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悪役令嬢に転生した一流怪盗の華麗なる遊戯 〜婚約破棄された瞬間に宝物をいただいて脱出しますわ〜

作者: ☆Mirai♪
掲載日:2026/08/14

「ジュリア・ストール公爵令嬢! これまで我慢してきたが、もう限界だ! 今、この場で貴様との婚約を破棄し、貴様を国外追放とする!」


 煌びやかなシャンデリアが眩いばかりの光を放つ、王宮の大夜会。国中から多種多様な貴族が集まるその中央で、第一王子エドワードが怒号を響かせた。


 彼の隣には、庇護欲をそそる可憐な瞳に涙を浮かべ、王子の腕にしがみつく男爵令嬢マリアがいる。彼女はこの世界の本来の主役であり、悲劇のヒロインを演じきっていた。


 正式な婚約者であるジュリアを差し置いて、実に見事な茶番劇だ。


 これは、とある恋愛小説『光と闇の輪舞曲』の終盤で悪役令嬢が断罪されるシーン。


『光と闇の輪舞曲』は、主人公であるマリアと、この国の第一王子であるエドワードの恋愛を描いた、よくある物語だ。二人は出会い、恋に落ち、様々な困難を乗り越え、結ばれる。


 悪役令嬢(ジュリア)は、二人を引き立たせるために用意された道具にすぎない。


『光と闇の輪舞曲』のシナリオ通りなら、ここで悪役令嬢ジュリアは醜く泣き叫び、無実を訴え、最終的には冷酷な衛兵たちに引きずられて悲惨な国外追放へと追いやられるはずだった。絶望に染まったまま異国でのたれ死ぬ。それが、この身体(道具)に用意されていた本来の結末だ。


 だが、エドワードの激昂を聞いたジュリアの唇は、不気味なほど綺麗な弧を描いた。手にした漆黒の扇で口元を優雅に隠し、誰にも聞こえないほどの囁き声で、フッと笑みをこぼす。


「ふふ、計画通りだわ。順調ね。宝物はわたくしがいただきますわよ」


 誰も気づくはずがなかった。


 目の前に立っている令嬢が、ただの我儘な公爵令嬢・ジュリアではないということに。


 彼女の正体は、前世で世界中のあらゆる美術館や大富豪の金庫を脅かし、どんな厳重な警備も極上のマジックのように嘲笑って財宝を盗み出した伝説の一流怪盗――『ファントム・フォックス』。


 その天才的な頭脳、超人的な身体能力、そして盗みの技術のすべてをそのまま引き継いで生まれ変わった、最強の転生令嬢・ジュリアなのだから。


 前世での最期は、実にあっけないものだった。


 狙った獲物を完璧に盗み出し、ビルの屋上からハンググライダーで夜空へ飛び立った瞬間、確率数百万分の一という前代未聞の落雷直撃。


 目が覚めたら、生後数ヶ月の赤ん坊として、このファンタジー世界の上流貴族の家に転がっていた。


 最初の数年は混乱したものの、物心がつく頃にはここが前世で暇つぶしに読んだ小説の世界であること、刺激の欠片もない退屈な悪役令嬢であることを理解した。


 ここで一つ。そう、怪盗も恋愛小説を読むのだ。


 盗みの舞台は、様々である。そのため、どんな展開になっても対応できるように色々な本を読むことは当然である。


 まあ、そんなことをしなくとも一流怪盗である『ファントム・フォックス』ならば、完璧に宝物を盗むことができるが。だから、ただの「暇つぶし」に読んだのだ。


(せっかくもらった第二の人生だもの。誰が決めたかもわからないシナリオ通りに破滅してあげる義理なんてないわ。それに、この世界の貴族社会の退屈さといったら……! お茶会、ダンス、中身のない噂話。あぁ、退屈で死んでしまいそうだった。だから、この日をどれほど待ち望んでいたか!)


 怪盗としての血が、夜の風を求めて疼いていた。この断罪劇こそが、ジュリアにとって不自由な鳥籠から解き放たれるための、最高のスタート合図だった。


「……何がおかしい、ジュリア! 己の罪の重さに頭がおかしくなったか!」


 エドワードが顔を真っ赤にし、ビシッとジュリアを指さす。


「マリアへの度重なる嫌がらせ、教科書への落書き、階段からの突き落とし、さらには我が国の至宝『人魚の涙』を盗み出そうとした大逆の罪! これほどの証拠が揃っていて、まだしらを切り通すつもりか!?」


