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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇一月】二八〇年〇三月~三〇九年〇七月

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16/29

【15日】293年06月~294年04月

【293年06月~294年04月】

資治通鑑原文84文字(363/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/1-司馬衷-1/29

 1/1-劉淵-2/2

 1/4-慕容廆-2/26

 1/12-陸機-1/25

 1/12-劉琨-2/10

・準メインキャスト

 1/1-司馬倫-1/23

 1/1-張華-1/22

 1/11-司馬熾-2/4

 1/11-賈南風-1/22

 1/13-司馬越-2/2

・八王

 ×亮×瑋乂穎倫冏顒越



【できごと】


後の北魏、拓跋部!


 引き続き最低クラスの文字数の日が続きます。そこまで晋書は賈南風政権の実績を書き残したくなかったようです。資治通鑑が薄いというのは、要するに元となる史料が残っていない、ということですからね。中華周りで載っているのは雹が降った、創業以来の大功臣の一人、石鑒が死亡した、くらい。賈南風政権、なかんずく張華の治績を一切無視して先行きの怪しさだけを載せる姿勢は、いっそ潔いと言えます。この当時に張華がなにをやったか、なにを言ったかが残っていれば大変に面白かったのだろうとも思うのですけどね。


 こうした中、資治通鑑は北部動向を載せます。宇文部および拓跋部の大人継承について。 特に重要なのは拓跋部で、このとき大人となった拓跋弗は北魏の開祖、道武帝拓跋珪の五代先祖です。こののち拓跋部は五胡十六国時代を通じて成長していき、最終的に華北の覇者となるのですが、この段階ではあくまでいち遊牧部族でした。しかも、後々拓跋弗の兄である拓跋猗㐌の系譜との間で大人位を巡る争いを引き起こすこととなり、よもや拓跋弗も、自分の子孫が皇帝になるとは思いもしなかったことでしょう。


 一方の宇文部では、既存の大人が殺され、その弟が新たな大人として立っています。後々拓跋部や慕容部の話をするときにもしょっちゅうこの話をすることになるのですが、遊牧民族たちの部族継承は、どうしても血みどろとならざるを得ないようです。これは厳しい環境を率いるリーダーにはまず強さが求められる、があり、その強さの証として他の候補者を倒す武勇を示さねばならない、があるかとも思うのです。ただこうした部分が中華にいう徳、すなわち親を愛し慈しむ孝などとの相性が最悪なのがいけません。このため遊牧民族は中国史にて、往々にして「獣にも劣る」と書かれるのですが、翻せばそれは「遊牧民族の徳目を南方人は重んじない」とも言えるはずです。


 史料ではどうしても中華側の感覚が目立ちますが、文字に残る遊牧民族側の主張としては、逆に南方人のド汚さを警戒せよ、と書かれていたりもします。中華の民と遊牧民との対立の歴史には、両者の視線を拾うこともまた必要になるのではないでしょうか。

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