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第18章 楽しい走行会

第18章 楽しい走行会


 次の走行タイムまでは暇だ、スプリンターの横のサイドオーニングを展開して、

ポータブル電源にポータブルエアコンを繋いで、冷風モードにして、折りたたみのリクライニングチェアを二つ出して並べて横になる。

「まぁ、無いよりはマシだよね」

「風が気持ち良いですね、やっと冷感素材インナーの効果が出てきました」

と言う感じで、夏のサーキット走行の準備も完璧な敬純だった。 

 二回目の走行時間、今度は最初から陽菜を先に行かせる、

「さっきの走り方で問題は無いよ、コーナーの立ち上がりとストレートではもっとアクセルを開けて大丈夫」

とだけアドバイスをして、また後ろに付いて走り出す。

 陽菜は2'10"から直ぐにタイムを上げて、5周目には2’05"の壁を破り、2’03”台に乗せてきた。

「凄いな、最初に箱根を走った時に、良いセンスをしていると思ったけど、才能があるかもしれない」

と敬純は思って嬉しくなった。


 そして一足先にピットに戻り、そこでガスを補給して、自分の走行の準備をしていると、チェッカーフラッグを受けた陽菜が戻ってきた。

 バイクを受け止めると、陽菜はバイクから降りて

「脚が攣りました……」

と騒いでいる。

 熱さと、サーキット走行で日頃使わない筋肉を酷使した為だろう。

「大丈夫、これ飲んで休憩したら治るから、着替えて待っていて」

と冷えたスポーツドリンクのボトルを渡して、敬純はヘルメットを被った。

 約束通りGSXの二人と一緒に走る為だ。

Rクラスの走行時間が始り、まずは二人を先行させて後ろから走りを見る、青のGSXの方はそれなりだが、グレーの方はかなり良いフォームをしている事がわかった。

 ストレートで追い抜くと、徐々にペースを上げていく。

 一周目2'01"、二周目 1'58" 青い方はここで脱落、 三周目 1'56"、四周目 1'54"グレーの方はまだ着いてくる、五周目1'52"ここで限度の様だ、正直4年落ちのバイクでここまで走れれば、かなり走れる方だと言えるだろう、GSXでは無く敬純と同じV4Rにすれば、更に大幅にタイムが縮まる筈だ。

 敬純はそのまま走行を続けて、最終的に1'46秒台で周回して、途中で青い方のバイクを周回遅れにした。チェッカーフラッグを受けてピットに戻り、今日の走行会は終了になる。

「渋川さん、ありがとうございました、メチャクチャ勉強になりました、今度はぜひモテギで一緒に走ってください」

と二人に言われたが

「うん、でもモテギ走るにはコースライセンスを取らないとダメなんだよね、面倒だなぁ」

と言うと二人共笑っていた。

「君は今、幾つなんだ?」

とグレーの方に聞くと、35歳でバイク店をやっていると言う答えが返ってきた。

「そうか、もうちょっと若いと思っていた、20台前半なら本格的にレースを勧めようと思ったんだけどね、それで、バイクは乗り換えないのかな? V4Rとは言わないけどV4Sでもかなりタイムは縮められると思うけど」

