第八話 願い事
月日は流れて、千紗は結婚して家を出て行った。でも私は、淋しくないよ……パパがいるからね。白猫だった時は一緒に過ごす時間が少なかったけれど、今はパパのひざの上が私の特等席になっているの。
ママとの距離?最初だけだったよ……私の事がイヤじゃなくて、猫が怖かったんだって。今は私の爪をパチンパチンと切ってくれる……私、本当は爪切られるのが好きじゃないけど、ママがメガネをかけて私の肉球を押しながら一本一本丁寧に切ってくれるから、寝たフリして切らせてあげる……信じているから。
それと、私には毎日窓際にやってくる白猫の男の子のお友達ができたよ。白猫だけど野良猫さんだからグレーっぽく見えるし、毛づくろいも適当みたいでボサボサしている。窓のガラス越しだけど、外の世界や猫界の不思議話をしてくれて毎日が本当に楽しかった……。
それは、突然だった……パパが倒れて入院した。ママは、病院と家との往復で、どんどん疲れていった。私は、黙ってママに身体を押し付けることしかできなくて……悔しかった。
家の中にママと私だけの時間。ママは、お経をあげる時間が長くなった。きっとパパが早く良くなるようにって……私も同じように祈ったよ。人の願いも、猫の願いも同じだった。私は、私だけのお願い事もした……どうか願いを叶えてください……。
ママが病院に行ってる間に、お友達に相談して、お願い事を頼んだの。『出来るかどうか分からないけど、やってみるよ』と約束してくれた。私は嬉しくて有り難くって、深く頭を下げた。
何ヶ月か経ったある日、車のドアがバタンと閉まる音がしてブォーンと走り去る者……続けて二つのゆっくりした足音が聞こえてきた。私は玄関マットで丸くなったままで頭を上げてドアを見つめた……。
「ミイ、帰ってきたよ」
『おかえりなさい、待ちくたびれたよ』
待ちわびていた日が本当にやってきた……ありがとうございます……。
パパの寝室は二階にある。階段の下で立ち止まり、パパの寝室を目指す。ゆっくり、ゆっくりと着実に……その時の私はご飯や水も喉に入らずフラフラしていたからね。でも心は満たされていたの……願いが叶ったからかな……。
パパが家に戻ったから、私は安心したよ。ママはパパの事が大好きだから……1人だとさみしくて泣いちゃうんだ。だから、これからは、どうか身体に気をつけて。ずっと二人で仲良く幸せに暮らしていってね…………
神様なのか仏様なのか、私には分からない。だけど願い事を叶えてくれたように思うの。最期に私がいた証を残そうと言ってくれたのは……。
千紗の家の廊下には、いまだに消えない私の肉球の跡が1つ残っている。…………ミイだよ……私の命をバトンタッチ……受け取ってね……ありがとう…………。




