【11日 461年06月】孝武の乱政 いつまで続く
【461年06月】
資治通鑑原文1403文字(278/365位)
【登場人物】
・メインキャスト
7/1-蕭道成-8/1
7/5-馮太后-8/10
・準メインキャスト
6/14-劉駿-7/14
6/27-劉彧-7/22
【あらまし】
一年まるまる孝武帝の悪行三昧、と言う感じです。もうちょっと周辺情勢を教えてもらいたい、かなっ!
【できごと】
期間中まるまる孝武帝です。もちろんこれだけの内容が残ってしまっているのであればそれは糾弾待ったなしでしょうし、そもそも資治通鑑のメインターゲット読者は皇帝とその周辺なのですから、皇帝がクソだとこうなる、は、確かにちゃんと記録しておかねばならないのでしょう。にしたって、もうちょい地方の動静をさぁ、とも思わずにおれないわけですけれども!
というわけで、開き直って孝武帝のおいたを追いましょう。気づけば結局復職していた沈慶之、その家業でめちゃくちゃ儲けていたそうです。そして普段はめちゃくちゃ贅沢ぐらしをしていたのに、対外的には極めて質素な振る舞いをしていた、とのこと。道ゆくひとたちが沈慶之の車とすれ違っても相手がVIPだと気づかなかった、とも書かれます。このあたりは劉義恭のへりくだりぶりにも似ていますね。それだけ角を隠さねばもろもろ危うかった、ということなのでしょう。沈慶之という元勲クラスですら。
孝武帝が自身の子らのうち、もっとも寵愛していた劉子鸞のもとに自身が信頼する臣下らをあてがいます。またそういうことしてる。とはいえ資治通鑑の記述からだと太子の劉子業が重んじられていて当たり前だから特記されていないのか、それとも本当に劉子業を軽んじていたのか見極めきれないのが悩ましいところです。
またここで、ちらりと地方統治の官吏の話が挙げられます。張岱と言います。かれはなんと三人の王の府の相談役ともなるも、そのすべてを遅滞なく切り盛りしてみせたそうです。これだけを見ると有能な人物の美談ですが、つまり各国をしっかり補佐できるだけの存在を確保できていなかったためしわ寄せが行っている、とも読めてしまいます。また孝武帝は他にも、任務放棄の逃亡に対し厳罰でもって対処する、と言う触れを出したためさらに逃亡者が増え、盗賊の数が増加した、とも。この措置については沈慶之の同族人たる沈懐文が諫止していましたが、聞きませんでした。そもそも孝武帝、ことあるごとに諌めの言葉を投げかけてくる沈懐文が目障りでなりません。すでに自身を諌めてくるものを何人も殺害していた孝武帝、ここでもやはり沈懐文を殺害します。
さらには、とある宴で奉じられたテキストに「王が清明であれば国もまた栄えるのです」と書かれていたのを見れば露骨に不機嫌となってそのテキストを破り捨てたりと、なんと言うか孝武帝、この頃にもなると自分のやっていることを自覚しつつも歯止めが効かなくなっていそうです。これが生来の性格か、環境にねじ曲げられた結果なのかは、よくわかりません。