 ジュリアは静かに扇を閉じると、優雅に一歩前へ出た。夜空を溶かしたような深い紺色のドレスが、彼女の洗練された動きに合わせて美しく揺れる。その佇まいには、罪人として糾弾されている者とは思えないほどの、圧倒的な気品と余裕が満ちていた。


「しらなど切り通しませんわ、エドワード殿下。殿下が今、さも重大そうに挙げられた数々の罪状……その大半は、そちらの可憐なマリア様によるお労しい自作自演。あるいはそこの無能な近衛騎士団の方々が、殿下の機嫌を取るために仕組んだお粗末な工作ですけれど」


「なっ、何だと!? マリアが嘘をついていると言うのか!」


「ですが」


 ジュリアは、否定しようとしたエドワードの言葉を、冷徹に遮った。その動作一つで、会場の空気がぴりりと引き締まる。


「『国外追放』という処分に関しましては、謹んで、喜んでお受けいたしますわ。今日、この瞬間をどれほど待ち望んでいたことか!」


「喜んでだと……?」


 エドワードだけでなく、周囲で事の顛末を息を潜めて見守っていた貴族たちからも、大きなどよめきが起こる。追放を言い渡された悪役令嬢が、まるで極上のディナーを目の前にしたかのような、妖艶で不敵な笑みを浮かべているのだ。動揺しないはずがない。


「ええ。ですが殿下、一つだけ重大な訂正をさせていただきますわ。わたくし、ストール公爵家の籍は『3日前』にすでに抜いておりますの。現在、わたくしはただのジュリア。公爵令嬢ではございません」


「な……なんだと!? 籍を抜いただと? そんな勝手なことが許されるはずが――」


「許されるのですわ、我がストール公爵家においては」


 ジュリアはくすくすと笑った。


 その脳裏には、3日前の夜、実家の執務室で行われた父親との密談――いや、一方的な『交渉』の光景が浮かんでいた。


 当時のストール公爵は、娘が王子の不興を買っていることに焦り、ジュリアを部屋に呼びつけて怒鳴り散らしていた。『お前がマリア様に無礼を働くから、我が家の立場が危うい! 大人しく罪を認め、王家に這いつくばって許しを乞え!』と。


 そんな哀れな父親に対し、ジュリアは前世の怪盗時代に培った情報収集能力の結晶を、机の上にドサリと叩きつけたのだった。


 それは、ストール公爵家が過去十数年にわたり、隣国との密貿易で得ていた不当な利益の帳簿、王宮の財政派閥へと流していた巨額の脱税と不正融資の動かぬ証拠書類。さらに、公爵が愛人に買い与えていた秘密の別邸の住所までを網羅した、完璧なブラックリストだった。


『お父様、これを王宮の監査部に郵送されたくなければ、わたくしの言う通りになさいませ』


 青ざめ、ガタガタと震え出した父親に、ジュリアは極上の笑みで要求を突きつけた。


『今すぐわたくしを平民として籍から抜くこと。手切れ金代わりに金貨五千枚を口座へ用意すること。さもなくば、ストール公爵家は明日にはお取り潰しですわ』


 結果、父親は涙を流し、実の娘に恐れおののきながら、その場ですべての書類を作成した。ジュリアの手元には、すでに法的にも完璧な平民への身分変更通知書と、一生遊んで暮らせるだけの大金が確保されていたのだ。


「――というわけですの。ですからエドワード殿下、貴方が今ここで叫ばれた『ストール公爵令嬢の国外追放』は、法的に存在しない相手に対する、全く意味のない宣言ということですわ。国法を司る第一王子でありながら、存在しない身分を罰しようとするなんて、滑稽極まりありませんわね」


「貴様……! 我が王家を、この私を愚弄するか!」


 エドワードの整った顔が怒りで引きつり、ぶるぶると震え出す。


「ジュ、ジュリア様……! そんな嘘をついて、往生際が悪いですわ! エドワード様を騙そうとしても無駄です!」


 ここで、形勢が不利だと察したマリアが割り込んできた。


「あなたが私の部屋から、我が国の最高の至宝『人魚の涙』を盗もうとしたのは紛れもない事実です! 私のドレッサーの引き出しから、あなたが【差出人】として書いた、私宛ての予告状が見つかったのですから!」


 マリアが勝ち誇ったように、ドレスのポケットから一枚のカードを掲げた。


 そこには、青いインクで不器用な狐のマークと、【今宵、人魚の涙をいただきに参る】という文字が書かれていた。


(ぷっ……! あはははは! 本当に傑作だわ!)


