第3話 どうやら私の主人と名前が決まったようです。え?名前が二つ?
猫の声も高い低いがある。それは美月の家いた飼い猫のサルタによって知っている。
『ニャーオ』
可愛らしい声がその場に響いた。なかなかいい声だと自画自賛している美月は視線を向けられているのをすっかり忘れていた。
「何か照れてない・・・?」
「人間みたいだな」
翼の声で我に帰り、猫らしい行動をしようと我が家に居たサルタを思い出す。顔を洗っていたと思いだすと慌てて顔を洗う行動を取る。美月の姿をじっと見ていた天真と呼ばれた少年が翼を見た。
「翼・・・飼っていいか?」
「え?飼う?」
「だって可愛いし」
「別にいいけど・・・。ちゃんと世話してね」
「わかった」
そう言うと天真は美月を抱き上げた。いきなり前脇を掴まれ視界が変わったので美月は驚いて固まった。
「よろしく猫」
(ちょっとちょっと!何で翼じゃなくてあんたなの?私は翼がいいのに!あれ?でも今の会話だと、この人と翼は同室と言う事になるような・・・)
美月が固まっていると天真の幼馴染だという晃一が溜め息を吐いた。
「翼。天真を甘やかすな。同室のお前に迷惑が降りかかってくるぞ」
やはり翼と天真は同室のようだ。この際同室でも良しとした。
「迷惑かけないようにする」
「大丈夫だよ。俺だって猫好きだし」
「ところで名前何にするの?」
「ん~・・・」
天真は美月をジッと見つめてきた。美月は美形に見つめられている事に居た堪れなくなり、視線をソッとそらした。すると優斗が美月の背中を指さす。
「あ、三日月の模様がある」
「三日月?」
天真がそう言って美月を降ろした。そこだけ毛が濃くなっており、三日月の模様になっている。美月も全く知らなかった。
「本当だ。珍しいな」
「三日月かぁ・・・じゃあルナは?」
「え?ムーンだよ!」
翼と優斗が言い争っている横で天真は何かを考えた後二人の仲裁に入った。
「二人とも喧嘩しない。間を取ってルーンで決まりって事で」
「どこが間を取ってるんだ?」
「ルナとムーンでルーン。よし決まり。おいでルーン」
天真は美月を抱き上げた。美月も大人しく腕に収まり、喉元を撫でられている。そこで美月は天真があんまり笑わない事に気付いた。言っては何だが、能面のようだと思った。
よく見ると天真という少年は殆ど表情に変化がない。先程美月をじっと見つめていた時に笑った位だった。
感情の変化に乏しい人間なのか、それとも表情に出ないだけなのかと考えた。
5人は再び席に戻り、食事を取り始めた。その傍らで美月は床にゴロリと横になる。日差しが暖かくて段々眠くなってきた美月は目を瞑った。
よく日向でくつろいでいる猫を見かけるが、理由が良く分かった。温かい日差しが気持ちが良く、これでは寝るのは当たり前だ。
美月がうとうとし始めた頃、鐘が聞こえてきた。どうやら昼休みの終了の鐘のようだ。
「ルーン。此処にいてくれる?俺、授業終わったら迎えに来るから」
行き成り翼に話しかけられた美月は眠気が覚めてしまった。
翼がただの猫に話しかけた事に驚いた美月は、驚きのあまり目を大きく見開き翼を凝視した。
そんな美月に気付く事なく翼は美月の頭を撫でて4人の元に向かった。他の生徒もがやがやと食堂を去って行く。
美月は暇になった。邪魔された昼寝の続きをしようかとしたが、眠気が覚めてしまった為校舎を見て回ることにした。
校舎の西側に体育館らしき大きなドーム状の建物。中からは男子の掛け声とダンダンと何かを打ち付ける音が聞こえてくる。バスケでもやっているのだろう。
そしてその近くに50メートルいや、100メートルはあろうプールがあった。それから弓道場や射的場。そして先程、美月が目を覚ました庭園の他にいくつもの庭園がある。
土地の無駄遣いに呆れながら校内を回る。
いろいろな所をめぐり、最後に行きあたったのは白い3階建ての横長の建物。何の建物だろうかとガラス扉の玄関からこっそり覗くと美月は仰天した。
そこは男物の服や靴、鞄が並べてあり、中では店員らしき人が慌ただしく動いていた。まるでお店のようだ。そう、ここは学生の為のショッピングモール。学生の為だけのショッピモールなのだ。
美月は呆れるしかなかった。もう何でも有りだなと、本当に呆れた。
暫らく歩き続けて、開けた場所に出た。一面に芝が植えられ、四方に木が植えられ、真ん中に一本の大きな木がある。美月は思わずあの歌を歌いたくなった。
この~木、何の木、気になる木~♪見たことも~ない木ですから~♪
(あ、そうだ。人間に変身出来るんだからなってみよう!)
