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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇二月】三〇九年〇八月~三三六年〇五月

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43/80

【11日 319年02月】両趙分裂! ほんとにやめろ

【319年02月】

資治通鑑原文3658文字(113/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/4-慕容廆-2/26

 1/26-王導-3/5

 1/27-石勒-2/26

 2/3-石虎-3/14

・準メインキャスト

 1/21-王敦-2/16

 1/25-李雄-2/27

 1/25-陶侃-2/27

 1/26-劉曜-2/22

 1/26-司馬睿-2/15

 2/8-司馬紹-2/18

 2/10-李寿-3/9

 蘇峻-2/21



【できごと】


 匈奴漢が割れました。趙と、趙に。なんでそういうことすんの!?


 趙とは、だいたい太原とか襄国あたりの古名です。なのでそのあたりを中心に暴れまわっていた石勒にとってはまさしくの王号でした。靳準の簒奪という匈奴漢史上最悪のピンチを救った名将にはふさわしいものでしょう。しかし石勒の配下が劉曜に寝返るにあたり「石勒は使者を送るふりをして陛下の状況を探ろうとしている」と讒言。ここにもともと緊密とはいいがたい劉曜と石勒の関係は決定的破談となりました。


 この動きを受けて石勒が趙王を名乗れば、「お前にはやらん」とばかり劉曜も国号を趙に改め、また自身の先祖を楚漢戦争期における匈奴の英雄王、冒頓単于に設定します。冒頓単于が劉邦を打ち破ったのは白頭山で、やはりここも古名は、趙。いやー偶然の一致って怖いですね! まあ基本的に宣戦布告ぐらいの意味でいいと思います。


 なお、この時に劉曜の皇后になった人物の名は、羊献容。賈南風が殺された後に恵帝の皇后になったはいいが、「お前のせいで戦乱が深まった!」と何度も廃されたり復されたり、しまいには殺されかけたりした末に劉曜の妻に収まりました。羊献容は劉曜に対し「前の夫は夫として問題外でした、その点あなたは最高!」と言ったとされていますが、こうした来歴を踏まえると、異常に重い言葉だな、と思います。それにしてもこの後に羊献容は前趙の政治に介入するようになった、と書かれていますが、なんでこう、恵帝皇后たちは「政治を乱す女性」としてのアイコン化が強まるのでしょうか。それとも西晋の大臣は、そういう女性を恵帝に充てたのでしょうかね。


 荊州では杜弢の乱の残党をようやく鎮圧した将軍、周訪らを王敦が軽んじ、反乱させています。なにやってんだこいつ。で、この乱を鎮圧した将の一人が、蘇峻でした。のちに蘇峻の乱を起こす人物です。乱をつぶした将が乱を起こして更にその乱をつぶした将が、というこの最悪のドミノ倒しは、いったいいつまで続くのでしょうか。


 北では慕容廆が宇文部を大破し、さらに石勒が段部の勢力を引き続き削っています。徐々に慕容部と中原とを隔てる壁が薄くなっているのが見えますね。

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