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第1章 気楽なFat FIRE生活

第1章 気楽なFat FIRE生活


 敬純は朝のルーティンである、カフェラテを飲みながら、Macの大型ディスプレイでニュースサイトのニュースを見る。

『ああ、いよいよなのか』

 そのニュースは、以前敬純が働いていた神奈川に本社がある自動車メーカーの工場を閉鎖すると言うニュースだった。敬純はそのメーカーの研究開発部門で退職するまで勤務していたのだった。

『俺は早く辞めて良かったんだな』

 5年前には既に会社の状況は良くなかった、優秀な若いエンジニア達が次々と辞めて行き、技術を売り物にした会社の車は見る影も無く、当然売り上げは右肩下がり、利益も同様だ。

 敬純が学生時代に憧れて、祖父から借金をして購入したR32型GT-Rで初めて箱根のワインディングロードを走った時の感動は今でも覚えている、だから大学の求人票の中から、就職先をこの会社に決めたのだった。

 それ以降、代替わりの度に、新車でGT-Rを購入していたが、退職後に購入したR35型GT-Rの限定仕様を最後にモデルチェンジの予定も無くなってしまった。

 この車はガレージに大事に置かれていて、今でも天気の良い日には箱根等を走っている。

数ヶ月に一度程度で敬純の様子を見がてら遊びに来る長男は、

「親父、いい歳してまだそんな車乗っているのか?」

とバカにするが、敬純は売る気は無かった。

 この長男も次男も子供の頃はGT-Rが好きでプラモデルやミニカー等を持っていた筈だが、二人とも今はそんな事は完全に忘れている様なのが少し寂しさを感じる。

 まぁとにかく技術屋として半生を過ごした会社は売れない電気自動車を作るだけになってしまっている、そんな状態だったので、退職金は少し減ったが早期退職をして、今は自宅をオフィスにしてクラウドワークスで面白そうな案件を受注して小遣い稼ぎをしている状態だ、とは言う物の全く生活には困っていない。


『さて、出るか』

 昨夜の内に、愛車のDucati Panigale V4Rは、キャラバン・トランスポーターに搭載している。

FSW富士スピードウェイまでは一時間ちょっとで到着できるだろう。

『今日は天気が良さそうだな』

 外は皐月晴れと言うのだろう、綺麗な青空が広がっている、ゴールデンウィーク中は観光客で混雑していた海岸沿いの道も今朝は空いている。

 敬純は16歳で二輪の免許を取ってから、直ぐにレースに参加する様になった。これは、自分でも外国産の大型バイクを乗っていた父の影響でもある。

 初めて西湘バイパスで速度超過で捕まった時に父は

「公道で飛ばすのは馬鹿のやる事だ、スピードを出したいならサーキットを走れ」

と当時はFISCOと呼ばれていた富士スピードウェーに連れて言ってくれて、その後YAMAHAの250ccのレース専用車TZ250で敬純はレースに参加するようになった。

 18歳になって車の免許を取るとバイトをして自分で買った中古のバンにバイクを積んで、シーズン中は毎月の様にどこかのサーキットで行われる全日本ロードレース選手権に参加する為に、今と同じようにバンを走らせていた物だった。大学生の頃には国際ライセンスになり海外のレースに参加したりYAMAHAからYZR-500を貸与されて、国内で最高峰のGP500クラスに参戦して、何度か優勝してチャンピオンにはなれなかったものの常に上位の成績を残していた。だが国内ではそこそこの成績でも本場のヨーロッパのレースに参加できる程の実力は無い、とこの頃敬純は悟ってしまった、丁度就職の時期でもあり、YAMAHAにレースの開発部門で採用して貰えるか聞いたが、芳しい答えを貰え無かったので、四輪の方の愛車の自動車会社に就職したのだった。就職と同時に現役は引退して、それ以降はクラブマンレースと言われるアマチュアの大会に出場していたが、結婚して子供が産まれてレース参加は辞めていた、そして子供達も高校生になり手が掛からなくなると、またサーキットを走る様になり、仕事も引退した5年前からは、再び無理をしない程度でレースを楽しんでいる。学生時代と違うのは、今は当時とは比較出来ないほど贅沢な環境でレース参加が楽しめる事だろうと思っている。当時は父親のサポートは多少合った物の基本的に全部自分でバイト等をして賄っていたからだ。


