第十二話 案ずる
春が近づいた寒いある日、千紗がベランダで洗濯物を干していると……垣根の陰で白いもかたまりが見えた。千紗は、目を閉じてその白いものに意識を飛ばしてみた。何の反応も返ってこない……『聞こえないのかな?』
その白い塊は、白猫だった。首輪をつけていないので野良猫かもしれないが、被毛が真っ白なので外飼いの飼い猫なのかもしれない。その白猫は、次の日もやってきた。
「あっ、猫ちゃんだ。かわいい……ねぇ、ママ見て〜」
「そうね、白猫さんだね……珍しいね」
娘の千夏は、小さな手で指差しながら嬉しそうに言った。千紗は、実家のミイの事や白い野良猫が毎日庭に訪れていたという話を思い出していた。あの子は、ずっと父を守ってくれていたんだと千紗は信じている。あの子は、きっと特別な力を持っていたのだろう。信心深い母といつも一緒にお経をあげていたっけ……帰りたいな……。
それから数日後の暖かい日、やわらかな日差しが差し込む窓の網戸を、カタカタと白い手で少しずつ器用に開けて白猫が入って来ようとしている。
『あらっ、お家を間違ってるわよ。ここは、あなたのお家じゃないのよ』
千紗は、慌てて窓に駆け寄った。野良猫なら、人の急な動きや言葉に驚いて即座に逃げるはず……が、その白猫は、動きを止めじっと千紗を見つめている。
『安全な場所を探しているの』
『もしかして野良猫なの?』
千紗に心の声で話すとその白猫は、ゆっくり歩きながら部屋に入ってきた。
「あっ、ここはペット禁止だから……家は無理なの。ごめんね、他を探してくれないかな」
焦った千紗は、思わず声に出して言ってしまった。……よかった、千夏が幼稚園に行っていて……動物と話すところを見られずに済んだ。
白猫は、千紗の困惑をよそに、かつて実家に居たミイとよく似た声で鳴いた。
「にゃーん」
猫は、みんな同じ鳴き声に聞こえるようで、実はそれぞれ声の強弱や高低、響き方に違いがある。
だからこそ、その一声で……千紗の頭にミイの面影を呼び起こし、幻聴のように響いたのだ。
『あなた、私を知っているの……?』
千紗が心で問いかけると、白猫はふっと目を細め、静かに心を返してきた。
『優しい匂いがするわ。あなたは昔も今も、目に見えないものを守ろうとするのね』
その言葉は、千紗が心の奥にしまっていた実家への思いに優しく触れた。この猫は、ただの野良猫ではないのかもしれない……。
千紗が、ぐるぐると考えを巡らせている間に、その白猫は押し入れの前に座り込んだ……お腹が大きいように見える。とにかく、幼稚園が終わるまでに、何とかしなければ……大変な事になる。この身重の猫ちゃんが、危険な目にあってしまうかもしれない……。私は、何も出来ない、無力だ……つらい……でも……。
『悩ませてごめんね、千紗。少々強引だけど、私たちは居座るからね……だって、多分もう少ししたらあなたの身に…………』




