第7章 週末の夜
第7章 週末の夜
時間になったので、リビングに行き一時間のPracticeを観る準備を始める。
陽菜も編集が終わったのか、リビングに出てきた。
「終わった?」
「はい、編集自分でやると疲れますね、今までは楽をしすぎていたんですね」
「慣れれば大丈夫だよ、お疲れ様頑張ったね、おいで褒めてあげる」
そう言うと陽菜は嬉しそうに敬純の横に座った。
敬純はそんな陽菜を抱きしめて頭を撫でてやる。
「始まったね、このプラクティスのタイムで、予選が有利になるか決まるんだよ、トップ10に入れば、最初から予選に出られる、でもそれ以外の人は予選の予選に行かないといけないんだ」
「あ、5番の人、ベスト10入ってますよ」
「うん、このまま行くと良いな」
「あれ、このトップの青い人、93番の人と同じ名字ですか?」
「ああ、この二人は兄弟、赤い方がお兄さん、そう言えば、Moto GPって日本ラウンドもあるんだけど、観に行った事無いの?」
「無いです、イベントで会って友達になった娘に誘われたんですけど事務所からダメって言われたので」
「そうか、僕は毎年観に言ってるんだ、今年は日本は9月だから一緒に行こうね」
「本当ですか? 嬉しいです」
「スケジュールが合えば、海外のレースも見に行こうか?」
「はい、あ、でも私パスポート持ってないです」
「そうか、じゃ今度取りに行かないとね」
それが嬉しかったのか、陽菜は敬純に抱きついてきた。
そんな感じでプラクティスを見て、金曜日のレース観戦は終了。
二人でベッドルームに行き就寝……にはならなかった。
陽菜は今夜も頑張る気らしい。
土曜日はジムに行って、その後陽菜はLive配信の準備。
事務所との件の報告と、引っ越しの事、R25を手放した事、代わりのバイクをオーダーした事を話すそうだ。そしてサービスカットとしてR25を水着で洗車している所を入れるそうだ。
違う意味で人気が出そうな気がするなと敬純は思った。
後は国産至上主義の視聴者がDucatiをオーダーしたと聞いてどんな反応をするのかも興味がある。
女性のモトブロガー達に陽菜の様に250ccのバイクが多いのは、男性の視聴者が女性が大型バイクに乗るのを好まないから、なんて話も聞いた事がある。
だから陽菜も事務所から貸与されていたバイクがR25だったと言う事らしい。
それと、一応自分との関係を匂わせる様な発言は控える様に言ってあるが、これはいつかバレてしまうだろうと敬純は思っている。
来月はバイク乗りに取って最悪な季節の梅雨が来る。今までは、バイクや車の整備で暇を潰していたが、陽菜と二人になった今その間をどうするか考えた、そして敬純は梅雨の無い北海道に二人でツーリングに行くのはどうかと考えた。北海道なら過去に何度か走っているし陽菜にも楽しめるはずだ。
神奈川からフェリーで北海道に行くには、大洗から苫小牧までの『サンフラワー』に乗る事になる、調べたら一部屋しか無いスイートルームが丁度空いていたので、行き帰り共に予約を入れておいた、7泊8日の長旅になるし、北海道は寒い所もあるので、陽菜用に『ヒートマスター ライトウェイ』シリーズで12V ヒートインナージャケットLT、パンツ、グローブ、トゥウォーマーと一式をオンラインで購入。これは敬純が冬のツーリングで使用している物と一緒だ。
それと、先日購入したツーリング用のラィングウェアは夏用なので、スリーシーズン用の『Ducati Strada C4』シリーズの上下をオーダー、これは店に在庫があるので、納車の時に受け取れば問題無いだろう、そんな訳で色々と準備をして、夕食の支度をしておく。
今夜は、『バターチキンカレー』と『自家製ドレッシングのシーザースサラダ』の予定だ。
米は日本の米では無く、鍋で茹でるジャスミン米になる。敬純はカレーにはこっちの方が会うと思っている。
夕食の仕込みが終わった頃にLiveの配信が始まった。書斎で見ていると、いきなり水着での洗車シーンから始まった。
コメント欄が一気にお祭り騒ぎになる。そして、それから画面が変わりLive映像になる。
「これからの事が色々と決まりましたので、報告したいと思います」
と陽菜は事務所を円満に退所した事から話し始めた。
途中で引越しのシーンや、R25の洗車シーン、事務所の地下駐車場でR25に別れを告げるシーン、
等が入り、その都度テロップと陽菜の解説が入る。引越しの理由も、今までのアパートは事務所名義なのでシェアハウスに住む事になったと解説していた。
視聴者からは、応援のメッセージが大量に書き込まれ、スパチャの金額も凄い事になっている。
そして、最後はDucatiの店での様子で、「さて、ここでクイズです、私はどんなバイクを選んだでしょうか?、納車されたら公開しますけど