 ジュリアは内心で猛烈に爆笑していた。


 まさか、ジュリアを陥れるためにこんなものまで用意していたとは。公爵令嬢が盗みなどするわけがないだろう。


 いや、貴族たちはジュリアのことをただの我儘な令嬢と捉えているから、そう思われても仕方がないのかもしれないが。「我儘な令嬢が国の至宝欲しさにこんなものを書いた」という設定にするつもりなのだろう。


「マリア様。そのカード、インクの乾き具合とエッジの滲みから見て、今日の夕方、王宮の裏手にある文官室のデスクで急いで書かれたものですわね。おまけに、使用されているのは我が国の公文書偽造対策で、あえて流通を制限している安物の低質インクです。わたくしが本気で予告状を出すとすれば、最高級の羊皮紙に、月光でしか発色しない特殊な夜光塗料を使い、優美な筆致で認(したた)めますわ。……まぁ、そんなプロのこだわりは、泥棒猫のあなたには理解できないでしょうけれど」


「な、何をわけのわからないことを……! 妄言を吐かないで!」


 マリアは図星を突かれたのか、一瞬だけ目を見開いて動揺し、すぐに怒りで顔を歪めた。


「エドワード様! この女は完全に狂っています! 早く、早く捕らえてください!!」


「衛兵! 衛兵、早くこの女を捕らえろ! 今すぐ国家反逆罪として地下牢へぶち込め! 国外追放など生ぬるい、極刑だ!」


 エドワードが怒り狂って叫ぶ。


 その命令とともに、夜会会場の四方に配置されていた近衛兵たち十数人が、一斉に剣を構えてジュリアを取り囲んだ。刃の鋭い光が、彼女の美しい顔を照らす。


 しかし、ジュリアの心臓は、恐怖ではなく心地よい高揚感で脈打っていた。


「ええ、言われずとも退散いたしますわ。……ああ、その前に。皆様に、素晴らしい『手品(マジック)』をお見せしましょう。退屈な夜会の、せめてものお別れの余興ですわ」


 ジュリアが、ふわりと右手を高く掲げた。その指先が、小気味よい音を立ててパチン、と鳴らされる。


 その瞬間。


 ゴォォッ……という低い不穏な音とともに、会場の天井に吊るされた数十基の巨大なシャンデリアの魔力光が、一斉に完全に消灯した。


「うわああっ!?」


「何事だ!? 魔力線が切れたのか!?」


「敵襲か!? 殿下をお守りしろ!」


 一瞬にして完全な暗黒に包まれた会場に、貴族たちの悲鳴と罵声、食器やグラスの割れる音が激しく響き渡る。誰もが突然の闇に視界を奪われ、パニックに陥る中――ジュリアの瞳だけは、猫のように鋭く光を捉えていた。


 前世の怪盗時代、暗闇での行動訓練は文字通り死ぬほど叩き込まれている。さらに、この日のために、王宮の地下に流れる魔力供給回路に、あらかじめ自作の遅延作動型ジャミング魔導具を仕掛けておいたのだ。


 すべては計算通り、秒単位で狂いのない計画だった。


(一流怪盗の基本その一。ターゲットの意識と注意が最も逸れた、その一瞬の空白を見逃さないこと)


 ジュリアは風のようにしなやかに、音もなく動いた。


 重いバッスルドレスを着ているはずなのに、その足取りはまるで羽毛のよう。迫り来る近衛兵たちの剣の隙間を、軟体動物さながらの身のこなしですり抜け、一瞬にして、混乱の中心にいるエドワードの懐へと接近した。


 驚愕に目を見開いたまま動けないエドワードの首元。ジュリアの細く白い指先が、彼の最高級のシルクのネクタイに触れる。


 衣服の擦れる音すら立てず、彼女の指の間に仕込まれた、極小の超硬度ワイヤーカッターが正確に動いた。


 エドワードが誇らしげに胸元に飾っていたタイピン――その中央に埋め込まれた、親指ほどの大きさの、深海のごとき青を湛えた宝石を、一瞬にして切り離す。


 これこそが、この国の王家に代々伝わり、マリアが「ジュリアが盗もうとした」と騒いでいた国宝、本(・)物(・)の(・)『人魚の涙』だった。


 マリアが自作自演のために自分の部屋に置いていたのは、ジュリアが数日前に潜入し、あらかじめすり替えておいた精巧なガラス玉(偽物)である。本物は最初から、エドワードが身につけていたのだ。


「よし、本物を回収。やっぱりこの輝き、最高ね」


 ジュリアは満足げに微笑み、休むことなく、すぐ隣で悲鳴を上げているマリアへと手を伸ばした。


 標的はマリアの腰元に隠された小さなバッグ。そこには、彼女がストール公爵家から不正に入手した隠し財産の鍵と、王宮の秘密金庫のパスワード、そして他国のスパイと通じていた事を示す売国行為の手帳が収められている。


 それらもすべて、ドレスの袖口から忍ばせたマジックハンドと、芸術的なスリの技術で、一瞬にして掠め取った。


「これでお仕置きも、宝物の回収も完了。欲張りな泥棒猫さんには、それ相応の破滅がお似合いよ」


 暗闇の中、すべての獲物を手に入れたジュリアは、懐からピンポン玉ほどの大きさの金属製の球体を取り出した。前世の知識を応用し、魔導結晶を配合して自作した特製の閃光爆弾(フラッシュバン)だ。


 それを床へと容赦なく叩きつける。


 ズドォォン!!


