第30章 年の瀬
第30章 年の瀬
チームのファクトリーになる建物のリフォーム工事が終わり、看板も取り付けられたので
敬純はチーム員と関係者を招待して、落成式を行うことにした。
バイクのガレージ件整備工場となる、以前のピット部分は鉄骨の骨組みをそのまま使っただけで全面的にリフォームされて、エアコン完備の広いスペースに、MotoGPのファクトリーチームも使用している、イタリア製のBetaの工具一式や、DUCATI専用工具、バイク用リフトが二台用意されて、コンプレッサーやその他の機器も整備されてファクトリーバイクを迎え入れる準備はほぼ終了している。ちなみに今は、敬純のV4Rと陽菜のV2S、R6の三台が置かれている状態で、設備で足りない物があれば、Menotti氏の指示を受けて揃える予定だ。
セールスのオフィスとショールームだったメインの建物は、ここも完全にリフォームされて、オフィスと応接室などになっている。ショールームだった時はガラス張りだった建物の前面と側面の壁は普通の壁に変えられている。
二階は以前はこの店のオーナーの住居スペースだったが、これも完全に作り直して、2LDKのアパートとして使える様になっている。泊まりがけで整備や作業をする必要になった時の宿泊施設とする予定だ。
またこのファクトリーの敷地全体は監視カメラを含む、24時間の最新のセキュリティシステムで守られていて、新設されたゲートや側面の壁を乗り越えようとするだけで、リアルタイムで警備会社に連絡が行き、大音量のサイレンと防犯ライトが点滅する様になっている。
当日は敬純の馴染みのイタリアンレストランにケータリングを頼み、賑やかに落成式が行われた。
一応招待された雅俊は、パーキングに置いてある、納車されたばかり赤いAUDI RS Q8を見て、
「ふーん、これ俺のPorscheの量産型だろ?量産型が赤いのっておかしく無い?」
と言う子供の様なコメントをしている。
そして、このイベントの配信が陽菜の新しいチャンネルの最初の動画になった、100万人を超えていた登録者は一時は70万人程に減ってしまったが、その後新規の登録者も増えて、今は少しずつ回復している様だ。
敬純にとって陽菜と過ごす始めてのクリスマスになるが、鈴鹿サーキットのライセンス講習会が12月26日なので、前日のクリスマス当日25日にはバイクを二台積んで鈴鹿に行く事になる。
「全く、なんでこんな日に講習会を設定したんだ、リア充への嫌味かな?」
と敬純は思っている。
クリスマスに何をするか悩んだ結果、敬純はイブには陽菜と初めての夜を過ごした熱海の温泉旅館で過ごす事にした。のんびりと二人で室内の露天風呂に浸かって、豪華な食事を食べて。
まぁなんと言うか全くクリスマスらしく無いイブを過ごす事になる。
ただ、クリスマスイブと言う事で、宿からイチゴのショートケーキとスパークリング日本酒がプレゼントされた事で少しだけクリスマスらしくなったかもしれない。
陽菜へのクリスマスプレゼントは、来年用のレーシングスーツ一式とヘルメットで、スポンサーロゴの入ったプロと同じデザインのスーツにオリジナルカラーカラーのヘルメットになっている。
旅館でこれが入ったキャリングケースを渡された陽菜は、思い切り喜んでいた。
その表情は遠い昔に元妻が、散々ねだった挙句に、半ば無理矢理にプレゼントさせられた『Kelly bag』を手にした時の数十倍嬉しそうだった。
陽菜から敬純へのプレゼントは、もうかなり使い込んで少し傷んでいたツーリング用のグローブと同じ『Strada C4グローブ』だった。
「結構傷んでいたけど、いつ気が付いた?」
「長野の時です、なんかほつれてましたよね」
「ありがとう」
元妻からは毎年クリスマスのプレゼントに高価なブランド品をタカられていたが、敬純が貰うのは毎年ハンカチだった、だから敬純は涙が出る位嬉しかったのは内緒だ。
「あの敬純さん、お願いと言うか許していただきたい事があるんですけど、よろしいですか?」
「何かな?」
「先日、私の口座を確認したら、いつの間にか残高が二億円を超えていたんです」
「そうか、良かったね」
「それで、そのお金で母にマンションを買ってあげたいと思うのですが……ダメですか?」
「それは僕のお金じゃなくて陽菜のお金だから、好きな様に使って構わないよ、銚子ってマンンション幾ら位するのかな?」
「ちょっと調べてみたんですけど、新築のワンルームって全然無いんです」
「ああ、そうか確か銚子って今人口が激減しているからね、マンションとかもう建てないのかも知れないね、お母さんは地元から引っ越す気は無いんだよね?」
