第6章 散財
第6章 散財
次の日、敬純は朝一でDucatiの店にメールをして、今日の午前中に店に行く事を伝えておいた
店の方からは直ぐに、
「お待ちしております」
と言う返事がくる。
愛車のGT-Rに陽菜を乗せてDucatiのディーラーに向かう、幸い陽菜はヘルメットやジャケット等は案件の提供品を使用する以前に使っていた物を保管していたので、試乗程度なら問題ない。
Ducatiのディーラーは地元に近い茅ヶ崎にも店は有るのだが、今日はバイクの在庫の関係で少し遠い方の店に行く事になる。
敬純も過去に何台かここで購入しているので、店長はじめスタッフは顔馴染みだ。
「いらっしゃいませ渋川様、バイクの方試乗の準備はできています」
事前に伝えてあるので、Multistrada V2S TravelのDucati Redのバイクが既に磨かれて用意されていた。そして、その横に同じバイクで試乗用のStorm Greenのモデルも並べてある。
身長の低い日本人向けに最初からシート高の低い『ライダーローシート』と『ロー・サスペンション』を装備した物だ。
陽菜は身長は156cmで女性としては平均的だが、脚が長い体型だった、なので本国仕様の敬純のV4Sでも片足は届いているし家の周りを走らせてみたが全然問題無かった、ただやはりV4Sの方が重いので、取り回しには苦労する為に軽いV2Sをチョイスしてみたのだった。
「あの今の女性、もしかして?」
走り出した陽菜を見送っていたスタッフが聞いてきた。
「ああ、そうだよ僕よりずっと有名なモトブロガー『ゆかりん』さん、Ducatiが欲しいと言う相談を受けて色々とアドバイスしているんだ」
「そうですか、ありがとうございます、ちょっと失礼して店長と話しをしてきますね」
と担当のスタッフが店の中に走って行った。
彼女がここでバイクを買えば店の良い宣伝になるし、当然それを動画でアップして貰える事を期待しているのだろう。
10分程その辺りを走って戻ってきた陽菜は、ご機嫌だった。
「敬純さんのより軽くて走り易いです、楽しい!!」
と言う事なので、その場で赤い方を購入する事になる、必要なオプションやETCの取り付け、各種アダプターの取り付けも一緒に頼んで、動画配信用に陽菜が購入用の書類に記入してサインしている所を撮影していると、店長が満面の笑みでやって来た。
「渋川様、毎度ありがとうございます……」
お店の方も最近では宣伝の為に動画を上げている、なので『ゆかりん』さん来店と言う動画を撮りたいそうだ。
陽菜はどうしようと言う顔をして敬純の方を見ている。
「これからサービスとかでもお世話になるし、良いんじゃない?」
と彼女に言ってから店長には
「ちょっと内緒話をしよう」
と言って、店の端に移動した。
彼女が色々と手続きをしている振りの動画を店のスタッフが撮影をしている間に、敬純は店長に一つ依頼をした。
「Panigale V2S、 一台探して貰えないかな、でそれをサーキット専用にモデファイして欲しいんだけど」
「はい、とう言うことは登録もナンバーも要らないんですね、V4R何か問題でも?」
「それも『ゆかりん』さんのだよ、サーキット走りたいそうだ」
「わかりました、すぐに探します、あの」
「はいこれ手付金、あっちの分も合わせてこれで大丈夫だよね、残りは納車の時と言う事で」「はいもちろんです」
と店長は100万円の束を二個受け取った、そして領収書を2枚持ってきた、一枚はMultistradaの手付金、もう一枚はPanigale V2Sの分だ。
陽菜の所に戻ると、購入手続きは終わって、納車の際の説明を受けていた。
「こちらに来られますか、それとも配送いたしましょうか?」
「取りに来ます」
と陽菜は即答した、一日でも早く乗りたいのだろう。
「では、一週間ほどお時間をいただきます、納車準備が整いましたらご連絡いたします」
そしてついでに二人でアパレルコーナーを見ていると、敬純のと同じDucati Tour Summer C1の上下セットで女性用があった、陽菜は目ざとく見つけて
「敬純さん、これお揃いですよね、欲しいです」
と言う事で、サイズも問題なかったのでこれも購入。
パーキングに出てGT-Rに乗り込んだ所で、陽菜が
「あれ?私手付金とか、まだ払って無いです」
「ああ、僕が払っといたから大丈夫」
と敬純が言うと、陽菜はパッセンジャーシートから体を乗り出して抱きついて来た、そしてキスをしてくる
「こら、昼間からこんな所でダメ、誰かに見られたら困るでしょ」
と言うと
「え、見られても良いです、気にしません」
と返事が返ってきた、もう完全に清楚系アイドル路線は無かった事にしている様だ。
