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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇二月】三〇九年〇八月~三三六年〇五月

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52/81

【20日 327年08月】やらかしの庾亮! 蘇峻決起

【327年08月】

資治通鑑原文5423文字(57/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/4-慕容廆-2/26

 1/26-王導-3/5

 1/27-石勒-2/26

 2/3-石虎-3/14

・準メインキャスト

 1/25-李雄-2/27

 1/25-陶侃-2/27

 1/26-劉曜-2/22

 2/10-李寿-3/9

 2/11-蘇峻-2/21

 2/12-張駿-3/12

 2/14-慕容皝-3/14

 2/14-拓跋什翼犍-4/13


【あらまし】


 成帝の伯父として大権を握る庾亮は、蘇峻をうまく転がせ、という周囲からのアドバイスに一切耳を貸さなかったため決起させ、そこからも軍略的進言をすべて却下した結果、なんと建康を陥落させてしまいました。いやほんと何やらかしてんのこのひと。



【できごと】


 前趙軍の攻撃により、張駿は勢力圏東方を失陥しました。また石虎が拓跋部に攻撃を仕掛け、拓跋紇那を北部に追いやっています。


 庾亮の強硬策が祟り、歴陽の蘇峻の陣営にどんどん戦力が集まります。これを見かねた王導や卞壼は「やつをいたずらに刺激してはならない、いまは懐柔するに限る」と諫めましたが、聞きません。この期に及んで、蘇峻を中央に召喚します。のこのこやってきたら殺すし、逆らったら逆賊として討伐する、という通告です。こうして、蘇峻は切れました。決起します。このとき西方を守っていた温嶠は庾亮に今からでも遅くないから思いとどまるように伝え、合わせて自分が援軍として向かうと申し出ますが「お前は陶侃を見てろ」と却下されます。


 結果、建康。

 陥落しました。


 この戦いで、卞壼も戦死しました。また庾太后も「憂悶のうちに」死亡。本当にただの憂悶であればいいのですが。ただ幸いなのは、蘇峻自身が自分に統治能力がないと自覚していたことでした。この為むやみに成帝を殺そうともせず、幽閉。建康の略奪に励みます。一方では自身をここまで追い詰めた庾亮をなんとしてでも捕らえ、殺すと指名手配しました。


 対する庾亮はどうだったのでしょうか。「私がなんとかして援軍を連れてくる!」と建康を脱出しています。鍾雅という人に成帝を任せ、その際に盛大に「ご立派な責任感でございますなあ!」と皮肉られて。なお鍾雅はのちに成帝救出作戦を敢行、失敗し、成帝の目の前で斬り殺されています。


 どうにかこうにか温嶠のもとにたどり着いた庾亮は、ここで恐ろしい提案を受けます。陶侃の力を借りましょう、というのです。庾亮にしてみれば仮想敵でしたから、この提案にははじめおののいたことでしょう。とは言え庾亮も決めるときは決めます、誠心誠意謝り倒し、むしろ陶侃を感動させ、協力を見事取り付けました。


 こうして逆転が始まるのですが、こうした記述の片隅でちらっと「祖約が後趙軍を手引した」とも書かれています。正直、下手なホラーよりもよっぽどゾワッとしてしまいました。

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