 今日は敬純が所属している、Ducatiのオーナークラブのサーキット走行会と新車発表会のイベントが有り、富士スピードウェイを借り切って、会員達が30分毎にビギナー. マイペース. ハイペースの三種類のクラス毎に交代で何回か自分のバイクで走行できると言う楽しいイベントだ。

 ゲート前には既に何台かの同じようなバイクを積んだバンやトラックが並んでいて、顔馴染みのメンバーの車もあった。

「おはよう」

「あ、渋川さんおはようございます、早いですね」

「ああ、年寄りが朝が早いんだ」

などと言う会話をしている内にゲートが開き、敬純は集合地点と指示されているパドックにバンを止めて、バイクを降ろして、バンのルーフサイドに取り付けてあるサイドオーニングを広げて、折りたたみ式のテーブルとチェアをセットする、これで簡易ピットの完成だ。

 レース前のプラクティスとは違い、初めてコースを走る初心者も多いので……特に敬純は元ライセンス持ちのベテランという扱いなので、午前中は、ゆっくり走って初心者達の引率をする事になる。新東名でも120km がリミットの公道と違ってサーキット、特にストレートの長い富士は、大型のスポーツバイクなら250kmを軽く超えるスピードが出る、そこから第一コーナを安全に曲がれるスピード70Km前後まで減速するのは、初めてサーキットを走るライダーには難易度が高い、だからサーキット走行に慣れたベテラン何人かが数10台置きに先導して走る必要があるのだった。

 午前中の走行が終わりランチ休憩になる、サーキット内にはカフェ・レストランも有るのだが、今日は参加者全員に、クラブと提携したイタリアンのキッチンカーが来て、ピザやパスタ、サンドイッチに、ジェラート等が提供される。

「毎回思うけど、これで参加費15000円は安いよね、足が結構出ているんじゃ無いのかな?」

とサンドイッチを食べながら、古参の会員達と話していると

「毎回新車の発表試乗会も兼ねてますからね、今回は初心者けのScramblerの試乗会があります、乗りますか?」

とスタッフの一人が笑いながら返事をしてくれた。

「いや、僕は良いや、でもMultistradaV4の新型はいつ来るのかな、来たら乗ってみたいね」

「渋川さんは今はV4Sをお持ちなんですよね、今度のはRSでツーリング向けでは無いですよ」

「そうか、それは残念だ」

などとのんびりと会話をしている。


 そして午後の走行時間にはある程度自由に走って、一応本日の最速タイム、1分47秒台前半を記録した所で、走行を終えた。

 転倒者が数人いたが怪我人も無く無事に走行会は終了した。


 帰りの準備で、バイクをバンに搭載しようとしていると、いつの間にかギャラリーが集まってくる。

敬純のキャラバンには、バイクリフトが装備してあるので乗せ降ろしが楽にできる様になっている

それがまだ珍しいのだ。

「良いなぁ、これ、でも高いんですよね」

「まぁそれなりだね、ジジイになると、トランポに乗せるだけで大変だからね」

「いやぁ、流してあのタイムで走る人をジジイとは言いませんよ、七月のレース出るんですよね?」

「うん、そのつもりだよ、自前でスーパーマグナムボトルのシャンパンを用意してくるから」

「うわぁ、この人また優勝する気でいる」

 と言う感じで、みんなと別れて帰路に着いた。

『東名事故か、厚木で降りて下から行くか』

とナビを見ながら、一人言を言う、遠い昔まだ学生だった頃には、バンのパッセンジャーシートに彼女を乗せて走ったものだなぁと思う、後にその中の一人が妻になったのだが、その妻とは6年程前に離婚している。

 厚木で降りて相模循環道路に入り途中で、家に帰ってから夕食の用意をするのも面倒と思い、

『少し早いけどどっかのファミレスで食事をしよう』

とパーキングが空いていた『ガスト』に入る。

『昔なら迷わず肉なんだけどな』

と思いながら、『お好み和膳銀鮭』を食べて、外に出るとパーキングの入り口で、一台のバイクとその側で途方にくれている女性の姿が目に入った。バイクは女性にも人気の250ccの青いYAMAHAのYZF-R25だ。

「君、どうかした?バイクのトラブル?」

 今の敬純の格好は、SBKのDucati Aruba.it Racingのピットクルー・ポロシャツに下はデニム姿だ、見ようによってはどっかのバイク屋の親父に見えない事も無い、なので、話しかけれた女性もあまり警戒はしていない。