と聞いてみたら、

「実は、2025年型のGSX1000RRが発売される様なので、予約をしているんです、あ、彼も一緒に」

「そうか、君達は『鈴菌』なんだね」

「はい、そうです」

と二人は嬉しそうに笑った

 SUZUKIには熱狂的なファンがいて、それを『鈴菌』と呼ぶのだがこれは蔑称では無い、ある種の

尊敬を込めた呼び方だった。


「今日は楽しかった、またどこかのサーキットで会おう、もしモテギに行く事になったら、君らに

先導を頼むよ」

 そう言ってバイクをスプリンターに搭載して……二人はバイクリフトで2台のバイクがトランスポータに搭載される様子を動画で撮影していた。

 配信者は絶対にネタを見逃さないと言う事に、敬純はある種の尊敬を覚えた。


 帰りの車の中で陽菜に聞いてみた。

「ちゃんとサーキットを走った感想は?」

「最初は怖かったんですけど、めちゃ気持ち良かったです、楽しかった!!」

「今日、最後の走りでは2’03”台で走っていたからね、正直に言うと陽菜はかなり才能があると思う」

「本当ですか、嬉しいです」

「8月の走行会でもっとタイムが縮められたら、筑波サーキットのライセンスも取って、11月のレースに『N-アンリミテッドクラス』で出て見ても面白いかもね」

「わぁ出てみたいです」

と陽菜は喜んでいる。


 家に帰って、バイクを2台降ろして、ガレージにしまって、いつもの様に装備一式を綺麗にして、

洗濯物を洗濯機に入れて、夜の食事にいつもの寿司屋まで。

 もう陽菜と何回も来ているので、陽菜のチャンネルのショート動画で葉山の美味しい店と紹介した事で、どうやら若い顧客も増えた様で大将も喜んでくれている。

ネットの力ってある意味偉大なのかもしれない。


 そして次の日はバイクの整備とタイヤの交換、酷暑の中それなりのペースで走ったから敬純の方はもう

ほぼ限界まで来ていた、陽菜の方はまだ余裕があるが、次の走行会の為に交換しておく。

 陽菜と二人でいつものタイヤショップに行くと、オーナーの政明が

「その娘、隠し子なんだってな、お前もやるねぇ」

と動画サイトの噂を信じて絡んできた。

 訂正するのも面倒なのでそのままにしていると

「お嬢さん、敬純とは古い付き合いでね、困った事が合ったら何でも言ってくれ、金の事以外なら相談に乗るから」

と、最後の一言が無ければ良い話なのだが、政明は自分でぶち壊しているのを気づいていない所が面白い。

 タイヤ交換の終わったホイール4本を受け取って、秋のレース用のタイヤの発注をして店を出た。

「敬純さんの知り合いって面白い方が多いですね」

「うん、なんでだろうね、変な奴しか周りに居ない様な気がする」

 これは本当に謎だったが、実は敬純自体が世間の常識から言うとかなりズレて居ると言う事を自覚して居ないせいでもある。

 

 今年の8月は、走行会のある9日の土曜日あたりから盆休みになり、17日の日曜日までは葉山……と言うか湘南エリアは、例年と同じ様に観光客やサーファーで大混雑する事になる、そしてこの時期は日本中どこに行っても渋滞が待っているので、去年までは敬純は家の掃除をしたり、洗車をしたりして時間を潰していた、何しろ近所に買い物に行くだけで渋滞に嵌って数時間、帰ってこられない事もある位だ。

 まぁ観光地のすぐ側に住んでいる自分が悪いので、これは仕方が無いと諦めている。


 先日の走行会で一緒になったGSXの二人はそれぞれ動画をあげていて、

「富士の主と一緒に走行しました、娘さんマジで可愛い」

とか言うタイトルになっていた。

「おー、ゆかりんだ」

「マジ?Panigale V2S乗ってるの?」

「あ、『サバトラ』やっぱり親娘だったんだ」

「って、『サバトラ』めちゃ早く無い? 追い付けないのか」

「モテギを走ってくれないかなぁ」

なんてコメントがあって笑わせてもらった。

 

 そして土曜日になり、朝からバイクを2台積んで富士スピードウェイに向かう。

一応今日は敬純が主催者なので、ゲートオープンの7時半前に行って、オープンと当時に色々な手続きをしておく。

 「おはようございます、渋川さん手伝いますよ」

とオーナーズクラブ会長の岡田氏が数人を連れて来て、ピットの準備とかをやってくれた。ついでに当日払いの会員の集金も頼んでおく。


 敬純達もバイクを降ろして、5番ピットに2台を並べた。5番から16番までは今日は貸切になって居る、参加者は全部で60台を超えて居るので、富士のクラス分と同様に、『S2-N』『S2-R』に分けて走る事になる、いつもの走行会では敬純は先導をするのだが、今回は陽菜に付くので、雅俊以下のベテラン組に任せる事にした。

 陽菜は前回2'05"の壁を破っているので、今回は最初から『S2-R』クラスで走る事になる。

「うわ、これ新型のPanigale V2Sじゃ無いですか、しかもフルサーキット仕様、これで『ゆかりん』さんが走るんですか?」

「そうだよ、結構速いから、うっかりすると千切られるぞ」

と敬純が言うと、集まっていたメンバー達が

「いやそれは無いですよ」

と笑っている。

 バイク歴一年ちょっとで、つい最近Ducatiに乗り始めた陽菜に負ける訳無いとみんな余裕で思っていたのだろう。

 今日の走行枠は午前に各クラス30分、午後に各クラス30分になる。

最初に参加者全員で、ピットビルAの2階の多目的スペース「クリスタルルーム」でライダーズミーティング、今日初めて走る人も居るので、敬純と雅俊でルールや旗の解説をする予定だったが、参加者に 仙台のSUGOでライディングスクールを主催しているベテランライダーの須走さんが居たので彼に全部丸投げする事にした、敬純より10歳以上歳上なのだが、いまだに全日本のJSB1000クラスに出場している現役ライダーだ。ただレースを始めるのが遅かったのか、敬純がレースで一緒に走った事は無い。

「いや、すみませんね、お任せしちゃってギャラ払いましょうか?」

「うちの若いのが、どうしても参加したいって言うから引率で来たんですけど、なんか可愛い?美人?な子が走るらしいじゃ無いですか」

「ああ、ウチのチームで僕が面倒見ている子で僕の隠し子です」

 敬純は冗談のつもりだったが、彼は困った顔をしている、真面目な性格なのだろう。


 ミーティングを終えて、自己申告でクラス分けお終えて、走行時間になる。


「さて行こうか、今回も最初の三周はついて来て、それで一回ピットインして、次は好きに走って良いよ

僕は後ろから見ているからね」

「はい」

 と陽菜とコースインをする、どうやら陽菜を待っていたらしい数人も後ろから着いて来る様だ。

殆どのバイクに車載カメラが着いて居るのは、今時なのだろう。

 今回はRクラスなので、一周目から2"05'で走りペースを上げていく、二周目2'00"、三周目1'58"

