの森から逃げおおせた俺達だったが、兵力を削がれたフーガ師団は体勢を立て直すべく、一旦フィランへとトンボ返りする事を余儀なくされた。


 帰国の道中は、まるでお通夜だった。

 あれだけ意気揚々と向かった遠征が、情報漏洩で呆気なく失敗したのだから無理もない。


「情報が漏れていたということは、スパイがいると言う事だ……再び遠征の計画を立てようにも、スパイがいる限りまた待ち伏せを受けるのがオチだぜ」

「って事はもう、スパイを見つけねぇ限り俺らはただマフートに侵攻されるのを待つだけってことか……?」


 重苦しい空気が一団にのし掛かる。


 そのうち、何か妙な視線を感じるようになった。


「おい、あいつ確か……」

「余所者……」

「妙な身なりをしてたらしいぜ……」


 嫌な感じだ。

 俺は聞こえないフリをしながら、黙々と歩き続けた。


 そして夜。事件は起きた。


「ちくしょう、やられた!」

「おい、どうした?」

「目を離した隙に俺の分の食料がなくなった! 誰かが盗んで食いやがったんだ!」

「そういや、さっきお前の近くに座ってた奴がいたよな。確か……」


 とある男が俺の方へ顔を向けると、他の男達も一斉に俺の顔を見た。


「……あ?」

「あいつだ! あの新入りが座ってたぞ!」

「確か異国から来たって噂の奴だろ。顔つきも俺らと違う、見慣れない感じだし……」

「おい、お前が食料を奪ったのか!」

「ち、違う! 俺はそんな事していない!」


 確かに近くには座っていたが、それだけで濡れ衣を着せられるのはたまったもんじゃないぞ。


「慌ててるのが益々怪しいな……」

「ひょっとして……あいつじゃないか? 俺達が遠征する情報をマフートに漏らした奴……」


 その呟くような一言から、波紋が広がった。


「確かに……あいつは余所者だし、他にそんな事しそうな奴は思いつかねぇ」

「俺、前からちょっと怪しいと思ってたんだよな……」

「おい、てめぇ! てめぇがマフートのスパイか!」


 食料を奪われたと主張していた男が、俺の胸ぐらを掴んできた。


「ば、馬鹿な……何で俺がそんな事しなくちゃならないんだ! 俺はスパイじゃない!」

「黙れよ異人! 俺達と肌の色も顔の造りも違うてめぇを信じられるか!」


 浴びせられる罵声に、俺は強烈な吐き気を覚えた。

 元バンドメンバーに裏切られ、クスリをやっていると世間に疑われたあの頃を思い出してしまったのだ。


 違うんだ。俺は何もしていない。

 せっかく仲間が出来たと思ったのに……これじゃあ結局、現実世界と同じじゃないか。


 所詮、人間なんて自分が安心感を得るために弱い者をいたぶろうとする、腐った存在でしかないのか……


「この騒ぎは何事なの!」


 その毅然とした声に振り返ると、シエラ団長が立っていた。


「だ、団長……聞いてください、こいつが俺の食料を」

「何か証拠があって言っているのよね?」

「そ、それは……こいつ、俺の近くに座ってて……元々、余所者ですし……」

「はぁ? それだけ?」


 団長が呆れたように溜め息を吐くと、俺の胸ぐらを掴んでいた男を睨みつけた。

 男はその圧力に気圧され、俺の胸ぐらから手を離す。


「ゲホッ、ゴホッゴホッ!」

「アカネ、大丈夫?」

「す、すまない、団長……」


 団長は俺の背をさすって落ち着くのを確認すると、立ち上がって全員を見回した。


「いいか! 今後、確かな証拠もなく仲間をスパイ呼ばわりする者には私自らが厳罰を与える! そのつもりで、発言には気をつけるように! 分かったな!」


 団長はそう叱咤すると、身を翻してその場を後にする。

 団長が去ると、ザワザワと困惑の声が湧き上がり始めた。


「ん、んな事言ったってなぁ……」

「スパイがいるのは確かなんだろ? それじゃあ俺達、これからどうすりゃいいんだ……」

「ちっ……運のいい奴め」

「こいつが本当にスパイだったらどう責任取るつもりなのかね……」


 ざわめきと共に、俺を避けるように男達が離れていく。

 団長のおかげで一旦騒ぎは収まったが、結局俺が疑われているのは変わらず仕舞いのようだ。


 居心地の悪さを払拭出来ないまま、俺達はフィラン皇国へと帰還した。


 帰国後、各師団長達は急遽会議を開催し、今も何やら話し込んでいる。

 今後の方針を練っているのだろうか。


 疲れきっていた俺は兵舎に戻るなり、倒れ込むように眠りについた。




 ‡ ‡ ‡




 目が覚めた時、辺りは真っ暗になっていた。

 どうやら夜まで眠っていたらしい。

 俺は体を起こすと、なんとなく街の様子を見てみようという気に駆られ、兵舎を出た。


 街の灯りは少なく、ほとんど出歩いている者はいない。

 何の気なしに歩いていると、どこからかリュートの音色が聴こえてきた。

 見ると、広場の今は水の出ていない噴水の縁で楽器を奏でている、やたら線の細い男がいた。どうやら吟遊詩人のようだ。

 この世界の音楽は、俺の知る限りではほとんどが吟遊詩人の奏でるもので、内容は愛をテーマにしたものや、戦争や魔物討伐に赴く戦士への賛歌、神への祈り等と相場が決まっていた。


