第4話 今日から私の家は寮です
空が茜色に染まるまで美月は目覚めの庭のベンチで寝ていた。目覚めの庭とは美月が初めに目を覚ましたあの庭である。庭には名前が無かったので、というか名前が分からなかったので美月が勝手につけた。
お腹空いたと美月はベンチから降り、ゆっくりと食堂に向かった。なるべく生徒に見つからないように花壇の陰に隠れながら歩く。
天真という少年に食堂で待てと言われていた。そろそろ迎えに来るだろうと速足になる。
食堂の扉は閉まっており、美月は建物を回り込んで窓から中を窺った。しかし室内は薄暗く天真の姿は見当たらない。美月は溜め息を吐いてその場に座った。
そういえば目覚めてから何も食べてない事を思い出し、力なく鳴いてみると食堂に人影が現れ、こちらに近づいてきた。
「猫?」
窓から顔を出したのはコックの格好をした青年。しかし頭には美月のイメージしているあの白くて長い帽子をかぶってはいない。
「誰の猫だ?ったく・・・お前飼い主はどうしたよ」
その飼い主を待っているのさ、と鳴くが当然人間である彼には伝わる筈もない。青年は少し釣り目だが美形の部類に入る。大きな手で美月を撫でるとふむと考えた。
「もうすぐ夕食の時間だな・・・ちょっと待ってろ。俺が何か作ってやるから」
青年が食堂の奥に消えてから数分後。お皿に何か盛りつけて持ってきた。
「ほら」
青年が持ってきたのはおじやの様な物。
猫は猫缶とかドライフードとかというメージがあった美月。だがいきなりそれが出てこなくて良かったと美月はホッとした。生前人間だった美月にはさすがに抵抗があった。
美月はまず匂いを嗅いでみた。フンフン。変な臭いはしない。
次にぺロリと一舐めしてみる。口の中に広がる幸せの味。そうして美月は出された料理をあっという間に平らげた。
その様子をずっと見ていた青年は食べ終わった美月の頭を撫でると、食器を持って食堂の方へ戻って行った。
(お兄さん!このご恩は決して忘れません!!猫の恩返しを期待していて下さい!)
一声鳴いてから食堂を去ろうとした時だった。
「あ、いたいた」
聞いたことがある声がしたので美月が振り向くとそこに天真がいた。
「待たせたなルーン」
『ニャー』
待ちくたびれたと鳴けば天真は美月を抱き上げた。視界が高くなり足場が不安定だが、見晴らしは良好だ。
「じゃあ、寮に帰るか」
天真はそう言うと歩き出した。
ドでかい門の付いた校門を出て5分位の所に、50階建て位のマンションが見えてきた。
(まさか、ここじゃないよね?庶民に喧嘩売っている様なマンションが寮じゃないよね!?)
美月の予想は当たり、天真はマンションに入っていく。
後で猫パンチを食らわそうと美月は決意した。
天真はエレベーターに乗り、30階のボタンを押した。ボタンは50階まである。
(50階って、もし何かあったらエレベーター使えないじゃない!階段で下りるの?!馬鹿なの?!)
ポンという音の後に扉が開いた。天真はエレベーターから降りて赤い絨毯が敷かれた廊下を真っ直ぐ進む。
いくつかのドアの前を通り過ぎ、307とかかれたドアの前で天真はポケットからカードを取りだした。そしてそれをドアの横の壁に取り付けられている機械に通す。機械のランプが赤から緑に変わり、ピピッと音がした後ドアからカチャリと音が聞こえた。どうやら鍵が解除されたようだ。
天真はドアを開けて中に入った。
「ただいま」
「天真お帰り。ルーンも」
部屋の中から私服姿の翼が出てきた。翼は美月の頭を撫でると天真の腕から抱き上げた。美月は翼に思いっきり甘える事にした。
(翼、久しぶりだね!会いたかったよ!というか会いに来ちゃったよ!死後の世界から!)
その姿をジッと見ていた天真がポツリと呟く。
「明日の放課後、ルーンの家買いに行こうと思う」
「いいね。俺も一緒に行っていい?」
天真はコクンと頷く。
「飯は食ったのか?」
「まだだよ。天真待ち」
「直ぐに準備する」
そう言って天真はリビングにある二つあるドアの内の一つに消えて行った。
天真達の部屋は玄関から入った廊下の直ぐ脇にトイレとお風呂があり、廊下を進むとキッチン付きのリビングがある。どうやらここは共同スペースらしく、テレビやソファなどが置かれている。リビングの左右には一つずつドアがあり、どうやらそれぞれが二人の個人部屋らしい。
それにしてもと部屋を改めて見回す。共同スペースだけでも美月が走りまわれる位の広さがある。自分の部屋の何倍だろうと美月は途方に暮れた。
そうして美月は天真が出てくるまで部屋の中を探索していた。
そしてそんな美月をニコニコしながら見つめる翼がいた。
「待たせた」
暫らくしてからTシャツにジーパン姿の天真が部屋から出てきた。
「カード持った?」
翼がそう訊くと天真はジーパンのポケットから先程のカードを取り出した。
「じゃあ行こうか」
二人が帰ってくるまで留守番かと、項垂れていると天真はいきなり美月を抱き上げた。
「いくぞルーン。お前の夕飯もある。好きなのを選ぶといい」
(ペットのご飯も出す寮ってのはどうなのよ)