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【夕刊シチ】デイリー両晋南北朝  作者: ヘツポツ斎
【〇一月】二八〇年〇三月~三〇九年〇七月

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11/20

【10日】288年09月~289年07月

【288年09月~289年07月】

資治通鑑原文165文字(360/365位)


【登場人物】

・メインキャスト

 1/1-司馬炎-1/11

 1/1-司馬衷-1/29

 1/1-劉淵-2/2

 1/4-慕容廆-2/26

・準メインキャスト

 1/1-司馬倫-1/23

 1/1-張華-1/22


【できごと】

礼の国より礼を知る男、慕容廆(なお


 破損した太廟の修繕が終わったことを記念し、武帝は大赦をなしました。これは民への温情という以上に、ここまでの政からのリセットという意味合いもあります。ところで晋書刑法志で武帝は臣下から「頻繁な大赦は世を悪化させるだけである」と怒られていたりするのですが、この怒られについて、武帝は特に何も思うところがなかったようです。


 この年も引き続き記述が薄いのですが、そのなかで特記されているのが鮮卑慕容部大人、慕容廆。これまで散々国境を荒らしてきた慕容廆が態度を一変、晋に臣属を誓った、と紹介されます。慕容廆は臣従を願い出るため平服で晋の郡府に赴いたのですが、対する晋軍はフル武装での出迎えをなしました。このため慕容廆もまた改めて武装を固めます。「礼をもって客を迎えない主人に対して礼でもって報いる必要がないだろう」がその理由です。対応担当であった何龕という人物はみずからの非礼を恥じた、とのことですが、直前までさんざん晋を襲っていた相手に警戒するな、というのはなかなか無茶なのでは、とも思わずにおれません。おそらくこのエピソードは「今となっては晋人よりも夷狄のほうが礼をわきまえている」を訴えたいのでしょうけど、ねえ。

 ともあれ慕容廆は、晋より鮮卑都督、つまり鮮卑と呼ばれる民を取りまとめる責任者としての地位を授かりました。


 慕容廆はこの年、他の鮮卑盛族たる段部や宇文部との婚姻関係を結んでいます。着実にその勢力を拡大していることが伺われます。なおその目的はあくまで表向きの恭順を示すことであった、と敢えて明示がなされています。つまり将来は……ということですが、さすがにこれは結果からの引き倒しにも近い気がします。それにしても婚姻は、農耕民族の感覚では「相手に人質を差し出すこと」にも近いのですが、遊牧民族らは結構カジュアルに婚姻した部族との戦端を開いています。この辺りのニュアンスの違いもいつか整理はしてみたいところですが、それよりも晋人にしてみれば手を繋ぎながら喧嘩しあってるやつらがにじり寄ってくる、と言う感じで、気が気ではなかったことでしょう。

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