陽菜はちゃんと着いて来ている、四周目でピットインして、水分補給今度は陽菜を好きな様に走らせる。

 ふと隣を見ると雅俊が居る、どうやら陽菜の走りを見学する様だ。陽菜は1'54"までタイムを縮めてチェッカーフラッグを受けた。

「凄いな、サーキット何回走ったんだ? このタイムは才能があるぞ!!」

と雅俊が興奮して駆け寄ってきた。

「うん俺もそう思う、だから、11月の筑波はエントリーしてあるんだ、どうなるか楽しみだからね」

「筑波か、俺も見に行こうかな」

「てかレース出ろよ、俺一人で詰まらないだろ」

「嫌だ」

 走行を終えた陽菜は、沢山のメンバーに囲まれてアイドル撮影会の様になって居るが、ちゃんと真理子さんが側に着いて、危なそうな奴からはガードしてくれている。

「いやぁ、驚きました娘さん速いですね、ウチの若いのが、同じPanigale V2なのに追い付けなかったって悔しがってましたよ、彼は普段はST600クラスで地方選手権を走って居るんだけど、来年は全日本を走らせようと思って居るんです、娘さんも筑波の地方選手権走ってみたらどうでしょう?、盛り上がると思いますよ」

と須走さんが言ってくれた。

「ありがとうございます、考えてみますね、でもST600はDucatiは無いですからね、そこが問題だ」

「渋川さんは、昔はYAMAHAで走っていたんですよね、R6は良いバイクですよ」


 そんな感じでランチタイムになる、流石に敬純と陽菜が一緒に居ると、近寄ってくるのは、雅俊達と

先日誕生日会に来たメンバー位だ。

「フォームは悪く無いけど、もう少し内側に頭を入れて走ってみてごらん」

と雅俊が珍しくまともなアドバイスをしている、そして

「そういやお前俺を差し置いて富士の主なんて言われてるそうだな、俺は認めないぞ」

「いや、自称している訳じゃないからね、そうだ主と認められたいなら午後の走行でコースレコード更新してみろよ、まぁ暑くて無理だとは思うけど」

「確か、1'44.579だったか、良いだろう主の座をかけてアタックしてやる」

「いや、冗談だから無理すんな、歳を考えろ」

「やかましいわ」

「全く、本当に子供みたいね」

と真理子さんが笑って居る。


「しかし今日も暑いなぁ」

「本当ですね、暑い時って何か気を付ける事がありますか?」

「うん、タイヤが柔らかくなりすぎてグリップしなくなる、だから滑ってると思ったらペースを下げる事」

「はい、わかりました」

 と今回もポータブル電源にポータブルエアコンを繋いで、冷風で涼みながらのんびり。


 午後の走行時間では、陽菜を好きな様に走らせて、敬純も真面目に走って見る事にした、だが流石に

気温が高すぎるので、先日のタイムを更新する事はできなかった。

 陽菜の方は、とうとう1'49”台に乗せてきた。このタイムは前回の『Nアンリミテッド』クラスなら入賞を狙えるタイムだ。しかも最高速に劣るV2でのタイムと言うのは驚異の事だ。

 雅俊もだいぶ感張った様だが、前回の予選タイムにも届いていない。まぁこの気温ならそんな物だろう。


 そして例によってバイクリフトでスプリンターにバイクを乗せていると、

「これ、良いですね、うちのチームでも導入しましょうよ」

と須走のチームの若いのが言っている。

「いやぁ、これ結構高いんだよ、渋川さんの所は良いスポンサーが付いているんですね、羨ましいです」

と須走は言っている。

 今も昔もレースに金がかかるのは同じだ、もし陽菜が本格的にレースをしたいと言うなら、敬純なら

その辺は心配させないで参加させてやれるだろう。


「今日だけで、いっぱい登録者が増えました、みんな優しいしサーキット最高ですね」

と陽菜は喜んでいる。

 帰宅してSNSのオーナズクラブのページを見ると、メンバー等が、陽菜と一緒に撮った写真や動画で溢れている。

 すると陽菜が

「敬純さん、案件来ました、DUCATI JAPANですって本物でしょうか?」

「どれ、本物みたいだね、僕が連絡してみるから」

「はい、お願いします」

 敬純が確認して連絡を取ると、相手は本物の広報で、

「え?、あの渋川敬純さんですか、いつもお世話になってます、あの『ゆかりん』さんにメールを出したと思うのですが」

と言うので。

「ああ、今は同じ個人事務所なんだ、僕が代表って事なんでね、それで案件は何?」

「新型の『STREETFIGHTTR V4 』を女性のモトブロガーの方々に乗っていただくと言う企画なんです」

「ああ、それは良いね、条件は?」

「……と言う事でどうでしょう?」

「わかった『ゆかりん』さんと話して返事しますね、明日には連絡します」

と言う事で、個人事務所を立ち上げてから初案件は大物が引っ掛かった。

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