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第5章 新生活

第5章 新生活


 午前中は一緒にスーパーに行って食材を色々見たり家の近所の店を教えたりして、それから役所に言って住民票の移動とかをした。面倒な事に一度、藤沢の市役所に行き転出証明書を貰い、今度は葉山の町役場で転入届を出す事になる、色々と必要になるので、新しい住民票を何枚か発行してもらう様に陽菜には言っておいた。

 そして、その足で今度は、新しい住民票を持って葉山警察署に行き、運転免許の住所変更をしてもらう、これだけで午後の時間が殆ど潰れてしまった。


 そして帰宅して陽菜はライブ配信の準備にかかる、その間に敬純は夕食の下準備、今日は食材を一緒に買ったので、メインは陽菜の好きな魚料理になる。

下拵えと、仕込みを完成させて、時間になったので、敬純は陽菜のLiveの配信を自分の書斎で見ている。 陽菜は 

「突然ですが、二年間お世話になった事務所を辞めようと思います」

から初めて、事務所と自分の方向性の違いを訴えて視聴者に問いかける。

 視聴者からは好意的なコメントとスパチャが凄い勢いで入って来ている、そして陽菜から

「最悪の場合は、このチャンネルは閉鎖になり、新たなチャンネルを始める事になるかもしれません、

もしそうなった時にはどこかで発表する事になると思います、そうならない様にこれから事務所の方とお話をするので、皆様応援してくださいね」

と陽菜は涙を浮かべて話していた。

コメントの中には 『夫婦で雨にも負けず』からの応援のコメントとスパチャがあり、『疾走サバトラ』事敬純も同じ様にコメントしてスパチャをして置いた。


 Live配信が終わると、すぐに陽菜は事務所のマネージャと社長宛に真理子が作成した今週で切れる契約の更新を行わない旨の意思表示の公式の文書を送付し、併せて、今まで使用していたバイクやPCなどの支給品を返却しに行くと言う連絡のメールを送信した。

 どうやらマネージャもLiveを見ていた様で、すぐにスマホに連絡があり日程の調整をする事になった。

そして、真理子達と打ち合わせの結果、明後日の午後に事務所のある港区のオフィスビルへ出向く事になった、敬純は同行するわけには行かないが、都内と言う事で陽菜のバイクはバンでオフィス近くまで運ぶ事になる、バイク以外の機材や荷物は高村夫婦が車で一緒に運んでくれる事になる。

 帰りは高村夫妻が家まで送ってくれると言う事なのでそれもお願いした、当然だがこの二人の弁護士費用も敬純が出す事になるが、それも乗り掛かった船と思う事にしている。


 配信を見終わった敬純は夕食の用意を始めた、そもそも敬純の元妻はモデルの仕事が忙しく手が荒れたら困ると言う……と言う口実で……事で家事は殆どしていなかった、たまに以前の家で行っていた妻の友人を招いてのパーティの時だけは、主婦らしく料理をする様な人だった、だから普段の食事は仕事が終わった後に敬純が作って子供達に食べさせていたのだ。

 そんな訳で敬純は料理が得意だ、今夜の食事は初夏なので、『カプレーゼ』『キャビアの冷製パスタ』『スズキのカルパッチョ』に自家製の『蜜柑のジェラート』を出してみた。当然ワインはよく冷やした、イタリアのガルガーネガの白ワインだ。

 Live配信の後の作業を色々としている陽菜をスタジオまで呼びに行って

「陽菜ちゃん、食事の用意できたよ、おいで」

と言うと、色々あって泣いていたのだろう陽菜は赤い目をして部屋から出てきて敬純に抱きついてきた。

「頑張ったね偉かったよ」

そう言って、そのままお姫様抱っこをしてダイングまで運んで椅子に座らせた。

「えーこれ、渋川さんが作ったんですか?」

「そう、僕料理も得意なんだ、動画に何回かあげてたでしょ、食べてみて」

「はい、うわぁ美味しい……でもこの黒いの何ですか?」

「キャビア、食べた事無かった? 塩気が効いていて美味しいでしょ」

「はい、冷たいパスタと良く合いますね」

 理系の敬純にとって料理は科学だった、食材の組み合わせは足し算では無く掛け算だと思っている。

そして、人が美味しいと感じる組み合わせと言うのは普遍的な物と言うのが敬純の料理の哲学だ。

ただ、昔それを元妻に話したら鼻で笑われたが。


「明日は一日暇になったからジムに行こうね」

「はい、お願いします、あの」

「何?」

「敬純さんって呼んでも良いですか?」

「良いよ」

「私の事は陽菜って呼び捨てにしてください、ちゃん付けはやめて欲しいです」

「わかった、そうするよ」

「あのでも、もしかして『御主人様』って呼ばれたかったですか、メイドの格好とかして」

『え、なんでわかった?』

「いや、何で?」

「前にメイドサービスの話をされた時に、そんな気がしたんです、毎日は無理ですけど、たまになら良いですよ、でもちゃんとコスチューム買ってくださいね」

「あ、ああ、考えておくよ」

『この娘、心が読めるのかな?』

「それにしても美味しいですね、イタリアンかな、私サイゼしか行った事ないので本当に美味しいです、このワインも辛口だけど美味しいですね、私ももっとお料理の勉強します、だからあまり私の仕事取らないでください」

