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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇三月】三三六年〇六月~三六五年〇七月

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80/80

【20日 354年03月】桓温より虱! 不敵な王猛

【354年03月】

資治通鑑原文1946文字(236/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 3/4-慕容垂-5/3

 3/8-桓温-4/9

 3/14-王羲之-3/28

 3/15-苻堅-4/22

 王猛-4/11

 ・準メインキャスト

 2/14-拓跋什翼犍-4/13

 2/28-慕容儁-3/26

 3/17-姚萇-5/1


【あらまし】

 桓温、関中攻撃。この軍役の中、のちの不世出の宰相、王猛と会見します。しかし王猛はこの会見よりも頭につく虱のほうがよほど気になるようで、まともに桓温に取り合いません。桓温は結局長安に肉薄までしておきながら撤退、その撤退戦で大損害を蒙りました。一方苻健もこの戦いの末に弟の苻雄及び太子の苻萇を失っており、今後の国運にやや暗い影を落とします。



【できごと】


 関中の不和を見た桓温が決めた北伐は、通常征伐軍を動かすのに極めて不利である山間部の経路を衝きました。この動きは、ここまでの歴史でも、楚漢戦争の、あの韓信くらいしか例がないくらいのものでした。しかも桓温は苻健の息子である苻生の猛攻をはねのけ、遂には長安に肉薄。ここで桓温の弟、桓沖もまた軍功を挙げています。この戦果に関中の老人たちは「生きてまた官軍を見ることが出来るとは思いもよらなかった」と涙しました。


 しかし桓温、途中で軍を留めます。このまま攻めきれるか不安になったのでしょう。そのうえで関中の賢才を取り込もうと動き、中でもその異能ぶりで名を知られていた男、王猛とは桓温自身が直接面会しました。にもかかわらず、王猛の対応はけだるげ。シラミを潰しながら「あんたのその中途半端ぶりに関中の奴らが失望してることに気付いてるのか?」とにべもありません。要するに桓温がやりたいのは自分の名声稼ぎでしかなく、いわゆる捲土重来はただのポーズでしかないのでは? と指摘したのです。こうした直言ぶりに桓温は大いに惚れ込みこそしましたが、その後兵糧不足に苦しみ、撤退を開始すれば、軍には多大な被害を出しますし、王猛を連れ帰ることも出来ませんでした。


 この戦いの後、苻健を大いに文武で支えた苻雄が死亡します。このあまりにも有能な弟の死に、苻健は「天は我が天下統一を望まぬのか!」と慟哭しました。また桓温との戦いで、太子であった苻萇をも喪います。


 さて、有能な弟と言えば、前燕です。慕容儁の二人の弟、慕容恪と慕容覇はまさしく前燕南下、そして華北東部制圧の原動力でした。またたく間に前燕は東晋と国境を接するようにもなり、このため姚襄は東晋を見限り、前燕に接近します。そういえば姚襄や桓温も弟たちに支えられていますね。このタイミングは、不思議と兄弟の絆が様々なところで示されていました。

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