第2話 だけどチャンスをもらい、猫になりました。
暖かい。ここはどこだろう。
美月はゆっくりと瞳を開いた。
最初に目に入ったのが緑。そしてグレーの毛で覆われた動物の足。自分の手を動かすとそのグレーの足が動いた。
「・・・」
美月は頭を上げ辺りを見回した。どうやらここはどこかの庭のようで、地面には青々とした芝生が生え、美月は庭のど真ん中に寝転がっていた。体を起こして全身を伸ばし、自分の姿を確認した。
目線が低く、地に四本脚で立っている。
(本当に猫だ!ちょっと感激。ブサイクな猫じゃなきゃいいけど)
それから猫の姿に慣れる為に庭中を歩いた。庭には花壇があり、花の名前は分からないが、色とりどりの花が植えられている。そして花壇は手入れが行き届いており、雑草が一つもなかった。きっとここはお金持ちのお屋敷の庭園で、専属の庭師が手入れをしているに違いない。
美月はハッとして、ようやくここは何処だろうと考えた。自称神様が言うには男子高が関係しているようだ。取り敢えずここが何処なのか調べようと美月は歩いた。すると庭の入り口を見つけた。入り口からは朱色のレンガの道が続いており、その道を沿って歩く。
暫く歩くと洋館のような建物見えてきた。やっぱりどこかの金持ちのお屋敷か?と思っていると、どこかで聞いたことのあるメロディが聞こえてきた。長年学生として過ごしているなら誰だって親しみのあるこの曲。
(これって学校のチャイム!?)
全国にある一般的な学校のチャイムとは違い、バイオリンがお馴染のあのメロディを奏でる。
美月が私の知っている学校のチャイムと違う、と思っていると建物の入り口から茶色のブレザーを着た少年たちが出てきた。
そこで美月はようやく気付いた。
(え?ここって、学校!?あの建物まさか校舎じゃないよね!?)
美月は見つからないように草影から建物を窺った。するとある事に気付いた。チャイムが鳴ってから、男子ばかり出てくるのだ。女子は全然見当たらない。
もしかして男子校?と考えていると、ざわめきが聞こえてきた。
「黒崎さんだ」
「黒崎だ」
建物から出てきた一人の少年に道を譲るように人が割れた。美月はその少年を見て思わず息を飲んだ。何故なら超が付くほどの美少年だからだ。茶髪に計算尽くされたように整った顔。まるで王子様みたいだと見とれてしまった。少年は周りの目を気にする事無く、無表情で去って行った。
世の中にあんな美少年がいるんだなと、思っていると聞いたことのある名前が聞こえ、美月はそちらを見た。
「おーい、翼」
翼と呼ばれた少年が、ふり向き微笑んだ。美月は思わず草影から飛び出しそうになった。
(翼だ!翼がいる!)
美月の幼馴染の藤時翼。幼馴染と言っても中学校は別々の学校に行き、高校生になって最近再会した。翼の通う学校は中高一貫の学校で、生徒の殆どが寮で暮らしていると聞いた。それに全国のお金持ちの子供が通っているらしい。
美月は翼の様子を確認した。笑っているけど無理して笑っている感じ。笑った後悲しそうな顔を一瞬だけ浮かべる。どうやらまだ悩みは解決していないらしい。
美月は心の中で謝った。本当は美月として翼の相談に乗りたかった。
実は美月は事故の前日、翼に相談を持ちかけられていた。相談内容を次の日に聞く約束をしていたのだが、その日に美月が事故で亡くなり、約束を果たす事が出来なくってしまった。
そしてその約束を果たしたくて猫になった。
別に神様の言うとおり男子生徒でも良かったが、猫になれば簡単に学校に侵入でき、翼にも会える。いつも傍にいられる。それに学校の生徒に変身すれば変質者だと思われない。それに授業だって受けなくてもいいと美月は猫になった時の利点を上げる。
(べ、別に勉強したくないから猫になったわけじゃないよ!ただ、面倒なだけで・・・と、とにかく他の事も考えているなんて私って頭いい!)
