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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇一月】二八〇年〇三月~三〇九年〇七月

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6/19

【5日】283年12月~284年10月

【283年12月~284年10月】

資治通鑑原文990文字(315/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/1-司馬炎-1/11

 1/1-司馬衷-1/29

 1/1-劉淵-2/2

 1/4-慕容廆-2/26

・準メインキャスト

 1/1-司馬倫-1/23

 1/1-張華-1/22

 1/1-杜預-1/6


【できごと】


泰平とは? 何を変え、何を保つのか


 武帝のもとに報告がもたらされます。武器庫の井戸に二体の青龍が現れた、というものです。武帝自身はこれを瑞兆と見なして喜びましたが、劉毅がそこに冷水をかけます。いわく「潜かにしている龍を用いてはなりませぬ」と。


 ここで唐突ですが、資治通鑑に載っていないことをひとつ紹介しておきます。一月一日からずっと名前だけが登場し、本文中にはいまだ現れていない人物、劉淵について。匈奴単于の血を引き、この当時も匈奴の貴人として晋より官位を授かり、晋の北辺を守る任務を与えられていました。文武両道で人格にも優れ、このため晋人らは敬意を払いつつ警戒とどめきれず、常に監視下に置いていました。なお彼は後に決起し、はじめの五胡政権のひとつ、匈奴漢を建てることになります――さて、では劉毅が「潜やかな龍」を論じるに当たり、いったいなにを見ていたのでしょうか。


 劉毅は武帝の太平楽ぶりをチクリと刺しつつ、さらには人事制度にも言及しています。魏の文帝の時代に施行された、九品中正制。これは、シンプルに言えば家柄がそのまま地位を決める、というものでした。有名なセリフがここで出てきます、「上品には寒門なく、下品には盛族なし」です。もともとは才能を見るための評価制度であったはずが、またたく間に形骸化して、ただの縁故採用の源泉となった、というのです。劉毅は訴えます、そこには権力腐敗の道しか待っておらず、天下が定まっていなかった時期の仮措置としてはともかく、泰平となった後でも続けるのは危ういので廃すべきだ、と。この意見を武帝は讃えましたが、しかし廃することはありませんでした。


 この制度の危うさについては劉毅以外の者からも提議されました。この制度を廃した上でいちど戸籍を整理し、その戸籍に基づいた賢人推挙制度を復活すべき、としたのです。しかし、武帝はすべて黙殺。史論では、この制度を廃しなかったことが、後の世の貴族の跋扈をもたらした、と語られています。

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