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#1 奈落への転落

 スポットライトの光が眩しい。

 会場中を震わせるほどの大歓声が、俺達の音を催促している。


『盛り上がってるかStupid(ばかやろう) guys(ども)!』


 沸き立つオーディエンスに不適な笑みを浮かべてマイクを向けると、俺だけを照らしていたスポットライトが一斉に舞台全体を照らし出し、他のメンバーの姿が浮き彫りになった。一層の大歓声が会場を満たす。


『一曲目だ! “Dirty’s Highway”!!』


 (いなな)くようなギターの旋律と共にベースの重低音が鳴り響き、激しいドラムの鼓動と連なって会場が一体となっていく。


 ロックバンド“Eclipse”。

 俺--雪村暁音(ゆきむらあかね)は、そのボーカル&ギタリストだ。

 アンダーグラウンドでの人気を買われ、インディーズからメジャーへと進出した俺達には、金も地位も名声も、全てが約束されていた。

 そのはずだった。


 崩壊の足音がすでに忍び寄って来ているとも知らず、俺はただただ浮かれていたんだ。


「……何、してるんだ……お前、ら」


 マンションに帰った俺を待ち受けていたものは……恋人の裏切りだった。

 将来を約束し合ったはずの女は、同じバンド内の男と、ベッドで愛し合っていた。


 それからの転落はあっという間だった。

 恋人には捨てられ、その出来事がきっかけでバンドのメンバーとの仲は修復不可能となり……“Eclipse”は、メジャーデビューからわずか2ヶ月で解散した。


 その後、別の元バンドメンバーがクスリをやっていた事が発覚し、逮捕されたそのメンバーが「雪村に無理矢理やらされた」と嘘の証言をした事で、疑いの目が俺にまで降りかかった。


「俺は……俺はやってない! なんで信じてくれないんだよぉ!」


 無実の罪でメディアに吊し上げられた俺は、拘束され検査を受けさせられ……検査結果や家宅捜索の末、疑いは晴れたものの、その頃には誰も信用出来なくなっていた。


 自棄になってバーで飲んだくれ、街中をフラつきながら歩く日々。

 そんなある日、向かいから歩いて来た男と肩がぶつかり、イライラしていた俺はその男を反射的に睨みつけた。

 すると強面の、明らかにカタギではない男にもの凄い形相で睨み返される。


「おい兄ちゃん……ちっとこっちでお話しようか」


 肩を組まれて路地裏に連れて行かれると、俺の顔を見た男の顔が興味深げなものに変わった。


「兄ちゃん……ひょっとして、“Eclipse”の元ボーカルの……なんつったか、女みてぇな名前の……あぁ、何とかアカネちゃんじゃねぇか?」

「…………」

「くくっ、やっぱそうか。クスリで捕まったんだって? ったくマヌケだよなぁ……やるならもっと上手くやれよ。なんなら俺が、格安でブツを回してやるぜ……どうだい?」

「……やってねぇよ」

「あん?」

「俺はクスリなんてやってねぇ……濡れ衣だ」

「おいおいそうなのか? くくくっ、だとしたら余計にマヌケじゃねぇか。確か女にも捨てられたんだろ? 散々だなぁ……まぁ、ちっとバンドが売れたからって黄色い声援浴びて天狗になってたツケが回ったんだろ。いいお勉強になったなぁ、兄ちゃん」