と陽菜はそう言った。

『そんなに頑張らなくても大丈夫なのに』

と敬純は心の中で呟く。 

そして食後にジェラートを出したら陽菜は子供の様な顔で喜んでいた。



 翌日は、また陽菜が作った朝食を一緒に食べて、メールのチェック等をしてから陽菜も一緒にジムに行く、大型のスポーツバイクをそれなりに走らせるには、結構な筋力が必要だ、もう歳の敬純の身体は何もしないと筋力は衰える一方だった、なので最低でも週三回の筋トレとその後のプロティン摂取が必要なのだ。陽菜は初めてのジムなので、女性のトレーナーに色々と教わっていた。

 ジムでたっぷりと汗を書いて、シャワー浴びて着替えてプロティンのドリンクを飲みながら陽菜を持っていると、さっぱりとした顔の陽菜が出てくる。

「久しぶりに運動して楽しかったです、あの帰りにドン・キホーテに寄っていただけますか?」

と言うので寄り道、敬純もちょっと見たいコーナーがあったので、別行動して一時間後に落ち合う事にした。


 家に帰って、汗まみれのトレーニングウェアとスポーツタオルを洗おうとすると陽菜に奪い取られた。

「私がしますって言ったじゃ無いですか」

と言う事だ、そして

「今夜の食事は私が作ります」

と宣言された。

 そんな訳で暇になった敬純は、書斎に籠って、色々と調べ物をしている。

陽菜のツーリング用のバイクを手配する為だ、すると

「御主人様、お茶をお持ちしました」

と陽菜が部屋に入ってきた。Macの画面から陽菜の方に目をやって敬純は驚いた。

「その格好……」

陽菜はメイド服、それもかなりセクシー系のコスチュームを着ているのだ。

「似合いますか?」

「うん、ちょっと夜まで待てない位似合っている」

「本当ですか、嬉しいです、でも夜までお預けです」

そう言って小悪魔の様な笑みを浮かべて陽菜は書斎から出て行った。


 敬純は妙な感じになってしまった気分を変える為に、

『あ、そうだバイク積んでおこう』

 そう思ってガレージに行くと、カーポートに留めてあるバンに陽奈のR25を積み込む。

そして考えた、ほんの数日前にツーリングに行った時の陽菜は化粧気も無く、清楚というか素朴な雰囲気の娘だった。

 だが、ここ数日の陽菜はナチュラルメイクで、清楚からむしろ奔放な感じのする娘になっている。多分、こちらの方が本当の陽菜なのだろう、それなら事務所が作り上げた『ゆかりん』と言うキャラを嫌がるのも分かる気がする。


 この日の夜は、『スペイン風サラダ』『ガスパチョ』に『海の幸のパエリア』と言う見事な料理が出てきた。そして陽菜はワインセラーから、敬純取って置きの『ペネデス マルヴァジア』を見つけて来て併せてくる。

「これ、スペインの友人から貰ったワインなんだ、飲む機会が無かったからそのままにしてたけど、良く見つけたね」

「はい、辛口のスペインワインで探したら丁度倉庫にありました、ラベルをスマホで撮るとどんなワインかすぐ分かるので便利ですよね」

『なるほどね、便利だな』

と思うが、実は陽菜はまだメイド服のままで、綺麗な胸の上半分がほぼ丸出しなのだ、陽菜の方を見ると

自然と胸の谷間に目が行ってしまうと言う状態だった。

「御主人様、そこばかり見たらダメですよ」

と陽菜は慣れた物だった。

「もしかして、専門学校の頃にしていたバイトってメイドカフェ?」

「はい、そうです、結構人気ありました」

と言う事だ、なるほどメイドカフェって言っても実質はホステスと変わらない、仕草も板についているわけだ。そして一番の問題は、敬純がそういう女性が大好きだと言う事だろう。元妻で痛い目に遭っているのに全然懲りていないのだ。

 そんな訳で、食事と目の保養を両方して、洗い物は敬純が引き受けて食洗機に入れる。

そして、残っている白ワインのボトルとグラスを持ってリビングルームへ、ソファに並んで座って……

遠い昔の元妻との新婚の頃の様に……そして、まぁそう言う結果になった。

『ああ、このペースはちょっと辛いかも』

なんて思って居ると

「お風呂一緒に入りませんか?お背中流します」

と誘われて当然、断る事はできない……まぁ温泉では一緒に露天風呂に入ってその時も背中を流して貰っているので今更なのだが……どうも完全に陽菜のペースに乗せられている敬純だった。


