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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇二月】三〇九年〇八月~三三六年〇五月

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37/84

【5日 313年05月】策謀の石勒! 王浚墜つ

【313年05月~314年04月】

資治通鑑原文5314文字(59/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/4-慕容廆-2/26

 1/12-劉琨-2/10

 1/26-王導-3/5

 1/27-石勒-2/26

 1/17-拓跋猗盧-2/8

 2/3-石虎-3/14

・準メインキャスト

 1/21-王敦-2/16

 1/23-張軌-2/6

 1/25-李雄-2/27

 1/25-陶侃-2/27

 1/26-劉聡-2/10

 1/26-劉曜-2/22

 1/26-司馬睿-2/15

 2/3-司馬鄴-2/9



【できごと】


 段部の勢力を削り、いよいよ本丸である王浚打倒に石勒が動きます。まずは劉琨に対して「王浚のクソを倒してこれまでのことをお詫びしますね」と断りを入れた上で、作戦開始。その手立ては「よっ、あんたが大将!」とでも言わんばかりのおべんちゃらでした。しかも王浚、このおべんちゃらを信じ、よし宴だ! と言い出しました。そこを石勒が強襲。「お前みたいなクソ野郎仰ぐわけねえだろ」と殺します。この電撃作戦の成功で、おおよそ石勒と匈奴漢の立場が逆転したと言っていいでしょう。


 とはいえ匈奴漢もやられっぱなしではありません。軍勢を北に進め、劉琨拓跋連合軍を撃破します。ただ、負けを少し取り返した程度でしかなく、しかも南ではこっそり愍帝政権と司馬睿が連絡を取っています。愍帝が、司馬睿に「一緒に匈奴漢を討とうぜ」と誘ったのです。もっとも、これは司馬睿に断られてしまいましたが。南は南で安定にもほど遠く、中原攻略に兵を割く余裕がなかったのです。たとえば長江中流の荊州では杜弢が引き続き暴れまわっており、王敦および陶侃が鎮圧にあたっていましたが、勝ったり負けたりという情勢でした。


 この事態を憂慮した武将がいます。劉琨のベストフレンド、祖逖と言います。未だ戦乱が顕在化していなかった頃、劉琨と祖逖、二人は夜通し軍略について語り合い、やがては「荒れ狂った天下を治めることができるのは、我ら二人を置いておらぬだろう」と述べ合っていました。このときも北土で孤軍奮闘する友を思ってか、司馬睿に北伐を願い出ます。交渉の末、なんとか司馬睿から最低限の援助を引っ張り出すと、さっそく祖逖は出征。天下を取り戻すまで建業には戻るまいぞ、と誓いを立てました。


 こうして天下が荒れ狂う中、成漢は安定した統治を展開していました。これは、羅尚を退けたあたりで八王の乱の破局化や匈奴漢の侵攻の激化など、晋がもはや蜀に構っている余裕がなくなったのも幸いしたのでしょう。中央の争乱が蜀の平穏に資するとは、皮肉な結果もあったものです。ひとまずの平穏を手に入れた李雄はその統治を平時体制に切り替えます。この結果、町中に落し物があってもあえてネコババするものもなく、周辺からは次々と帰属者がやってきていたそうです。


 この統治が、ずっと続けばよかったのですが。

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