それまでに、車種を当ててください、当たった方には『ゆかりん』ステッカーをお送りします、ではみなさまお元気でバイクライフを楽しんでください」
と言ってライブ配信を終えた。
陽菜によると、このステッカーは前の事務所が作り買取させられた物で、陽菜とは全然似ていない(と本人は思っている)アニメ風の少女のイラストで全く気に入っていないそうだ、なのでこれで手元の在庫分を全部片付けたいと思っているそうだ。
「うーん、やっぱりプロは違うね、僕もモトブログの作り方陽菜に教えてもらおうかな」
と敬純が今日の感想を言うと、陽菜は本当に嬉しそうな顔をして、
「はい、いつでもお手伝いします」
と言った。
正直に言うと自分のチャンネルはメリハリがあまり無く、技術系の蘊蓄が多いので詰まらないと自認していたからだ。かといって今更変なノリの良いキャラクターになるのは無理なので、編集でもう少し面白くなるなら良いかもしれない。
「辛くない、大丈夫?」
敬純のカレーはかなり辛口だ、なので心配して聞いて見たら
「辛いの大好きだからとっても美味しいです、それにこのライス、タイ米ですよね?でも全然臭くないしカレーにあって美味しいです……なんで黄色いんですか?」
「ジャスミン米、あタイ米の事ね、は炊飯器で炊くとあの臭みが出るの、だから鍋でパスタみたいに茹でると美味しいんだよ、黄色いのはサフラン、サフランライスはカレーと相性が凄く良いでしょ」
「はい、勉強になります」
「僕は、まともな和食はあまり得意じゃ無いんだけど、イタリアンとかエスニック系が得意なんだ、これからは和食は陽菜に任せるね」
「はい、任されました」
と陽菜はまた嬉そうな顔をする。
「ところで来月から梅雨になるでしょ、去年は梅雨は何をしていた?」
「あ、お店の案件とかが多かったですね、じゃんけん大会とかやらされました」
「そうか、じゃ今年は梅雨の6月は北海道にツーリング行こうか?」
「本当ですか、北海道、一度行って見たかったんです、行きます」
「取り敢えず、バイク納車されたら、慣らしを兼ねて近くにツーリング行こう、千葉の方とかどうかな?」
「はい、千葉フォルニア良い所ですよ、楽しみだなぁ」
そしてまたリビングでMotoGPの予選を鑑賞。
「23番の人、ダメみたいですね」
「うん、本当は速いんだけどどうも色々と噛み合っていないみたいだね、バイクやチームの相性とか有るからね、残念だ」
「これから、本当の予選なんですね」
「そう、ポールポジションと上位の12名のスターティンググリットが決まる、レースに勝つには最低でもここで9位までに入ら無いと難しくなるんだ」
「大変なんですね」
結果、YAMAHAのクアルタラロがポールポジション、アレックス・マルケスが二位、バニャイアが三位と言う事になる。
「あ、私のR25が青色だったのって、このバイクの色?」
「そうね、YAMAHAのチームカラーだからね、さてまた夜中まで編集の時間かな、今日は土曜日のスプリントレースがあるからね」
「それなんですか?」
「メインイベントは日曜日だけど、土曜日にも短い周回のレースがあるんだ、これも面白いんだよ」
「そうなんですね、私の方は、この間のツーリングの動画の編集が残っているだけですから、お手伝いしましょうか?」
「いや、大丈夫、僕はのんびりとやるから、12時にスタートだからね」
「はい、ではまた後で」
と二人で、敬純は書斎、陽菜はスタジオで別々に編集作業をする。
敬純は先ほどの陽菜のライブに付いたコメントをもう一度見てみた。
バイクについては『スクランブラーSixty2』『モンスタ−400』などの中型免許で乗れる物をあげている人が何人か居た、どちらも生産中止になっているので今は中古しか無い。そしてSuperSport 950を予想する人が結構多い、あとは色々だ。
引越し先のハウスシェアに拘っている人も居て、湘南地域の女性に人気のシェアハウスを何軒か予想している人も居る。
まぁとにかく批判的なコメントがほぼゼロと言うのはある意味すごいと思った。
ついでに陽菜の表のSNSも見ると、そちらも応援リプが多く、何でも相談に乗りますとか、中には横浜のタワマンに住んでるからおいでよ、なんて言うリプもあった。
陽菜の契約が無事に終了した事で、高村夫妻のチャンネルでは先日のツーリング動画を上げていて、『動画の最後に今回のコラボ相手を公表します』と言う見事な編集をしている。
「あれ?この娘誰?」
「もしかして『ゆかりん』?何で?」
「オッサンはいつもの『サバトラ』さんだよね」
「いや、マジで金眼美味そう」
「そこで飛ばすとまた捕まりますよ」
みたいなコメントが入っている。
『オッサンで悪かったな』と敬純は思いながら、鑑賞している。