 鼓膜を震わせる激しい炸裂音とともに、今度は網膜を焼き尽くさんばかりの、圧倒的な白い閃光が会場全体を支配した。


「ぎゃああっ!? 目が、目がぁ!」


「ま、眩しい! 視界が!」


 再び、シャンデリアに明かりが戻る。魔力ジャミングが解除され、会場が照らし出されるまでの時間――わずか十秒足らず。


 貴族たちが目をこすり、近衛兵たちが互いにぶつかり合いながら、ようやく視界を取り戻したとき。


 会場の中央、先ほどまでジュリアが立っていた場所には、誰もいなかった。ただ、彼女が身にまとっていたはずの、深い紺色の豪華なイブニングドレスだけが、床にぽつんと丸く残されているのみだった。


「消え……た……? 人間が丸ごと消滅したというのか!?」


 エドワードが涙目で周囲を見回し、呆然と呟く。


 そして、自分の胸元に奇妙な軽さを覚え、ハッと手を当てた。


「……あ、あれ? ない。ないぞ! 私の、我が王家の『人魚の涙』が……ネクタイピンごと消えているッ!!」


「えっ!? う、嘘でしょ!? 私のバッグの中の鍵も、大事な手帳もなくなってる……!?」


 エドワードとマリアの絶叫が、大夜会の会場に木霊した。床に残されたドレスの抜け殻の上には、一枚の、月光を浴びて美しくきらめく銀色のカードが残されていた。そこには、流麗な文字でこう書き残されていた。


【婚約破棄、および国外追放、確かに拝受いたしました。退職金代わりに、王家の至宝と、おバカな泥棒猫さんの可愛い秘密を少々いただいて参ります。探さないでくださいね、どうせもう追いつけませんから。――一流怪盗ジュリアより、愛を込めて】


「ジュリアアアッ!! 今すぐあの女を追え! 地の果てまで追い詰めて殺せえぇぇ!」

 エドワードの狂ったような怒号が響き渡るが、時すでに遅し、であった。



 ――☆☆★★☆☆――



 王宮の喧騒を遥か眼下に聞きながら、当の本人は、すでに王宮の高い塔の屋根の上を軽やかに駆けていた。


 ドレスの下にあらかじめ着込んでいたのは、夜の闇に同化する、特殊な伸縮性を持った黒いライダースーツのような軽装。髪をポニーテールに結び直し、顔には狐を模したハーフマスクを装着している。これこそが、彼女の本当の正装だった。


「ふふ、やっぱり怪盗の仕事は、こうでなくてはね!」


 ジュリアは夜風を全身に浴びながら、満面の笑みを浮かべた。


 籠の鳥としての悪役令嬢の生活は、彼女にとって退屈な拷問でしかなかった。これからは、この広大な世界すべてが、彼女の新しいステージ、新しい遊び場になるのだ。


 右手の中で、月光を浴びて妖しく、私を歓迎するように輝く世界最高のサファイア『人魚の涙』を見つめる。


 そして左手には、マリアから奪い取った売国の証拠手帳。


「さて、この手帳は明日あたり、王宮の真面目な第二王子派の役人にでも匿名で送り届けてあげましょう。あの馬鹿な第一王子と泥棒猫が、どんな顔をして失脚していくのか、遠くの国から見物するのが楽しみだわ」


 ジュリアは屋根の端まで走ると、ためらうことなく、夜の虚空へと身体を投げ出した。背中から展開されたのは、前世の記憶を頼りにこの世界の魔導具師に特注で作らせた、折りたたみ式の滑空翼(グライダー)。


 夜風を捉えた翼がグンと膨らみ、彼女の身体を大空へと押し上げる。


 月夜に響く、一流怪盗の華麗なる高笑い。


 彼女の遊戯は、まだ始まったばかりだった。



 ――☆☆★★☆☆――



 それから数ヶ月後。


 国境を越え、遥か彼方に位置する商業都市「リヴェルタ」。


 活気あふれる中央広場のカフェのテラス席で、一人の美しい黒髪の少女が、優雅に紅茶をすすっていた。


 変装魔導具の指輪によって、かつてのジュリアの象徴だった燃えるような金髪と青い瞳は、完全に隠蔽されている。今の彼女は、どこにでもいる少し裕福な旅の少女「ジュリ」だった。