「はい、ずっとやっているスナックは死ぬまで続けるって言ってましたから」
「そうか、一軒家だと管理が面倒だしね、まぁ焦らずにゆっくりと探せば良いんじゃ無いかな」
「はい、ありがとうございます」
敬純としては陽菜が自分で稼いだお金と+それを元手に翔が投資で増やしたお金なので、陽菜が自分の為に使って欲しいとは思うが、物欲が極端に無い陽菜なので好きにさせる事にした。
敬純の子供達からは、メリクリスマス&ハッピーニューイヤーのメッセージが来ただけだが、もう毎年の事なので、慣れているのでそんな物だ。
25日には葉山に戻って、スプリンターにV4RとR6を積んで、一路鈴鹿に、年末だがそれ程渋滞している所も無く途中の休憩を入れて6時間程で、鈴鹿に到着して今日の宿『鈴鹿サーキットホテル』にチェックイン、部屋はいたって普通の部屋だ。
ここにも一応大浴場(温泉SPA)があるので、のんびりと浸かって夕食を食べて就寝。
翌日は朝から受付を済ませて、講義を受ける、今回の講師は敬純も遠い昔にレースで競った事がある
宮城選手で、朝、敬純を見つけると
「あれ?渋川さん、ファクトリーチームの監督が何してるんですか、何かの冗談ですか?」
と言ってきた。
「僕の鈴鹿のライセンス30年前に切れてるし、妻が来年ST600で走るから、一緒にライセンス取り直そうと思ってね」
と言うと、
「奥さんってあの動画配信で話題の?筑波のクラブマンで優勝した?」
と言う、敬純は彼が動画配信を見ている事に驚いたが、彼の方は敬純の隣の陽菜の実物を改めて見て、その若さに驚愕している様だ。
陽菜が
「よろしくお願いします」
と頭を下げる。
「そう言う訳だから、お手柔らかにね」
と敬純が言うと
「まぁ、なんと言うか……講義で寝ちゃダメですよ」
と苦笑しながら言われた。
彼の顔に『若い嫁さん貰いやがってこの野郎』と書いてある様な気がした。
実技走行の時には敬純は陽菜に
「このサーキットは設計が古くて色々と危ないから、転倒やコースアウトだけはしない様に、ゆっくり目で走って」
とだけ指示をしておいた。
敬純としては、ST600クラスのスピードならまだそれ程危険が無いが、JSB1000以上のクラスは本当に危ないと思っている、今年の耐久レースの公式練習でHondaファクトリーのルカ・マリーニ選手が大怪我を負ったのもその良い例だと思う。
実際世界の二輪レースを統括するFIMは鈴鹿サーキットのエスケープゾーンの狭さから、グレードA認定を取り消しているし、MotoGP屈指のライダーである『Valentino Rossi』は『もう二度と鈴鹿で走らない』と公言しているのだ。
そんな訳で走行を終えて、二人とも無事に合格して鈴鹿のライセンスを発行してもらった。敬純にとっては、鈴鹿は昔レースで優勝して当時のレースクインだった元妻と付き合うきっかけになったり、雅俊とデットヒートの末に負けたり、まぁ色々と思い出の有るサーキットだった。
来年は監督業としてもそうだが、レーサーとしてもう一度ここを走ってみるつもりで、敬純の時代とは
色々とレイアウト変更がされているコースを覚えるつもりで無理をせずに走った。
講習が全部終わりバイクを積んで、帰り支度をしていると、先程の宮城選手がやってきて
「渋川さん、まさか来年自分で8耐走るとか思って無いですよね?」
と聞いてくる。
「さぁどうだろうな、来年は何戦か全日本を走ってみるつもりだから、その結果次第かな、もし出場する事になったらよろしく」
と言って、スプリンターに乗り込む、葉山に着いたら夜中になっているだろう。
今年もあと数日、敬純は大晦日と新年は伊豆の別荘で過ごす予定にしていて、既に食材の用意は終わっている、そして、三が日が明けたら鎌倉の鶴岡八幡宮へ初詣をして、その後はオフロードバイクでのトレーニングを始めるつもりでいる。
今年見事な復活で七度目の世界タイトルを獲得した『Marc Márquez』や『Valentino Rossi』も
オフロードマシンを使ったトレーニングが『マシンコントロールの深化』と『ライディングスキルの総合的な向上』に役に立つとし、オフロードでの経験が、ロードレースのコーナリング、ブレーキング、加速のすべてに良い影響を与えるとしてトレーニングに励んでいた。
特にMárquezの驚異的な転倒回避、立て直しの能力はこのオフロードトレーニングの賜物だと言える。だがそのMárquezでさえ大怪我を負う程の転倒を引き起こしたのは、当時のHONDAのバイクの電子制御システムに致命的な欠陥があったからだと敬純は思っている。
