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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇二月】三〇九年〇八月~三三六年〇五月

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56/80

【24日 331年06月】石勒 逐鹿を論ず

【331年06月】

資治通鑑原文1591文字(261/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/4-慕容廆-2/26

 1/26-王導-3/5

 1/27-石勒-2/26

 2/3-石虎-3/14

・準メインキャスト

 1/25-李雄-2/27

 1/25-陶侃-2/27

 2/10-李寿-3/9

 2/12-張駿-3/12

 2/14-慕容皝-3/14

 2/14-拓跋什翼犍-4/13


【あらまし】

 新年の宴会で、石勒が「余を過去の皇帝と比べると誰に比肩するか?」と尋ねました。このとき臣下より劉邦以上との答えを得ますが、いやいや、良くて光武帝レベルだ、とはいえ曹操や司馬懿なんぞよりは遥かに上だがな、と言いました。一方で東晋と慕容部が連携を強めたりもしていますので、後趙としてもまるで油断のしきれない状況が続きます。



【できごと】


 この頃、石勒は鄴の都市機構を拡充します。これを続咸という人に諌められたので怒り収監、殺害といういつもの五胡君主パターンをやらかし掛けますが、なんとか踏みとどまり、むしろ続咸を忠臣として讃え、褒美を下しました。もともと石勒は軍事拠点として襄国を選んでいたわけであり、そうした軍務に倦みが出始めていたのかもしれません。


 このタイミングで、有名な逸話が載せられます。臣下に対し、自身が過去の皇帝の誰に並ぶか、と問うたのです。徐光が劉邦すらしのぐとおべんちゃらを言えば、石勒は笑って「高祖をしのぐはずがない、かのお方に会えば従い、韓信や彭越らと肩を並べていただろう。光武帝とであれば中原で逐鹿を競ったであろう、寡婦や幼子をだまくらかして地位を得た曹操司馬懿なぞは問題外だ」と語りました。これは石勒の気宇を示したものとして知られていますが、ここまでの流れを追った上で読むと「そんな名目遊びを転がすようになってしまった」とも取れてしまいそうです。なにせ、統治者としての実利を拾うなら、このタイミングで石虎の切り離しをしないのはありえません。涙ながらに石虎の処分を訴える程遐に対し「そんなに地位がほしいのか!」と叫ぶ様子には、どうしても判断の衰えを見てしまいます。


 一方で、後趙のこの勢いを危ぶむのが、慕容部です。慕容廆に向けて、東晋よりさらなる高官位を獲得すべきである、という議論が起こっています。ここには賛否両論が沸き起こりましたが、慕容廆は反対派をねじ伏せ、燕王の官位を東晋に求めます。これに対して答えたのが、陶侃でした。その内容は「いや送っとくけど、その正否なんて結局は実際に後趙潰したかどうかって話にしかならないからな」というものでした。それはそう。


 さて前年巴東を獲得した成ですが、領土拡張の野望は止まりません。仇池を襲撃して主導権を奪い取ったり、南方の山岳地帯、寧州にも手を伸ばしています。東晋、次々と各所を攻められています。まだまだ蘇峻の乱の余波も落ち着かないであろう中のこれですし、なんていうか、いじめられっこみたいな印象になってきました。

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