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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇一月】二八〇年〇三月~三〇九年〇七月

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18/19

【17日】295年05月~296年03月

【295年05月~296年03月】

資治通鑑原文524文字(342/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/1-司馬衷-1/29

 1/1-劉淵-2/2

 1/4-慕容廆-2/26

 1/12-陸機-1/25

 1/12-劉琨-2/10

 拓跋猗盧-2/8

・準メインキャスト

 1/1-司馬倫-1/23

 1/1-張華-1/22

 1/11-司馬熾-2/4

 1/11-賈南風-1/22

 1/13-司馬越-2/2

・八王

 ×亮×瑋乂穎倫冏顒越


【できごと】


その火事が焼いたものは? 司馬倫、動く! 


 洛陽で大火災が発生しました。特に燃えたのが武器庫、および宝物殿。この火事で二百万人分もの武具が消失したと書かれますが、さすがにこの数は白髪三千丈を疑うべきでしょう。国防のための備えが大きく失われたことを拾っておけば良いのです。そして、宝物殿では始皇帝や劉邦にまつわる宝具、それになぜかとっておかれていたという王莽の生首が失われました。なお劉邦の宝具は天井を突き破ってどこかに飛んでいったとも言われています。ほんまかいな。


 例によって賈南風政権の危うさを兆すのに忙しい資治通鑑ですが、この年、事績ベースでの状況変化も記録されます。八王、倫の洛陽入りです。武帝崩御後、鄴から長安に移鎮していた倫でしたが、統治に失敗。関中に住まう羌族、氐族を怒らせ、蜂起させてしまいます。このため別の宗族が鎮圧に充てられ、倫は洛陽に呼び戻されました。この調子だと長安への移鎮もなかなかに香ばしそうです。なおこの乱を引き起こさせてしまった主犯には、倫の参謀である孫秀の名が挙げられています。その責任を負わせるために孫秀の処刑が求められましたが、なにぶん宗族の子飼いという立場であったため、不問とされました。ここで孫秀が処刑されていれば、八王の乱はいったいどのような展開を見せたのだろうか、と思わずにおれません。


 洛陽で倫は、なんとか賈南風政権に取り入ろうとしますが、この動きを張華らが阻止します。ともなれば当然、倫は賈南風や張華に恨みを抱くわけです。この状況につけ込んで、孫秀が賈南風らを追い落とすための策謀を巡らせ始めたであろうことは、想像に難くありません。


 同時期、拓跋部にも大きな動きがあります。拓跋禄官は拓跋部を三つに分け、東を自身が治め、中央および西をそれぞれ拓跋弗の兄らに治めさせました。西の主が拓跋猗盧、中央の主が拓跋猗㐌です。特に拓跋猗㐌は遠征を繰り返すことで多くの周辺国を攻め落とした、と書かれます。さらに、この頃晋からの亡命者が拓跋部に流入しており、その技術力が拓跋部に流れ込んでいました。つまり、ここから拓跋部が強盛となっていった、と示されたわけです。


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