第17章 誕生日
第17章 誕生日
「渋川さん、さっきガレージチラ見したけどバイク増えてませんか?」
「ああ、でも僕のでは無いよ、『ゆかりん』さんのだ」
「あ、思い出した、先月のミーティングの時に話題になっていたんだ、美人モトブロガーがDucatiに乗るかもって誰かが言ってた」
「ああ、そのネタのバイクだね」
陽菜はDucati組に
「ぜひ次のミーティングに出席してくださいね、っていうかメンバー登録をお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
と、返事をして、Ducati組はそれなりに盛り上がっている。以前からの知り合いは敬純の子供は息子二人だけと知っているので、彼らの間では、陽菜は隠し子では無いかと言う事になったそうだ
「まぁ、顔似てるしね」
と、真理子さんが笑いながら教えてくれた。
「不思議よねぇ、人って見たいようにしか見えないのね」
と何か意味深な発言をされた。
「このケーキ、親父が作った?昔を思い出すなぁ、美味い」
「いや、これは陽菜の手作りだ、彼女は料理が得意なんだ」
「そうか、あの人とは大違いってわけだな、おめでとう」
と長男には何故かおめでとうと言われる。そこに次男が来て
「親父、ちょっとネットに接続させて貰える?リビングのコネクター借りて良いよね」
「なんだ、仕事か?適度にしないと俺みたいに悲しい事になるぞ」
「はは、まゆみは『あの人』とは違うから、俺は大丈夫だよ、借りるね」
何をしてるのかと思ってノートPCを操作している次男の後ろから見ると、IBMのロゴが見える
「これIBMのスパコンの管理画面か?」
「ああ、AIのプログラム学習用に時間借りしているんだ、シミュレート結果が出るからそれだけ見たくてね」
「それは凄いな、流石が俺の息子だ、なんのプログラムなんだ……あ、おいこれAIドローンの制御モジュールだろ、まさか軍用ドローンか?」
「なんでこの画面だけで分かるんだよ親父には敵わないな、そうだよでも高度軍事機密だから、見なかった事にしてくれ」
「以前クラウドワークスでドローンの制御用プログラムを書いたんだ、ほぼ構成が同じだからな、大丈夫
見なかった事にしとくから、まぁ頑張れ」
二人とも、敬純の理系の血を受け継いて、更にビジネスで成功しているのは嬉しかったが、もう完全に自分の手から離れてしまったと言う事が寂しくもある。
そして二人とも自分の母、敬純の元妻の事は『あの人』と読んでいるのは、元妻が家庭を全く顧みなかった結果だ。
みんなで肉や料理を食べて、運転手以外はビールやワインで酔っ払って、お開きの時間になった。
「今年も肉最高でした、あ、8月の走行会参加希望者、今の所30人ほどです、でもゆかりんさん来るって書いたら、一気に増えるかもしれませんね」
「そうか、悪いけど書いておいてくれる」
「了解です、じゃ俺たち帰ります、また〜」
とDucati組は先に帰り、高村夫妻も
「走行会、俺達も参加するからな、それにしても趣味の悪いトランスポーターにしたな、あれはやり過ぎだ」
と笑いながら雅俊は言って帰っていた。
二人の息子達も
「親父、元気でな、また顔見にくるけど、無茶すんなよ」
「親父、来年オースチンで待ってるよ」
そう言って二組のカップルも長男の車で帰って行く。
「はぁ、静かになったね、疲れた?」
「いえ、あの二人の息子さん敬純さんにそっくりですね、優しくて頭良さそうで、翔さんに『親父を頼みます』って言われちゃいました」
「あいつ、余計な事を」
でも、翔さんの彼女さん、お金とブランドの話ばかりで、私は苦手な感じでした」
「ああ、あいつはどうせ半年も持たないから大丈夫、毎回ずっとそうだから」
翔が女性に冷ややかなのは敬純と元妻の裕美の冷え切った関係を子供の頃からずっと目にしていたからだろう、早く裕美と離婚していればこんな風に育たなかったかなとは思うが、今となっては後の祭りだ。
「さて、全部片付けてMoto GPの予選をゆっくりと見よう」
「あの、オースチンに来年5月に行くと言う話を翼さんとされてましたよね?」
「MotoGPのGrand Prix of The Americasはオースチンのサーキットであるんだ、それが5月なの、当然陽菜も一緒に行くんだからね、あそうそう、9月のサンマリノ……イタリアね……GPのチケットとホテル全部抑えたからね、今から準備をしないとね陽菜スーツケース持ってないよね」
「え、はい、あの本当に連れて行っていただけるんですか?」
