第27章 選考会
第27章 選考会
葉山に戻った敬純は、陽菜を連れて東京の銀座まで行き、『和光』でウェディングリングを選ぶ事になる、陽菜の希望したのはシンプルで品の良いデザインだったので敬純は、陽菜を選んで良かったと改めて満足をした。
鶴岡八幡宮での神前式の方は、早くても三ヶ月先と言う事なので、来年の2月に予約を入れて、準備をする事になり、今月、23日が大安なのでその日に婚姻届を提出する事になった。
証人欄は高村夫妻に頼む事になり、二人とも一応
『おめでとう』とは言ってくれた。
免許証やパスポート、その他の書類や保険、各種ライセンスの名義変更手続きを陽菜は頑張って全部
やり終えた。
入籍した事をグループチャットで二人の息子に伝えると
「おめでと、そうなると思ったよ、でも『お母さん』と呼ぶのは無理だ」
と長男、
「あれ、まだだったんだ、てっきりもう結婚していたのかと思った、まぁおめでとう、お祝いにテキサスの牛肉を送るよ」
と次男。とっくに独立している男の子供の反応なんてそんな物だ。
そしていよいよ事前に告知をした様に、敬純のチームのライダーを決める選考会を富士スピードウェイを貸し切って行われる事になる。
前日にサーキットホテルに泊まった参加者達四人は、11時にコースの5番ピット前に貸与されたレーシングスーツ姿で勢揃いしている。
審査員と言うかゲストとして、DUCATI JAPANの社長、広報部長も見守る中、敬純は四人に挨拶をする。
「おはようございます、今日は良い天気で良かったですね、さて事前にお知らせしたとおり、これから
一時間、皆さんにはこの市販車のV4Rでサーキットを走っていただきます、トランスポンダーは搭載してありますので、タイムは自動的に計測されます、このマシンでできる限り速く、しかも同じペースで周回をしてもらう、と言うのがテストになります、それと本日は僕と、この高村雅俊の二人がサーキット仕様のV4Rで一緒に走ります、抜いても構わないし、後ろをついてきても構いませんので、特に気にせず走ってください、20周で給油の為にピットインのサインが出ますので見落とさない様にお願いします。
なお、バイクの方は全て試乗車で、同じコンディションだと思いますが、誰がどのバイクに乗るかは籤引きとなります、途中で不具合があった場合はピットに帰還してください、予備のバイクに乗り換えてもらいますので。では無理をしないで事故の無い様にお願いします、質問はありますか?」
誰からも手は上がらない、なので籤引きに入り
1号車 岡本選手 26歳 JSB1000 apriliaで参戦中
2号車 井川選手 23歳 ST1000 Yamahaで参戦中
3号車 吉田選手 22歳 ST1000 apriliaで参戦中
4号車 杉原選手 25歳 JSB1000 Hondaで参戦中
と言う結果になった。
敬純が雅俊と一緒に彼らと走るのは理由がある、
同じ、1'46"秒で走るのでも、限界まで攻めて46秒なのか、余力を持って走って46秒なのかで評価は全く違って来る、当然後者の方が伸び代がまだあるので、優れていると言う事になる。
そして全員が普段レースで乗っているマシンとは違うと言う事は、誰が最初にマシンに適応してタイムアタックに入れるかと言う事も大事なポイントになる。
まぁその他色々な事を考慮して、ライダーを選ぶ事になる。
陽菜は、例のレースアンバサダーの衣装を着て、この選考会の様子を実況中継の録画を撮影して、Ducati Japanの公式サイトと、新たに立ち上げたチームの公式サイトで配信する事になっている。
参加者達は現在所属するチームやメーカーとの兼ね合いもあるので、全員が貸与された装備一式なので、素性が明らかになる事は無いが、分かる人なら走行フォームなどで分かってしまうかもしれない、陽菜の四人にインタビュー動画も音声を変えたりする工夫をするそうだ。
一時間の走行が終わり転倒者も無く無事に終了した。ベストタイムは1号車岡本選手の1'49"02
V4Rとはいえ完全ノーマルでノーマルタイヤでのこのタイムは立派だ。
他の三人も、コンマ何秒差でしかないのは流石だと思う。
「みんなご苦労様でした、今日の結果を元に最終選考を行なって、結果は11月に発表する事になります、今週末の鈴鹿の最終戦、みんな頑張ってください」
と言う事で、全員に今回の参加費用と言う事でチームから一人10万円が渡されて解散となった。
「もう決めたんだろ」
と雅俊が絡んできた
「お前はどう思う?」
「4号車、3号車のどちらかだな、4号車は最初にタイムアタックに入り、その後は安定して周回している、多分まだ85%位のペースだろう、3号車は、適応に一周余計にかかったが、今日ベスト2のタイム、しかも全力では無い、年も若いし俺なら3号車の奴を選ぶ」
「見事なご見識だ、俺も同じ考えだけどな、まぁ即戦力と言う事も考えると4号車だろうな」
