第二十八話 伝令
今朝は、鉛色の雲が低く垂れ込めていて、今にも大粒の雨が落ちてきそうだ。
昨夜もほとんど眠れなかった様子の千紗が、重そうな身体を引きずるように部屋から出てきた。
あれ以来、薄墨色の人型は見かけていない。そして、アオの姿も……。
いつもはインスタントで手軽に作るホットコーヒーをわざわざコーヒーメーカーでドリップするようだ。豆と水を分量通りにセットしスイッチ・オン。まもなくポタポタと褐色の雫がカップを満たしていく。湯気と共にコーヒーの豊かな香りが部屋中に広がった。
猫たちは、インスタントよりも強烈な香りを避けるように、窓際へと移動していった。少し開いた窓の網戸のすき間から湿気を含んだ風が時折カーテンを揺らしている。
窓際に行くと条件反射のように猫団子になって、それぞれの寝心地のよい場所に落ち着いたようだ。
『!!!』
『あっ!』
『ボス、あれ見て!』
ミドリたちが焦ったようにキズナを呼ぶ。窓の外には、灰色に見える痩せた一匹の猫が窓際に近づいて来るのが見えた。
『アオ!』
『ボス……』
アオは、落ち着かない様子で辺りをキョロキョロ見ながらガラス越しのキズナに話す。
『アオ、大丈夫か?』
『すみません、ボス。この辺りの縄張りは広くて、野良猫のボスが見つからなくて……』
『そんなのいいって。それよりも早く千紗に話して中に入れてもらえ』
『いいえ、せっかくのチャンスですから、もう少し探させてください。それと、ケンカっ早い野良猫と遭遇してしまって……いま逃げてる最中なんで……また来ます。待っててください』
キズナが次の返事をする前に、アオはそそくさと走り去ってしまった。呆気にとられた猫たちは、アオの夢をみたのではないかと思った程だ。
キズナとミイは、振り返って千紗を確認した。千紗は、淹れたてのコーヒーが熱すぎてフーフーするのが忙しいようで、アオには気づかなかったようだ。(千紗は猫舌なのにホットコーヒーが好きなんだよね)
『良かった、千紗はアオに気づかなかったみたいね』
『そうだな、アオの姿を見たら心を痛めるだろうな』
『それにしても、アオ痩せちゃってて大丈夫かな?』
『あぁ、多分大丈夫だ。アイツ野良猫だった時もあんな感じだったんだ。食べ物がなくて痩せてるんじゃなくてさ……何ていうか走り過ぎるだけなんだよ』
『そうなの?』
『そう、だからソレは気にしなくていいんだけどさ。縄張りが広いとかって言ってたのが気になるな……』
『そうね、やっぱり野良猫の数自体が減ってるのかしらね』
『だろうな……アオのやつ、無理しなきゃいいんだが……』
ポトリ、ボトリ……と大粒の雨粒が落ちてきた。風も出てきて窓ガラスに打ちつける。慌てた様子で窓を閉めるためにやって来る千紗の足音が近づいてきた……。