 翌日は高村夫妻が来て、返却する荷物を車に積んで、車二台で東京の港区まで、緊張して居るのか陽菜は車内では殆ど無言だった。そして『事務所』……六本木の高層ビルだった……の付近で陽菜のバイクを降ろして、高村夫妻に後を任せて敬純は帰宅。

 家に着いた頃に、メールがあって、無事に全て終わったとの事だった。

三人が戻ってきて、お祝いに鎌倉の和牛ステーキの店で祝勝会をした。敬純は勝利を確信していて、昨日の昼間から一番豪華なお一人様25000円と言うコースを四人分予約しておいたのだった。


 そんな訳で勝利の乾杯をしながら、今日の話を聞くと、事務所側は弁護士を用意していて、やはり契約を延長しないならチャンネルを閉鎖削除すると言う戦法で陽菜に契約を継続させようとしていた、だが陽菜が弁護士を二人も連れて来た事で作戦を変更して条件闘争に持ち込もうとしたとの事だ、そこで事務所の担当が

『そちらの弁護士さんは配信業界の事はご存知無いと思いますので……』

と話を有利に進めようとした所に、高村夫妻が自分達も配信者で『夫婦で雨にも負けず』をやっていると告げると、担当も弁護士も驚いた表情になり、その後はもう抵抗する気力は無くなった様で無事に円満に契約終了と言う形になったそうだ。

 そして地下のパーキングに停めたバイクの鍵とアパートの鍵、それに貸与された機材と案件の商品を全て返却して今日までの締め日からの配信収入を契約書通りの指定の手数料を引かれた物を貰って全て終了、ただそこで

『随分と手数料取るんですね、同業他社と比べてちょっと阿漕では無いですか?』

と雅俊が言った所、退所金と言う事で、かなりの金額が戻ってきたそうだ。

「本当にありがとうございます、これで自分の好きな様に配信ができます」

と陽菜は高村夫婦に頭を下げていた。

「それにしても陽菜ちゃん、この数日で随分綺麗になったわね」

と少しお酒の入った真理子が敬純の事をチラチラ見ながら言う、雅俊は今日は運転手なので可哀想だが烏龍茶だ。

「はい、ありがとうございます、敬純さんのおかげで色んな事が吹っ切れて、やっと自分に戻れた感じなんです」

と陽菜は言う。

「なんか悔しいな、敬純今日の請求書は高いぞ」

と酒も飲んでいないのに雅俊が絡んでくる。

「あれ、そんな事言って良いの? 7月のレース用のバイク整備してあげないよ」

と敬純が言うと、雅俊は

「あ、待て今のは冗談だ」

と言って真理子に白い目で見られている。

「7月のレースって何ですか?」

と陽菜が質問してきた

「僕たちジイさんでも出場できるバイクのレースが有るんだ、僕とこいつ毎年優勝を争っているんだよ、でもこいつは整備が出来ないから僕が面倒を見ているの」

「うー我ながら悔しい」

「なんか良いですね、私も勿論、見学させていただけるんですよね」

「当然よ陽菜ちゃんスタイル良いからレースクィーンで参加したら?」

「あ、それ良いですね、敬純さん、またドン・キホーテでコスチューム買いましょう」

「待て、またって何だよ、お前らコスプレプレイとかしてるの?それは許せん」

「あなた、そう言う店好きです物ね、そう言えばこの間スーツのポケットからチェキが出て来ましたよ」

「いや、それはクライアントに誘われて……」

 この店は目の前の鉄板でシェフが肉を焼いてくれるのだが、そのシェフが肩を震わせているのが分かる。絶対に夫婦の話が聞こえて笑いを堪えているのだろう。

  

 美味しい和牛を堪能して、ここで二人と別れて、敬純達はタクシーで自宅に戻った。

タクシーのシートで並んで座っていると陽菜が敬純の肩に頭を乗せて、手を繋いで指を絡めてくる。

 敬純は昔、当時の会社の同僚と行った横浜西口のキャバクラで仲良くなったの女の娘と同伴した時の事を何故か思い出した。

「さっきの話ね」

「はい敬純さん」

「本当にやってみる?レースクイーン」

「勿論です」

「じゃドンキのじゃ無くて本物の衣装を用意できるかもしれない」

「え? 本当ですか」

 敬純の弟の会社ではヨーロッパの自動車用品や部品の輸入もしている、その関係で四輪のレースではスポンサーをしていて、当然専属のレースクィーンが居る……ちなみに初代は敬純の元妻だが……その用品のステッカーをバイクに貼って宣伝すると言えば、マーケティング担当役員とは顔馴染みだし衣装位くれるだろうと敬純は思ったのだった。


 家に戻って、風呂に入って……当然の様に陽菜と一緒だ。

ベッドで一緒に寝る事もそうだが、風呂もこれからはずっと一緒に入る事になってしまった様だ。

まぁ楽しいから全然問題は無いのだが。


 懸案事項が片付いたので、明日は陽菜のツーリング用バイクを見に行く事にしよう。

ベッドの中で敬純はそんな事を考えていた。

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