第23章 モテギ
第23章 モテギ
今夜のお食事はホテルの中にある『割烹瑞兆』個室を三名で予約して料理は『プレミアムおまかせコース』と言うのを頼んでおいた。
店のルールで完全入替制と言う事なので、六時からの回になっている、
なので、5時過ぎにロビーに在る『ザ・ロビー』と言うなんの捻りも無い名前のレストランで待ち合わせ、陽菜はアフタヌーンティをオーダー、敬純はただのコーヒーだ。
「そのケーキ食べすぎない様にね」
「はい、大丈夫です」
と言う陽菜だが既に二個は食べている。
しばらくして、陽菜の親友が入ってきた。
敬純は立ち上がって挨拶をする。
「こんばんは、初めまして渋川敬純です」
「あ、はい、初めまして本間楓です」
『えっと源氏名かな?最近の娘の名前は難しい』
と思いながら着席、少し話をして、和食のレストランに移動。
そして敬純は思い出した、以前陽菜の日記的な裏垢SNSを見た時に出てきた名前だ。
席に着いて、料理を待つ間に、会話が進んでいく。
「専門学校で知り合ったんです」
と言う話で、楓嬢は『声優科』陽菜は『動画クリエイター科』だったそうだ。
どこで共通の授業で隣に座って仲良くなり、一緒にバイト……メイドカフェ……をしていたと。
楓嬢は今は声優のオーディションを受けながら、コンカフェで働いているそうだ
「コンカフェって何?」
と聞いたら、「コンセプトカフェ」の事で楓の店はアニメ系コスプレの店だと言う、なので喋り方もアニメのキャラの様な喋り方をするとかで、実演してもらったらなかなか見事な物だった。
当然だが、何のアニメのどのキャラなのかな敬純には分からなかったが。
そして彼女があっけらかんと
「でも生活がキツイのでパパに援助してもらってます」
と言い切った事には少し驚いたし、陽菜もそれを当然と思っている様で、陽菜達20代女性の間では、家庭が裕福な子達以外は、パパ活はもはや常識で、経済的、金銭的な問題を解決するための選択の一つとして認められている。だから親友がパパ活をしている状況を否定する様な事は無くお互いにアドバイスをしたりして自然に受け止めていると言う状況だった。
だから陽菜も敬純に至って普通に『パトロンになって下さい』と言ったのだろうと思う。
食事が終わってデザートを待つ間に、陽菜がトイレで席を立った時に、敬純は楓から
「陽菜ちゃん、物凄くピュアで真面目なんです、だから彼女の事を信じてあげて下さい」
と不思議なお願いをされてしまった。
敬純の年代の常識では『ピュアで真面目』な娘はそもそもパパ活などはしないし、逆に芸能系や水商売の娘達は『口八丁手八丁』で男性に取り入り事で仕事や金銭的に男性を利用すると言うイメージだ。
その辺りが敬純が陽菜に持つ違和感の原因なのかもしれない、つまり今の敬純は
『陽菜には騙されても当然』と言う意識で、陽菜の事を面倒見ているし可愛がっていると言う事なのだが、
どうも楓の話を聞いていると、その認識は間違っているのかもしれない。
「でもお会いできて良かったです、渋川さんとても優しそうで陽菜ちゃんの事大事にしてくれそうなので」と言うのは楓から見た敬純の評価らしい。
デザートを食べ終わって、解散になり楓は
「今日はご馳走様でした、ありがとうございます」
と頭を下げて帰っていった。
部屋に戻ると陽菜も
「今日も色々とありがとうございました、私幸せです」
と言ってからバスに湯を張り始める。
「まぁ可愛いから良いか」
と言うのは敬純の正直な気持ちだ。
一緒に湯船に浸かって
「そんな見つめないでください、恥ずかしいす」
「いや、本当に可愛いなと思ってね」
「もう、敬純さんのバカぁ」
そのままベッドで陽菜は元気な『トビウオ女子』になる。
ゆっくりと起きて、またThe Lobbyで朝食、敬純は洋食の『The Peninsula Breakfast』陽菜は『Japanese Breakfast』を選ぶ。
チェックアウトして荷物を車に入れて、今日はアポイントをしてある呉服屋さんに向かう。
事前に連絡をしてあったので、成人式の振袖と言う事で、華やかな感じだが品の良い反物を見せてもらい
オーダー、合わせて帯もオーダー……着物に合わせる帯も色々ルールがあるそうだ……仕立てには三週間ほど掛かるそうで……今は採寸の技術が上がったので、仮縫いは必要無くなったそうだ。
陽菜が採寸をしている間に、母や祖母の事を知っていると言う先代の女将さんが挨拶に来て。
「渋川の若旦那ももう良いお年なんですから、ちゃんとしたお召し物を……」
と言われたが敬純は和服どころか浴衣も苦手にしているので、また次回と言って勘弁してもらった。
どうやらこの先代の女将とは子供の頃に会った事があるらしい。
陽菜は『若旦那』と言う言葉に反応して、その後しばらくはずっと『若旦那』と敬純の事を呼ぶ様になった。