「当然、陽菜が一緒じゃないと詰まらないからね、さて片付けてしまおう」
片付けといっても二人の息子と真理子が大方やってくれていたので、洗ったプラスチックの皿やカップ類をゴミ袋に入れて、週明けの収集に出しやすい様にする事くらいしかない。
「肉食べられた?」
「はい、美味しかったです、初めて食べましたけど手で持って食べるの楽しいですね」
「そう言えば、今日の様子は動画には撮ってないんだね」
「はい、プライベートなイベントなんで撮るのやめました」
「そうか、あ、そろそろ始まる」
「63番の赤いバイクも速いですね」
「ペッコ君も2年連続のチャンピオンだからね、今年はちょっと不調気味だけど復活したかな」
「終わったね、さて例によってスプリントレースは10時過ぎだけど陽菜はどうする?」
「もちろん見ます、それまではまたジャグジ入りませんか」
「良いよ、白ワインが残っているからそれを飲みながらにしようか」
「はい」
「来週は、暑そうだから涼しい所に走りに行こうか、どこが良いかな」
「今度はバンにバイク積んでいきませんか?」
「そうだね、暑い高速を走るのは地獄だからね、長野の方とか涼しそうだね」
「長野良いですね、また、露天風呂があるお部屋があると良いなぁ」
「探してみるね」
ジャグジーに浸かりながら、こんな話をして、スプリントレースを見て。
「あ、また93番勝っちゃいましたね、でも23番の人三位ですよ」
「うん、良かった、これで復活してくれると嬉しいけど」
「79番の人日本人なんですね、最初女の子かと思いました、Aiって『愛』ちゃんとかかなって」
「まぁそう思う人も居るかな、あと最初にクラッシュしたけど、30番も日本人だよ去年まではフル参戦していたけど、今年からテストライダーになったからたまにしか出てこないけどね」
「日本人って速く無いんですか?」
「うーん、環境のせいかな、話すと長くなるから、今度ゆっくりと解説してあげる」
と、こんな感じで、敬純の誕生日BBQの夜は終了、少し食べ過ぎ&飲み過ぎかもしれない。
そして、週が変わり、陽菜の方は順調に動画を編集して上げていて、既に日光のツーリングまで終わっている、千葉編の一日目は、バイクやヘルメットが変わった事や、敬純が一緒に走っている事に対してのコメントも多かったが、千葉編二日目や日光編では、もう以前と同じ雰囲気のコメントになっている。
特に千葉編二日目で、陽菜が『生まれた町に戻って来ました』と動画内で発言した事で、敬純お父さん説がほぼ確定した、暇にも敬純の事をググった人が居て
「『サバトラ』さん、ウィキペディアだとレーサーとしての戦歴しか出てこないんだよね、家族とかの情報は無いみたい」
「って言うか92年のGP500クラスでイタリア・ムジェロのレースで四位ってかなり凄く無い?」
などと書かれていた、敬純はこの年で現役を引退したから、最後に世界選手権で四位になったのは苦い思い出だ。
『レースで優勝したら1000人の友人が出来る、二位なら500人、三位なら100人、四位以下は誰からも覚えてもらえない』
と言ったのは、F1ドライバーのニキ・ラウダだったか?敬純は世界選手権ではその四位が最高の成績だったからだ。
そんな敬純のチャンネルの方は千葉の一日目を上げた所で、陽菜の所から見に来ている人が多いのか、いつの間にか登録者が5000人を突破していて、本人も驚いている。
そして、避暑ツーリングに出発する、Multistrada二台をスプリンターに積んで、昼前に家を出て五時間ほどのドライブで 『湯田中温泉の宿 あぶらや燈千』に到着、ここには2泊する予定だ、部屋は『露天風呂付客室・部屋食特別室』と言う豪華なスイートルームだ、夕食は部屋のダイニングルームルームで食べる『会席 贅コース』、豪華な部屋で豪華な料理を食べて、露天風呂に入ると言う、敬純のいつものツーリングスタイルになり、それに『ゆかりん』が同行していると言う形式だ。
陽菜も開き直ったのか、動画の撮影中は敬純の事を『パパ』と呼ぶ様になり、敬純は『ゆか』と読んでいる。なので、視聴者達は『ゆかりん』の本名は『渋川ゆか』だと思い込んでいる様だ。当然その名前でいくらググっても陽菜のアカウントがヒットする事は無い。
翌朝にホテルのパーキングでバイクを二台降ろして、292号『志賀草津道路』を走る。