「しかし、もっと応募者が居ると思ったけど、こんな物なのか?」
「まぁね、国産メーカーの縛りがキツいからね、それと書類選考の時点で30代以上は全員落としているから」
「そうか、そういう事か、あ、俺のギャラは?」
「いつもの口座に振り込んでおくけど?」
「いやそれじゃ女房にバレる、現金でくれ」
「お前ねぇ……」
敬純は雅俊に今日のギャラ50万円を手渡した、雅俊は相撲取りの様な仕草でそれを受け取って、自分のバンに向かい帰り支度を始めた。
そこにDUCATI Japanの社長が帰りの挨拶に来たので敬純は聞いてみた。
「今日はお疲れ様でした、どう思われましたか?」
「みんな素晴らしいですね、私としては全員にV4Rでレースに出て欲しいと思いました、選考結果を楽しみにしています」
と言う模範解答で、社長と広報部長は帰って行った。
「渋川さん、本社の方から例の件で回答がありました、ダッリーニャさんが直接返事をすると言う事なので、多分今頃はメールが届いているかと思います、確認してください」
との事だ。
富士から帰った、敬純は早速メールの確認をすると、
……日本からの資料を見て大変驚いた、私は君を低く評価していた様だ、この短期間でこれだけのスポンサーを集めて、レース参戦の準備ができるとは、しかもこの内容ならSBKに参加して欲しい位だ、これなら安心してファクトリーマシンを託す事ができるので、一台は貸与、一台は買取と言う形で26年型を二台、スペアマシン分のパーツも付けて送る事にする、費用は百万€になるが、それ以上の価値はあると思っている、それと日本にファクトリーマシンが三台と言う事になるので、Ducati Japanに出向と言う形で、SBK開発チームのエンジニアを一人派遣する事に決めた。君とは面識がある様なので本人も一緒に仕事ができる事を楽しみにしていると言っている、来シーズンの健闘を祈る。
PS. それと君自身がレースで使用する市販型バイクとの事なので、合わせて新型のV4Rサーキット仕様を一台一緒に贈る事にした、これは君個人への私からのボーナスだと思って楽しんでくれ。
と言う返事が来ていた。翻訳アプリで読んだので、微妙な間違いはあるかもしれないが、大意はあっているだろう、このメールはCCでDucati Japanの関係部署全員に送られていたので、直ぐに敬純の担当者から連絡が来た。
「凄い話になりましたね、契約書を締結しないといけないので、また横浜までご足労いただけると助かります」
と二台目のワークスマシン確保も確定したので、敬純はメカニックとチームスタッフの募集をする事にした、メカニックは二台分10名と言う事になる。
ただ、レースウィークのみの仕事となるので、兼業可と言う条件で、Ducati Japanの求人ページと自分のチャンネル、チームの公式チャンネルに掲載する事にした。
だがこの事が、ちょっとしたトラブルになってしまった。
神奈川近郊のディーラーのメカニック達からの問いあわせが殺到し、更にスタッフを引き抜かれる心配をしたディーラーの経営者や責任者からの苦情がDucati Japanに入ったからだ。
そして敬純は横浜のDucati Japanの本社で、近郊のディーラー達と面談をする事になった。
「優秀なスタッフを引き抜かれては困ります、うちは彼らに本社の研修に参加させたり色々とコストをかけているんです」
「ただでさえ、人手不足なので、勘弁してください」
と言った感じで、敬純とは顔馴染みの店長もその中には居る。
「いや、一応僕の方ではレースウィークだけと言う事になるので、今の仕事を続けた上での応募と言うつもりだったんですが、困りましたね、メカニックに当てる予算はそれ程多く無いんです、だから今の仕事を辞めてまでと言うのは、こちらも困惑しています」
来年の暫定カレンダーの予定ではJSB1000クラスのレースは4月の開幕戦から10月の最終戦まで6回しか無いし7月は代わりに鈴鹿の8耐があるが、それでも、このレベルではフルタイムの雇用は無理なのだ。
そんな訳で話合いの結果、各ディーラー所属のメカニックをチームで雇用する場合は、ディーラーに対して当該レースの日の休業保証をすると言う事で話はまとまり、その金額も常識の範囲で収まった。
まだ文句を言うディーラーの経営者も居るが、本音はメカニックを低賃金で雇用し続けたいと言う事なのは敬純には分かっている、長年自動車業界に居たのでディーラーのメカニック達の現状は良く知っているしそれは四輪、二輪ともに同じだからだ。
「渋川さん、近々お時間を頂いてもよろしいですか?」
ミーティングが終わると、旧知の店長二人が声をかけてきた、この二人は別の系列のディーラーの店長で敬純はどちらの店とも付き合いがあり良好な関係だった。
「何、二人揃ってって事?、今の話の続きがあるのかな?」
