【17日 351年05月】鈍い東晋! 日々内輪揉め
【351年05月】
資治通鑑原文2225文字(202/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
3/3-冉閔-3/18
3/4-慕容垂-5/3
3/8-桓温-4/9
3/14-王羲之-3/28
3/15-苻堅-4/22
・準メインキャスト
2/14-拓跋什翼犍-4/13
2/28-慕容儁-3/26
姚萇-5/1
【あらまし】
旧後趙の崩壊が加速度的に進む中、東晋ではここで下手に桓温に動かれると大変なことになるということで桓温の北伐建議を握りつぶしていました。すると桓温が怒って軍を率い、東進。ここではなんとかその取りなしに成功しますが、にもかかわらず殷浩が北伐の軍を動かし始めます。なんなんだこのちぐはぐさ。ともあれ、ここで姚弋仲の息子、姚襄が謝尚と会見、確かな絆を結ぶのでした。
【できごと】
後趙完全滅亡の余波を受け、晋との国境地帯の地方官は次々と晋に投降。また前燕が旧後趙領北方を攻めると、こちらもやはり次々と攻め落とされます。冉閔の世界は加速度的に削り取られ、次なる時代の雄が着々と勢力を伸ばしていくのです。
これを逃しては男ではない! とばかりに、桓温はこのタイミングで何度も北伐を願い出ましたが、そのほとんどが握りつぶされていました。それどころか、北伐にはどうやら桓温ではなく殷浩が責任者として任じられるらしい、という噂まで立ちます。怒った桓温は成漢討伐以来温存されていた自軍の勢力をたのみに、荊州から武昌にまで軍を動かします。やっていることがほとんど王敦です。殷浩はこの動きを恐れて司馬昱に辞任を言い出しますが却下されました。そして司馬昱は桓温に「君を頼りにはしたいのだが、軍資及び運搬に不安があるのだ、そこを解決してようやく君の出番なのだ」と説得、桓温も謝罪をし、いったん荊州に引き下がりました。
のですが、直後に殷浩が北伐のための軍を動かします。陳郡謝氏の名士、謝尚を先鋒とし、軍を寿春に駐屯。これには旧後趙領から次々に帰順してきた勢力を頼みにするところも大きかったのですが、「あいつら信用するだけ損ですよ」なる配下の進言も無視し、しかも慰撫にも失敗したため無事背かれ許昌や洛陽で反乱の火の手が上がり、北伐どころではなくなります。なんというか、こう。
ここで後趙の苛烈なる良心、姚弋仲が病没します。異民族では王になれない、が姚弋仲のポリシーでしたので、息子の姚襄には晋に帰順して晋の刃として戦え、と命じていました。そこで姚襄は南下、その途上で何故か前秦軍に襲われ(ちょっとこの前秦軍の存在があまりにも主勢力から東に離れすぎてて意味不明で恐いんですが)、そこを弟の姚萇に危機を救われたりなどしつつ、単騎寿春の謝尚のもとに詣でます。警戒する将士をよそに謝尚は姚襄と会見、両名はお互いを認め合いました。
ここから姚襄は晋の先兵……と、なる、のでしょうか?




