第5話 寮の中に高級レストランがあったって私はもう驚かない
(ああ、神様。どうしてこうも違うのでしょうか。私が美月として生きていたらきっと一生に数回しか口にすることはなかったでしょう。キャビアなんて)
天真は白いテーブルクロスが敷かれた席に翼と一緒にフランス料理を食べている。そして彼らの前には白い皿の上に輝く海の宝石キャビア。それを二人は談笑しながら食べていた。美月は横目でそれを見ているだけ。どんな味なのだろうかと美月の目はキャビアに釘づけだった。
紅い絨毯が敷かれたレストランのホールは広く、テーブル席がざっと50席程ある。そして他の席ではこの学校の生徒が食事をしていた。
それにしても何て絵になる光景なのだろうか、と美月は二人をジッと見つめた。美形がそろえばそれだけでも絵になる。他の生徒も二人を盗み見しているのはレストランに入った時から気付いた。仕方がない。顔がいい二人がそろって食事していたら誰でも目を奪われるから、と美月はうんうんと頷いた。
美月が天真の足元で身体を伸ばした時、何かを思い出した翼が天真に告げた。
「あ、そうそう。今日の英語の宿題範囲広いって」
「・・・宿題か」
「天真も一応この学校の生徒なんだから、ちゃんと授業に出て勉強しなきゃ駄目だよ」
「・・・」
「この前も理事長に怒られていたでしょ」
「?!・・・何で知っているんだ?」
「晃一からの情報」
あいつかと言いたそうな顔で天真は溜め息をついた。そんな天真を見て翼は微笑む。
「余計な事を・・・」
「きっと晃一も心配しているんだよ」
「心配というより、アイツの場合は嫌がらせだな」
晃一は確か天真と幼馴染ではなかったかと美月は首を傾げた。何故幼馴染から嫌がらせを受けているのかと二人の会話に耳をひそめる。
「それが晃一から天真への愛情表現だって言う事だよ」
(ドSだ。晃一はドSだ!)
美月がジッと天真を見ていると、その視線に気づいた天真が美月の頭を撫でた。
美月は天真に撫でられるのが実は好きだったりする。ポカポカと暖かくて気持ちがいいのだ。
それから二人は他愛のない会話をし、天真が美月を抱き上げ、再び自室に戻ろうとした時だった。
「これは、これは。藤時君と光野君じゃないか。二人揃って何をしているんだい?」
からかう様な、馬鹿にするような仕草で声をかけてきた男に二人はバレない様に溜め息を吐いた。また面倒な奴に声を掛けられたと天真が小声で呟く。
「金森。何か用か?」
「用などないさ。ただ目に入ったから声を掛けただけだよ、光野君」
「・・・じゃあ俺達部屋に戻るから」
「あ、そうそう藤時君。僕の友達が君ともう一度しっかり話がしたいと言っていたよ。どうかな?考えてくれるかい?」
金森にそう言われると翼は顔色を悪くし、さっと顔を逸らした。美月は翼の様子が変だと気付き、唸り声を上げる。
美月に気付いた金森がフンと鼻を鳴らした。
「食堂に動物を入れるだなんて、衛生的に悪いから止めてくれないか?」
「ここはペットOKの食堂だ。嫌なら他に行ったら良い」
天真にそう言われると金森はバツが悪そうにその場を去った。去り際、翼に「よろしくね」と言って。翼は俯いたままその場に立ち尽くし、今にも泣き出しそうな顔をしていた。幸いにもその顔を天真に見られてなく、天真もそんな翼に気付いていなかった。美月だけが翼の異変に気づいていた。
「・・・アイツ。意味分かんない」
(私も意味分かんない。何なのアイツ?金森だっけ?要注意人物ね)
美月はそっと翼の様子を窺った。翼はいつも通りの翼に戻っていた。しかし、どこか眼が怖がっているような気がし、美月は翼に大丈夫?と声を掛けた。翼はニコリと微笑み美月を撫でてから天真に「行こう」と声を掛け、二人は部屋に向かった。
赤い絨毯が敷かれた廊下を進む途中、何人かに声を掛けられ、二人は他愛のない会話をしながら部屋に戻る。
美月はある事に気付いた。この学校の人間は意外と美形が多い。全国から美形だけを集めましたみたいな学校だ。美形なら誰でも入れるのではないだろうかと考えた。もし顔だけで生徒を選ぶようならば猫パンチをお見舞いせねばと、美月は明日この学校の理事長に喧嘩をふっかけに行くことに決めた。
天真は美月を床に降ろし自分の部屋に入った。翼も自分の部屋に行く。美月はキラリと目を光らせ翼の後を追う。翼は美月が部屋に入った事に気付かないままドアを閉めて灯りを付けた。
8畳ほどの部屋にはベッドと本棚と勉強机しかない。翼はベッドに腰掛けるとそのまま横になった。深い溜め息が聴こえ、美月は胸を締め付けられた気がした。
(ごめんね翼。私が死んじゃったばかりに約束が守れなくて)
美月は翼を見て小さい頃を思い出した。
翼と美月は幼稚園の時初めて出会った。この時内気で引っ込み思案だった翼を美月は彼の容姿を一目見て好きになり、彼を半ば強引に引っ張り回していた。何処に行くのも一緒で何をするのも一緒だった。この時美月は翼がお金持ちの一人息子だという事を知らずに彼と遊んでいた。因みにそんな美月を周りは怖いもの知らずだと話していたのは勿論知らない。
人見知りな翼は美月と接していく内に美月を信用し、彼女を信頼していく。どんなことがあっても自分を見捨てず、助けてくれたからだ。
美月は結構交友関係が広く、美月の友人と接していく内に翼は人見知りが治り、今の様な立派な少年になった。それを翼の家族が喜んでいることも勿論知らない。
美月は翼に近づき鳴いてみた。そんな美月に気付いた翼は振り向き、美月に目線を合わせるためしゃがんだ。
「ルーン。いつの間に」
美月はそこで気付いた。翼が泣いていた事に。
(翼。どうして泣いていたの?何があったの?)
美月は翼に寄り添い、頭を脚に擦りつける。美月の頭を撫で抱きよせる翼。温かいと呟き美月を抱きしめた。
猫であることがもどかしく、今すぐ人間になって翼の悩みを聞きたいとその時思った。
明日。人間の姿で翼に会おう。
美月は決心した。
投稿遅くなり申し訳ありませんでした。文章を少し変えましたが、内容は変わっていません。