失恋
漆黒の中でうずくまるように気分が落ちていた。
一つの恋が終わっただけ。地球上の誰かの誕生日が毎日やってくるように、日々誰かの恋が幕を閉じる。今日の担当が私だっただけ。
そう思おうとしても、ああ、泣いちゃいそうだ。
朝泣いたらおしまいだ。
無色透明の涙の雫はカーペットに吸い込まれて、自発的に消えて見えなくなろうとしている。朝の陽ざしが無理やり私を震え立たせようとする。胸の痛みが去ってくれるようにあらゆる存在が私に気を遣う。
好きな人がいないときってどうやって生きてたんだっけ。あらゆるものが色を無くして、灰色の景色だけが私に優しい。目をつぶっていた方が楽だ。寝ていた方が楽だ。もう何度寝か分からなくなっている。でも一回も熟睡できていない。
いつもの調子になれない。真っ白なベッドが私の体重分凹む。シルバーの目覚まし時計は今日に限り鼠色だ。いつも薄い水色のカーテンは鉛色に見える。私を残して色だけが未来にいってしまったのか。こんなに寂しい色に囲まれてどうやって明日に行けばいいのだろう。
私は色を取り戻さなければならない。奪われた色を。いや、手放してしまった色をもう一度。
肌色の拳を開くと赤とか黄色とか桃色が混じった掌があった。その色味が現実なのか分からないけど、そういうことにしたかった。そうでもしないと濡羽色の夜がすぐにやって来てしまいそうだったから。
そうしたら形容できないほど暗い静寂と言葉にするのもはばかられるような、やっぱり言葉にするのははばかられる。「は」が三つ並ぶなんて珍しいこともあるもんだ。だれかにそんなことないよ、って言ってほしい。これがいわゆるそんなことないよ待ちか。
家の中にいると気持ちが紛れないから、外出することにした。まあ、それは建前で、実際の理由は色探しをするためだ。私は失われた色を取り戻す者。私は「日本の色サガシャー」と呼ばれている。「韓国の色サガシャー」がいるのかとか、他のメンバーのことは知らない。
玄関で黒いブーツを取り出そうとして、これでは意味がないと気が付いた。何が意味ないのか分からない。だけど、その文字だけが頭に降りてきた。
そんな架空の言葉を無視して、消炭色のドアノブに手をかけた。消炭色のドアノブを回す。消炭色のドアノブは一回転した、ような気がした。私は遠心力で吹っ飛んだ。まるで飛ぶのが下手な山鳩色の鳩みたいだった。
外には出ることができない。室内でかつての色を取り戻すしかなさそうだった。
おとなしく部屋に戻ると、モノクロの仙人が我が物顔で鎮座していた。
「入るなら、ノックしてよー」
口調が若者を意識しているようだ。
「警察呼びますね」
今まで私は不法侵入者に寛容すぎた。私の部屋にはこれまで数多くの知らない人が訪問していたが、これを野放しにしておくとあまり良くないらしい。
松島とこの件について話していると、彼女にこっぴどく叱られた。どうやら、不法侵入者は裏で繋がっており、私の部屋が気軽に侵入できるという情報が出回り、常連以外の侵入者もやってくるばかりでなく、不法侵入者たちの待ち合わせ場所にされてしまうこともあるらしい。
友だち同士の待ち合わせならいいが、不法侵入者同士のデートだったりしたら今は嫉妬してしまう。
「警察を呼ぶくらいなら出前を呼ぶのがよくないか」
仙人はキャラを守っている。私が勝手に仙人と呼んでいるだけで、モノクロ仙人は仙人ではない。ただの白髪のおじいちゃんだ。
一つ特徴的なのは、鼻と口の間にある髭は吸い込まれそうなほどの黒で、顎鬚は灰色もしくは薄墨色なところ。男の人の体のことはよく分からないが、同じ人間からこうまではっきりと異なる三色の毛が生えてていてもいいものだろうか。
「どうしたんだよ、急に黙っちゃって」
仙人は不思議そうに首を傾げる。喋り方がいちいち神経を逆撫でする。仙人は「ふ」と「ほ」の間の音で笑っておけばいいのに。
「そうだ、今日は色を返しに来たんだった」
仙人はそう言うと、髭の中から極彩色の球体を取り出した。
「みいこ君には、色が足りてないって聞いてね。持って来たんだよ、この色彩玉を」
仙人が色彩玉と呼んだそれは、私の目には眩しく、この部屋で唯一エネルギーを感じさせる物体だった。
「ただし、ただでは渡せないな、俺とのゲームで勝ったらあげるよ」
このゲームの内容や私と仙人の攻防は割愛するとして、私は勝ったので色彩玉を手に入れた。色彩玉の使い方を仙人からレクチャーされたが、要は地面に叩きつければいいらしい。
説明を終えた仙人は私に色彩玉を手渡そうと立ち上がった。仙人の足取りはおぼつかなく、私に色彩玉を渡す前に地面に落としてしまい、仙人の髭の色が緑青色に統一されて終わったんだけど、そのまま、そそくさと帰ってくれたから、私としては御の字だった。
色彩玉なんて無くても色を取り戻せる。目の周りの筋肉に力を込めて瞼を閉じる。次に目に映る景色はきっときれいだ。