 これが普通の格好で、50過ぎのオヤジが若い女性に声をかけたら事案になってしまうだろう。

「あ、あのタイヤが……」

 そう言われて、後輪を見ると、明らかにパンクをして空気が抜けていた。 

「僕のバンに修理キットがあるから治せるよ、でもここだと暗いな、あそこに僕のバンを停めてあるんだけどそこまで動かしても良いかな?」

と自分のバンを指差す、バンには大きく『Ducati Corse』と書かれてその下には敬純が若い頃所属していたレーシングチームの名前も書いてある、もう当時のメンバーは誰も居ないが、今は若いメンバーが名前を引き継いでいたので、敬純もそこのメンバーと言う事になっている。

 そのバンを見て女性は安心した様だ、二人でバイクを押して移動させて、バンのサイドドアを開けて、LEDライトを付けて、タイヤの確認をすると、後輪中央から左寄りの所に太い釘が刺さっているのが見える。

「ああ、ここだね、修理キットで応急修理するけど、パンクの位置が悪いから直ぐにタイヤ交換した方が良いよ」

と、女性のバイクのパンクを修理してあげた。ふと見ると彼女は、ヘルメットに付けたアクションカメラとスマホで動画を撮っている様だ。

「あの、オジサンのこのバイク……」

とバンの中のバイクを見て聞いてくる。

「ああ、サーキット専用、ミラーもライトとか付いてないしタイヤもスリックでしょ」

と話しをしながら、修理を終えて電動コンプレッサーを回してタイヤにエアを入れる。

「終わったよ、飛ばさないでゆっくりと走ってね、じゃ気をつけて」

「え?、あのお幾らですか?」

と聞かれたので

「良いよ、バイク仲間なんだから、困った時はお互い様」

そう言って、工具をしまってバンに乗り、彼女に手を振って帰路に着いた。


 家に着いてバイクを降ろしてガレージに入れて、シャワーを浴びて、今日の走行会の動画の編集をMacで始める、だが一時間もすると画面が滲んで見えてくる。

『本当に歳は取りたく無いなぁ』

と自然に愚痴が出てくる

『そう言えば独り言も歳を取った証拠なんだっけ』

と苦笑いを浮かべて、編集が終わった動画をサイトの自分のチャンネルにアップした。

 敬純は今はクラウドワークスの仕事をたまにする位なので、基本的に暇なのだ、なので『モトブログ』をやっている、サーキット走行の様子とかツーリング、旅先での食レポなどが中心で、登録者は1200人程だ、まぁ多分殆どが身内なんだろうと思っている、ちなみにチャンネル名は『疾走サバトラ』、アイコンはバイクに乗ったサバトラ猫だ。この猫はずっと一緒に暮らしていた猫だが、数年前に虹の橋を渡ってしまった、それ以降は敬純はペットを飼うつもりが無くなった、ペットロスがかなり堪えた為だ。


 今日の走行会はそれなりに楽しそうな絵も撮れたし、最後は良いタイムの走行シーンで締められたので

まぁ、そこそこ再生回数は伸びるだろうと思っているが、別にこれを仕事にしている訳では無いので、そこは割とどうでも良かった。


 メールが何通か来ているので見ると、一通はアメリカで仕事をしている次男からで、アジア地区へビジネストリップに行くから、その時に東京で食事でもしようと書いてあった。

『OK、詳細決まったらまたメールして』

とだけ返事をした、あとは、今日の仲間達からの連絡とか色々だ。

 5年前に早期退社して以来、昔の仕事関係の仲間からのメールはもう殆ど来なくなった。

敬純は社内では元々あまり人付き合いを積極的にする方では無かった、唯一今でも連絡を取り合っているのはGTRのオーナーズクラブに籍が有る元同僚だけだった。

 『東京か、ゆっくりとしたいから、ホテルに泊まろうかな』

と思いながら、自分のベッドルームに行き横になった、子供達が小さい頃はちゃんとパジャマに着替えていたが、今は面倒なのでTシャツに室内用のジャージが普段着とパジャマ代わりになっている。


 この家は離婚してから中古で購入してリフォームをした家だ、元は車好きの芸能系の人物の別荘だった様で、その頃にはまだ長男と次男が一緒に住んでいたので、広い4LDKで庭にプールまで付いて居る家で、車4台を余裕で停められるビルトインガレージと、他に車を数台置けるカーポートエリアが気に入って購入したのだった。

 だが、その後長男は家を出て東京で一人暮らしを始め、次男も米国の大学院に留学して向こうで仕事をしている、だから今は敬純が一人で住んでいる。

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