そして女将さんに紹介してもらった和装の店に行って草履とバックのセット、その他着付けに必要な物一式を揃えて、葉山近郊の着付け師さんも紹介してもらった。その後、軽くランチを食べて、陽菜の希望でその近くの店で練習用に、安い吊るしの着物一式を購入して、ホテルに戻って車を出して帰宅。
これで大使館でのパーティと来年の陽菜の成人式の準備も合わせて終わった事になる。
翌週の水曜日、敬純達はまた同じ日比谷の『ザ・ペニンシュラ東京』に向かう、だが今回MINIでは無くて敬純が一週間レンタルした『AUDI Q8』だ、何故この車にしたのかと言うと、木曜日からMotoGPを見に『モビリティリゾートもてぎ』に行くのに長時間車でドライブするので楽な車が良いと思ったからだ。今回ドライブして良ければ敬純はこの車をオーダーしようと思っている。
ホテルにチェックインして、着替えてタクシーでイタリア大使館に向かう、案内に従って中に入ると、オーナーズクラブの何人か知った顔が居て、もちろん雅俊達も居る。
「なんだ、馬子にも衣装だな、スーツ似合っているじゃないか」
「やかましいわ、お前こそそんな地味なスーツで、ここは法廷じゃないぞ」
とまたいつもと同じ出だしになる。
「まぁ、素敵なドレスね、敬純さんの趣味?、良く似合っているわよ」
と真理子は陽菜を褒めている。
広報さんが来て陽菜は少しお仕事タイムになる、今日のメインゲストである二人のMoto GPライダー
やDUCTI JAPANの社長などと一緒に写真や動画を撮っている。
敬純の方は、何人かの知り合いとただ談笑しているだけだ。
二人のライダーのトークショーがあり、何故か阿波踊りに達磨に目を描くと言う意味不明のパフォーマンスもあったが、新型が何台か並べられて、イタリアンスタイルのビュフェで軽食と飲み物が提供される
のは悪くないパーティだった。
お仕事タイムを終えた陽菜が敬純の隣に戻って来て、一緒にスプマンテを飲みながらオードブルを食べていると、敬純も何度か会った事はある、DUCTI JAPANの社長Mats Lindstrom氏が広報さんと一緒に
近付いてきた
「こんばんは、Lindstromさん、お久しぶりです良いパーティですね」
と敬純が挨拶をするとLindstrom氏は
「ありがとう、渋川さんもいつもご活躍の様ですね」
と握手をする、そして
「明後日ははモテギに行かれますよね?」
と確認してきた。
「はい、もちろんです」
「Luigi Dall'Ignaが貴方と話をしたいと言っておりました、金曜日にDUCATIのホスピタリティに顔を出してください」
と言ってチーム関係者用のパスを2枚手渡してきた。
「わかりました、ありがとうございます」
敬純のその言葉を聞いて、 Lindstrom社長は他のゲストに挨拶をしに行った。
「Dall'Ignaさんて、あの変な眉毛の人ですよね?」
隣で話を聞いていた陽菜がまた失礼な事を言う。
「こら、変な眉毛は止めなさい」
と敬純は言うが、顔は笑っていて全然効果は無い。
「なんだ、何がスペシャルの土産でもあると思ったけど、何も無いんだな、俺達はもう失礼するよ、モテギで会おう」
と雅俊たちは帰ると言うので、敬純もホテルに引き上げる事にした。
ホテルに戻って、ちょっと小腹が空いていたので、ルームサービスで『ザ・ペニンシュラ東京 “マイラーメン” by一風堂』、陽菜は軽く『豆腐サラダ』と『うどん』を頼む。
「立食って食べた気がしないですね」
「うんそうだね、でもいつの間にか結構食べているんだよね」
翌朝はまた前回と同じメニューの朝食を食べた後でチェックアウト。荷物はそのままで良いので
そのまま、レースのある『モビリティリゾートもてぎ』から車で30分ほどの所にある『益子温泉・益子舘里山リゾートホテル』まで、ここに三泊する事になる、部屋は『露天風呂付き和室』、まぁいつもの感じだ。
部屋の露天風呂でのんびりして、『里山懐石』のコースを食べて地酒を飲んで、明日は朝が早いので早めの就寝、久しぶりにベッドでは無く布団で寝るので、敬純はちゃんと寝られるか心配だったが、ドライブで疲れたせいか、良く眠れた。
このホテルの朝食は7時からだが、モテギのゲートオープンが7時なので朝食抜きで、北ゲートまで行き、そこから専用パーキングのN1エリアに車を停める。
三日間の観戦チケットは「エグゼクティブスイート」を二名分購入してあるが、パドック&ピットパスも持っているので、そのままパドックに向かう、ここではヨーロッパのレースの様なホスピタリティテントやケータリングテントは無い、その代わりプレハブの小屋が各チーム毎に用意されている、敬純達は
そのプレハブの一つ、DUCATIのランチルームに入って、チームのスタッフ達と一緒に朝食、既に何にか顔馴染みなので、挨拶をする。
