一人旅行中にケーキ作り
前回までのあらすじを念のため語る。いや語るに足りない。内容に乏しいから前回の流れを知らなくてもあまり支障はなさそう。
一人旅の最中、頭の中で鹿威しと踏切の遮断機を思い浮かべた。2つの角度が一致したタイミングで覚悟を決める。立ちはだかる巨大な針山を横目に、隣接する細い道を通って事なきを得た。
針山を通りすぎると、遠目から喧嘩をしている2人の男が見えた。1人は柄のシャツを着ていて、もう1人は上半身に何も身に付けていない。まるでトップスは着ないほうが強く見えると思っているみたい。
私は針山でのタイムロスを気にしていた。山の前で逡巡した時間が思っていたよりも長かったのだ。ここで時間を無駄にはできない。この旅に時間制限はないけど、人生という時間制限はある。私は最短ルートである2人の男の間を突っ切ることに決めた。
ここで想定外の事件が起きた。上半身のみ一糸纏わぬ男が2人になったのだ。混乱で頭がズキズキと痛みだす。痛いのは嫌だ、痒いのよりもだ。
柄シャツの男が服を脱いだのか、それとも上裸の男が分身したのか、はたまた別の上裸が参戦したのか。
思考がグルグルと回り、無意味なところに行ったり来たりしていると、1つの恐ろしいことを思いついてしまった。私はもうなりふり構っていられなかった。ダッシュで2人の間を通り過ぎた。2人の男は何か言葉を叫んでいたが、危害は加えてこなかった。
もし2人の男がしていたのが喧嘩ではなく、野球拳だったら。そこは女子禁制のはずだ。
息を整えて歩き始める。前述したがこの旅に目的地はない。泊まる場所も決めていなければ、観光する場所も未定だ。すべて行き当たりばったり。
少し立ち止まって欲しいのだが、この旅に目的地がないことは前述していなかった。
現在地点では前述したことになるが、先の時点では前述していないって意味ね。現在地点とか言うと、旅の現在地と混同した人もいるかもしれない。皆さまに謝罪します。
さて謝罪も済んだ。ならばやることは1つだろう。ケーキを作ろう。それもうんと美味しいのをだ。
「家でやれ」と言われるかもしれない。そう言う人は、私と仲良くないんだから、「おうちでやったら」って言ったほうがいいと思う。
本当は優しいのにもったいないと思う。でも優しい君をそこまで追い込んだ何かがあるなら、それが何かは聞かないけれど、共感できるかもしれない。
バッグを奥まで漁ってみたが、泡立て器以外必要な材料も調理器具も全て家に忘れていた。
仕方ない、ここで歌詠みになろう。
無い泡を 立てる縁も ないのなら 奪い去ればいい 私もろとも
悲しくても泣かない。今回の旅のルールだ。
泡立て器をしまって、来た道を引き返すつもりだった。そこで、泡立て器にクリームがついていることに気付いた。あまりにも小さなクリームだったから、洗い残しだと思ったがどうやら違うようだ。
そもそもクリームではなかった。それは雪。空からは土砂降りの雪。どうやら、私が旅をしている途中で秋から冬に変わっていたらしい。
一気に泡立て器は雪まみれになってしまった。持ち手まで雪に覆われちゃ世話ないよ。
「雪の泡を立てていいってことですね」
目に見えない誰かに許可を取った。周りに人がいないことを確認してから、泡立て器をぶん回した。
私は泡だったんだ。また歌を詠もうとして止めた。感情を規定することにビビったんじゃない。いい歌が思い付かなかっただけだ。
空を見上げると、雪の光が反射して眩しかった。雪を掴みながら思う。
雪を見たいなら空を見上げて待つのではなく、雪が降る地域に行けば良かったんだ。




