【24日 473年10月】蕭道成躍進! 蠢く沈攸之
【473年10月】
資治通鑑原文3421文字(125/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
7/17-拓跋宏-8/19
・準メインキャスト
7/16-蕭賾-8/14
【あらまし】
北魏では献文上皇が宋を攻撃するべく鐘離に軍を集め始めています。鍾離の戦いが迫り始めました。宋では劉休范の反乱によって沈攸之、蕭道成の存在感が大きくなりますが、そこから逃げたい袁粲は逃がしてもらえません。
【できごと】
この年も献文上皇祭です。いや、十八史略で見たら一瞬で退場されているので、ここまで手腕を振るう方だとは思ってもみませんでした。なおこの年の献文上皇は宋への南征を企て、国境付近に拠点を築いています。その場所こそが、鐘離。南北朝における最大の南北戦争の一つ、鐘離の戦いが迫るのを感じさせられます。一方で馮太后が罷免した地方将を献文上皇が復帰させた、と言った話も出てきます。外征で軍部や地方の支持を得る献文上皇と宮中を固める馮太后の構図が見えている感じですね。
この年の北魏は外部も忙しいです。仇池が不安定になったのでその統御に動いたり、柔然があちこちに攻めてきたので敦煌の統治を引き上げようかと議論するも取りやめになったり。そうした中で献文上皇がどれだけすぐれた統治者なのかを司馬光さんが引いています。「ではそれを退場させた馮太后はどうだったのでしょうか」という問題提起を司馬光さんが示しておられる感じがあり、ちょっとこのあと馮太后がどう書かれるのか、楽しみです。
では宋に目を転じましょう。この年最大のトピックは、おそらく袁粲の母の死にかこつけた「働きたくないでござる」アピールです。通常なら韜晦だろって言いたくなるタイミングですが、なにせこのときは孝武以来入念に破綻が積み重ねられてきた、その最先端。さすがにガチの拒絶でしょと思わされるだけの迫力があります。しかしもちろん、許されません。劉休范の決起と対峙させられます。ここで蕭道成以外が慌てふためき、蕭道成ひとりが冷静に対応にあたって、結果ここで決定的な発言力を得る、とされますが、まあ「なんかわやくちゃあって劉休范鎮圧の功績第一が蕭道成のもとに転がってきた」とすべきなのでしょう。乱の途中で劉休范が討ち取られるも、その後もなんとなく乱が続いた、ということですので、敵も味方も指揮系統がグズグズな中の偶然を蕭道成が拾った、と考えるべきだと思います。そりゃ司馬光さんも蕭道成の扱いを劉裕と同列にしないわけです。
一方、内心で反乱の準備を進めていたと書かれる沈攸之ですが、ここは雌伏を選んでいます。ただし中央への召喚は拒絶。もはやなんだかんだでやる気満々です。「私では中央でのお役目に堪えません」と言い放つ姿は、珍しい西方反乱のパターンだと感心します。あと袁粲はこのタイミングでもやはり引退を却下されました。無惨。