中身の違う「ブリオッシュ」を二個と、ラテの朝食は敬純には十分だが陽菜には物足りないようだ。
「おはようございます」
広報さんが来て、陽菜はこれから三日間のお仕事の打ち合わせ、敬純は別のスタッフに別のプレハブの簡易オフィスに案内された。
コーヒーを飲みながら待っているとLuigi Dall'Igna氏が通訳がわりの広報の人と一緒に入ってきた。
敬純は立ち上がって挨拶をする、握手をして席に座ると
「今朝、東京から来たのか?」
と聞かれたので、
「昨日の夜から近くの温泉付きのホテルに泊まっている」
と言うと、Dall'Ignaは
「日本の温泉は好きだ、広くて清潔で良いと」
笑っている。そう言えば敬純は入った事が無いがこのサーキットには温泉も有ると聞いた事がある。
そしてDall'Ignは真顔になり。
「あの後君の事を調べさせて貰った、GP500の戦績も驚いたが、自動車メーカーでの業績は素晴らしい物だった、GT-Rだけでは無くてZの電制システムも君の設計なんだそうだね、そして今も現役でレースをしている、V4Rをその歳でほぼ完璧に乗りこなしているとは驚いたよ、そこでだが、どうだろうウチの
Ducati Corseのテクニカルアドバイザーとして契約をしてくれないだろうか?」
「先日のあの話の後で僕に声を掛けたと言う事は、鈴鹿本気なんですね」
「ああ、そうだ、26年式のSBK仕様のV4Rを一台、もちろん一年分のスペアパーツも込みで、君に提供する用意がある、まぁ君に走ってくれとは言わないので、誰か適切なライダーを探してもらえると嬉しい
、それで来年の日本選手権を走ってデータの収集をして欲しいのだが」
「そう言う話なら引き受けましょう、面白そうですからね」
「良かった、待遇やその他については、ここに契約書を用意してある、悪いがイタリア語が原本で、日本語訳はDucati Japanのスタッフに頼んだので、私には正しいかの判断はできない、できれば日曜日のレースが終わるまでにサインをして貰えると嬉しいが、君も弁護士に確認したり色々有るだろうから、なるべく早く返事をしてくれ、所で君は、なんで22歳なんて若いうちにレースを引退したんだ?」
「大学を卒業して、YAMAHAのレース部門で雇ってもらえないか聞いたんです、そうしたら断られて、
それで自動車メーカに就職したんですよ」
と敬純が言うと
「YAMAHAも愚かな事をしたな、君が入っていれば今頃はこんな苦労していないだろうに」
と笑っている。
敬純としては、こんな楽しいオファーは無い、なので、日本語訳をパラパラと見て、へぇ給料貰えるんだ、と感心して、その場で原本のイタリア語版にサインをした。
「え、良いのか?」
「貴方と一緒に仕事ができると思ったら、こんなに楽しい事は無いですからね」
と敬純は手を差し出した。ガッチリと握手をして、オフィスから出るとDall'Ign氏はそこにいた全員に敬純を新しいテクニカルアドバイザーだと紹介してくれた、みんなは拍手で出迎えてくれて、その中にはイタリアから来ている、DUCATI本社のCEO、Claudio Domenicali氏も含まれている。
そしてこの日の夕方の特別プレスコンファレンスで、DUCATIが来年の全日本選手権にファクトリーマシンをもう一台参戦させる事、そのチームを率いるのはDucati Corse のテクニカルアドバイザー、渋川敬純だと言う事が発表された。敬純は支給されたばかりの白のDucati Corseのスタッフシャツを着て、会見に参加して抱負を語り、これからライダーを決める予定だと言う事を話した。
「誰か、意中のライダーは居るのか?」
と聞かれて
「僕より速い事が最低の条件ですかね、それと僕より若い事」
と言って笑いを取って会見を終えた。
『若くて速い奴、誰か居るのかな?』
と言うのが本当の所だ。
ちなみに金曜日の公式練習の結果は、72番Marco Bezzecchi選手がトップ、二位に37番KTMのPedro Acosta選手、三位が93番Marc Marquez選手と言う事で、敬純の推しの二人は5番が十位
23番は十二位、陽菜の推しの20番は八位と言う結果だった。
陽菜は、今日は忙しく会場の色々な場所で動画の撮影をしていて、観客が大勢いるメインエリアの
Ducati ブースやドゥカティ応援席に行かされて、敬純と離れていたので少し御立腹の様だ。
「それでも、美味しいもの食べられたんじゃない?」
と聞くと
「『Northern Fishing Grounds」という店のマグロカツバーガーと『ジェラートマスモ』のジェラートが美味しいかった」
と言っていた、敬純は
「明日からは特にする事が無いので、陽菜の側に居るから」
と言うと機嫌が治った様だ。