今日はもう二ヶ所行く所がある、それはここから車で30分位の世田谷にある『ダイネーゼ』の店だ。
ここにはAGVのヘルメットも置いてあり、敬純のレーシングスーツのエアバックのメインテナンスもここでやってもらっている。
店に入ると、顔馴染みのスタッフが挨拶をしてくる、
「渋川さん、いらっしゃいませ、あれスーツ預かってましたっけ?」
「いや預けて無いよ、今日は僕の用じゃなくて、こちらの女性の付き添い」
「あ、え?もしかして『ゆかりん』さんですか? 僕ファンなんです毎回配信見てます、この間のライブも見てました」
「こら、仕事しろ」
「あ、すみませんそれで今日は?」
「『ゆかりん』さんサーキット走りたいそうだ、だから安全な僕と同じスーツを欲しいって、後は説明しなくても良いよね」
「はい、採寸しますからこちらへどうぞ」
陽菜のスーツは『CW Misano 3 Perf.D-Air』と言う敬純と同じオーダメイドのライディングスーツになる。
色やデザインを選べるのだが、打ち合わせを終わった陽菜にどんなデザインにしたのか聞いたら
「敬純さんと同じにしてくださいって言いました」
と言っている。
担当のスタッフは
「『ゆかりん』さん、めちゃくちゃ渋川さんのファンみたいですね」
と苦笑いしている。
「あとヘルメットとかも買わないとね」
と敬純は、サーキット用とツーリング用のグローブやブーツ、それに敬純も使用して居るAGVのレース用ヘルメット『PISTA GP RR 017-PERFORMANTE CARBON/RED』とツーリング用の『SportModular Multi-Layer Carbon/Red/Blue』 のヘルメットも購入した。
スーツは普通は数週間かかるのだが、陽菜が動画配信で着る事で宣伝になるので特急で作ってくれる事になった。ここでも動画を色々撮って、陽菜が一人で色々と選んで居る様な絵が撮れた。
スタッフに見送られてGT-Rに荷物を積んで、店を後にした。
「あの店員さん、今頃少し落ち込んでいるんだろうなぁ」
「え、なんでですか、私何もしてませんよ」
『いや、完全に塩対応だったでしょ、ファンは大事にしないといけないね』
と敬純は心の中で言う。
そして今日の最後の場所に行く、藤沢にあるMINIのディーラーに陽菜の買い物用のクルマを見に行く事になる、小さい車が良いと言う事だったので敬純的にはMINIが最初の候補だった。
GT-Rを乗り付けると、若いセールスマンが飛び出して来た
「これ限定のR35型ですよね、凄いなぁ、中古でも4000万以上しますよ……あ、つい失礼いたしました
いらっしゃいませ、今日はどの様なお車をお探しですか」
車好きは話していて楽しい。
「ありがとう、今有る在庫を見せて欲しいかなと思ってね、乗るのは僕じゃ無くてこの娘だ」
「あ、お嬢様用なのですね、今女性に人気のモデルはこちらでございます」
そう言ってショールームに案内された。
お嬢様と言われて陽菜は少し不服そうな顔をしている、
「これ位の車なら運転できるでしょ?」
「あの私、小さい車ってスズキとかダイハツの軽のつもりだったんですけど」
「あ、そうだったの、軽はなぁ、僕も隣に乗るんだし、こっちの方が良くない?」
「もちろんです、嬉しいです」
と機嫌は直ぐに良くなった、そして数台紹介された中から、
「あの赤いのが可愛いですね」
と陽菜が指さしたのは『Mini Cooper JCW Convertible』だ
「ああ、あれ良いね、試乗車とかあるのかな?」
セールスマンに聞くと、このモデルの試乗車は無いが、グレードの低いConvertible Sの試乗車なら
有るそうだ、なので試乗をしてみた。
「久しぶりに車の運転するので、ちょっと怖いです」
と言いながらも、陽菜は軽快に試乗コースを走っていく、途中で屋根を開けると開放感が気持ち良い。
「どう?」
「はい、これが良いです」
と言う事なので、ショールームにあった赤いMiniを購入する事になった。
「今ならお得なフューチャーバリューローン……」
「現金一括払いで買うから、それは必要無いよ」
と言う事で、ディーラー在庫車なので、余計な事は一切無しでその場で契約、車庫証明や印鑑登録証明書の関係で、取り敢えず敬純の名義で購入する事になる。こちらは納車までには二週間ほど掛かると言う事
だ。
家に戻ってGT-Rのトランクから荷物を出して、陽菜の部屋に運ぶ。
「なんか、今日一日でとんでも無い金額を使わせちゃった気がするんですけど、本当に宜しいんですか?私調子に乗ってあれこれ買っていただいてしまって」
「そうだね、でも最初からこれ位は予定していた事だから、大丈夫だよ、ちゃんと身体で返して貰うから」
