表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇一月】二八〇年〇三月~三〇九年〇七月

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

13/19

【12日】290年08月~291年06月

【290年08月~291年06月】

資治通鑑原文3863文字(104/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/1-司馬衷-1/29

 1/1-劉淵-2/2

 1/4-慕容廆-2/26

 陸機-1/25

 劉琨-2/10

・準メインキャスト

 1/1-司馬倫-1/23

 1/1-張華-1/22

 1/11-司馬熾-2/4

 1/11-賈南風-1/22

八王

×亮×瑋乂穎倫冏顒越



【できごと】


始まる!? 八王の乱


 始まりません☆


 八王の乱。前回語ったとおり、これは「乱世のいきさつを八人で語る」だと思ってください。以後、いわゆる八王については名だけで呼びます。すなわち亮・瑋・乂・穎・倫・冏・顒・越です。それ以上の情報を理解しようとすれば、とたんにもろもろ訳がわからなくなるからです。封爵地と活動地点が別とか普通にありますからね。


 皇帝として仕事すべき恵帝ですが、その才覚は父親の武帝からすら信頼されていませんでした。このため後見人には、武帝からの信頼が寄せられていた、と考えるのが妥当なのでしょう。その対象が、楊駿と亮。ならばこの両名が武帝死後に対立するのは、火を見るより明らかです。


 一方の皇后、賈南風。当企画でふんわりと死亡した、賈充の娘です。賈充は高位にこそつきましたが、九品中正制からすると、やや評価の厳しい家門でした。このため皇后とはいっても強固な立場ではなく、特に楊駿に代表される弘農揚氏に比べれば、カスみたいな扱いでした。なので賈南風は亮を頼り、楊駿を陥れ、殺しました。更には瑋をそそのかして亮を殺させ、更に瑋をも殺しました。どう考えてもクソやばおばさんです。正直余計なゴシップ、たとえば別の后が妊娠していたのでその腹をかっさばいた、だなどといちいち書かず、このやべー動きだけ書いたほうがこのやべーおばさんのやばがやべーになったと思います。


 そんなやべーおばさんの甥、賈謐は、このタイミングで危うい世の春を迎えました。権勢を得ると、当時の名士と呼ばれていた人物を自身のサロンに抱えます。賈謐二十四友と呼ばれる名士グループで、普通に考えれば危険な皇后の危険な親族の危険な集団になりそうですが、そういった評価はされていません。


 なぜか。この集団に西晋後期の文学の金字塔たる陸機、西晋最後の武のあだ花となった劉琨が所属していたからです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