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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇三月】三三六年〇六月~三六五年〇七月

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62/80

【2日 337年02月】棺の定員 一人まで!

【337年02月】

 資治通鑑原文1191文字(296/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/26-王導-3/5

 2/3-石虎-3/14

・準メインキャスト

 2/10-李寿-3/9

 2/12-張駿-3/12

 2/14-慕容皝-3/14

 2/14-拓跋什翼犍-4/13

 2/28-慕容儁-3/26


【あらまし】

 慕容皝が段部を徹底的に追い詰め、いよいよ燕王を自称しました。こうして強大化していく前燕を後背に置き、石虎は嫡子の放蕩の末の造反謀議を叩き潰し、定員一名のとある乗り物に二十八名を押し込んだそうです。ひどい話ですね! あとこの年、東晋はとの字もありません。



【できごと】


 慕容対段の戦いが最終局面に至ります。石勒にズタボロにされたり、慕容皝にズタボロにされたり、本当に鮮卑段部は立ち位置的に地獄としか言いようがありません。とは言え面白いことに、その後の前燕や後燕を見ると、段部出身の皇后がめちゃくちゃ多いです。鮮卑の中でも段部はかなり高位の存在だったのではないか、という仮説を見たことがありますが、これについては、わりと賛同したい気持ちでいっぱいです。


 あまり記述量の多いわけではないこの年、主役は誰でしょうか。石虎です。ここでも楽しい虐殺タイムを決めていて、これをどう紹介したものかで迷います。そこに呻吟した結果が今回のタイトルなのですが、放蕩の結果親殺しまで言い出した嫡子の石邃に「対応」した結果定員一名の乗り物に二十八人を押し込みました、と書くのがいいでしょうか。そんなひどいこと、通勤ラッシュ時間帯の都心部ですらやらないですよ、ねっ!


 ここで改めて、石勒死亡時の話を蒸し返さねばなりません。もう少し言えば劉邦即位、でもいいです。天下を治めるには二段階があります。武での制圧と、文武での服従です。石勒は、残念ながら第一段階を達成できませんでした。だから石虎を殺せませんでした。そしてこの流れは、結局のところ後趙の後継体制を石勒の時代以上にグズグズにしてしまいます。と言うわけで、明日誰が出てくるかをここで予告してしまいましょう。冉閔です。


 一方で慕容皝は、ここでついに燕王を自称。なのでここからが「前燕」と呼べるようになります。東晋からの許可は、もう待ちませんでした。しかし一方では東晋への「臣従」を継続もしています。もちろん東晋もいつまでも臣従し続けるとは思ってもいなかったでしょうし、このあたりの綱引きは、実にスリリングです。


 後趙は拓跋翳槐を代に送り返し、再び統治させることに。拓跋紇那は前燕に逃げ込みました。この辺りは内紛とばかり認識していたのですが、こうして周辺国との関係から見ると、完全に外の都合に振り回されていますね。既に繰り返し紹介する通りこの国はのちの北魏の前身なのですが、なかなか腰が定まりません。その雄飛はもう少し先にならざるを得ないようです。

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