 その瞬間、カッとなって男の胸ぐらに掴みかかろうとしたが……男は一歩後ろに下がってそれを避け、俺は勢い余って転んでしまった。


「おいおい勘弁しろよ……負け犬が突っかかってくんじゃねぇよ!」


 倒れた俺の腹に、男が蹴りを入れてくる。何度も、何度も、何度も。


「うぇっ! ごっ、がはっ! ぉぐぅっ!」

「ふぅ、やれやれ……負け犬の上に弱えぇとか救いようがねぇな」


 男は俺の顔に唾を吐きかけると、その場を後にした。


 気を失ってしばらくその場に横たわっていた俺は、体の冷たさに目を覚ます。

 いつの間にか雨が降り、俺の体は全身ずぶ濡れになっていた。


 積み上げたものは崩れ去った。

 信じていたものは虚構だった。


 この世界は地獄だ。

 生きる事は絶望だ。


 俺はそれを知ってしまった。

 もはや、心も体も衰退しきっている。


 あぁ、そうだ--







 冷たい夜風が頬に突き刺さる。

 白い息が空へ登っていくのを一瞥すると、俺は下界の景色を一望した。

 再び酒に酔った俺はウィスキーの瓶を床に叩きつけて割り、高層ビルの屋上に立った。


「ははっ、はははははっ! 短い栄光だったな……今まで群がってた奴ら、手の平を返したように離れていきやがって。あ~、くだらねぇ……人間なんざカスばっかりだ。もう全部、どうだっていい……」


 何度目か分からない呪詛を吐き出しながら屋上の縁に立つと、下から吹き付ける風を全身で感じながら、両腕を大きく広げる。


「……I can fly!」


 そのままゆっくりと体を前に倒していくと……俺の命は、都会の闇に吸い込まれていった。




 ‡ ‡ ‡




「…………う……ん」


 頭が重い。妙に寒い。

 俺は確か、ビルの屋上から飛び降りたはずじゃ……ここは、あの世か何かなのだろうか。


 人の歩く音がまばらに聴こえてくる。

 死者の行進か。

 ゆっくりと瞼を開けてみると、辺りが薄暗い。

 首を動かし見渡してみると、どうやらどこかの路地裏のようだった。

 すぐ横にゴミが捨てられており、虫が飛んでいる。


「……生きてるのか、俺……? っ……!」


 頭痛に顔をしかめるが、これは酒が残っている痛みだ。

 だが、俺は酒で記憶が飛んだ事はない。昨晩も大分飲んでいたとはいえ、記憶はハッキリしていた。

 あれは夢などではなかった。俺は確かに、ビルから飛び降りたはずだ。

 なのに何故、俺は無傷で、こうして生きている?


 フラつきながら立ち上がり、壁にもたれかかる。

 こめかみを押さえながら路地裏から出てみると、俺を待っていたのは驚愕の光景だった。


「……なんだ、ここは」


 所々が破壊された煉瓦造りの街並み。

 街を歩くのは甲冑姿の人々や、外人と思しき人々、そして中には、獣の耳を生やした人々までいた。

 湿った空気。

 そこに漂ってくる火薬の匂い。


 明らかに、昨日俺が歩いていた街とは……いや、俺の住んでいた国とは異なる場所。


 一体、どういう経緯でこんなところへ来てしまったんだ?

 これではまるで、違う世界へ迷い込んでしまったかのような--


「おい、お前。見慣れない服装だな……一体どこの者だ、答えろ! まさか、魔軍マフートの手の者か!」


 後ろから誰かに肩を掴まれた。

 振り返ると、槍を持った全身甲冑姿の男だった。


「はっ……? まぐん? なんだお前、何ふざけた事言って……」

「しらばっくれるか、益々怪しい……こっちへ来い! 連行する!」

「お、おいちょっと、いててっ! 何すんだコラっ、離せよっ!」


 一体何だってんだ?

 突然訳分かんねぇ事言って、俺をどうする気なんだ?

 あまりの混乱に頭がついて行かないが、ひとまず抵抗を試みる。


「どうかしたの?」


 そこへ、女の声がした。

 顔を向けて見ると、鎧を着た女が腰まで伸びる金髪を靡かせながら、こちらへ近づいてきた。

 かなりの美人だが、どこか近づき難い雰囲気を感じる。


「シエラ様! 怪しい男がうろついておりましたので、連行するところです」

「……そう。そこのあなた、名は何と言うの?」


 話しかけられた。

 俺は女へ警戒の眼差しを向けながら、ひとまず答える事にする。


「……雪村暁音だ」

「ユキムラ……? 珍しい名ね。私はフィラン皇国フーガ第一師団長、シエラ=フィラン。少し話を聞かせなさい」


 高圧的な態度に反感を覚えるが、兵達に拘束されて身動きが取れない。

 聞き慣れない国の名前に困惑しながら、俺は兵士達に連行される事となった。

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