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婚約破棄になったので原因の令嬢に会いに行く話

作者: Secondary Assault
掲載日:2026/03/13

 まあ、ジェーン様。よくいらしてくださいましたこと。

 どうぞ中へ。ええ、そちらへお掛けになって。


 ……そんなにずっと扉のところに立っていらっしゃらなくても。食べたりいたしませんから。ふふ、冗談ですのよ。どうぞ、ご遠慮なく。


 お手紙、拝読いたしました。ご婚約者様の……トーマス様のご無礼をお詫びに、とのことでしたわね。わざわざおいでくださって、ありがとう存じます。


 ……けれど。ねえ、ジェーン様。ほんとうに、それだけですの?


 いいえ、責めているのではございませんのよ。ただ……あなた、嘘がお上手ではないのね。そんなにわたしのことをまっすぐ睨んでいらして、お詫びを言いにいらした方の目ではございませんわ。


 ふふ。そんなにお顔を強張らせなくても。わたし、そのことで腹を立てているわけではございませんの。むしろ……その方がよかったと思っておりますわ。もし本当にただお詫びだけにいらしたなら、どうお応えすればよいか、わたし、困ってしまいましたもの。


 どうぞ、お茶を。

 ……あら、そんなにカップから目を離さなくても。毒なんて入っておりませんことよ。


 さて。


 ええ、きっと、わたしも浅はかでしたのよ。あの夜、あの方と二人になってしまったのは。でも、まさかあんなことになるとは思っておりませんでしたの。あなたはお信じになって?

 あの方はなさったことの意味を、ご自分でおわかりだったのかしら。わかっていてなさったのか、それとも本当に獣のように何も考えておいでではなかったのか。……どちらにせよ、たいして変わらないかもしれませんわね。


 ねえ、ジェーン様。

 あれからわたし、ずいぶん……ずいぶん、辛うございましたの。

 ただ触れられただけ、と申し上げれば、それだけのことに聞こえるでしょうね。わたしも最初はそう思おうとしておりましたの。たったそれだけのこと、たったそれだけのこと、って。何度も何度も自分に言い聞かせて。


 でも目を閉じると、あの方の顔が、あの方の息が、あの方の手が。求められてもいないのに、どんどん鮮明になってくるの。そのたびに起き上がって、朝まで灯りをつけたまま座っていたこともございました。

 悔しかったのか、恥ずかしかったのか。自分でもよくわからなかったけれど、ただ涙が止まらなかったの。


 あら、ジェーン様。

 そんなふうにお手を握ったら、爪が刺さってしまいますでしょう……ええ、わかっておりますわ。あなたにもわかってくださるかしら、と思いましたの。触れられたことよりも、あの方がわたしをそういう目で見ていたということが。わたしのことを、そういうふうに扱ってもいい女だと思っていたということが。


 それに、みなさんの目もそうなのよ。

 すれ違うたびに、お茶会で隣に座るたびに。声に出しておっしゃる方はほとんどいらっしゃらないのだけど、目というのは正直でしょう。


 あの娘、いったい何をされたのかしら、って。どんなに可哀想な目にあったのかしら、って。


 ……でもその目は、同情とは少し違うのよ。まるでわたしが珍しい見世物にでもなったみたいで。


 血は争えない、とおっしゃる方もいらっしゃいますわ。

 ご存知かしら、わたしの母のことを。ええ、そうですの。母は……まあ、お父様とたいへん親しくなさって。そのせいで──お気の毒に、前の奥様は屋敷を出て行かれることになりましたの。

 ですからわたしもきっとそういう娘なのだろう、と。自分から誘ったのだろう、と。そうお思いの方が、いらっしゃることは知っておりますわ。


 知っていて、どうすることもできないのよ。

 悔しくって、悔しくって。でも声を上げれば上げるほど、みなさんの目がもっと光るでしょう。だから黙って、平気なふりをするの。


 ……ジェーン様、今、何かおっしゃろうとしましたでしょう。ええ、構いませんのよ。おっしゃって。


 ……そう。


 そうね。あなたもそう思っていらしたのね。


 こんなことを申し上げるつもりではなかったのだけれど。あなたにだけなら、と思ったのよ。あなたも、同じ目で見られていらっしゃるでしょうから。


 ご両親が、婚約を解消なさったとのことでしたわね。

 お優しいお父様とお母様ですこと。


 まあ、嫌みではございませんのよ。本当にそう思っておりますの。もしあなたがこれ以上は嫌だと申し上げれば、きっとそれ以上は何もおっしゃらないでしょうね。次のお話をお持ちになるとしても、相手のことをずいぶん慎重にお調べになるでしょうし。


 ……ジェーン様、あなた、わたしのことをお恨みになっていらして?


 構いませんのよ。わたし、そういうことに慣れておりますから。


 でもね、一つだけ申し上げてもよろしいかしら。


 あの方に振り回されたという点では、わたしもあなたも、変わりはないのではなくって。被害者、と申しますとずいぶん大げさに聞こえるかもしれないけれど。……でも、そうでしょう? きっと似たもの同士なのだわ、わたしたち。


 そのカップ、もう空になりましたわね。もう一杯いかが?

 遠慮なさらないで。どうぞ。


 ねえ、ジェーン様。少し、お聞きしてもよろしいかしら。意地の悪いことをお聞きするかもしれないけれど、怒らないでね。


 あなた、トーマス様と……ご結婚したかったのかしら。


 そんなに眉を寄せなくても。ただ、わたし……気になりましたの。あなたが今、何を失ったとお感じになっているのかしら、と。婚約者を、ですの? それとも、もっと別の何かを。


 あら。

 目を伏せてしまわれた。


 わからないのね。わからないうちは、決めなくてよろしいのよ。誰に何を言われても。あんな方のために、あなたが思い悩む必要なんてないのですもの。


 ……あら、もうそんな刻限ですの。ええ、引き留めませんわ。

 帰り際にそんなお顔をなさらないで。怒りにいらしたのに、すっかりわからなくなってしまった、というお顔をしていらっしゃるわ。


 ふふ。ごめんなさいね。

 ……もしよろしければ、またいらっしゃって。次はもう少し、長くいらして。そのくらいはよろしいでしょう? わたしたち、同じ側にいるのですもの。


 あら。


 今度は睨んでいらっしゃらないのね。


 ふふ。


 気が向いたときで、構いませんのよ。いつでも。

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