第1話 私は死んだようです
ここはどこだろう。
井上美月は気付いたら真っ白な空間にいた。今まで自分は何をしていたか、どうしてここにいるのか全く分からない。
「初めまして。美月」
唸りながら悩んでいると、背後から声を掛けられ、美月は振りむいた。そこにいたのは等身大の杖を持った金髪の美少年。少年はこんにちはと挨拶をしてきた。美月もご丁寧に挨拶を返し、少年にさっそく思った疑問をぶつけてみた。
「誰?」
「私は神です」
神様?と美月はぽかんと口を開けた。まさかこれはドッキリかと思い、周りにカメラがないか見回した。しかしそんなものは見あたらず、再び少年と向き合った。
「ずいぶんと幼い神様ね」
「この姿は貴女の理想の男性像を元にしたんですよ」
「へぇ~」
美月はこれが私の理想かと驚きつつも納得した。そういえば自分の好みの顔だと納得する。
「信じていませんね。まあ、いいですけど。私は貴女にチャンスを与えにきたのです」
「チャンス?」
神様だという少年は持っていた杖を一振りした。すると何もない空間からデジタルテレビが出てきた。美月の家のリビングにあるテレビより大きかった。
「貴女は死んだのです。美月」
「は?死んだ?私が?」
いつ死んだのかと聞こうとしたら、自称神様はテレビの電源を入れた。すると画面に通学路を歩いている美月が写った。この方向からすると学校帰りのようだ。
「貴女は交通事故に遭ったのです」
「事故ぉ!?」
美月は思わず叫んだ。しかし咄嗟に体を確認したが傷一つ無い。
「当たり前です。貴女は今魂だけの状態なのですから」
体はとっくに燃えていますよ、という言葉に美月が打ちひしがれていると、画面の奥、美月の後ろから一台の黒い車がやってきた。
すると今度は美月を後ろから見るように画面が変わり、美月の前方から一人の少年がやってきた。少年は小学校低学年位で俯きながら歩いている。手に紙切れを持ち、虚ろな目でそれを見ていた。
その時勢いよく風が吹き、少年は紙切れを強く握っていなかった為、風に持っていかれた。飛ばされた紙切れを追うように、少年は車道に出てしまった。車がすぐそこに迫っているとも知らずに。
そして車に気付いた美月が急いで少年の所まで走った。
同じく少年に気づいた車は急いでブレーキを掛けた。
ぶつかる!と思った瞬間、美月は少年に体当たりをして少年を歩道へ弾き飛ばした。
そして・・・
そこで画面が切れた。
美月はテレビの画面を呆然として見ていた。そこで頭の中に事故の状況がフラッシュバックしてきて、ようやく自分が死んだのだと理解した。
つまらない人生だった。馬鹿みたいに友達と騒いで、家族に迷惑を沢山かけて。なんて親不孝者なんだろう。それに恋愛という恋愛もした事もなかった、と後悔しながら自分の人生を振り返っていると、自称神様の美少年が申し訳なさそうに話し出した。
「すいません。実は貴女の死は想定外だったんです」
「は?」
美月が唖然とするのも当たり前だろう。想定外という事は自分が死ぬ事ではなかったという事だ。
「実はあの事故は、こちらの手違いで起きてしまったのです。本当はあの少年は死ぬという運命ではなかったのに、何故かそういうふうに書き換えられており、あの事故が起こってしまったのです」
申し訳ありませんと少年は頭を下げた。それを聞いて美月は言いようの無い怒りがこみ上げてきた。
「そっちの手違いとやらで私は死んだの?!じゃあ、私はどうなるのよ!」
美月は私の人生を返せと叫んだ。少年は言われるがまま、暫く美月の怒声を聞いていた。美月が落ち着いてきた頃、少年はやっと話し出した。
「全ては我々の手違いにより起こったもの。しかし、貴女には感謝しております。何故ならあの時、あの少年が死んでしまったら、この日本は荒廃していたからです」
少年の口からとんでもない事を聞いた美月は今までの怒りが消え、今度はさっと血の気が引いた。
「あんたとんでもない手違いを起こしたようね」
美月は目の前にいる少年を見据えた。すると少年は再び謝ってきた。もしかして心を読まれたと美月は驚く。
「ともかく、貴女のお陰でこの日本はどうにかなりそうです。それで話し合った結果、貴女にもう1度生きるチャンスを与えることにしました」
「もう一度生きるチャンス?」
美月は生き返れるのかと期待を膨らませた。
「残念ですが。美月という人物はもう死んでいるので、別の人生を歩んでもらいます」
「なんじゃそりゃ・・・じゃあ、何になるの?男?女?」
「それを決めるのは貴女です」
「私が決めていいの?」
少年は「はい」と返事した。美月は悩んだ。男か女。どっちがいいだろうか。再び唸りながら悩んでいると疑問が浮かんだ。
「ねえ、人間じゃなきゃいけないの?」
美月の質問に少年は目蓋を数回瞬かせた。
「別に猫でも犬でもなれますが・・・」
少年の言葉に美月は思っている事を聞いてみた。
「私は死んで、もうこの世にはいない。つまり美月という人生は終わったという訳よね?じゃあさ、お願いがあるんだけど・・・」
「・・・何でしょう?」
「もう分かっているでしょ?神様なんだから」
「・・・結論から言いましょうか?そうなると貴女という存在が不安定なものとなります」
不安定?美月はどういう事だと少年に聞いてみた。
「貴女は猫になり、友人を助けたいと思いましたね。その理由は分かりませんが。しかし猫は猫でもただの猫ではない。変身能力を持つ猫。つまり貴女は猫でありながら人に変身ができ、友人を助けたいと願っているという事ですよね?」
「そうだけど」
「そうすると、本来の姿を猫にするか、人にするかで大きく存在が変わってきます。分かりますか?」
うーん?と美月が唸っていると、少年はため息を吐いて分かりやすいよう説明しだした。
「もし貴女が本来の姿を猫にする場合は、現世では猫として認識され、ペットとして過ごす。あるいは野良猫として一生を過ごす事となります。人間に変身出来ると言っても、戸籍もない一人の人間として生きる事になりますよ。人間の場合は戸籍を持つ一人の人として生活し、尚且つ猫に変身出来ると言う事です。つまり人として死ぬまで生きるのです」
「なんか、更にややこしくなってない?」
「これでも結構分かりやすく説明したつもりなんですが・・・」
少年はムスっと頬を膨らませた。
(頭が悪くてすいませんね!)
