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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇一月】二八〇年〇三月~三〇九年〇七月

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25/80

【24日】302年01月~302年11月

【302年01月~302年11月】

資治通鑑原文1902文字(240/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/1-司馬衷-1/29

 1/1-劉淵-2/2

 1/4-慕容廆-2/26

 1/12-陸機-1/25

 1/12-劉琨-2/10

・準メインキャスト

 1/11-司馬熾-2/4

 1/21-王敦-2/16

 1/13-司馬越-2/2

 1/23-張軌-2/6

・八王

 ×亮×瑋×倫乂穎冏顒越



【できごと】


都は危うい! 逃げ去る賢人


 倫を倒した、冏。求められるのは政治の立て直しであったはずが、大権を握ったそばからやることは結局権力にものを言わせた贅沢三昧でした。こうした振る舞いを賢人らが入れ替わりで諫めますが、冏は表向き反省したそぶりこそ示しつつも、結局は聴く耳を持ちません。このため多くの賢人たちが洛陽を見限り、あるいは故郷へ、あるいは山奥へと消えていきました。そうした中、越が冏の政権に参与します。それも、三公。繰り返しとなりますが、人臣のトップです。その登場のしかたは資治通鑑、そして晋書からでも、いきなり出てきて破格の待遇を得たようにしか感じません。これはおそらく賈南風政権の中でも重要な仕事をした、というあらわれなのでしょう。しかしそうした実績は、もはやあの意図的空白がどこかで埋められないことには検証のしようもありません。越にとってはいいとばっちりですね!


 それにしても、不安定なこの世の春など、そう長く続くはずもありません。この頃恵帝直系の子供たち、即ち次代の皇帝候補が次々と死亡。このため次の皇帝候補、いわゆる皇太弟に八王のひとり、穎が浮上してきました。しかも前回紹介した通り、このときの穎は配下に劉淵を迎えています。中央で権力の甘露を満喫する冏にとっては極大のリスクである、はずです。しかし冏は動きませんでした。


 ここで長安に目を転じましょう。この地の責任者は顒で、乱が加速する蜀の鎮圧担当にもなっていました。しかし李特らの勢力は増すばかり、打ち手がすべて挫かれ、しまいには李特に、蜀での実質的基盤を打ち立てられてしまいます。この状況が自身の立場に悪影響を及ぼす、と見て取ったか、顒はここで逆転の一手を打ちます。穎をそそのかし、冏を討ちましょう、と言い出したのです。えっそっち!?


 このとき穎の配下には劉淵のほか、三國志、劉備の先生的ポジションで知られる盧植の曾孫、盧志がいました。このひとは顒の誘いに乗るのが危ういと穎を諌めましたが、しかし結局止めることが出来ませんでした。穎の誘いに多くの軍が呼応し、あっという間に冏討伐の軍が形成されます。その先鋒は穎の兄、乂。

 こうして八王の乱の猖獗、第二幕が始まります。

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