「♪嗚呼 人の世の儚さよ

 神は我々を見捨てたもうたか


 あなたが作りしこの体は

 魔の者に取って喰われ

 その糧とされるために創造されたのか


 嗚呼 どうか救い給え

 一時の夢の如く儚い我らを

 嗚呼 どうか叶え給え

 ただ穏やかな日々が続くようにとの羊の願いを……」


 ……辛気くさい曲だ。

 旋律は綺麗だが、内容はただただ神に縋って助けてください、というだけの、他人任せな曲でしかない。


 街のところどころに目をやると、夜に紛れてこの世の闇が浮き彫りになっていた。

 俯きながら虚ろな目をしている男、ボロボロの服を着て佇んでいる子ども、夫を魔族に殺され夜通し泣き崩れる未亡人。

 そんな絶望に打ちひしがれた人々が、リュートのうらぶれた音色を聴きながら悲しみに暮れる。


 それが悪い事だとは思わない。

 悲しい時に悲しい曲を聴きたくなるのは、俺にも理解出来る。

 人間には、そういう時間が必要な事も知っている。


 でも、こいつらはそればっかりだ。

 こんなんじゃいつまで経っても、沈んで沈んで、深い悲しみの泥沼にハマっていくだけじゃないのか?


 演奏が終わり、吟遊詩人が立ち去るのを見届けた俺は、さっきまで吟遊詩人が座っていた場所に腰掛けた。

 何故、そんな事をしようと思ったのかは俺にもハッキリとは分からない。

 でも何でか、無性にそうしたくなったんだ。


「ジョニー。お前ならきっと、辛気くせぇ曲よりも、こういう曲の方が喜びそうだよな」


 そして俺は、こんなうらぶれた夜に全く似つかわしくない曲を--Eclipseがメジャーデビューするきっかけとなったミリオンヒット曲、「Dirty’s Highway」を口ずさんだ。







「おにいちゃん、それ、何てお歌?」


 近くで聴いていた10歳にも満たなさそうな少女が、あどけない表情でそう尋ねてきた。

 きっと、聴いた事もないような曲だから珍しがっているのだろう。


「あぁ。これはな……」


 たった一人、聴いてくれていた観客に曲の名前を教える。


「ふ~ん。変なの。でも、おもしろかった!」


 満面の笑みでそう言ってくれる少女に、俺も微笑み返した。


 やっぱり良いな……自分の曲を聴いてもらえて、それで元気になってくれる人を見るのは。

 何にも代え難い幸福だ。

 俺はそのかけがえのない幸福を、失ってしまったんだ。


「君、お父さんとお母さんは?」

「……おとうさんはしんじゃった。おかあさんは夜おそくまでおしごとしてるの。ねぇ、しんじゃうとどこに行っちゃうのかな。お星様になるの?」


 魔族に殺されたのだろうか。

 こんな小さな子が……

 ひでぇ。ひでぇよ……

 無性に叫び出したくなる気持ちを必死にこらえながら、俺はその子の手を握り締めた。


「……お母さんを大切にな」


 少女は一瞬、キョトンとした表情になると、すぐに笑って「うん!」と力強く頷いた。


「ねぇ、またここにお歌、ききに来てもいーい?」

「あぁ、もちろんだ。待ってるよ、お嬢ちゃん」


 俺は少女と手を振り合って別れると立ち上がり、兵舎へと戻る事にした。




 ‡ ‡ ‡




 兵舎に戻る途中、倉庫の扉が開いていたのでふと、気になって覗いて見た。

 別に何かパクろうってんじゃない。

 人間のサガってやつだ。


「うわっ、なんだここ……埃だらけじゃねぇか。……ん? なんだ、ありゃあ……」


 奥に何か、鈍く光るものがある。

 蜘蛛の巣に気をつけながら中に入って行くと、それの姿が露わになり……俺は自分の目を疑った。


「こ、これは……!」


 そこには信じられないものが置いてあった。


 ギブソン・レスポール・スタンダード。

 メイプルとマホガニーの木材を貼り併せた構造を持つ、フェンダーストラトキャスターと並ぶエレキギターの有名なモデルだ。

 こいつはその中でも、 80年代初期に製造されたレスポール80だろう。トラスロッドカバーに“ HERITAGE SERIES STANDARD-80 ”と記されている。

 バイオリンのような光沢を放つ、美しいダークブラウンのグラデーション。

 グラデーションの薄い中央部分に浮かび上がる、繊細なトラ杢。


「そ、そんな馬鹿な……なんで異世界にレスポールが? ありえねぇだろ……」


 夢でも見ているのか。

 おそるおそる手を伸ばし、埃を手の甲で拭ってから震える指先で感触を確かめる。

 滑らかな触り心地。この重厚感。

 間違いない。俺が現実世界で愛用していたものと同じモデルのギターが、ひっそりと、しかし確かにここに存在していた。


 二度と触れる事も、見る事も叶わないと思っていたのに。

 神様って奴の存在を、俺は初めて信じそうになった。


「っ……なんだ、この傷は……!」


 よく見ると、ボディの下側辺りからブリッジ横辺りにかけて、二本に枝分かれする不気味な亀裂が走っていた。

 その異様な存在感に、思わず息を飲む。

 

 弾きたい。俺はただ本能の赴くままに、ギターのネックを掴んだ。


「おい、何してるっ!」


 やべぇ、見つかった!


「あ、いや。違うんだ、これは……!」

「みんな来てくれ、余所者が倉庫のものを盗み出そうとしてるぞ!」


 俺は抵抗虚しく四人の男にあっという間に拘束され、冷たい独房へと放り込まれてしまった。

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