「どちらがお得かと言ったら、人間として生きる方かもね」
「そうですけど、あの。僕まだ変身できる能力を授けるだなんて、一言も言ってませんよ?」
少年は気まずそうに言ってきた。しかし、美月はニッコリと微笑んだ。
「何を言っているの?アンタのせいで私は死んだのよ?それ位許されるもんじゃないの?」
「ええ!?でも、生きるチャンスを与えただけでも、ありがたいと普通は思「許されるでしょ?」いませんよね。痛たたたたた!それじゃ納得しませんよね痛い!」
美月は少年の頭の上から掴み、ぐっと力を入れた。少年は痛がり「わかりました!許しますので離して!」と言うまで力を入れ続けた。こう見えても握力だけは自信があり、男子の一番力がある生徒よりもずば抜けて力があった。それもリンゴを軽く潰せる位。
少年は掴まれた頭をさすりながら杖を振った。するとパソコンが現れ、少年はパソコンを立ち上げた。
「ちょっと待って下さい。貴女の今後を計算します」
「計算?」
少年はキーボードを素早く打ち、「おお」と感嘆の声を上げた。
「美月さん。男として生きてみてはどうでしょうか?」
「は?何でよ」
「貴女が男として生きるのであれば、喜んで変身能力を授けようと思ったのですが・・・」
「だから何でよ」
「貴女が男として生きてくれるとプラスになるからです」
「・・・どういう事なの?」
「貴女が男として生き、その友人の通う男子校に入れば、悩める子羊達に救いの手を差し伸べて、日本はより豊かになるからです」
は?と美月は聞き返した。確かに友達は男子校に通っている。しかし、その男子校がどうかしたのだろうか。
「つまりですね。その男子校には日本のVIPの子が通っており、貴女ならその少年たちの悩みを解決出来ると計算結果が出ました。何故ならその少年たちが将来、日本を動かすからです。その為なら貴女に変身能力を授ける事が出来ます。寧ろそうしてもらった方が私の仕事も減りますし!」
「最後の方なんか口走ってなかった?というか、私が助けたいのは友達だけよ。翼に相談されていたんだから・・・」
「そう言われましてもね・・・」
「それに、私は女の子として恋愛したいの!」
好きだったんだからと美月は呟いた。しかし、自称神は美月を絶望の淵へと追いやった。
「え?でも貴女と藤時翼は結果として結ばれませんよ?」
「え!?」
「貴女が死んでいなくても、貴方たちが結ばれるという未来にはなっていません」
そんなぁ、と美月は項垂れた。
「それじゃ私のこの気持ちはどうなる訳・・・?」
「何故なら翼は女性ではなく、男性を好きになるからです」
は?と美月は思わず顔を上げた。
(今こいつ何を言った。翼が男を好きになる!?そんな事はありえない。だって今まで翼は女の子と付き合っていたのよ?)
まさかの展開に美月は困惑した。
「そう落ち込むことありませんよ。貴女が男として生きるのなら、チャンスはあるかもしれませんよ?」
「何のチャンスだよ!というか神様が同性愛を許していいの!?」
確かどっかの宗教じゃ許していなかった筈、と思い出した。
「許すも何も、それで日本が良くなるのならいいんじゃないですか?女性に現を抜かして駄目になった人達もたくさんいますし」
美月は少年の言葉に唖然とした。本当にこいつは神様なのだろうか。
「まあ、とにかく。貴女が男として生きると言うのなら、喜んで力を授けますよ。どうやら貴女が成す事はプラスになるみたいですからね」
今まで女であった自分が男として生きる。別にいいかもしれない。人間としてもう一度生きることが出来る。すごく良い事。それにもう一度男としてだけど翼に会える。
でも――と美月は空を仰いだ。空と言っても真っ白な空間にいるため、青空ではなく真っ白だけど。
「神様。私決めた。やっぱり猫になる」
「ええ?そんなぁ」
「私が猫になったらどうなる?」
「・・・待って下さい。今計算しますので」
少年は素早くキーボードを叩いた。美月も後ろから画面を覗く。
「出ました。あ・・・」
「何?」
少年は美月に振り向き、残念そうな顔で言った。
「・・・猫になった場合と、男になった場合の結果が同じでした」
美月はへぇ!と声を上げた。聞いてみるものね。
「それなら私が猫になってもいいわよね?」
「まぁ・・・それなら」
よっしゃー!と心の中でガッツポーズをした。
「じゃあ、早速お願い」
美月は心の準備をして構えた。少年は真剣な表情でこう言った。
「後悔しませんね?あとで、やっぱり人間になりたいだなんて言っても無理ですからね?」
美月は頷いた。覚悟はもう出来ている。泣き言は言わない。
「では、貴女に全てを託します。大丈夫。貴女が成す事全て上手くいくでしょう」
少年は杖の頭を美月の頭に近づけた。すると杖の先が光だし、光が美月を包んでいく。
美月は最後に少年にお礼を言った。
「ありがとう。神様」
そこで意識が途切れた。