美月は猫の顔でニヤリと笑った。もし今の顔を誰かが見ていたら、恐怖を感じ、二度と忘れる事が出来なくなるだろう。その位美月の顔は怖ろしかった。
美月は翼達の後をつけた。話の内容は聞き取れないが、数人の男子と話しながら歩いている。翼の相談内容が何か分かるかもしれないと美月は翼達に近づいた。
「今日の昼は何にする?」
「僕はオムハヤシ!どこの店より美味しいし!」
「それは肯定せざるを得ないな」
翼は三人の男子生徒と一緒に話していた。友達だろうと推測した美月はその三人の顔を確認し、思わず凝視した。何故なら三人とも美形で、黒髪に眼鏡をかけた知的少年に、茶髪で大きな瞳に人懐っこい笑顔の可愛い系少年、それから少し釣り目の体育会系の美少年といった感じで、先ほどの黒崎という美少年には敵わないが、アイドルでも通用するぐらいの美形グループがそこにいた。周りを歩いている他の男子生徒もチラチラと視線を送っている。
すると茶髪の可愛い系の美少年が後ろを振り向いた。
「翼は何にするの?」
「まだ決めてないんだ」
「じゃあ、僕と一緒にしない?オムライスセット!」
「優斗ってオムライス好きだよね」
「だって、美味しいじゃん?」
「そうだけど」
あの茶髪の子は優斗と言うのか。美月は頭のメモに書き加えた。
(それにしても見ていると表情がくるくる変わって頭を撫でたくなる子だな。弟って感じ)
「三人とも!早く行かないと混んじゃうよ!」
「そう急ぐ事はない。席は既に取得済みだ」
「さすが雅彦」
雅彦と呼ばれたのは眼鏡を掛けた知的少年。ズレた眼鏡を直しながら「この俺に抜かりはない」と言った。どうやら完璧主義らしい。
「もしかして天真に?」
体育系美少年が雅彦に訊くと、雅彦はニヤリと笑った。どうやら天真という人物に席取りを頼んだようだ。
「そういえば天真、4時間目の授業いなかったよね」
「どうせいつものサボリだろ」
優斗が4時間目の授業の光景を思い出していそうに言うと、体育系美少年がキッパリと言った。
「晃一は相変わらず天真に厳しいね」
「幼馴染だからと言って優しくしてやる義理はない」
どうやら体育系美少年の晃一は天真という少年と幼馴染らしい。
それから4人は見えてきた白い建物に他の生徒同様に入って行った。建物のドアは開きっぱなしで、中の様子が確認できた。どうやらここが食堂らしい。食堂といってもレストランのような雰囲気だ。
一緒にご飯を食べる位翼と仲が良いのは4人と言う事か。美月は建物の窓から中を窺った。食堂は混雑しており、男子生徒が楽しそうに食事している。
そこでカウンターに向かっている4人の姿を見つけた。手にトレーを持ち、並べられている料理を取っている。どうやらバイキング形式の食堂みたいだ。
美味しそうな匂いに美月は涎が垂れそうになっていた。自分が空腹だと気付き食堂を恨めしそうに覗いていると、どこからか視線を感じ視線の主を探した。すると、すぐ傍にあるテーブル席から一人の男子生徒がこちらをジッと見つめている事に気付いた。しかもこの男子生徒も超美形で美月と目が合うとニコッと笑った。
(美少年に見られてた・・・恥ずかしい)
美月は居た堪れなくなり、そろりとその場を去ろうとした時だった。
「天真、席取り御苦労様」
トレーに料理を乗せ終わった翼達がその男子生徒がいるテーブルに近づいて来ていた。男子生徒は「おう」と言って席を空けた。
美月は思わず立ち止り、振り返った。この少年が天真かと美月は天真と呼ばれた少年をジッと見た。再び見つめ返してきた少年が翼達に美月の存在を告げる。すると美月に気付いた他の4人が一斉にこちらを見てきた。
「あ、猫だ」
「あれってロシアンブルーじゃない?僕見た事あるよ」
「しかもオッドアイだ」
「ほう、なかなか綺麗だ」
4人それぞれが美月について述べていく。
(私ってロシアンブルーなんだ。あ、そいえばサルタと同じ毛だな)
美月は飼い猫でロシアンブルーの「サルタ」の事を思い出した。
「か、かわいい~触りたい!」
「でも、どこから来たのかな」
「誰かの飼い猫かもな」
「この辺りに民家はないから寮生の飼い猫だろう」
(寮で動物飼ってもいいんだ!確か翼も寮に住んでいるはず。どうにか翼に飼ってもらえる方向にならないかな)
美月は気に入ってもらえるようとりあえず鳴いてみる事にした。