来年は1月12日には陽菜の成人式があり、2月5日には鶴岡八幡宮での結婚式、その頃までには26年型のファクトリマシーンが到着している頃なので、忙しくなりそうだ。
そしてレースシーズンの開幕はJSB1000クラスはモテギでのPRE-TEST "Round ZEROが3月25日と26日の二日間でスタートになり、陽菜のST600クラスの筑波での地方選手権は例年通りなら3月の初めになるだろう。
陽菜にはそれまでに、アメリカでスポーツ医学を学んだ敬純の専門のトレーナーの指導で、基礎体力のアップとレースに必要な筋力アップも含めたトレーニングをオフロードバイクでのトレーニングを一緒にさせるつもりだ。それが陽菜の天性のセンスと合わされば、好結果に繋がる事は明白だと敬純は思っているし本人も今年以上にやる気になっていて、早くステップアップをしたいと言っている。陽菜の来年の目標は何人か居る同じST600クラスに出場している女性ライダー達の中でトップになる事だそうなので、敬純は全面的に応援するつもりでいる。
伊豆の別荘の岩風呂に陽菜と一緒に浸かりながら、沈む夕日を見ながら敬純は今年の事を振り返っている。
「あの時、陽菜がガストのパーキングに居なかったら、こういう関係には絶対にならなかったね」
「そうですね、知り合うキッカケなんて絶対に無かったですから」
「この間ツールBOXを整理していたら、あの時陽菜のバイクに刺さっていた釘がまだ入っていたよ」
「え、それどうしたんですか?」
「リビングの優勝カップの中に入っている」
「なんでカップの中に?」
「なんだろうね、僕にとっては陽菜が人生の優勝カップみたいな物だからかな」
「なんかそれ凄い嬉しいです」
「でも本当に短い間に色々あったね」
「なんか毎日がとっても楽しくて、あっという間でした、でも本当に私のせいで凄いお金を使わせてしまった様で大丈夫なんですか?」
「うん、まぁバイクに車に、ツーリングやイタリア旅行って感じで、僕が一人でいた時の三倍位にはなったかな、でもそれだけ使っても、僕の資産は今年も増えているんだ、この別荘もそうだしね、だから全然心配いらないよ」
「そうなんですね、安心しました、私配信収入が減ってしまったので……」
「それは気にしなくて大丈夫、ああ、そうだ陽菜のおかげで僕の登録者が劇的に増えてね、なんと銀の盾が貰える事になったんだ、これは僕も驚いたよ」
「本当ですか、おめでとうございます」
「ありがと、これからも僕のチャンネルは陽菜に任せるね」
「はい、任されました」
実は、ここ数ヶ月は敬純は自分のチャンネルの編集を全くやっていない、全て陽菜に任せてしまっているのだった。その結果と陽菜との関係の事もあり、登録者が10000人を超えたのだ。
「明日は今年の走り納めになるかな、天気が良いといいね、伊豆は海沿いを走れば暖かいから美味しい海の幸の店でも探しながら走ろう」
「はい、楽しみです」
伊豆は観光地なので、31日でも昼間は開いている店も多い、地場の魚市場は31日まで開いているので、なんとかなるのではと敬純は思っている。
この夜は、敬純は頑張り、陽菜はトビウオになった。
翌朝は持参した食材で陽菜が得意の和食の朝食を作り、気温が上がった10時頃に別荘を出て、二台の
Streetfighter V4 SP2で136号で下田を抜けて海岸線の135号で熱川温泉まで走る、朝ネットで調べて開いている『伊豆の味処 錦』でランチ、年末のスペシャルメニューの丼物を食べて満足して、帰路は河津から、414号経由15号で松崎町、ここで食材を買って、思い出の『雲見温泉』を回って帰宅。
これで今年のバイクの乗り納めになった。
敬純は陽菜と二台のバイクを洗車して、ガレージに仕舞い、今年最後の料理の仕込みに入る、陽菜の好みに合わせた、『金目鯛のアクアパッツア』をメインディッシュに年越し蕎麦の代わりの魚介のパスタ『ペスカトーレ』が大晦日の夕食のメニューとなった。
二人でよく冷えた白ワインと共に夕食を食べて、また岩風呂に入って。陽菜も敬純も普段はTVは見ないが、今夜だけは一緒にNHKの年越し番組『ゆく年くる年』を見ながら新年を迎えた。
「敬純さん、あけましておめでとうございます、本年もよろしくお願いいたします」
と陽菜はソファーから降りて、正座で新年の挨拶、敬純は
「おめでとう、今年もよろしく」
と言って陽菜を抱き抱えてベッドに運び、そのまま敬純と陽菜の新年姫始めの儀式になった。
第一部完結です。
お話の中の時間が現在に追いついたので、ここでしばらくお休みです。
再会は来年26年の秋頃かなぁ。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。