この道は景色が素晴らしい山岳のスカイラインで、志賀高原の涼しいげな湖沼や森を抜ける最高のコースだ、例によって途中の『横手山スカイレーター』に乗って山頂まで行ったり『日本国道最高地点碑』『湯釜』などの観光名所で動画を撮影して、草津に、『焼き饅頭』と『地鶏たまごソフト』を食べて蕎麦で遅いランチ休憩、帰りは『つまごいパノラマライン』を走って144号で上田市で真田氏の史跡を見て、上信越道で使って宿まで戻ると言うコースだった。
宿についてバイクをスプリンターに仕舞って、温泉に浸かってまた豪華な夕食、避暑としてはかなり贅沢な旅だ、翌実はのんびりと出発して葉山に帰宅、今週の土曜日は富士で走る予定があるからだ。
「長野の他の所も走ってみたいですね、涼しくて気持ち良かったです、それに、帰りはエアコンの効いた車って最高ですね、私もこの車運転できる様になった方が良いですか?」
「ああ、そうすると僕が少し楽になるけど、これデカイからね、練習しないと危ないかもね」
「頑張ります」
夏は山の峠道は楽しいが、バイクで渋滞した道路を走るとなると地獄なので、やはりこの移動方法が一番良いのかなと敬純は思っている。
夜に帰宅して、楽しい避暑ツーリーングは終了。
土曜日は富士スピードウエーに行く、
今日は一般の走行日だ、前回は下見走行だった陽菜は初めての本格的なサーキット走行になる。
走行するクラスは、 二人共『S2-N』クラス、敬純が陽菜を先導するからだ。この日は陽菜の為に午後13:30~13:50と15:10~15:30の二回20分ずつの走行になるが……熱い!!
インナーに冷感素材の物を着込むが、皮のレーシングスーツは風を殆ど通さないので、少しだけ涼しいかなと言う程度だ、冷たく冷やした『ポカリスエット』を保冷バックに入れてピットに用意しておくのを忘れない。脱水状態や熱中症になったら、バイクを走らせる所では無いからだ。
「三周ゆっくりと走るから、後ろを着いてきて、三周したら一度ピットに戻って、水分補給して次は陽菜が先に走ってご覧、後ろから見ているからね」
「はい」
前回『S2-N』クラスを陽菜のバイクで走った時は速く走りすぎて怒られたので、かなりゆっくり目で走ってみる、コーナーで後ろを振り返って陽菜がついて来ているか確認しながら走るが、 2'10"を目安に走るのだが、それでも更に遅いバイクが多いので大変だ。
三周終わって、ピットに戻って、バイクにスタンドを掛けて……ピットを共有している『S2-R』クラスのライダーが手伝ってくれるのは助かった。
一人の時はいつも『フロントホイールクランプ』で停めて、後ろのスタンドを掛けると言う感じになるが、この熱い中で一工程作業が増えるだけで大変だからだ……歳のせいもあるが。
この二人はSUZUKIの 『GSX-R1000R』をサーキット仕様にしたバイクに乗っていて、二人共サーキット系のモトブログチャンネルを持っていて、一人は2万人、もう一人は10万人の登録者がいて、
二人共普段は『モテギ』をホームコースにしているそうだ。
敬純も最後の15:40分の回『S2-R』クラスを自分のペースで走るつもりなので、
「一緒に走ってください」
と言われている。
スポーツドリンクを飲んで、陽菜を先に出して、二回目の走行を始める。
『へぇー上手くなったな、ちゃんと乗りこなしている』
と陽菜はライン取りも悪く無く、ブレーキのタイミングや倒し込みも問題無い、コーナーでは膝のパッドをバンクセンサーとしてちゃんと活用している、ただまだアクセルを全開にするのは怖い様だ、この感じであと数回走ってスピードに慣れたら『S2-N』クラスを卒業して、本来のPanigale V2Sの性能に合ったクラスで走れる様になるだろう。
最初の20分の走行が終わり、入れ替わりにGSXの二人がコースインして言った。
「あの二人、まぁまぁだね」
と陽菜に言っていたら、グレーのカラーの方が、1'58" 台で周回をしだした、4年前のバイクでこのタイムは中々の物だと思う。
ピットに戻ってきた二人に話しを聞くと、グレーの方はモテギで2分を切るタイムで走ると言う
「すまん俺はモテギを走った事が無いから、それが速いのかわからん」
と敬純が言うと、二人は驚いていた、MotoGPのレースは見ているから、1'44"台で走っているのは知っているが、スーパーバイクのタイムは全く知らなかった。
「俺が現役の時はモテギは無かったからね」
と敬純は笑った、モテギで二輪のレースが行われる様になったのは確か2000年からだ、敬純は既に現役を引退しているし、クラブマンレースはモテギでは行われないので、走る機会が無かったのだ。