この二人は走行中のインカムの会話が妙に面白いのだ、だから別名『夫婦漫才バイクブログ』と言われている。
「今日は一日曇りって言ってたよね、晴れてるじゃん」
「そりゃ都内の天気予報だからね、ここ伊豆」
みたいな感じだ。
そんな漫才を繰り広げならがら結構なペースで峠道を走っているのだ。公道では安全運転の敬純より
多分10km以上スピードが出ていると思う。
敬純は自分の編集を適当に切り上げた、明日にはテロップを入れてアップできるだろう。
時計を見るとスプリントレースの時間が近づいているので、リビングへ行ってまた鑑賞の用意。
陽菜はもう座っていて、昼間コンビニで購入したポテトチップとビールを用意している。
「ありがと、誰が勝つと思う?」
「うーん、あのYAMAHAの人、予選速かったから」
「そうか、僕はお兄さんだな」
「93の人ね」
結果は二人ともハズレ、73番のアレックスが二周目以降ずっと一位のままでゴールした、二位兄マルケス、三位が49番ファビオ・ディ・ジャンナントニオとDucatiの1-2-3だった。
「レース観るの面白いですね、明日もあるんですよね?」
「そう、明日が本番、周回も長いから面白い時は面白い」
「つまらない時もあるんですか?」
「うん、一周目から先頭に立ってそのまま何も無く最後までってのは結構詰まらないんだよね、競り合いがあってこそのレースだから」
「そっか、だから途中から真ん中辺の人達ばかり映っていたのか」
「うん、あの辺りの方が面白かったでしょ、さてお風呂入って寝ようか」
「はい」
敬純が洗い物をしている間に陽菜は風呂の用意をする。
そして、敬純にとっては久しぶりに、平和な土曜日の夜が終わった。
日曜日も二人でのんびりと過ごして、夜にまたレースを見て敬純はまた陽菜にベッドで襲われて
終了。
毎日では無く一日置きと言う事になったらしい。
そして月曜日、朝から敬純はスーツを着て、横浜に本社のある弟が会長をしている会社『渋川商会』に向かった、レースクイーンの件で頼み事をしようと思っていたら、旧知のマーケティング担当役員から先に頼み事がるから一度本社まで来て欲しいと言う連絡があったからだ。
役員室で話を聞くと、今輸入販売をしているドイツ製の自動車用カーボンホイールのプレミアム版としてGT-R用のホイールを限定生産したとの事で、7月に富士スピードウェーで行われるレースにこのホイールを装着した車を展示したい、それで敬純のGT-Rを借りたいと言う話だった。
「もちろん、傷一つ付けずにお返ししますし、レンタル費用もお支払いいたします」
と言う事なので、敬純は自分も7月に二輪のレースがあり、そこにレースアンバサダー(最近はレースクイーンをこう呼ぶ)を参加させたいと思っている」
と言うと役員は、それならそのブランドのキャンペーンガールを派遣します、と言ってきたので
敬純は、衣装だけ貸して欲しい、自分のレース用のバイクには、ブランドのステッカーを貼るから
と言う話しをして、それで取引が決定した。
GT-R、今海外で人気で、敬純と同じ限定モデルがヨーロッパで100万ユーロを超えているそうだ。
それでレンタル可能な車両を探した所、全部断られてそこで敬純の事を思い出したと言う事だった。
「しかし、カーボンにしてバネ下が10%近く軽くなるって事は、足回りの電子制御系を全部書き直さないとまともに走らなくなりますよ、そんな物売って大丈夫なんですか?」
敬純はGT-Rの電子制御系を自分で設計したので聞いてみた。
「まぁそれはチューニングショップの腕次第と言う事になりますね」
と役員は大人の笑顔を見せた。
自動車、まぁバイクもそうだが、アフターマーケットのパーツを取り付けると言う事は自己責任なのだ、オリジナルより性能が低下してもそれは誰のせいでも無いと言う事だろう。
まぁとにかく、イベント用に新調したキャンペーンガールの衣装一式(サイズは陽菜にメールで聞いた)とアンブレラそれにステッカーを大量に入手して帰宅した。
陽菜に見せるとさっそく着替えて
「敬純さん、これ似合いますか?」
と、アンブレラを開いて、一回りして見せてきた。サイズはピッタリだ。
「うん、すごい似合っている、本職より可愛いと思うよ、あ、そうだ髪の色、今は黒だけど、明るくしてみない?その方が衣装に映えると思うけど」
と言うと。
「そうですよね、私もずっと髪の色明るくしたいって言ってたんです、でも事務所が黒髪ストレートしかダメだって言うから……もう自分の好きにして良いんですよね、明日ヘアサロン行っても良いですか?」
「良いよ、行きつけの店があるなら送って行くから」
「はい、ありがとうございます、髪の色変えたらこれをまた着て、動画撮りたいです」
「そうだね、7月のレースが楽しみだ」