結局後日、両方の店で個別に打ち合わせをした結果、二台のバイク一台ずつに、この二社がスポンサーとなり、メカニックを五人ずつ提供すると言う話がまとまった。
もちろん店のイベントなどでは、そのマシンを展示したりすると言う事になる。
メカニックの問題とは別に、この日はマシンの納品時期やその他の件の打ち合わせが引き続き行われる事になり、ここで初めて敬純は公式に現在DucatiのワークスマシンをJSB1000クラスで走らせていた『チームカメヤマ』の亀山会長と水神選手と会うことになった。
亀山会長は同じ神奈川の出身だが、敬純の四歳後輩になり、彼が全日本にデビューした時には敬純はすでに引退していたので面識は無い。そんな彼だが、最初は敵意が丸出しだった。
「渋川さんは本社のテクニカルアドバイザーと言う肩書きをお持ちですよね、つまり来年は我々を監督する立場と言う事になるのですか?、我々としては二年間の実績があり、2024年は三位、今年は二位です
鈴鹿8耐でも、去年は四位、まぁ今年は残念な結果になってしまいましたが」
「水神選手の実績は、本社のダッリーニャ氏もちゃんと評価していますよ、僕は直接話をしていますから、それで来年からワークスマシンの参加を増やすと言うのはダッリーニャ氏の強い意向です、もちろん鈴鹿耐久も踏まえての事です、僕としてはデータの共有、解析と言う事で亀谷さんのチームとも一緒に戦って行きたいと思っているんですが、MotoGPでもサテライトチームの無かったYAMAHAやSUSUKIがデーター収集に苦労していた事はご存知でしょう?今の時代のレースはデータの解析力と応用力が大事になっています、その面で僕は水神選手にも協力できると思っています、もちろん別のチームですからチームオーダーなどと言う無粋な真似はしませんので、その心配はなさらないでください」
と敬純が言うと、亀山会長も水神選手も納得をした様だ、一台で戦うのと三台で戦うのでは使用できるデーターが比較できない程多くなると言う事は二人とも熟知している。
「そういう事でしたら、喜んで協力させていただきます、大変失礼いたしました、これからはよろしくお願いしたします」
と亀谷も頭を下げたので、敬純は二人と握手して会談は終わった。
「そう言えば、もうライダーは決められたのですが、選考会があったと伺いましたが」
「ええ、近々発表する予定です、ではこれで」
そしてDucati Japanとの話になる。
「出向されるエンジニアはどなたですか?」
『「Federico Menotti」さんですね、SBK開発チームの総合エンジニアで専門はエンジンだそうです」
『ああ、あの人か』
と敬純は納得した40代前半の温厚な感じの人で、敬純とはエンジン制御系の話をした記憶がある。
「それで、あの大変心苦しいのですが、これ契約書と請求書なんですが、本当によろしいのですか?、レートは今日のレートで計算しています」
100万€は約1億8千万円で消費税を入れると約2億と言う事になり、当然Ducati Japanで販売するバイクの最高値になる。
「大丈夫ですよ、確認ですが買取の方のマシンは返却しなくても良いのですね」
「はい、もちろんです」
敬純は契約書にサインして、オンラインアプリで直ぐに送金を完了して、領収書をオンラインで受け取った、オンラインで受け取れば、収入印紙と言う隠れた税金を節約できるからだ。
「二人の選手の発表会に、チームのカラーリングをしたバイクを置きたいんですが、一台は僕のを使うとして、もう一台なんとかなりますか、これCGですがデザインです」
「これはシンプルで綺麗ですね、サーキット仕様のV4Rは社内には無いですが、ディーラーに当たってみます……あ、高村雅俊選手はご友人では?」
「ああ、あいつには最初に声をかけたんですが、断わられらました、ウチのチームのカラーリングにするなんて絶対嫌だって」
「お二人は仲が良いのか悪いのかわかりませんね、あ、これは本来喋ったらダメなんですが、高村選手からも新型のオーダー入ってますよ、渋川さんのと同じ便で到着予定です」
「あいつ、本当に僕に負けたく無いんですよ」
と敬純は苦笑した。
敬純の今のバイクは、クラブマンレースの最終戦が終わったら、売却するか陽菜の練習用にするかまだ決めてはいないが、最後のお役目として、カウリングだけをラッピングして発表会で使用する事になっている、先ほど担当に見せたCGのデザインは、全体はDUCATIの赤、それにカウリングの真ん中に白字に金の『ASX』のロゴ……これはF1と同じになる……カウリングの下部には、次男翼の会社、『AI Tex』のロゴが白く入る、カウリングの上部には、例のカーボンホイールの会社『KaiserCarbon』のロゴと言う事になる。その他には、DUCATI指定のサプライヤーのロゴや、タイヤメーカーのロゴが各所に入る感じだ。




