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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇二月】三〇九年〇八月~三三六年〇五月

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51/87

【19日 326年09月】宗族不穏! 蘇峻、皇族とつるむ

【326年09月】

資治通鑑原文965文字(316/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/4-慕容廆-2/26

 1/26-王導-3/5

 1/27-石勒-2/26

 2/3-石虎-3/14

・準メインキャスト

 1/25-李雄-2/27

 1/25-陶侃-2/27

 1/26-劉曜-2/22

 2/10-李寿-3/9

 2/11-蘇峻-2/21

 2/12-張駿-3/12

 2/14-慕容皝-3/14

 2/14-拓跋什翼犍-4/13


【あらまし】


 庾亮が東晋を悪い意味で締め付け続ける中、石勒が東晋への圧力を高め、そのはざまに立つ蘇峻や祖約の立場を厳しいものとします。とは言え石勒も張賓亡きあとの補佐体制をなかなか安定化できず苦しみ、劉曜は張駿からの離反を受けたため攻め込んだりで、不安定な情勢が続いています。



【できごと】


 司馬宗、という宗族がいました。成帝とも仲が良く、さらには蘇峻ともつながりのある人物でした。パワーポリティクス大好き庾亮さんには脅威にしか映りません。そこで謀反の罪を着せ、処刑。すると成帝は大泣きの上庾亮への不信を訴え出ますし、蘇峻は司馬宗の配下を匿うしで、庾亮、あっという間に窮地です。


 北では、石勒は晋に対する圧力を高めます。ついに本格的に両国の中間を流れる川、淮水を渡り始め、寿春を守っていた祖約を攻撃。ここにまともな救援がよこされなかったため、いよいよ祖約は建康への恨みをつのらせます。しかも、ここで最終的に後趙軍を撃退する功績を挙げたのが、よりにもよって蘇峻でした。ここに建康、なかんずく庾亮への不信が爆発する種まきがいよいよ整ってきました。


 こうした中、劉曜は失陥した仇池を再び奪わんと軍を動かしますが、失敗。この有様を見て、張駿はこれ以上前趙の風下に居続けると危ういと判断、前趙から得た涼王の地位を蹴り、ふたたび晋の涼州牧を名乗りました。加えてこの頃にもなると、張駿は李雄のもとに使者を派遣し、連携を取るようにもなっています。ただでさえ泥舟を引き受けてしまった劉曜でしたが、自身で穴を広げてしまっていたのもあり、いよいよ詰みに近づいてきた印象です。張駿の裏切りに怒った劉曜は討伐軍を涼に向かわせましたが、いや、それ今やること?


 一方、石勒もそれほど安泰というわけではありません。張賓という無二のブレインを喪った後の統治体制再編に苦労しており、張賓のサブ的な役割を果たしていたふたりの人物のうち徐光については不敬が目立ったので免職の上収監、程遐については石虎をぞんざいに扱ったため恨みを買う。その統治体制にも嫌な気配が漂い始めます。


 こうしてみると世襲統治って当たり前のように見えて、それを成立させる条件を揃えるのがとてつもなく難しいのだと実感させられます。そうして考えると幼帝を担ぎ出して、曲がりなりにもまわってしまう東晋という国の不思議さ、不気味さが改めて際立ちます。

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