最後の部分は、軽い冗談のつもりだった、だから
「もう、寒いオヤジギャグはやめてください」
みたいな返事を期待していたのだが、陽菜は嬉しそうに
「はい、ちゃんと毎晩お支払いしますね」
と予想の斜め上の返事が返って来た。
「いや、今の冗談だから、ちゃんと突っ込んで欲しかった」
「え、そうなんですか、でも男子に二言無しですからね、大丈夫です元気が出るお食事を考えますから」
と恐ろしい事を言われた。
今日は夜にMoto GPのイギリス GPの金曜日の『Free Practice Nr. 1』のオンラインライブ中継がある、敬純は15年以上前からネットでMoto GPとSBKのレースや公式練習、予選をライブで観ている。英語の放送だが敬純は英語はそこそこ話せるので問題は無い。
リビングルームの95Vの大型液晶TVに書斎のMacProからAirPlayで繋げてあるので、オンラインのライブをリビングルームで見る事ができる。
「金曜日なのにレースがあるんですか?」
「今日は公式練習の日、これから見るのはその1回目……」
と色々と解説する。
「誰を応援しているですか、Ducatiの選手ですか?」
「うん、チームとしてはね、でも個人的には、ほらあの5番の選手と23番の選手かな」
と言う事でビールを片手に、45分のプラクティスを見る。
「これで、大体誰が勝ちそうかわかるんだけど、まぁ今回も多分93番のマルケスが優勝だろうね」
「赤いDucatiの人ですね、一人だけ速すぎませんか?」
「うん、彼はもう何度も世界チャンピオンになっているからね、今は反則級に速い」
と言っている側からマルケスがトップで終了した。
「これで終わりですか?」
「うん、次は深夜にもう一度プラクティスがある」
「じゃ、私、それまで編集作業してますね、明日のLiveで流す映像を仕上げないと」
「そうか、頑張ってね、編集終わったら見せてくれる?」
「えー恥ずかしいからダメです、明日のLiveを見てください」
そう言って陽菜はスタジオに消えた。
敬純も書斎に籠る事にした。
『悪いとは思うけど』
敬純は悪い意味で女性慣れしている、だからジジイの自分に20歳の陽菜が惚れている等とは最初から思っていない、それで彼女のPCには監視ツールソフトを入れてある。送られてきたログを確認すると、陽菜はSNSに非公開のアカウントがある事がわかった。
当然IDやパスワードなども分かってしまうので、その裏垢にアクセスする事が可能だ。
『さて、何を書いているのか』
と最近の書き込みを見てみると……敬純が陽菜に初めて遭った夜の書き込みを発見した。
『今日、バイクがパンクして困っていたら、オジサンに助けてもらった、でもどこかで見た事がある人で
ずっと悩んでいたら、昔母に見せてもらったお父さんの写真に似ている、お父さんって事は無いよね』
『視聴者の方から、オジサンの情報を貰った、モトブログやっているんだって、全部一気見してしまった
眠いけどタイヤ交換に行かないと』
『あり得ない、タイヤ屋さんにオジサンが居た、明るい所で見たら優しそうで渋い、お父さんだったら良いのに』
『オジサンとツーリング行く事になった、でも悲しい事にお父さんじゃ無かった、お母さんに確認したら
年が全然違った、オジサンの方がずっと歳上なんだ、そしてお父さんは最低の奴だった、辛い』
『ツーリング凄く楽しかった、最近事務所と上手く行かなくて困っていたから、同じ配信者のおばさんに色々と相談したら、オジサンなら助けてくれるって言ってくれた、それで帰りに二人きりでゆっくりと話そうと誘おうと思っていたら、先にオジサンから誘われて凄い旅館に泊まって、結ばれちゃった、嬉しいけど、遊ばれているだけかもしれないからなぁと思っていたら、家に住んでも良いよって言ってくれた、信じても良いのかな?』
『今日から、オジサンの家に引っ越した、オジサン昔からモテてたみたいだから、飽きられない様に頑張ろう!!』
『高見から、男は胃袋とベッドを掴めば大丈夫って言われた、料理は得意だけどベッドの方はあまり自信が無い、でも優しいし気持ち良いから相性は良いみたい、高見に言われたメイド作戦をしたら凄く喜んでくれた』
書き込みはここまでだった。高見と言うのはどうやら友達の事らしい。
『うん、見なければ良かった、これは少し重いかもしれない、だが責任はちゃんと取ろう』
この裏垢の感じだと、彼女は極度のファザコンの様で、多少メンヘラも入っているみたいだ、まぁその雰囲気はあると思ったが。敬純は元妻も含めて、何故か昔からそう言う系の娘にモテるので、対応は慣れた物だ。そんな訳で、敬純は陽菜の事を疑うのを止めて、大事に可愛がってあげようと思ったのだ。