 公爵家から毟り取った資金のおかげで、生活には一ミリの不自由もない。おまけに、かつての祖国からは、第一王子エドワードが国宝紛失の責任を問われて王位継承権を剥奪され、マリア男爵令嬢もスパイ容疑で厳重な取り調べを受けているという、愉快なニュースが風の噂で届いていた。


「完全勝利、ね。あんな窮屈な国、こっちから願い下げよ」


 ジュリアが満足そうに呟いた、その時だった。


 カフェの向かいの路地裏から、じっとこちらを観察する、一人の青年の視線に気がついた。


 青年は深いフードをかぶっていたが、その隙間から覗く、凍てつくような灰色の瞳が、まっすぐにジュリアを射抜いていた。その佇まい、無駄のない筋肉の付き方、何より気配を雑踏に溶け込ませる技術。


 明らかに、プロの「狩人」の目だ。


(あら……? あの子、ただの追っ手じゃないわね。私の変装を、見抜いているのかしら?)


 ジュリアの怪盗としての直感が、チリチリと心地よい警告音を鳴らす。


 青年はゆっくりとフードを外した。現れたのは、彫刻のように整った容姿を持つ、このリヴェルタ共和国の最年少治安総監であり、大陸中にその名を轟かせる天才捜査官、アルベルト・フォン・レオンハートだった。


 アルベルトはジュリアの視線に気づくと、不敵な笑みを浮かべ、懐から一枚のカードを取り出してみせた。


 それは、ジュリアがこの街の悪徳商人の金庫を数日前に襲った際に残してきた、あの「銀色の狐のカード」だった。


 彼女がこの世界で活動を始めるにあたり、新たに世間を騒がせ始めた謎の怪盗『シャドウ・フォックス』のマーク。


 アルベルトの唇が動く。声は聞こえなかったが、一流の怪盗であるジュリアには、その唇の動きで彼が何を言ったのか、正確に理解できた。


【ようやく見つけたぞ、神出鬼没の怪盗(キツネ)。今度こそ、その仮面を剥ぎ取ってやる】


 ジュリアは紅茶のカップをソーサーに戻し、今度は自分のハーフマスクを取り出すような仕草で、妖艶に微笑み返した。


(面白いじゃない。ただの無能な王子じゃ退屈だったけれど、今度の対戦相手は、少しは私の夜を退屈させずに楽しませてくれそうね)


 恋愛なんて、求めていない。


 スリルと、知略と、命がけの騙し合い。それこそが、一流怪盗ジュリアの生きる糧。


 新たなる街、新たなる宿敵。


 世界を揺るがす「華麗なる遊戯」の第二幕が、今、静かに幕を開けるのだった。

お読みくださり、ありがとうございました!m(_ _)m


ジュリアは悪役令嬢という退屈な役を終え、再び一流怪盗としてこの世界を楽しんでいくのでしょうね。


そして、最後には新たな強敵(最年少治安総監)が現れました。

続編の執筆はまだ未定ですが、皆様の応援次第では、アルベルトとのその後の知略戦をぜひ書いてみたいなぁと思っております。


「面白かった!」「続きが気になる!」と思った方は、ページ最下部にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価ポイントを届けてくださると、執筆の大きなパワーになります!


ブックマークやいいね(リアクション)も励みになりますので、ぜひよろしくお願いいたします!(≧∇≦)/



――☆☆★★☆☆――



よろしければ、私が執筆しているこちらの連載作品も読んでみてくださいね。


タイトル:『ハチャメチャなほのぼの異世界ライフ! 〜私の『楽しい』が世界を救う!?〜』


▼作品のリンクはこちら

https://ncode.syosetu.com/n9068lw/


こちらはこの短編作品とは真逆の方向性で、《愛されほのぼの異世界生活》となっております。


【一言紹介】

楽しいことが大好きで無自覚天然人誑しな主人公が、「楽しむこと」を最優先で異世界生活を満喫していると、いつの間にか世界を救ってスライムや狼、神様や魔王にまで愛されまくってしまうお話です!


……「悪役令嬢に転生した一流怪盗の華麗なる遊戯」とは面白いほどジャンルが違いますね(笑)。


少しでも気になった方は、ぜひこちらにもお気軽に遊びに来てください!\(^o^)/

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