行き成りそんな事を考えた美月は強く念じた。
魔法少女や戦隊などでは変身するのには道具が必要だけど、自称神様にはそのような道具を貰わなかったのできっと念じるだけで変身出来るのだろうと勝手に想像した。
すると美月の期待通り体が淡く光り出し、段々と視線が高くなっていく。
「うわー!って、え?」
声を出して初めて分かった。今の姿は男だ。
そして気付いた。裸だと。
「ちょっ!今誰かに見られたらヤバイ!変態だと思われる!え~と服!服!」
美月はここの学校の制服を頭の中で思い浮かべ強く念じた。すると体の周りをいくつもの光の玉が駆け巡り、一瞬で制服になった。
「お~成功」
美月は自分では見ることが出来ない顔が気になった。そして確認したくて鏡を探し始めた。
校舎の方に向かい、トイレになら鏡があると思いだし、早速トイレを探す事にした。
暫らく歩き続けようやく体育館裏に来た。体育館にはトイレがあると思いだし、体育館を窺う。中からは物音がせず、授業が終わっていた。どういう訳か全開になっている扉から体育館に侵入した。
体育館の中は薄暗く、誰もいなかった。
開けっ放しで平気なのかと不安に思ったが、不審者は入って来られないと気付く。
美月は納得し早速トイレを発見し、中に誰もいない事を確認して入った。もちろん男子トイレしかない為、男子トイレにだ。
すると案の定。鏡を見つけることが出来た。トイレの手洗い場に鏡があり、美月は恐る恐る鏡に近づく。
何とそこには・・・
「ちょ!これが私?!イケメンすぎる!」
美月は鏡に映った自分をニヤニヤしながら見た。
そこには肩まで伸びた黒い艶のある髪、キリっとした細い眉毛、長いまつ毛、ちょうどいい大きさの目、少し高い鼻、何もかも整っている綺麗な顔がそこに写っていた。
「神様グッジョブ!」
「いえいえ、それほどでも」と聞こえた気がしたが、美月は気付かないふりをして自分に見とれていた。傍から見たらナルシストである。
暫らくニヤニヤしながら自分に見とれていた美月はハッとしてトイレから出た。トイレでニヤニヤするって、ヤバい人だと気付いたから。
それから美月は自分が最初にいた庭園に戻って来た。猫の目線と人間の目線で見るのと全然違うので新鮮な感じだ。
庭園の中を歩いていると人が居る事に気付いた。美月は思わず花壇の陰に隠れる。
その人物はここの学校の生徒で、ベンチに座り俯いている。暫らく生徒を観察したが時折溜め息も聞こえてくるばかりで、一向に動く気配を見せない。
美月は猫の姿になって生徒に近づく事にした。猫なら彼も気を使う事はないだろうと考えて。
『ニャー』と泣きながら何食わぬ顔で生徒に近づくと、美月に気付いた生徒が顔を上げ「何だ猫か」とほっとした表情を見せた。
(あ!この人、さっき黒崎って呼ばれていた・・・!)
なんと目の前の生徒は先程他の生徒に道を譲られていた、美月と張り合えるぐらいの黒崎と呼ばれていたあの美少年だったのだ。
美月はベンチに飛び乗り、ゆっくりと黒崎に近づいた。すると黒崎が美月の頭を撫でてきた。
「君は僕を避けないんだね・・・ありがとう」
避けるとはどういう意味だろうかと美月は頭を傾げると黒崎は美月を抱き上げ膝の上に乗せた。
「僕は黒崎優。君名前は?って・・・答える訳ないか」
猫だからねと美月は苦笑いしたくなった。
そして黒崎優と名前を聞いた美月は勝手に優と呼び名を決める。
「他の皆は僕を避けるんだ。どうしてだろう・・・」
優は悲しそうな顔で美月に呟いた。
避けるとは、もしかして苛められているのかと美月は心配になった。
「話しかけてもそそくさと逃げるし・・・ペアを組んでもあまり話してくれない・・・」
やはり苛めに遭っていると確信した美月は優を苛める人達に怒りを覚え、もし見かけたら猫パンチをお見舞いしてやろう、と復讐心に燃えた。
「ねぇ君、僕の友達になってくれる?」
優がはにかみながら訊いてきた。
美月はどう返事すればいいか迷ったが、とりあえず『ニャー』と鳴いておいた。
すると優はそれを肯定と取ったみたいで嬉しそうに美月を抱きしめた。
「ありがとう!」
(キャー!美少年の抱擁!)
喜んでいた美月に気付く事なく、優は美月の頭を撫でた。
「あ、もう行かないと。授業が始まるからね。じゃあまたねクロ」
(え?クロ?)
美月の第二の名前が誕生した。